女の子は砂糖とスパイスといろんなステキで出来ている。マザーグースの歌の一節にそう書いてあるのを僕はふと思い出した。独自の解釈なのだが、女の子は砂糖のように甘く優しい。だが、スパイスのように刺激がある。最後にいろんなステキについてだが、この答えは柔らかさなのではないかと考えてみた。
「……なんでこんなことなったんだっけ」
いつもなら朝六時に起きて朝食を作り始めるのだが、今日はその時間より早く起きてしまった。それというのも、蘭さんが僕の隣で寝ているのだ。嫌でも目を覚ましてしまった。しかも狭いからなのか凄く近い。なんで女の子はこんなにいい匂いがするんだろうか。同じシャンプーのはずなのにこうも違いが出るのか。
「……煩悩を消そう……これ以上はダメだ」
これ以上細かく考えてしまうと色々な意味でやばい。何がやばいって自分でも手がつけられなくなりそうで怖い。そう悟った僕はそそくさとベッドを出ようとした。
「んぅ……」
……出ようとしたのに抱きつかれてしまった。なにこれ柔らかっ。普段何食べたらこんなにも人にダメージを与える必殺の武器を手に入れられるのだろうか。彼女は決してふくよかな訳では無い。むしろスレンダーな方だし、触れてみるとその細さが伝わってくる。……なんか変態みたいだな。
「起きて、蘭」
寝る直前の記憶を思い出しながらそう名前を呼ぶ。確か蘭って呼ぶように言われた気がしたから、そう呼びつつ、頭を撫でてみることにしてみた。確か、好きでもない人から頭を触られるのは虫唾が走るのだとか。
「…………意外にさらさらしてるな」
バレたら終わるとわかっている。だが、目の前に撫でやすそうな頭があったら撫でてしまっても問題ないだろう!?
「……んっ」
「あっ……」
そんなこんなで頭を撫でていたら、蘭にバレてしまった。さて、どうやって切り抜けよう……とりあえず謝るべきだろうか。悪気はなかったと伝えよう。
「わ、悪い……思わずな」
「……別にいいから、こっち見ないで」
蘭はそれだけ言うと布団の中に潜ってしまった。流石に怒られたかな。と反省しつつ、朝食を作るために下の階に行く。特に何も面白くなかったのでここも割愛させてもらおう。
「さて、朝はやっぱり和食だろう」
そう意気込むと早速調理に取り掛かる。ちょっと前に買った鮭と卵を取り出し、手早く焦げないように焼き始める。あとは買い置きしておいた味噌と手早く出汁の取れる粉、乾燥ワカメとネギを入れて味噌汁の完成。沸騰させると風味が飛ぶので、あまり強火でやらないのがコツだ。
「……おはよ、紅葉」
「おはよう、蘭。よく寝れたかい?」
その質問に頷くだけの蘭さん。相変わらずの反応な気がするが、それでも少しは距離が縮まったと思いたい。まぁ、あの話をした以上僕としては蘭さんとは仲良くしておきたい。彼女の歌は僕の心を揺らしてくるくらい素敵なのだから、もっと近くで聴いてみたいのもある。
「さぁ、朝ごはん出来てるからどうぞ」
「……いただきます」
早速自分が焼いた鮭を食べる。うん、いい塩梅だ。卵焼きも成功しているし、味噌汁だっていつも通りだ。食事は大勢の方が楽しいとはよく言うが、一人よりも二人の方がたしかに楽しく感じる。なにより、自分の作った料理を美味しいと言ってくれることが何より嬉しかった。
「さぁて、さっさと着替えて学校行こうか」
「そうだね。着替えてくる」
それだけ言うと蘭さんは上の階に戻っていった。いやまぁ、制服も上に置いておいたからいいんだけどさ。戻り方が完全に自分の部屋みたいになってるから同棲してるみたいになってるな、なんて。そう考え始めたら顔が熱くなってきた。
「とりあえず着替えよう……僕が遅れる訳にもいかない」
煩悩を消すように頭を左右に振っているうちに冷静になれた。とりあえず今は着替えるべきだろう。蘭さんがここに戻ってきた時に着替えていたらそれこそ事案だ。女性は準備に時間がかかる、なんてよく聞く話なのだが、蘭さんは思いの外早く見慣れた制服姿になっていた。
「ほら、早く行くよ」
「了解、急がないとね」
今日も今日とて、慌ただしい一日が始まるんだろうなと、心の中でそう思いながら学校へと向かい始めた。
「あっ、らんー!」
……朝からやけに大きい声で蘭さんを呼ぶのは上原ひまりさん。相変わらずの元気さで、見ているこっちが疲れそうだ。
「……ほら、行っておいで」
「私は犬じゃないんだけど。紅葉も来たら?」
「あー、せっかくの申し出だが断る。僕は正体がバレるのは嫌だから」
蘭さんは少し残念そうにこちらを見ると上原さん達の元へ小走りで移動した。……やっぱ犬っぽいな。とにかく、僕は僕で自分の教室に向かうことにした。
「……一人だとすることないな」
羽丘学園一年A組は、まだ時間があるためか人が少ない。話す相手が特にいるわけでもなく、クラスの大半が女子であるために僕は普段から一人でいることが多くある。いつも通り窓の外を見ながら、携帯にダウンロードした曲を聴く。そこまで大きな音を流している訳では無いが、両方の耳にイヤホンをつけているためにほとんどの音がシャットアウト出来ている。
「……気分次第です僕は、敵を選んで戦う少年……」
いつも歌う曲の一部を口ずさむ。誰にも気づかれないからこそ出来ることであり、話し相手が少ない僕にとっての退屈しのぎ程度でしかない。
「……やっぱり蘭みたいに上手く歌えるようになりたいよな」
バイトしている関係上、色々な人の歌が聴こえてくる。Afterglowの蘭さんだったり、Roseliaの湊先輩、ハローハッピーワールドの弦巻さんや、PastelPalettesの丸山先輩などなど。当たり前の話だが、一人一人が違った声であり、バンドの個性というものが出ている。だから僕は他人の音や歌声が好きであり、憧れなのだ。
「ん、もうそんな時間なのか」
あたりを見渡すとほとんどのクラスメイトが教室に集まっていた。時間を見てみると、あと五分程でHRが始まろうとしていた。そういえば蘭さんってどこの席に座ってたっけな、と辺りを見渡すと隣の席にちゃっかり座っていた。いつの間に……ってかなんで気づかなかったんだ俺は。
「おはよう、蘭。そういえば、いつも隣の席だったんだっけ?」
「はぁ……いつも外見てるか寝てるかしてたから、やっぱり気づいてなかったんだ」
呆れ気味に言われて、何も言い返せないのが少しばかり悲しかった。まぁ、いいけど。と蘭さんは言ったきり、窓の外を眺め始めた。……今日のHRは僕には関係の無い話ばかりだった。
時は変わり今は四時間目。授業というのはとても退屈なものであり、既に自分で勉強した場所をくどくど教えられるのは苦痛でもある。だがしかし、授業中に寝るということをしては怒られてしまうので、僕はずっと窓の外を眺めている。そうやって時間を過ごしていると、隣から視線を感じた。
「どうしたの?」
「今の場所わかんないから教えて」
どうやら蘭さんは理解が追いついて居ないようで、小声で僕に助けを求めた。普通に教えてもいいのだが、生憎今は授業中。長く声を出せば担当の教師に注意されるし、悪目立ちしてしまう。そう考え、僕はノートに解説をつけて書くことにした。
「ほら、コレで大丈夫でしょ?」
「あ、ありがと……」
そう言って耳を赤くする蘭さんはとても可愛らしく見えたが、本人にはとても言えなかった。そうこうしているうちにチャイムが鳴り響き、クラスの面々は購買へ行ったり仲のいいグループで机を動かしたりと賑やかさを増していった。
「ねぇ、紅葉?」
「ん?どうしたの?」
いつものように一人で弁当を食べようとしていたら、蘭さんに声をかけられた。普段は気にしていなかったが、彼女はお昼になるとどこかへ出かけているような気がする。購買に行くとたまに見かける程度なので、確証がある訳では無いのだが。
「お昼、私達と一緒に食べよ」
「……達ってことは、Afterglowの面々かな?」
「うん。紅葉のちゃんとした紹介もしたいし」
……これは、彼女なりのお礼なのだろう。昨日あったあの事を気にしていて、お礼も兼ねて食事に誘っている。本当なら自分のことがバレるのは嫌なことであり、断るのだが……せっかくの好意を無下にはできない。
「わかった、一緒に行こうか」
「……っ、うんっ」
受け入れられるとは思ってなかったのだろう、少し驚きながら教室を出て行く。見失っては困るので俺は少し早足で教室を出ることになった。早足で追いかけたことも相まって割とすぐに蘭さんの隣に追いついた。
「いつもここでお昼食べてるんだ」
「……屋上か。そりゃ見つけられないわけだな」
まずったかな。こういう言い方をすると僕が追いかけてるみたいな感じだったかな。と思い、訂正しようと蘭さんの方を向いたが、彼女はそっぽをむいて僕のことを見ようとしなかった。なんか悲しいなと思いつつも歩いていると、賑やかな声が聞こえてきた。
「おかえり、蘭ちゃん」
扉を開けると、既にAfterglowの面々は居たようだ。つぐみさんが蘭さんにおかえりと声をかけたってことは、一度ここに来てから僕の元に来たのだろう。
「それで?その人は誰なのかなー?」
「あっ、それ私も気になってた!」
相変わらずのんびりしたような話し方のモカさんと、純粋な疑問をぶつけてくるひまりさん。どうやら巴さんもつぐみさんも同様だったようで、首を傾げながら僕のことを見てくる。
「……この人は落合紅葉。一応クラスメイトで、CiRCLEでバイトしてる人だよ」
……やったよこの子、包み隠さず僕のことを言っちゃったよ。ほら皆唖然としちゃってるよ、どーすんのさこれ……。
「きゅっ、急に何言ってるの蘭!?」
「あ……ごめん」
僕が慌てているの理由がわかったのか、蘭さんは申し訳なさそうにこちらを見てくる。言ってしまったことは仕方の無いことだが、こんな根暗みたいなやつが必死に明るく振舞っていたのを笑われるのを覚悟するしかないか。
「紅葉さんって同い年だったの!?」
「コウさんってこーくんだったんだー」
「アタシはずっと年上だと思ってたよ」
「わ、私もビックリしたかな」
そう思っていたのに、皆が笑うことはなかった……なんで、なんで笑わないんだ。こんなにも僕はキャラが違うんだぞ。普段は根暗で、無理して明るくしてるんだろって、どうして言わないんだよ。……でかかった言葉は思うように出せず、結局僕も唖然としたように見られたはずだ。
「そう言えば、私も紅葉のこと笑ってないよ」
……確かに、蘭さんは呆れただけで笑ってはいない。中学の奴らとは違う。なんというか、温かい感じがする。
「……ありがとう、蘭」
素直に感謝を伝えたのだが、蘭さんは顔をそむけてしまった。うーむ、やっぱり蘭さんはよくわからない人だ。……それでも、彼女のおかげで救われた。だから僕は彼女の力になりたい。
「改めて。蘭と同じクラスの落合紅葉です。CiRCLEでバイトしてるので、それなりに関わることになると思います。よろしくね」
そんな淡い願望をもちながら僕は改めて挨拶をし始めた。
相も変わらず終わらせ方が雑だなって思いながら書いています。
大変遅くなってしまい申し訳ないです。今度は早めに出せるようにするのでお待ちください。よろしくお願いします。