真選組女中の非日常   作:むに

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5 見惚れてしまったんだ

ーーー1年前

 

 

 

「…ここが、江戸」

 

電車を降り、駅を出たそこに広がるのは地元と全く違う景色。

空には無数の飛行機が飛び交い、ビルの数も遥かに多い。

まず空気が違う。なんだこれ、地元の方が澄んでいるということが痛いほど分かる。まあ、あそこは田舎だからか。

 

さて、これからどこに向かおう。侍に憧れ江戸まで来たものの、到着してからを全く考えていなかった。

 

「……」

 

ぐう、と腹が鳴る。

…とりあえず腹ごしらえだな!

 

 

 

数十分ほど歩いたところにひとつの喫茶店が見えた。

ここでいいか、と戸を引いた、その時。

 

「おめっ今時レジ打ちなんてチンパンジーでも出来るよ!オメー人間じゃん!一年も勤めてんじゃん!何で出来ねーんだよ!」

 

店長らしき男から、少年に対しての怒声が聞こえた。

 

「す…すみません、剣術しかやってこなかったものですから」

 

メガネをかけた少年は罰が悪そうにそう述べる。

しかしその言葉が店長をより苛立たせたのか、

 

「侍も剣ももうとっくに滅んだんだよ!それをいつまで侍気どりですかテメーは!!」

 

と、少年の頬を思い切り殴った。

おい、なんだよこの店、やべーよ。

俺は店に立ち入ることも声をかけることも出来ずに、ただ戸を開けたままポカンと立つ。向こうも俺の存在には気付いていないようだ。

 

「オイオイ、そのへんにしておけ店長」

 

テーブル席の方から声がしたと思えば、人間ではない虎の姿をした生物がタバコを片手にしていた。

 

「オイ少年、レジはいいから牛乳頼む」

「あ…ヘイ、ただいま」

 

そう返事してメガネの少年はゆらりと立ち上がる。

 

「旦那ァ、甘やかしてもらっちゃ困りまさァ」

「いや最近の侍を見てると、廃刀令で刀を奪われるわ職を失うわ、なんだか哀れでなァ」

 

虎はタバコをふかしながら悠々と話し始めた。

 

「我々が地球に来たときばかりの頃は、事あるごとにつっかかってきたんだが…こうなると喧嘩友達を無くしたようで寂しくてな」

 

メガネの少年はお盆に牛乳の注がれたコップを乗せて虎の座る席へと向かう。

そして虎の傍へと来た少年の足を、あろうことか虎の足が引っ掛けた。当然少年は前へと転び、辺りに牛乳を撒き散らす。

 

「ついちょっかいだしたくなるんだよ」

 

そう言って虎は笑った。同席していた虎たちもワハハと笑い出す。

 

(……なんだ、コレ)

 

胸糞悪いな。

さすがに見ていられず、店の中へと一歩踏み出したその時。

 

「おい」

 

ひどく不愉快そうな、低い声。

それはメガネの少年と、少年の髪をつかむ店長の目の前に立ちはだかった、一人の男から発せられたもので。

 

その男を見て、まばたきをした次の瞬間には、店長が殴り飛ばされていた。

 

「なっなんだ貴様ァ!」

「廃刀令の御時世に木刀なんぞぶらさげおって!」

 

虎たちが騒ぎ出す。

 

「ギャーギャーギャーギャーやかましいんだよ。発情期ですかコノヤロー」

 

木刀を右手に、銀髪の男は発情期という単語だけで虎たちの言葉を片付けた。左手には空のグラス容器を持っている。

 

「見ろコレ…てめーらが騒ぐもんだから俺のチョコレートパフェがコレ…まるまるこぼれちゃったじゃねーか!!」

 

そう言うやいなや、銀髪の男は一人の虎の頭を木刀で殴り倒した。

 

「俺ァなァ!医者に血糖値高過ぎって言われて…」

 

残った二人の虎が慌てふためくも、男はお構いなしに木刀を振りかぶる。

 

「パフェなんて週一でしか食えねーんだぞ!!」

 

男が二人の間を通り抜ける、俺にはそう見えただけであったが。

バタリと虎たちは地に倒れた。なんだ今の、何がどうなって…!

 

「…すげェ」

 

ぽかんと開いた口から、自然と声が漏れるのが分かった。

 

「店長に言っとけ、味はよかったぜ」

 

銀髪の男はそう言い店を出る。入り口に立っていた俺になど目もくれずに。

俺の隣を素通りして行く男の裾を、なぜか俺は無意識に引っ張ってしまっていた。

 

「ちょっ…ちょっと待って!」

 

男が振り返る。俺より少し背の高い彼は真っすぐとした瞳で俺を見下ろした。裾から手を離し、そして深く頭を下げる。

 

「おっ…俺を弟子にしてください!」

 

自分でも何をしているんだろうと思った。

 

つい先ほど初めて見た男に、こうして頭を下げているなんて。

おまけに、弟子にしてくださいと懇願している。

 

「悪ィな、俺弟子とかとらねー主義なんだわ」

 

下げた頭の上から振ってきた返答。

慌てて頭をあげれば、男は店の側に停めていたスクーターにまたがっていた。

 

「そんなこと言わずに!なんとか!」

 

ゆっくりと走り始めたスクーターを追う。

 

「あぁん?しつけー奴だな」

「一目惚れしたんだ、さっきのアンタの剣さばきに!」

「おま…一目惚れとかやめろって俺もその気があるみてェだろ」

「いやそういう意味じゃなくて!」

 

息を荒げながらも必死にスクーターと並走する。

しかしすぐに足も追いつかなくなり、もう限界だというところで後ろの方から誰かの声が聞こえた。

 

「おいィィィィ!!」

 

走りながら振り向くと、先ほどの喫茶店で働いていたメガネの少年が物凄い形相でこちらを追いかけてきていた。

片手に血のついた木刀を握りしめている。…あれ、それって銀髪男のものだったような。

 

「よくも人を身代わりにしてくれたなコノヤロー!!」

 

どうやらメガネの少年は、知らぬ間に木刀を手に持ち罪を被らされたようだ。必死に走りながらの考えだから合ってるか分からないけど。

 

「いまどき侍雇ってくれる所なんてないんだぞ!明日からどーやって生きていけばいいんだチクショー!!」

 

ああ、おまけにあのバイトもクビにされたようだ。

メガネの少年が銀髪男に向かって木刀を振り上げる。すると銀髪男はいきなり急ブレーキをかけて止まった。俺自身はスクーターの横を走っていたから無事だったが、メガネの青年は股間をスクータの後部に強打する。すごく痛そうだ。

 

「ギャーギャーやかましいんだよ腐れメガネ!」

「ゼェ…あの、メガネくんは置いといて、ゼェ、ほんと弟子にしてください」

「オメーもしつこいわ!しねェつってんだろ!!」

 

大江戸マートの自動ドアから買い物袋を提げたひとりの女の人が出てくる。

 

「新ちゃん?こんな所で何をやってるの?お仕事は?」

 

新ちゃんと呼ばれたメガネの少年は、その女性に声をかけられた途端顔を真っ青にして目を見開き「げっ!姉上!」と大袈裟に仰け反る。

 

「仕事もせんと何プラプラしとんじゃワレボケェェェ!!」

「ぐふゥ!!」

 

メガネくんの姉らしい女性は先程の落ち着いた佇まいから一瞬にして鬼の形相へと変わり、弟であるメガネくんの顔面にドロップキックをくらわせた。

その後も容赦なく立て続けにメガネくんに馬乗りになって殴り続ける女性。よほど家計がピンチのようだ。

 

俺の本能がコレはヤバいと悟り、銀髪の男も危険を察知したのかいそいそとスクーターに乗り走り出そうとする。よし、俺も逃げよう。

 

「まっ…待って姉上、こんなことになったのはあの男のせいで…」

 

メガネくんの苦し紛れながらの声を聞き流し走り出そうとしたその腕が、あれ、動かない。

振り向けばあの鬼のような女性が端正な笑みを浮かべながら俺の腕をつかんでいた。

 

「ちが、メガネくんが言ってるのは俺じゃなくて…!」

 

弁解も虚しく、俺は女の勢いある拳を鳩尾に受け一発KOとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

ぱちりと目が覚める。見知らぬ天井が見えた。

 

「ずいぶんと長く気を失ってましたね。いえ、眠ってたのかしら」

 

隣から聞こえた女性の声。目を向けると見覚えのある女が優しく微笑みながらこちらを見ていた。

横たわった覚えのない布団からむくりと起き上がると、鳩尾にズキリとした痛みが走り思わず上半身を屈ませる。

 

ああ、そうだ、俺この人に鳩尾殴られて気絶して……それで、それで?

そこからの記憶が全くない。

ふかふかの布団、屋敷の一室、そしてこの女性。この女性の住む家であると考えるのが妥当だろうか。そんなことを思いながら首を傾げる俺に、女性は頭を下げた。

 

「ごめんなさい、貴方は何も悪くないのに私ったら気持ちが先走っちゃって…」

「え?…や、気にしないで、大丈夫だから」

 

先走ったどころじゃない気がするけど。鳩尾余裕で痛いけど。

 

「私、志村妙と申します。なぜ貴方は新ちゃん達と一緒にいたんです?」

「あ…俺は風見凪です。…ええと、それは」

 

俺は江戸へ来た理由から喫茶店であった出来事、そして銀髪の男のこと全てをお妙ちゃんに話した。するとお妙ちゃんはきょとりと目を丸くして頷く。

 

「そうだったの、貴方もあの人に何かを見つけて…」

「…も?」

「ええ、新ちゃんもあの銀髪男に惹かれるものを見つけたようで」

 

俺が気を失っている間に何があったのだろうか。

…いや、今はそこを気にしている場合ではない。あの男を探さなければ。

 

「そういや、その男は?」

「さあ…新ちゃんが着いて行ったけど、私にはどこに住んでるのか…。ああ、そういえば名刺を貰ったわ」

 

お妙ちゃんは眉を下げ首を傾げるも、思い出したように手を叩き合わせては懐から一枚の小さな紙を取り出し、こちらへと差し出す。

 

万事屋 坂田銀時。

よろず、とはいわゆる何でも屋といったところだろうか。

端の方にはその店の住所も表記されている。ここに行けばあの人に、銀時さんに、また会える。

 

「俺行ってく…いっだァァ!」

 

鳩尾が痛いことをすっかり忘れて立ち上がろうとすればまた鈍い痛みが走った。ホントどんだけ力強く殴ったんだよお妙ちゃん…!

 

「無理しちゃダメですよ、新ちゃんももうじき帰って来るだろうし、また明日にでも一緒に行けばいいじゃないですか」

「明日まで世話になるわけにはいかないよ」

「江戸に来たばかりだったら、行く宛がないんじゃないですか?」

「まあ…そうだけど」

 

お妙ちゃんは小さく微笑む。

 

「良いわ。凪さん、ここに住んだらどうかしら」

「え?…いいの?」

「もちろんタダ飯食わせるわけにはいかないので、その分働いてもらうことになりますけど」

 

微笑みを崩さず紡ぐその言葉には、稼がなかったらもっとボコボコにするぞというメッセージが暗示させられているように感じた。

 

「は、ハイ…!」

 

あの時の新八くんのようにはなりたくない一心から俺は何度も頷いた。

 

 

 

 

 

「…とまあ、こんな感じでお妙ちゃんと新八くんの家に厄介になってるわけ」

「すごい経緯だね、ほんと」

 

私もなっちゃんも、江戸に来て早々にとんでもない事件に巻き込まれてるなあ。

 

「じゃ、次は俺が質問しようかな」

 

なっちゃんはウーロン茶を飲み干すと私へと目を向ける。

 

「これまたなんで真選組の女中になったんだ?」

 

その質問に少しポカンとした。まず聞かれることは、なぜ江戸に来たのか、だと思っていたからだ。

目の前のなっちゃんはくすりと笑った。

 

「ああ、江戸に来た理由は分かるよ。三年待ちきれずに俺を追いかけてきたんだろ」

 

なるほどお見通しというわけか。的中されて少し気恥ずかしくなる。

 

「お前はちっさい頃から俺の後ばっかついてきてたもんな」

「やっぱり、なっちゃんが近くにいないと寂しくて」

「………」

 

けらけらと笑っていたかと思えば、途端に口元を手で覆い黙り込むなっちゃん。耳が少し赤いように見えた。

 

「なっちゃん、侍になりたいって言ってたから。廃刀令のご時世でも刀を持てるのは真選組かなって予想したんだけど見事に外れたなー」

 

真選組とは真反対の存在…攘夷浪士、だっけ。その人たちも刀を持っているらしいけど、簡単に会うことは出来ないし。

だが、そんな考えも全部違った。真選組でも攘夷浪士でもない、坂田銀時という一人の男に彼は着いて行っていた。

これでは私は本当に何のために真選組という組織のもとで働き始めたのか。やりたいと申し出たのは自分だけど、早起き辛いし、力仕事多いし。

 

「…もっとよく考えて、真選組に入る前に会えてたらよかったかな」

 

ポツリと呟いた私の言葉に、なっちゃんは首を横に振った。

 

「お前はそのままでいな、鈴」

「…どうして?」

「俺が銀さんに惹かれるものを見つけたのと同じように、鈴もあの人達に何かを見つけるよ」

 

私が、真選組の人達に惹かれるものを見つける?

近藤さん、土方さん、沖田さんと、真選組の中心である人物達の姿を思い浮かべる。そしてそれぞれの良い所悪い所を考えてみるも、イマイチ浮かんでこない。それもそうだ、まだ皆と一週間も過ごしていないのだから。

あの人達を知るには、語るには、まだまだ時間が足りない。

これから見つけていけるだろうか。彼らとうまくやっていけるだろうか。

 

「…うん、私頑張ってみるよ」

「おう。俺はいつでも鈴の味方だからな!」

 

そう言って優しい笑顔を浮かべるなっちゃん。

私はこの笑顔が昔から大好きだ。

 

「…さて、今日は一旦帰るか。鈴も忙しいだろ?」

「サボって来ちゃったから、まずはお説教かな」

 

青筋を浮かべてカンカンに怒る佐藤さんが簡単に想像出来た。

席を立ち、レジへ行く途中に坂田さん達のいるテーブルへと向かう。

確か近藤さんも出てきてたよな。あれは一体どうなったのだろうか。

しかし、そこに皆の姿はなかった。

 

「あれ、どこ行ったんだろ。帰っちゃったかな」

 

なっちゃんと私は首を傾げては疑問の残ったまま会計を済ませ店を出る。

 

「俺あっちに寄る所あるから。また近いうちに会おうな鈴、頑張れよ」

「うん、なっちゃんもね」

「なっちゃんはやめろ、ばか」

 

笑って手を振り合い別れれば、互いに別方向へと歩き出す。

空は晴天だというのに、これから怒られることを考ると私の心は曇り空だ。

 

 

 

 

 

店から屯所までの途中に、大きな渡り橋がある。そこはなぜか人だかりが出来ていて、どうやら橋の下を見下ろしているようだ。

その人だかりを後ろから怪訝な表情で見つめる土方さんの姿が。

 

「土方さん!何なんですか、コレ」

「お前なんでこんなところにいるんだよ。…さあな、何の騒ぎだ?」

 

土方さんは近くにいる男に尋ねる。

 

「何でも女取り合って決闘したそうですぜ」

「女で決闘だァ?」

「そんな漫画みたいなことあるんですね!ちょっと憧れるなあ」

「安心しろ、一生ねーから」

「ムカつく」

 

私の言葉を無視して人と人の間に割って入っていく土方さん。それを追うように私も人だかりの中へと突っ込んでいった。

 

「くっだらねェ、どこのバカが…」

 

土方さんが吐き捨てるように言い、橋の下へと目を落とす。

砂利の上に、仰向けで大胆にふんどしを見せながら倒れるゴリラっぽい男が一人。

 

「「近藤局長?」」

 

そう、まさに真選組の顔。

近藤局長であった。

 

…なるほど。あれから二人は決闘したんだ。

あれ、ということは坂田さんもお妙さんのことが好きなのかな?いや今はそんなことより、近藤さんだ。

負けてどうするんだよ、オイ。

 

「近藤局長?あれが真選組の局長、近藤勲さんですか?」

 

隣から聞こえた声に、そちらを向く。するとテレビの撮影カメラを構えた男が、近藤さんの哀れな姿を撮っていた。

そういえば今真選組に取材きてたんだっけ。

 

「…って撮っちゃダメでしょこれは!」

「バカ何撮ってんだ!」

 

慌てて土方さんと私はカメラさんを止める。こんなのが放送されたら真選組の面目丸潰れだよ!

 

「とりあえず近藤さんを連れ帰るぞ!」

「ラジャー!」

 

 

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