インヘリテッド・ストーリー ~銃と少女と女神と共に~ 作:鼠返し
蒸し暑い。そんな思いから目を覚ませば、窓の外は夜だった。この世界にも俺が知っている月と同じものがあるようで、弱くはあるが光が差し込んできている。
暑苦しく感じる掛け布団を引きはがし、何気なしにベッドから降りて立ってみる。寝る前の異常な熱さはどこへやら。もっとも今は気温の方が厄介なわけだが。
「んん~――っはぁ~……」
全身を弓なりに逸らせ、縮んでいた筋肉を引き延ばす。凝り固まった関節が音を鳴らし可動域が広がっていくのを感じる。全身に血が巡り、生きていると実感できる瞬間だ。
自分だけの世界から戻って部屋を見渡すと、イヴもクロエもいない。クロエは自分の部屋にでも戻ったのだろうか。イヴの姿が見えないが、いざとなれば机に置きっぱなしの銃を握れば何とかなるだろう。
窓際まで寄って、少し赤さびた金具を外してゆっくりと全開にする。ひんやりと心地の良い風が全身を撫で、緩やかにやや高めの体温が下げられていく。
みずみずしい空気というのはこういうものか。都会の汚染されたような空気とは違うな、やっぱり。肘をついて眺めた外は、俺が最初に倒れた森に似ているような気がした。見える範囲はほぼ全て樹木などの自然物だ。さすがにこんな光景は今まで生では見たことがなかった。
……何だったんだろうな、俺って。一人で物思いにふけっていたせいか、ふとそう思ってしまった。今まで何のために勉強して、苦労して会社に入ったんだろうか。どうせこんな世界に来るんだったら、もっと遊ぶんだった。バイトして稼いだ金を遊びに回したら、どれだけ有意義に過ごせたか。
「……はぁ。やってらんねぇなぁ……」
そう、こんな独り言でも言っていないとやってられない。この世界に来てから頭がごちゃごちゃしすぎている。命狙われたり逃げたり意識飛んだり散々じゃないか。ああ辛い辛い……
「何がやってられないんですか、マスター?」
「うおっ!?」
数㎝もなく左側面から声をかけられた。いつの間にかイブがそこにいた。俺が見落としたか銃から出てきたか。
「そんなに驚かなくても」
「いや、驚くだろ普通」
「そうですか。……で、なにがやってられないんです?」
相変わらずの真っ直ぐな瞳での質問に目を逸らす。考えるふりをして、もう一度窓枠にもたれかかって外を眺める。しかし、何がと聞かれてもどう答えればよいのだろう。まあ、話し始めてみれば何とかなるか。
「……なんていえばいいかな。ん~……今まで生きてきた意味ってのが無くなったような気がしてさ。こうしてイヴとかクロエと出会うならそれはそれで別に良かったけど、なら俺のいた世界で苦労したことって無意味だったのかなって。あー、答えになってないな、えっと……」
自分自身でも予想していないほど訳がわからないことを話してしまった。別に話さなかったからとイヴにどうこうされてしまうわけではないと思うが、それでも俺の頭は最適解を求めるため回り続ける。
がそれを、ぎゅっ、という左腕を優しく包む感触が遮った。心臓が意識せずともわかるほど強く跳ねる。初心で弱弱しいな俺の心臓よ。
「その苦労を乗り越えたからこそ、今のマスターがあるわけです。私はちゃんと意味があると思います。そんなに悩まないでください」
あぁ、だめだ……上目遣いにそんなことを言われては。崩壊しそうな頬を空いている右手で支えながら、どうにかこうにか「あ、ありがとう……」と震えながら言うのが精いっぱいだ。存在感のある二の腕に触れている二つの何かも顔面の崩落に拍車をかける。そんなことを思っているわけではないのに。
「……やっぱり、マスターは可愛いです」
「だから、可愛いはやめてくれって……」
腕を体の方まで伸ばし、俺にしな垂れかかってくる。頭を肩に乗せて、寝てしまうかのようにリラックスし始めた。それを振りほどくことも、またこっちから体を預けることもできない。
何もできずただじっと外を眺めて数分。ようやくイヴは俺の体から離れてくれた。心臓に悪いったらありゃしない。悪い気がしないのが救いだ。
「寝ておきましょうマスター。食事があまり取れない今、起きて体力を使うのはよろしくないかと」
「……そう、だな」
勧められて、言われるがままもう一度ベッドへと戻る。また掛け布団を体にかけて、寝る体制に入る。食事がとれてないことも影響しているのか、案外このままもう一度寝れてしまいそうだ。
「おやすみなさい、マスター」
「あぁ、おやすみ」
すぅ、と薄くなってイヴの姿が消えた。銃へと戻ったのだろう。俺もさっさと寝てしまおう。
早くこの世界に慣れないとな。