インヘリテッド・ストーリー ~銃と少女と女神と共に~ 作:鼠返し
ぼーっと目を腫らしたまま微動だにしないクロエを見ていると段々と不安になってくる。さっきまで嗚咽が止まらなかったのが急に止まったことも更に不安感が膨らむのを加速させている。
「クロエさーん? そんなに強くした覚えはないんですけど……」
イヴが首を傾げながらずっと様子を伺っている。気持ちを落ち着ける魔法と言っていたが、それが強すぎるとどうなるのだろうか。落ち着きすぎる、だけならまだいいのだが。
「クロエさん、大丈夫ですか……?」
一応俺も呼び掛けてみる。それで何かが変わるとはあまり思えないが、思いつくことがこれぐらいしか思いつかないのだから仕方がない。これで何か反応を示してくれれば僥倖、なければ今まで通りイヴに任せるだけだ。
「…………」
結果としては、半分ほど成功したというところか。口はぴくりとも動かず俺とイヴをゆっくりと首だけを動かして視界に収めた。この様子は少しまずいのではないか?
「クロエさん、見えてます? おーい」
この状態に陥らせた本人はすごく吞気に彼女の顔の前で手を振る。無責任だなと勝手に思っていると、クロエの口がゆっくりと開いた。何かを話すつもりらしい。
「…………大丈夫ですよ。先ほど落としてしまったので、もう一度ご飯をお持ちしますね」
最初の時と比べると2割ほど遅く、尚且つのっぺりとした声で淡々と機械のような声が聞こえてきた。その後ベッドから降りる動作も扉を開けて出ていく動作も、どれもこれもがゆっくりとしていた。言ってしまえば落ち着きすぎている感じだ。
すぐ扉の向こうで食器を拾う音や階段を降りる音が聞こえるまで俺は何もできずひたすら耳を澄ませることしかできなかった。そして自然と、俺はイヴに疑問を投げかけていた。
「……やりすぎたんじゃないか?」
「……魔法に弱い体質だったかもしれません。もしくは私が力加減を間違えたか、ですかね……?」
「……やばいじゃん」
ぽっと口から洩れた俺の言葉に、イヴは無言で、集中していないとわからないほど小さく頷いた。人間と違う存在のイヴだが、どれほどかは知らないが流石に人間より凄くないということはないだろう。考えが合っていれば、クロエはあの小さい体で人間が使うより魔法を粘膜接触で強めに食らったというのか。……笑い話で済むレベルではなかったらどうしよう。
「……ちょっとクロエの様子を見てくる」
あの状態で放っておくわけにはいかないと俺の中で何かが叫んだ気がした。逃げられて言いふらされて云々かんぬんということはないだろうが、それとは別で何かが起きそうで気が気ではない。
「私も行きます」
「いや、イヴはここで待ってて」
「え? どうしてです?」
あんなことにした本人が行ってどうするのだろう。ただでさえ人間としての常識が欠けていそうなのに、さらに悪くなったらどうしようもないじゃないか。と、言った後に思った。どうやら俺の無意識もイヴの同伴は嫌ったようだ。
「……何となく。とにかく待ってて。何かあったら呼ぶから」
「もう。良いですよ、マスターの指示ですからね。不満はあれど従います」
良くも悪くもイヴは従順なようだ。このマスターという立場に少し感謝しつつ、クロエの後を追うべく椅子から立って部屋から出た。