真選組女中の非日常   作:むに

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10 祭では高確率で知り合いに会う

「おっちゃん!りんご飴ひとつ!」

「三百円ねー。ほい、好きなの持っていきな!」

 

屋台のおっちゃんにお金を渡し、目の前に並ぶりんご飴の数々を見つめる。その中に、一本だけハート型に見えるりんご飴があった。

 

「ハートみたいで可愛いからこれにします!」

「おー、いい出会いがあるよ嬢ちゃん」

「イケメンにナンパされちゃうかな」

 

あーお祭りって楽しい!

今日は鎖国解禁二十周年記念祭典!とやららしい!

なんかよく分からんけど将軍様もいるみたい!

そんでその将軍様を真選組が護るというのが今回の任務みたい!

沖田さんサボって大丈夫なのか?

 

「焼きそば食いたい」

「買えばいいじゃないですか」

「お前が買って来いよ、誰のおかげで祭来れたと思ってんでィ」

 

さっきもそう言ってイカ焼き奢らされたんですけど。

別に一人でも来れたわ!ほんとに独りだけどな!!

 

「俺ァこの辺うろちょろしときまさァ」

「いや、うろちょろしたらはぐれるでしょ!」

 

お母さんみたいなセリフを言ってしまった私を無視して、沖田さんは飲み物屋に直行する。ほんとに買いに行かせるつもりだよアイツ。しょーがない、とひとつため息をつき焼きそばののれんが掛けられた屋台へ向かう。

 

「すんませーん、焼きそばひとつ!」

「はいよ五百円な!…って鈴!」

「なっちゃん!何してんのこんなところで」

 

思わぬ遭遇にお互い目を丸くした。目の前の幼馴染は、いかにも祭!という感じのハッピを着ている。

 

「見ての通りだよ。真選組の人らと来てんのか?」

「来たっちゃ来たけど、皆はお仕事でさ」

「じゃあ今は一人で?」

「ううん、サボりの沖田さんと一緒にまわってるんだけど、どこ行ったかな」

「オイ大丈夫かよ、はぐれてないか」

 

なっちゃんに五百円玉を渡し、焼きそばを一パック受け取る。

 

「たぶん近くにいるからだいじょーぶ!それじゃなっちゃん、頑張ってね」

「あ、おいっ…」

 

少し心配そうな表情のなっちゃんに満面の笑みを向けて、その場を去る。焼きそばが食べたいと言ったのは沖田さんなんだもの、きっとすぐ近くで待っているはずだ。

 

「沖田さーん」

 

人をよけながら亜麻色の髪を探して歩みを進める。

きっとこの辺の、屋台の傍らで待っているはずだ。

 

「…沖田さーん!」

 

歩みを進める。きっとこの辺に…。

 

 

「……いない」

 

ああ、完全にはぐれたわコレ。迷子の迷子の沖田ちゃんだ。(あれ?迷子わたし?)もしかして逆方向だったのかな。そんな直感で、もうすぐ射的屋を通りかかる手前で踵を返し元来た道を歩いていく。あ、戻るってことはなっちゃんの前を通り過ぎるってことだよな。完全にはぐれたって思われるし、あんだけ笑顔で去っといてそんなんめっちゃ恥ずかしいし、なるべく早足で人混みに紛れて通ろう。

そう簡単に作戦を立て、顔隠し用としてひょっとこのお面を買い装着しながら、しれーーーっとなっちゃんの屋台の前を通り過ぎる。フフフ、完璧だな私。

 

「…祭に甚平で来てんのなんてガキかお前だけだっつの。アイツ、はぐれたな」

 

 

 

 

 

…それにしても、本当に見つからない。どこ行ったんだあんにゃろー。だからうろちょろしたらはぐれるって言ったじゃん!

歩き疲れた私は、屋台から少し外れた場所にベンチがあるのを見つけ無意識にそちらへ向かう。ちょっと薄暗いけど、休憩しちゃお。

どっこいしょ、とベンチに腰をおろし疲れた足を休める。

 

「よォ嬢ちゃん」

 

突然背後から声をかけられ、びっくりしつつも振り返る。左目を包帯で覆った男の人が怪しげな笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。…この顔に見覚えはない、が、その女物の着物には見覚えがある。そうだ、歓迎会の日に、私に刀当ててきた奴!めっさ危ない人!とんでもない人との出会いかましちゃったよりんご飴屋のおっちゃーん!

 

「まさか嬢ちゃんが真選組の輩だとは驚いたぜ。女中か何かか?」

「……」

 

名前こそ知らないけど、私の中では完全にヤバい奴と判断したからいらないことを言わないように黙り込む。いや、まあ、大当たりなんですけど。

 

「そんな身構えるなよ、別にとって食おうなんて考えちゃいねェさ」

「いや斬るでしょ、あなた」

「嬢ちゃん、花火は好きか?」

「……え?まあ、好きというか、今日の花火は楽しみにしてますけど」

「そうかい。そりゃちいと悪いことをしたかもなァ」

「どういうことですか?」

 

言葉とは裏腹に悪びれた様子を見せないどころか、笑みを含んだ声色にぞわりと悪寒が走る。何を企んでいるんだ、この人。

 

その時、空が明るく光った。赤、青、黄、紫。色とりどりの花が夜空に咲く。一瞬だけこの状況を忘れて素直に綺麗だという感想が漏れた。

 

「…始まったか。それじゃあな、嬢ちゃん」

 

危ない男はそう言うなりふらりと私の側をはなれ、花火を見上げる人々たちの群れの中に消える。その群れをただボーッと眺めていると、そこからなっちゃんが姿を現しこちらへと走ってきた。

 

「な、なっちゃん。屋台は?」

「今はみんな花火に夢中だよ。つーか鈴、こんなお面つけてもバレッバレだかんな。完全にはぐれてんじゃねーか」

「…バレてた?」

 

なっちゃんは私の隣に腰かける。私たちの視線はやはり空に向き、その目に花火を映す。

 

「二人で並んで花火見るなんて、初めてだよな」

「そーだね。手持ち花火ならあるけどさ」

 

そんな呑気な私たちの会話を、

 

―ドォォォン!!

 

花火ではない爆発音がさえぎった。

 

「なっ…なんだあれ!?」

「むこうの広場で爆発が…」

「攘夷派のテロだァァ!!」

 

誰かが叫んだその言葉を皮切りに、祭の客たちは我先にと爆発のあった広場から離れるように逃げて行く。

 

「テ、テロって」

「大丈夫だ鈴、真選組がいるんだろ?…それに祭には銀さんも来てる」

 

突然の出来事にひるむ私の頭を、なっちゃんは優しく撫でてくれる。

 

「坂田さんのところに行かなくていいの?」

「そしたらお前がひとりになっちゃうだろ。落ち着いたら真選組のとこまで送り届けてやるから、今はここで大人しく待ってよう」

 

その言葉に私はこくりと頷き、広場で起こっている騒ぎが落ち着くのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!土方さん!」

 

しばらくしてから広場へ向かうと、山積みになったカラクリの山(なんだこれ!)にもたれて一服している土方さんが見えた。すぐそばに折れた刀を手に落ち込んでいる様子の近藤さんもいる。

 

「…鈴!無事だったか」

「はい、なっちゃんが一緒にいてくれたんで」

「ああ、近藤さんのライバルか。コイツが世話になったな」

「断じてライバルじゃないけど。そりゃこっちの台詞ですよ、いつも鈴が世話になってます」

 

土方さんとなっちゃん、両方にお世話になっている私は、今日一番世話を焼いた彼の姿を探す。その人は、いつものポーカーフェイスを浮かべながらノコノコとこちらに歩いて来た。

 

「おー鈴。焼きそばちゃんと買ってんだろうな」

「ありますよ!つーか沖田さんのせいで私ヤバい人に会っちゃったんですからね!」

「あァ?誰のことでィ」

 

私が突き出した袋から焼きそばを取り出し、早速食べ始める沖田さん。

 

「刀持ってるんですよ。片目は包帯で覆われてたし、派手な着物だったし、完全にヤバい奴」

 

あの男の特徴を述べる私に、土方さんはタバコを口に含もうとする手を止め、沖田さんまでも焼きそばを食べる箸を止めた。が、それは一瞬のことで、また焼きそばを食べながら呑気な口調で喋る。

 

「…よくそいつに絡まれて生きてられたな。命乞いでもした?」

「してないですよ。え?本気のヤバい奴ですか?いやマジでヤバいなとは思ってたけど」

「前に車ン中で話した、高杉だよ」

 

土方さんの言葉に、呆気にとられる。あの時は眠かったけど、その名前には聞き覚えがあるし、なんか危険で過激だとかなんとか言っていたのも覚えている。え?私指名手配されてるマジもんのヤバい人に2回も遭遇したの?すごく今さらながら、背筋がヒヤリとした。

 

大きな溜め息と共に煙を吐き出す土方さんは、私を見据えてこう言い放った。

 

「お前、暗くなり始めたら一人で外出るの禁止な。門限6時」

「門限!?やだ!子どもじゃあるまいし!」

「ガキだろ。変に目ェつけられてたとしたら危ねーだろうが!」

「6時はさすがに早いんじゃねーか母ちゃん」

「誰が母ちゃんだ総悟コラ」

 

全力で楽しんでいたはずの祭は爆発騒ぎで台無しになり、私は門限を決められるという、散々な日になってしまった。 門限も、きっと爆発も、その高杉とやらのせいだ。私は彼を末代まで呪うだろう。


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