どうにか実力至上主義の教室へ   作:祭灯キャロット

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 全くの想定外で理解の範囲外だった白波(しらなみ)さんのアプローチ開始から一週間と少しが過ぎ、今日は7月1日、ポイント支給日である。

 ここ一か月授業態度に大きな問題はなかったしテストも頑張った。5000ポイントくらい貰えないかなあと期待していたのだけれど、残念ながら支給額は0のままだった。

 いよいよ金欠の二文字が見えてきたぞ?

 

 昨日は白波さんと二人で約束通りラーメンを食べに行ったけど、正直そんな呑気な事をしている場合ではなさそうだ。クラスポイントを増やす方法を真面目に考える時が来たのかもしれない。

 

 朝のホームルームで茶柱(ちゃばしら)先生から各クラスのポイントが教えられる。Aクラスは1004という羨ましいにも程がある数字を叩き出していた。一方のDクラスはと言えば安定の――おや?

 

「え、87って……俺たちプラスになったってこと!? やったぜ!」

 

 (いけ)君が喜びに飛び跳ねている。

 先生の話によると、中間テストを乗り越えたご褒美として全クラスに100ポイントが加算されたそうだ。教室内が(にわか)に活気付く。

 しかしそのご褒美が無かったら今月もゼロだったことを考えると、喜んでばかりもいられない。

 というか……

 

「あれ? でもじゃあ、どうしてポイントが振り込まれてないんですか?」

 

 そうだよ、それそれ。

 クラス全員を代表した池君の質問に、茶柱先生は申し訳ないという気持ちを微塵も感じさせることなく、いつもの意味深な笑みを浮かべてこう答えた。

 

「少しトラブルがあってな。1年生のポイント支給が遅れている。トラブルが解消され次第支給されるだろう。()()()()()()()()()()()、な」

 

 

 

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 放課後、須藤(すどう)君が茶柱先生に呼ばれていた。

 トラブルがあったと言われた日の放課後に、暴力的で有名なあの赤短髪が呼び出されたのだ。これで無関係ということはないだろう。支給が遅れているのは彼の所為(せい)と考えて間違いない。

 あーあ。やっぱり中間テストで潰しておけば良かったかなー。

 

 げんなりとした気分で寮に帰る。

 部屋着に着替えてベッドにダイブ。何を見るでもなく携帯を開くと、謎の通知を発見する。

 

 ――白波千尋(ちひろ)さんから50000pr(プライベートポイント)が送金されました。

 

 うん。謎だ。意味が分からない。

 そりゃ5万ポイントも貰えるのは嬉しいけど、こんな唐突にほいっと渡されても警戒するしかないだろう? 惜しいとは思いつつも送り返し、チャットで意図を問う。

 

『あれは何の5万?』

 

 既読がすぐに付く気配はない。

 白波さんは美術部に所属していて、おそらく今はその時間だ。ポイントの出入履歴を見てみると、送金されたのは帰りのホームルームが終わった直後のようだった。

 

 うーん、彼女とはどう接するのが良いんだろう?

 僕としては普通の友達として接したいんだけど、向こうがぐいぐい来るからなあ。こういう経験はないから本当に困る。かと言って突き放すのも気が引けるし。

 いっそさっさと告白してくれれば関係がはっきりするんだけど……いや、ちょっと待てよ?

 

 僕は白波さんとは、少なくとも彼女の髪が鎖骨にも触れないうちはお付き合いするつもりなどなかったけれど、打算で付き合うというのも一手か?

 

 『他クラスに友達を作ろう』作戦を思い出す。

 当初はDクラスのあまりの悲惨さを見て、何かあった時に僕を助けてくれる人が他クラスに必要だと思って始めた作戦だった。しかし現在の主目的はそれではない。

 僕は今、A()()()()()()()()()()()()()()()()()この作戦を遂行している。実を結ぶかは正直かなり難しいところだけど、何もしないよりはマシだろう。

 

 それを踏まえて白波さんと付き合うという選択肢を考えてみる。

 

 ……うん、ありだな。

 

 ……あ、いや、ありじゃない。

 

 打算で付き合って後々破局なんてことになったらそれこそ面倒だ。リスクに見合う程のメリットがない。

 やはり友達として適度な距離を保つのが一番だろう。まあ、その適度な距離というのを白波さんが全然考えてくれないのがそもそもの問題なんだけど。

 これじゃあ堂々巡りだな。

 

 とりあえず今日の授業の復習でもするか。

 そう思って体を起こしたタイミングで、携帯が誰かからのメールを受け取った。チャットではなくメールを使ってくる人は限られている。堀北(ほりきた)さんか綾小路(あやのこうじ)君か。おそらく後者だろう。

 

「うん、やっぱりね」

 

 部屋に来てほしいとのことだった。何の用事かは想像がつく。

 

『今朝先生が言ってたトラブルのこと?』

『ああ。須藤がやらかした。力を貸してほしい』

 

 自分で言うのもなんだけど、僕はクラスの中では頭が回る方だ。おそらく綾小路君もそう評価してくれているからこそ、僕に協力を要請したのだろう。

 本人が以前言っていた「他に声をかけられる相手がいない」というのも大きいかもしれないけど。

 

 理由はなんであれ頼ってもらえるのは嬉しいことだ。できることなら友人の力になりたいと思う。しかし――

 

『ごめんけどパス』

 

 今回の件に関しては、()()()()()()()()()()()()()()。何があったにせよ、僕よりずっと優秀な綾小路君なら余裕で解決できるだろう。

 

 僕は僕で白波さんの相手をするのに忙しくなりそうだし。

 今朝だって彼女は、僕と一緒に登校するために寮のロビーで待ってたからね。びっくりしたよ。

 ただ、たとえ白波さんの件が無かったとしても、須藤君が起こしたトラブル――須藤君騒動に対しては何をするつもりもない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、今回はそれを見せてほしいと思っている。

 

 この前の中間テストでは、クラスから退学者を出さないために随分と荒れた道を歩かされた。

 茶柱先生には何でもかんでも自分の所為だと思うのは自意識過剰だと言われたけれど、僕のこれまでの人生を鑑みるに、やはり僕がいる所為で生まれた不都合もあったはずだ。

 

 というわけで今回は僕が距離を置くことで事態はどう進むのか、あるいは進まないのか、それを見たい。

 

『そうか。分かった』

 

 とはいえ友人が困っているのに全く何もしないというのもあれなので、どうしても人手が足りない時は力になること、それからもし一之瀬(いちのせ)さんを主としたBクラスの人達に協力をお願いしたい時は、僕が橋渡しになることを伝えておいた。

 (もっと)も、人手も橋渡しも僕より櫛田(くしだ)さんの方がずっと適役なので、これは「君と敵対するつもりはないよ」という意思表示の面が強いかな。

 

 あと個人的な感情の話をさせてもらうと、須藤君のために動くというのが面倒くさい。というか、はっきり言って嫌だ。

 

 入学当初から感じていた須藤君に対する嫌悪感は勉強会を通して彼の為人(ひととなり)を知ることでいくらか落ち着いて、以前綾小路君に言われた『隙があれば潰してやろう』みたいな空気が出ることはなくなった。

 しかし今でもたまに、さっきみたいに「あの時潰しておけば良かったかな」と思うことはある。余裕で取り繕えるレベルなので本人にも綾小路君を含めた周りの人にも気付かれてはいないはずだけど、もし不用意に須藤君に近付けばまた以前のようになってしまうかもしれない。そういう危機感もあった。

 

 須藤君の手綱を握ってくれる人がいれば安心なんだけどなあ。どうせ今回のトラブルも、頭に血が上って他クラスの生徒に暴力を振るったとかそんなとこだろう。これだから筋肉バカは。

 期末テストまであと一か月無いんだぞ? ちゃんと勉強してんのか?

 

 なんで僕がこんな心配してやらなくちゃいけないんだよ……。

 

 高校生活初めての夏がいよいよ本格的に始まろうとしている今日この頃。やけに積極的な白波千尋とやけに暴力的な須藤(けん)が、僕の頭を悩ませていた。

 

 

 

 030

 

 

 

 翌日。

 朝のホームルームで、昨日言っていた『トラブル』の詳細が伝えられた。予想通り須藤君の暴力事件だった。

 

 被害者を名乗るCクラスの生徒は「一方的に殴られた」と主張し、須藤君は「向こうが先に喧嘩を売ってきた。正当防衛だ」と反論している。両者の証言が食い違うため結論が出せず、ポイントの支給を遅らせる事態となったようだ。

 最終的な判断は来週の火曜日に下されるとのこと。それまでに何らかの証拠を提示できないと須藤君は停学処分だし、クラスポイントにも影響があるだろう。まったく、何してくれてんだか。

 

 教室内はどうせ須藤君が悪いという空気になっていたけれど、櫛田さんは「クラスの仲間を信じたい」とか言い出した。そしてクラスのまとめ役でもある平田君や軽井沢さんがそれに賛同したため、一転して須藤君の無実を証明するために目撃者を探そうという流れになった。

 リーダーシップや求心力を持つ人は凄いね。僕には絶対にできない芸当だよ。

 

 まあ、目撃者が見つかったところで大した意味はないと思うけど。

 

 須藤君の言葉を信じるならこれはほぼ間違いなくCクラスが仕組んだ罠ということになる。曲者と噂の龍園(りゅうえん)君が統治する、あのCクラスだ。

 僕のAクラス移籍計画のことを考えると、龍園君の思想・思考はある程度知っておきたい。しかし不用意に近付いて目を付けられるのも嫌だ。今回は予定通り我関せず、大人しくしておこう。

 

 と、思っていたのだけれど……

 

「ねえ緒祈(おいのり)くん。緒祈くんってBクラスの人達と仲良かったよね? 目撃者がいないか一緒に聞き込みに行かない?」

「え」

 

 放課後、櫛田さんに声をかけられてしまった。

 確かに僕はBクラスに何人か友人がいるけれど、櫛田さんの交友網には到底敵わない。僕を連れていく意味はないと思うんだけど、それを伝えると、

 

「ダメ、かな?」

 

 上目遣い+涙目の必殺パンチが飛んできた。一瞬くらっとするけれど、所詮はショートヘアだと言い聞かせてなんとか平静を保つ。

 風が吹いても大して(なび)かないような髪に、この僕が靡くわけないだろ。なめんなよ。

 

 しかしここで抵抗を続けて教室内の視線を集めてしまうのも本意ではないため、仕方なく一緒に行くことにする。

 

 櫛田さんはどうして役に立ちそうもない僕を誘ったのだろうか? さてはあの男の仕業かと綾小路君の方を見ると、一瞬だけ目が合ってすぐに逸らされた。

 まさか自分が上手く逃げられなかったからって、腹いせに僕を巻き込んだのか? やめてくれよ……。

 

 Bクラスの教室に着くと櫛田さんは僕を置いてひょいひょいと前に行き、他クラス相手でも物怖じすることなく堂々と話を始めた。

 ほら、やっぱり僕いらないじゃん。

 

「少しだけ話を聞いてもらってもいいですか? 私、Dクラスの櫛田桔梗(ききょう)って言います。実はDクラスとCクラスの間でトラブルがあって――」

 

 適当に聞き流しながら知り合いがいないか探す。一之瀬さんはいないようだけど、神崎君を発見した。

 

「やあ」

「珍しいな、緒祈がここに来るのは」

「入学初日以来だね」

「今回は災難だったな」

「まあね。でも災難なのはむしろ、無関係なのにポイントの支給が見送られている神崎君たちじゃない?」

「多少支給が遅れたところで俺たちは困らないさ」

「あはは。それもそうか」

 

 確かにポイントが貰えなくて一番困るのはDクラスだ。

 ただ、困るとは言っても借金しなきゃやってられないって程ではないんだよね。少なくとも僕は。

 ……それがどうも()()()には伝わらない。

 

「ねえ神崎君」

「どうした?」

「白波さんってどんな人?」

 

 昨日の5万ポイントは本人曰く「緒祈君がポイントに困ってると思って」とのことだった。

 その厚意はありがたいんだけど、そこまで切羽詰まってないし、額がでかいし、なにより警戒心が捨てきれない。

 

 しかしいくら遠慮しても彼女は執拗に5万ポイントを送ってくるので、その度に同額を送り返している。ログでは僕と彼女の間で5万ポイントが9往復していた。

 学校が見たら不審がること間違いなしだ。いや、誰が見ても不審だろう。

 

「俺はほとんど話したことがないから深くは知らないが、一部ではマスコットキャラのように扱われているみたいだぞ。話し上手というよりは聞き上手なタイプだな。引っ込み思案とまでは言わないが、少々気弱な性格のように思う」

「なるほどね……」

「白波がどうかしたのか?」

「いや、気にしないで」

 

 僕が抱いている印象とはズレがあるな。

 

 部活に行ったのか幸いにも今この教室にはいないけど、もしクラスメイトが周囲にいる状況で僕が現れたら、彼女はどういう挙動を見せるだろうか。

 『普段教室にいる時の白波千尋』なのか、それとも『緒祈真釣(まつり)を前にした時の白波千尋』になるのか、はたまたパニックになって逃げ出すのか。それが分かればまた少し彼女のことを理解できるんだけど……まあ、理解したところで何ができるかは分からない。

 

「人の寄り付かない放課後の特別棟か。目撃者がいる可能性は極めて低いな」

「……」

「緒祈?」

「……うん? ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「それは構わないが、Dクラスはどうするつもりだ? 目撃者が見つからなかった時のことも考える必要があるだろう」

「どうするんだろうねえ?」

「他人事みたいな言い方だな」

 

 今の僕には須藤君騒動の目撃者がいるかいないかより、白波さんの人物像の方がずっと気になる。気付いたら彼女のことばかり考えている……という程ではないけれど、僕の脳みその数割を占有されていることは間違いない。

 しかし緒祈真釣は白波千尋のことを狙っている、なんて噂が流れても面倒なのであまり積極的な調査はできない。やっぱり本人に向き合うのが一番かなあ。

 

 いや、今はとりあえず須藤君騒動のことを考えるか。直接的に関わるつもりはないけれど、一切無関係を通せるとも思えないし。

 

「もしBクラスの力が借りたくなったら、また僕か櫛田さんが来ると思うから、その時は話だけでも聞いてよ」

「ああ。しかし一之瀬が事情を知ったら、むしろこちらから協力させろと言い出すかもな」

「あー、それはありえるね」

 

 今回の一件はCクラスによる冤罪事件の可能性が高い。虚偽の報告により不当な罰が与えられるかもしれない状況は、正義感の強い一之瀬さんなら、それが他クラスのことであっても見過ごせないだろう。

 

 問題なのはもし一之瀬さんから協力の申し出が来た場合に、それをDクラスが受け入れられるのかどうかだ。特に堀北さんは強い抵抗感を示すと思う。

 何かしら策が必要になってくるのかな。

 

 まあ、どうせ最後には綾小路君がなんとかしてくれるだろう。

 万が一なんとかならなかったら、その時は白波さんの5万ポイントに手を付けてしまうことになりそうだ。

 

「緒祈?」

「……うん? ああ、ごめん。考え事してた」

「またか。それは構わないんだが、櫛田はもう帰ったぞ」

「えっ」

 

 教室を見渡すと、確かにそこに栗きんとん色のショートヘアはいなかった。あの女、わざわざ僕を連れて来たくせに一人で帰りやがった。

 僕が神崎君と喋っていたから邪魔をしないようにという配慮なのかもしれないけど、一言もないのはなーんか納得いかないぞ?

 

「それじゃあ僕も帰るとするよ」

「ああ。目撃者探しの件は一之瀬にも話しておこう」

「助かるよ。と言っても僕は今回そこまで積極的に動くつもりはないけどね」

「そうなのか?」

「うん。ちょっと個人的に面倒事というか厄介事というか、何だかよく分からない問題を抱えていてね」

「なるほど。白波のことを聞いたのはそれか」

 

 相変わらず察しが良いねえ。

 流石はBクラスの参謀さんだ。

 

「これに関してはそっとしておいてくれると嬉しいかな」

「お前がそう言うなら余計な手は出さないさ」

「ありがとう。じゃあ、また」

「ああ。またな」

 

 僕はDクラスの教室には寄らず、そのまま寮に帰った。

 携帯を見るとまたポイントが増えていたので、慣れてしまった手つきでささっと送り返す。

 

 あっちへこっちへ落ち着きのない5万ポイントは、記念すべき10回目の往復を完了した。

 

 

 

 

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