思いは言わなければ伝わらない。自分が何を考えているか、相手にどういうことをしてもらいたいのか、それは言わなければ相手に届くことは無い。だが、思いは伝わったとしても理解されるかと言われればまた違った話になるだろう。ゲシュタルト崩壊しそうな気もするが、人は人であるからこそ人なのである。……要は、人によって考え方や感性というものが違うのだから皆が同じ統一された考えを持つかと言われたらそれは可笑しいだろうという事だ。考えてるこっちもだんだん訳が分からなくなってきたが、そうなっても仕方がない状況にあっているのだから流して欲しい。
「……何を言われようと、私はバンドを続ける」
「ダメだ。なんの将来性もないことをするなら華道を継ぎなさい」
……只今僕は美竹家にお邪魔させてもらっています。そんでもって父と娘の言い争いをただ黙々と聞かされている状況です。……ものすごく帰りたい……。
事の発端は家に帰ってる途中だった。モカと蘭にみっともない姿を見られた後、改めて僕のことを嫌いにならないと言われて泣きそうになる様を笑いながら帰っていた時、モカは本当にバイトがあったようで抜けていった。蘭と二人になっても特に変わることはなく、バンドの話や今日の授業の軽い復習などをしながら帰っていた。
「ねぇ、紅葉」
「どしたの、蘭」
「……今日、父さんと話してみようと思う」
蘭から出た言葉は僕からすれば意外なものだった。昨日の今日でよく言おうと思ったなと素直な感想が出てくると同時に、果たして一人でも大丈夫なのかという不安が出てきた。
「そっか。蘭ならちゃんと話せるよ」
「それで……その……」
素直な応援を送ると、蘭は凄く言いにくそうに口をモゴモゴさせている。なんだろう、物凄く嫌な予感がするんだが。いやまぁ、ここまで来て言いたいことなんか限られるし嫌な予感も何も無いんだけどさ。
「その……一緒に、家に来てくれない?」
「…………わかったよ」
断ろうという俺の強い意志は秒で消え去った。なんだろう、恥ずかしそうに顔を赤くしながら縋るように上目で言われたら無理ですよね。可愛いキャラ出すために課金する人の気持ちになれた気がする。無理だよ、卑怯だよあんなの。蘭にお願いされたら断れなくなりつつある自分に恐怖しながら絞り出した声は、思ったものより掠れて聞こえていたと思う。
「……っ、なんで父さんはわかってくれないの!」
「ごっこ遊びを理解してやれるほど私は子供じゃない」
過去話から戻ってくると、また言い合いをしているのが聞こえてきた。バンドをやりたい蘭と花道を継がせたい蘭の親父さん。褒められたくて色んなことをやってきた過去の俺とそれを受け入れられない俺の両親。この二つがどうしても似ている気がして、俺は蘭の力になることが出来なかった。
「もういい!父さんなんか知らないっ!」
「ちょっ、蘭!?」
そう言って逃げるように去った蘭。親父さんと二人きりなんて何を言われるかわかったもんじゃない。蘭を泊まらせた上にノコノコとやってきたのだ、間違いなく殺られる。そう考えた僕は蘭の後を追いかけて部屋を出て行こうとする。
「……やはり分かってはもらえないか」
そう言っていた蘭の親父さんの顔を見ることは無かったが、とても辛そうな声をしてたことだけはしっかりと伝わった。
この家は、部屋は広いがそこまで部屋数があるわけじゃないようだ。二階に上がってみると一部屋だけ光が漏れて、蘭の部屋だと察することが出来た。……悪いことだと思うが、蘭が親父さんにあれだけ言われて何を思っているのか。気になってしまいこっそり聞き耳を立てていた。
「なんで……なんでわかってもらえないの……っ!」
彼女は泣いていた。それも悔し涙だ。僕が見ていた彼女からはとても想像ができない姿だった。美竹蘭という少女は湊先輩とは違う強さを持っている。頂点を目指そうとする湊先輩と皆で最高の演奏をしようとする蘭。何があっても突き進む姿はそっくりである。だから意外というか、少しばかり許せなかった。俺は決意を新たに、蘭の親父さんの前に出ていった。
「……親父さん。お話があります」
「……なんだ、話してみなさい」
君にそう呼ばれる筋合いはないということも含んでいるのか、少し声のトーンを落として話を聞こうとする親父さんは怖くて逃げたくなってきた。しかしここで逃げるわけにはいかない。僕が代わりに蘭の考えを言うんだ。そして納得してもらう。……今度は僕の番だ。
「蘭のバンド活動を応援してやってください」
「無理だな。蘭には華道を継いでもらう。だからバンドなんて応援できない」
頭から否定していく親父さんはやはり蘭の父親だと思う。強い意志のもとに動いていて、頑なに変えようとしない。僕としては恐ろしく戦いにくい相手だ。けど、僕がここで説得しなかったら、蘭達に迷惑がかかる。そんなことはさせられないんだ。
「蘭は、ああ見えても弱い人です。昨日、蘭が泣きながら家を出ていくのを見ました。親父さんと喧嘩したって、辛そうにしてました」
僕が言い始めると、親父さんは黙って聞いてくれた。少しの間沈黙がこの場を支配する。どうやら親父さんは次の言葉を待っていてくれた。今はこの空間がすごく楽だ。途中で口を挟まれたら負けてしまう気がしたから。
「今日だってそうだ。蘭は泣いてた。なんでわかってもらえないって、苦しそうに泣いてるのを俺は見てた!なんでわかってやれないんだ!」
「それを分かったところでどうなると言うんだ。蘭のバンドごっこを見ていなければいけない私の気持ちにもなりなさい」
……親父さんの言う気持ちもわからない訳では無い。バンドを続けるには多くの問題があり、彼女達だけで何とかなる問題ばかりでは無い。親としては心配なのかもしれない。それでも
「それでも……それを応援してやるのが親の務めってやつじゃないですか」
「知ったような口を利くなよ、小僧。……これでも親は面倒なんだ。子供のやりたいこと、夢を応援するのは確かにそうだ。しかし、全てを支えられるかと言われたら違うだろう?高校生なら、ましてや華道の家元なら特にだ」
親父さんは蘭を見ている。わかっていないわけじゃない。わかっていて、否定し続けている。それが彼女の為になるから。いつ終わるかもわからない、いつ離れるかもわからない仲間との温かい関係よりも、少しずつ、でも確実に成功する華道の道を継いだ方が失うものは少ない。そう思っているんだろう。けど俺は、そんなの納得出来ない。
「華道の家元なんて知ったことか!今の蘭には居場所がある!救いになっている場所がある!それをアンタは壊そうとしてるんだぞ!」
「だからどうしたというのだ。今はそうかもしれないが、必ず途中で壊れて終わる。そんなものになんの意味がある」
「意味はある。途中で壊れるんだとしても、それは今壊していいものじゃない。だから、勝手に決めたレールの上に蘭を乗せないでくれ……っ!」
もはや苦し紛れとしか言えないような俺の叫びに親父さんは口を閉じた。だけど、許されたわけじゃないような気がする。何かを試すような目で俺を見ている。俺は、蘭のためなら何を犠牲にしても構わない覚悟で親父さんの目を見る。
「それが親というものだ。子供のためにそのレールを敷いてやり、約束された道を作ってやるのが親なんだよ」
ああ言えばこう言う人だ。よくもまぁ次から次へポンポンと言葉が出てくるものだと回り回って感心する。絶対に蘭にはバンドをさせるべきで、蘭の声は華道で潰していい代物じゃない。時間がかかるのは仕方が無いが、それでも俺はやり通さないといけない。
「約束された道だと?笑わせんな、それは所謂自己満足だろ!決めつけたレールを嫌々通らせて何になる。そんなの絶対に途中で崩れるだけだ。」
「子供の戯言に付き合わされる者の身にもなれ!いいか、華道の家元にもそれなりの矜持があるんだ。そんなものも分からんようなやつにこれ以上付き合う義理はもう無い!」
俺はそんな親父さんの怒声を聞き、もうダメなのかもしれないと諦めて部屋を出る。部屋を出る前、親父さんは俺には読み解けない複雑な顔をしていた。
蘭の部屋に行く勇気はなく、またここにいてもどうしようもないのかもしれないと思考を加速させている。蘭には確かな道として華道がある。それを継ぐことは家元として必要なこともわかるし、バンドなんて言うリスキーな道より間違いが少ないのはわかる。わかるが、俺は蘭の歌が好きだ。苦悩や挫折を味わいながら、仲間と進む彼女を俺は応援していたい。
「君が、落合紅葉くん……よね?」
「えっ、あっ、はい!」
蘭が居た。訂正、大人になって綺麗になった蘭が居た。赤いメッシュは無く、綺麗な黒髪でいて、出る所は出つつ引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる。恐らくというか、間違いなく蘭のお母さんだろう。……それがまたなんで?
「……あの人もね、貴方にすごく似てたの。私が華道に縛られていた時に、お父さんに必死に説得してたわ」
聞きたかった質問の答えは、先に聞かされた。その話を、俺はただ黙って驚いていた。俺と同じことを、親父さんがしてたとは思いもよらなかった。と言うより、何故そんなことをしていたのかの方が気になっていた。
「実はね、私もバンドに似たことをしたかったの。今じゃ恥ずかしくて言えないんだけどね?」
「……何で、その話を俺に?」
次々に聞かされる驚きに対して、俺は的を射た質問を投げかけたと思っている。多分、彼女は失敗したのだろう。バンドを、人間関係を、夢を、それらをひっくるめて諦めたのだと、思い出したくもないであろう過去を無理やり思い出しながら話す姿は、俺にはいたたまれなかった。
「貴方があの人に似てたからよ。それと、蘭には諦めて欲しくないいから。だから、お願い。あの子の力になってあげて」
「自信はそんなにないですが、精一杯やらせてもらいます」
そう言ってもう一度あの部屋に向かう。もう俺は逃げないし、諦めない。蘭の為にも俺は俺に出来るやり方で戦おう。
「……なんだ、また君か」
「あの逃げ方じゃやっぱり納得できませんから」
さぁ、ここから第二ラウンドだ。
「やっぱり俺は納得出来ません。蘭は蘭なりにちゃんと考えて動いています」
「君が納得出来るか出来ないかじゃない。これは家族の問題だ、部外者の君に言われる筋合いはない」
「確かに部外者だ。けど、蘭が困ってたら助けたいというのが俺なんで。蘭の歌を聴いていたい人がいるんだ。その人の為にも諦める訳にはいかない」
そう言って軽く親父さんを睨む。親父さんは大して気にしていないのか、受け流すように目を合わせなかった。
「しぶとい男は嫌われるのではないのか?」
「別に誰かに好かれたいとは思ってないので」
「……私は、不安なんだよ。蘭が今進む道には多く障害がある。皆でと言うのは綺麗事だ、いつかは崩れる」
「貴方の奥さんに何があったかはわかりませんが、蘭は蘭で奥さんは奥さんです。一括りにしたらそれこそ蘭に失礼ですよ」
奥さんと言った時親父さんは軽く反応していた。努めて冷静になろうとしていたが、多少なり俺の考えは当たってたようだ。
「蘭には蘭の目指す道があって、仲間と一緒に進んでいます。貴方の大切な人が諦めた道を進んでるんですから、応援しましょうよ」
「…………それでも、私は蘭に華道を継がせる。君になんと言われようとだ。さぁ、どうする?」
親父さんが投げかけた質問は最後の選択肢な気がした。だが、ここまで来たら引き返す訳にもいかない。
「っ……決まってる。俺が、美竹流の華道を継いでやるっ!」
美竹流を継ぐと大声で宣言してからハッとする。あれ、もしかしなくても俺とんでもない事言ってないか……?
「くくっ……はははははは!美竹流を継ぐとは大きく出たな、君」
「いやっ、あのっ、その……勢いと言いますか、言葉のあやと言いますか」
「わかった、私の負けだ。蘭のバンド活動、応援しようじゃないか」
「…………へ?」
誤解を解くために必死に弁解をしていたが、親父さんは蘭のバンドを応援することを誓ってくれた。まぁ、それに追いついていけなかった俺は間抜けな声を出してしまったが。
「そう言えば、君の名前を聞いていなかったな」
「……落合紅葉です」
「紅葉くんか、覚えておこう」
それだけ言うと親父さんは立ち上がってどこかへ向かっていったようだ。俺はと言うと情けなくヘタっていた。恐怖と緊張が解けて力が抜けてしまった。
「……ねぇ、紅葉」
一人しかいないからと楽な体勢で少し休んでいたら、蘭が近くに来ていた。彼女の目は少し赤くなっていて、さっきまで泣いていたのがわかった。
「私、どうすればいいかわかんなかった。バンドを続けるには説得しなきゃいけないのに、父さんは頑なに認めてくれなくて。少しずつ自分がわかんなくなってさ」
蘭の独白を黙って聞く。ここで声を挟むのも無粋ってやつだろう。
「そんな時、紅葉が居てくれた。怖がるなって言ってくれて、それが凄く嬉しかった。今日だって紅葉が説得してくれなかったら、またいつも通りになる所だった」
「蘭が頑張って説得してたから、俺は手伝っただけだよ」
俺が言ってるのはただの逃げだとわかっている。だが、こうでもしてないと俺が俺らしくなくなるだろう。とりあえず聞かれてたであろう恥ずかしいセリフをかき消すために逃げている。
「……それでも、私は嬉しかった。だから、ありがとう……紅葉」
蘭はそれだけ言うと手で俺の目を隠してきた。何事かと思いつつも、前が見えない関係上下手に動くことも出来ずにじっとしてると、唇に柔らかい感触が当たり、全体に暖かくも柔らかい感覚が襲ってくる。どうやら俺はキスをされた後に抱きしめられたらしく、耳を真っ赤にした蘭が見えた。
「こ、これはその……お礼の、気持ち」
そう言って微笑む彼女を見て。俺はただ理解が追いつかずまたしても唖然としてしまった。美竹蘭という少女はただ強いだけじゃなかったようで、大胆であり初心な乙女だということを、新しく思い知らされた。
えーっと……大変お待たせしまして、ごめんなさい!
今日から蘭ちゃんと湊さんのイベントが始まって、対バンの事実に即イベントをやらない宣言をしかけました。だって、私のバンド強くないし……
というわけで感想高評価お待ちしております。
感想で書かれましたので書き足しました。これからも感想などなどよろしくお願いします
感想を書いて頂いて、励みになりつつもどう言った話にするか迷ってますが次の更新は早くする予定です。モカちゃん回の時に張った(?)伏線(?)をどう回収するか、また何話で出すかを必死に考えますので、応援してくださいw