とある日の朝。屯所に届いた新聞を取りに行き、いつものように4コマ漫画をチェックする私であったが、今日は大きく取り上げられた一つの見出しに目を引いた。
「"またも出没!!怪盗ふんどし仮面"……?」
珍妙な事件に首を傾げていると、稽古終わりであろう沖田さんが姿を現した。
「おはようございます。沖田さん、怪盗ふんどし仮面って知ってます?」
「ああ、最近騒ぎになってる奴な。真っ赤なふんどしを頭にかぶって、ブリーフ一丁で闇をかける。そんでもって娘の下着ばっか盗ってはモテねェ男にバラまいてるらしいですぜ」
なんだそれ!私は初めて知ったけど、またもって書いてあるということは前から被害に遭っている女性がたくさんいるってこと?…あれ?
「沖田さん、私のは全く盗まれてません。納得できません」
「じゅうぶん納得できまさァ。ウサギ柄パンツなんて誰が盗るんでィ」
「何で知ってるんですか!?」
それにしても、なんて下劣な奴だ。はやく捕まればいいのに。
「真選組で捜査したりしないんですか?」
「管轄じゃないんでね。しかし奉行所の連中も捕まえるのに苦労してるみたいでさァ」
「いや、たった今俺たちの手で捕まえることになった」
そこに、突如土方さんが現れた。右手にピンク色のパンツを持ちながら。
「……もらったんですか、土方さん。ふんどし仮面から」
「モテねェ男に認定されたってわけだ、すげえや土方さんおめでとうございます」
「めでたくも何ともねェよ。ナメやがって…取っ捕まえて叩っ斬ってやる!」
怒りでワナワナと震える土方さん。確かにこのパンツのほどこしは一部の男には喜ばれるだろうが、一部の男には喧嘩を売っていることにもなる。
「準備しろ、戦場に向かうぞ」
車を走らせ到着したのは、なっちゃんが住み着いている恒道館道場。敷地内へ足を踏み入れると、万事屋一行、お妙さん、なっちゃん、そして近藤さんが揃っていた。
「待たせたな、近藤さん」
「おお、トシ!来たか!」
こちらに気付いた近藤さんがブンブンと手を振る。なっちゃんは私の姿を見て目を丸くしながら駆け寄って来た。
「鈴!なんでお前も来たんだよ。…ま…まさか鈴もパンツを…」
「それが不思議なことに無事なんだよ」
「そっか、それならよかった」
なっちゃんがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、瞬きをして目を開けた時にはお妙さんがなっちゃんの髪をつかんでいた。
「よかねェだろ。あたしはパンツ盗られてんだよ、それも勝負パンツがよ」
「痛い痛いスンマセン!!犯人が捕まることを切に願っときます!!」
「あれ、なっちゃんは参加しないの?」
「俺夜勤あるんだよ。だから鈴、無事でいてくれよな」
なんだ、なっちゃんも一緒だったら気持ち的に心強かったのに。それはさておき、どうやらお妙さんの勝負パンツがふんどし仮面に盗まれたらしい。そこで、お妙さんの全面協力のもと彼女のパンツをおとりにして犯人をおびき寄せ、叩く作戦になったようだ。
「ゴリラも多串くんもほどこしパンツを贈られ、甚平女は犯人から女子と見なされてないたァ真選組もざまァねーなあ」
そう坂田さんは完全にバカにしたように言ってのける。
「俺はもらってねーよ!!てめーこそもらってんじゃねェのか、ああ!?」
「モテモテの銀さんがもらうわけねーだろふざけんな!」
「私のパンツが盗まれてないのは犯人の目が節穴なだけですよ」
「まあウサギ柄パンツなんていらねーわな」
「だからなんで知ってるんですか!!」
くそ、絶対沖田さんだ。当の本人は地面に大きな風呂敷を広げていた。
「それ、なんですか?」
「地雷でさァ。鈴も好きなとこに埋めなせェ」
軽く言ってるけど地雷なんですよね?警察っておそろしーな。
「…全然泥棒来る様子無いんですけど」
新八くんが呟く。
日は暮れ満月がのぼり、辺りは完全に暗くなった。庭に面した廊下にお妙さんパンツを干し、私たちは木や草の陰に隠れて犯人を待つものの、一向に現れる気配がない。
「コレひょっとして今日来ないんじゃないですか?」
「大丈夫だよ来るって」
「いやだから何を根拠に今日来るって言ってるんですか銀さん!」
新八くんが苛立ち始める。いや、苛立っているのはきっとここにいる全員だろう。待機してからだいぶ時間経ってるし、ムシムシするし、蚊に刺されるし。ほら、言ってるそばから耳元で蚊の飛ぶ音!
「虫よけスプレーふっとけばよかった!うっとーしい!かゆい!」
「そんくれェでいちいち騒ぐんじゃねーようるせえな」
「いいですね土方さんのその制服は刺されにくくて!」
「いいわけねーだろ暑くて汗とまんねェわ!!」
「オイでけー声出すんじゃねーよ、泥棒にバレたら全部パーだぞ」
軽く口論を始める私と土方さんを横目に坂田さんはそう言った。そして、そんな坂田さんに向けて新八くんが呟く。
「パーなのはオメーらだよ、このクソ暑いのによ」
「なんだとこの野郎コンタクトにしてやろーか!」
これを皮切りに、大乱闘が始まった。見兼ねた近藤さんが慌てて制止に入ろうとする。
「あーもう止めて止めて喧嘩しない!暑いからみんなイライラしてんだな、なんか冷たいものでも買ってこよう」
「あずきアイス!」
「なんかパフェ的なもの」
「ハーゲンダッツ」
「ホヤの酢の物」
「牛丼豚汁弁当マヨネーズ500ミリリットルサイズボトルオプションで…」
「僕お茶」
「生ハム」
「ハイハイ、じゃ買ってくるからおとなしくしてなさいよ」
これが、近藤さんとの最後の会話となった。
「…ったくしょーがない奴ら…」
ピッ
ーードォン
すぐ近くで何かが大きな音を立てて爆発した。
見やると、カランと地に落ちる刀、そして変わり果てた姿で横たわる近藤さん。
「……アラ、近藤さんが爆発したわ」
「あー暑かったからアルヨ」
「んなわけねーだろ、自分でしかけた地雷ふんだんだよバカだね〜」
なるほど、文字通り自爆ってわけか。あ、うまい!座布団一枚ちょーだい!
「アレ?ちょっと待って。ひょっとして地雷どこにしかけたらみんな覚えてないの?」
新八くんの発言に、その場にいる全員が黙り込む。
「大変だわ、明日夜勤明けの凪さんが爆発するわ」
「言ってる場合ですかァァ!!僕らこっから身動きとれなくなっちゃったんですよ!もう泥棒とか言ってる場合じゃねーよ!!」
「鈴、お前が先陣切ってその辺走り回れ。背中は俺に任せろィ」
「私だけが爆発するじゃないですか!背中守られても意味ねえわ!」
「アハハハハハ!滑稽だ!滑稽だよお前ら!!」
道場の屋根の上から男の笑い声が聞こえ、みな一斉に顔を上げる。そこには、ブリーフ一丁のおっさんが私たちを見下ろしていた。
アイツがふんどし仮面か!絶対そうだ!!
「最悪だァァァ!最悪のタイミングで出てきやがったァァ!!」
「なんだか俺のために色々用意してくれていたよーだが無駄に終わったよーだな!」
装備がふんどしとブリーフのみということは沖田さんから聞いてはいたが、まさか本当だとは。ブリーフ一丁で闇をかけることはできても、彼女はできなかったんだろう。
「そこで指をくわえて見ているがいい。己のパンツが変態の手にわたるその瞬間を!!」
「自分で変態って言っちゃったよ」
変態は高らかに笑いながら屋根を滑り、お妙さんのパンツが干してある廊下に飛び降りる。
ーードォン
そして、爆発した。
「床の下にも地雷をセットしてたんですね」
「そーみたいだな」
地雷の爆発により、変態は倒れた。ように見えたが、ひらりと舞い落ちるお妙さんのパンツを変態の手がつかんだ。
「!!」
「フフフフ、甘いよ。こんなものじゃ俺は倒れない。全国の変態達が俺の帰りを待ってるんだ」
そう言いながらボロボロになりながらもゆらりと立ち上がる変態。なぜか無駄にいい目をしていた。
「こんな所で負けるワケにはいかない、最後に笑うのは俺よ!!クク、さらば…」
「待てェい!」
飛び去ろうとしたフンドシ仮面の足をつかんだのは、被爆した近藤さんだった。生きてたんだ!!
「汚ねェ手でお妙さんのパンツさわるんじゃねェ!!俺だってさわったことねーんだぞチクショー!!…銀時ィィ何やってんだ早くしろォ!!今回はお前に譲ってやる」
「うるせーな。言われなくてもいってやるさ。しっかりつかんどけよ」
木刀を構え、身動きのとれないフンドシ仮面に向かって突っ走っていく坂田さん。
「うらああああ!!」
しかし、所詮彼はモテない男だった。
ーーピッ
「ん」
ーードォン
「……。ヤバ、銀ちゃんも爆発したアル」
「ええええええ!?ここで!?…あれ、お妙さん?」
さっきまで隣にいたはずのお妙さんが、いない。
「フ…フハハハハ!やっぱり最後に笑うのは俺…」
「女をなめるんじゃねェェェェ!!」
屍と化した坂田さんを踏み台にして、薙刀を振りかぶりながらフンドシ仮面に飛びかかるお妙さんは、ここにいる誰よりも頼もしかった。
「ぎゃあぁぁぁ!」
「…アレ、生き残ったの私たちだけ?」
神楽ちゃんと新八くんは勝利をつかんだお妙さんに駆け寄って爆発したし。気付けば、立っているのは私と土方さんと沖田さんの三人だけだった。
「土方さん。ほどこしパンツ、実は俺の仕業でさァ」
「なんだと!?」
「そのパンツも鈴のものだし」
「えっ!?」
土方さんが懐から取り出したパンツをサッと奪う。本当だ、このデザイン、そしてタグに書いた自分の名前!私のパンツだコレ!!
「「コラァァァ!!待てェェェェ!!」」
すたこらと逃げ出す沖田さんを、私と土方さんが追いかける。しかしそんな追いかけっこにもすぐ終止符が付いて。
ーーピッ
「「「あっ」」」
ーードォン
(結果、生き残ったものは誰一人としてなく)