ザキさん大丈夫かな。なんか悪いことしちゃったなぁ。でもジャンケンしよって言ったのはザキさんだし、それで勝ったのもザキさんだし。私は負けてパシられてるだけ。よーし私は何も悪くない!
大江戸マートの店内でそんなことを考えながら、ふとアイス売り場を横切ろうとした時、高級アイスのバーゲンダッシュがひとつだけ残っているのが目についた。
ラストのひとつとなると無性に買いたくなってしまうのが人間の性というもので。私はバニラ味と記されたそれに手を伸ばす。
…と、他の誰かの手とぶつかった。
あ。と思って顔を上げると、隣にいたのはとてもキレイな女の人だった。
「ごめんなさい」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
女の人は柔らかな笑みを浮かべる。が、その白魚のような手からはバーゲンダッシュを離そうとしない。
「あのー、いや、私の方がごめんなさい。コレね私が先にとっちゃったんでね」
「そんな謝らないでください、絶対私の方が先にとってたのでコレ、ごめんなさいね」
ぐぐぐぐぐ、と互いに謝りながらもバーゲンダッシュを譲るまいと引っ張り合う。なにこの人、めっちゃ美人なのにめっちゃしぶとい!
女の人は微笑みながら言う。
「私バーゲンダッシュ求めてコレで5軒目なんです」
マジかよ嘘だろ!どんだけ好きなの!?つーかどんだけ売り切れてんのバーゲンダッシュ!!
「い、いやぁ私なんか10軒目なんですよ」
「あら?15軒目だったかしら」
嘘つけェェ!私も嘘だけど!!
それから5分ほど、このバーゲンダッシュを求めて何軒目かを言い合っていたのだが、私が50軒目だと口にしたのと同じタイミングで、
「お妙さん!」
と聞き覚えのある声がこちらに向かって発せられた。
私はお妙さんじゃないし、じゃあこの女の人がお妙さんなのか。彼女を呼んだ人間へと顔を向ける。
そこに立っていたのは、
「お妙さん、そのバーゲンダッシュはそちらのお嬢さんに渡してあなたはこの僕を…」
バーゲンダッシュのコスプレをした………え?近藤さん?近藤さん??
「…近藤さん」
「…えっ!?鈴ちゃん!?なんでこんなトコに!」
「いやこっちのセリフですよ!なんですかそのカッコ気持ち悪い!」
「あっ!こ…これは誤解だ!」
「誤解もクソもねーだろこの変態!!あの、お妙さんでしたっけ。コレやっぱいらないですさよなら!」
お妙さんと呼ばれた女の人に先ほどまで取り合っていたバーゲンダッシュを押しつける。そして走ってレジまで行き、マヨネーズ1本分の金額をピッタリ払うとレジ袋にも入れずにそのまま店を出た。
「やばい、やばいよあの人!」
ナニアレ!?近藤勲という人間が分からない!
今度からどう接すればいいんだろう。ぐるぐると頭を悩ませながら、早足で屯所へと戻った。
「ーーというわけなんですよ。どう思います土方さん」
「どう、と言われてもな…」
眉間にしわを寄せながら、土方さんは私が買ってきたマヨネーズをすする。直接すするのやめない?いやマジで。
「ていうか、そのお妙さんって近藤さんのどういう人なんですかね?恋人?」
「いや、果てしなく片想いだろうよ。被害届出されてるし」
そう言って、土方さんはマヨをすするのを一旦やめ机の引き出しから一枚の紙を取り出す。
覗き込んでみると確かにそれは被害届で、ゴリラにストーカーを受けているだのゴリラが気持ち悪いだの近藤さんらしき人への不満がビッシリと書かれていた。
「でも土方さん、なんでこのゴリラが近藤さんのことだって分かったんですか」
「ンなこと簡単だろ。本物のゴリラにストーカーされてるわけじゃねェんだ、人間でゴリラっぽい奴と考えたら…」
「…なるほど」
あれ、簡単に納得できるなんて不思議だな。
「とりあえず注意はしといたんだが、無駄みてーだな」
「愛されたいがあまりバーゲンダッシュのコスプレするくらいですからね」
「…鈴、茶を二人分淹れて局長室まで持ってこい。さすがにそろそろ帰って来てるだろ」
そう言って土方さんが立ち上がって局長室まで向かったから、命令通りお茶を盆に乗せて運んだというのに、部屋の前に着いたところで中から土方さんが出てきた。
「土方さん、お茶…」
「…甘かったか」
「え?」
土方さんは顔をしかめてこちらを向いた。
え、なに、怖いよ。
「俺の読みが甘かった。近藤さん、まだ帰って来てねェみてーだ」
「と言うことは…」
「まだストーキングしている可能性が充分にある」
……マジでか!!
一人の男は、肘枕をしながら眠そうな顔でテレビを眺めていた。
「変てこペットグランプリィ…?」と番組名を呟いては大きな欠伸をひとつ漏らす。
それから三秒が経つ。男の開いた口は閉じることなく、ぽっかりと開いたままだった。
原因はテレビに映った三人組と一匹だ。
「銀さん達出てんじゃん!!」
秒速でテレビの画面に張り付く。
そんな男を見て、ちょうど帰ってきた女は小さく溜め息をついた。
「そんな間近でテレビ見たら目に悪いですよ、凪さん」
「あ、お妙ちゃんおかえり。いやぁ万事屋がテレビ出てっからついビックリして」
凪と呼ばれた男はお妙の方を振り返ればへらりと笑ってみせる。
「まあ、本当」とテレビに目をやりながら、お妙はレジ袋を机の上へと置いた。その中からバーゲンダッシュを取り出す。
「お菓子買ってきたんですけど、食べます?」
「バーゲンダッシュ!?いいの!?」
それを見て目を輝かせた凪に対し、お妙は淡々とした口調でこう返す。
「何言ってるんですか、凪さんはこっちです」
「ビックリマンチョコって、お妙ちゃん…」
俺のこと何歳だと思ってんの、と苦笑を漏らした。
あの男が現れたのはそれとほぼ同じタイミングであった。
「お妙さァァァん!!」
護衛館の外から大声でお妙の名前を呼ぶ声が聞こえる。
お妙はその声にピクリと反応するも、凪はただキョトリと首を傾げた。
「ね、今お妙ちゃんの名前が…」
「ゴリラだわ」
「は?」
「あンのゴリラストーカー…」
お妙はイラついたように深い溜め息をつくと、立ち上がり玄関へと向かう。気になった凪もその後をついて行こうとビックリマンチョコを口の中に投げ入れて立ち上がる。
お妙と凪が玄関を出て門を開けると、そこにはゴリラ…近藤の姿があった。
「あっお妙さん!」
近藤はお妙を見て目を輝かせるも、隣の凪を見て瞬時に目を見開き後ずさる。
「おッおおおお妙さん、この男は…!?」
お妙は何かを思い付いたように口元に笑みを浮かべると、凪の腕をとりそっと寄り添う。
「私たち同居してるの。ねっ凪さん」
「え?あぁ、まあ」
同居、というのは本当のことではあるが。正確にいえば居候である。
それを近藤は違う意味で受け止めたのか、大層ショックを受けたようにその場に崩れ落ちた。
「近藤さん、どこにいるんですかね」
「大方あの女の所なんだろうが…女の居場所が分からねェからな、難しいモンだ」
隣を歩く土方さんはタバコの煙を吐く。それが風に乗って私の顔に吹きかかるのだからたまったもんじゃない。
眉をしかめゲホゲホと咳き込むも土方さんはまるで知らんぷりだ。(ムカつく!)
横目でバレない程度に相手を睨み付けながら歩いていると、一つの大きな道場を通りかかった。廃刀令のご時世に道場とは何とも珍しいというか何というか。
その道場の門の前へと歩いていけば、そこには二人の男と一人の女がいた。その内の男女は腕を組んでおり、もう一人の男は地に膝をついている。…なるほど、修羅場というやつですな?
ていうか待って。女の人、お妙さんじゃね?
「うん、あの美人さん絶対そうだ。あの人ですよ土方さん!」
お妙さんに向かって指をさす。となると、この落胆している人が近藤さんだ。黒いジャケットは土方さんの着ているものと同じでよーく見覚えがある。
「あ?…近藤さん!何してんだアンタは!」
「トシ!それに鈴ちゃん!?」
近藤さんはバッとこちらを振り返ると、驚いたように目を丸くした。
「やっと見つけたぜ…本当ストーカーも大概にしろよ」
土方さんは近藤さんの腕を引っ張り立ち上がらせると、「迷惑かけたな」と目の前の二人に軽く頭を下げる。
私も二人に向かって一礼し、その頭を上げて真っ向から顔を合わせた時。
お妙さんの隣にいる男の人と、ガッツリ目が合って。
「…なっちゃん?」
「鈴!やっぱ鈴か!」
私の探していた幼馴染が、すぐ目の前にいた。髪型も、着物も、私の記憶の中の彼と少し変わっていたからすぐに気づけなかった。
「…どういう展開だこりゃ」
「お妙さんの婚約者が、鈴ちゃんの友人…?俺は嫁も娘も取られたと言うわけか…」
「いや嫁も娘も違ェし…って近藤さん!?しっかりしろォォ!!」