036
昼休み。
50ポイントで買えるパッサパサのツナマヨパンに口の中の水分を略奪されている僕に、
彼女とは顔を見れば挨拶くらいはする仲だけど、教室で話すことはほとんどない。珍しいなあと少し驚く。
「やあ堀北さん。どうしたの?」
「一応お礼を言っておくわ。昨日はありがとう」
「……どういたしまして?」
「……なぜ疑問形なのかしら?」
「いや、心当たりがなくて」
「
「あー、それね」
昨日の記憶は
堀北さんは礼を済ませてもすぐには自分の席に戻らず、今回の
「須藤くんの件、あなたはどう考えているの?」
「Dクラスに不利益のない形でさっさと解決してくれないかなあって」
「そうじゃなくて……私が何を聞きたいのか分かっているでしょう? 真面目に答えなさい」
睨まれてしまった。
考えてる事を正直に言っただけなのに。
「一之瀬さんの紹介も終わったから、僕はもう本当に一切何をするつもりもないんだよね。堀北さんたちで勝手にしてくれて大いに結構。終着点はもう見えてるでしょ?」
「終着点? どういうことかしら?」
「あれ、まだだったの? じゃあいいや。今のは忘れて」
須藤君騒動の現実的な終わり方は
いつまで目撃者に
「待ちなさい。ちゃんと説明しなさい」
「ごめんごめん。なんとなくそれっぽいことを言ってみただけで、僕の頭には本当は何も浮かんでないんだよ」
「白々しい……
そりゃあ僕だって上がりたい気持ちはあるけれど、その熱量は堀北さんの十分の一にも満たないんじゃないかな。
いや、そんなことよりも聞き捨てならないフレーズがあったぞ?
「ちょっとちょっと、綾小路君と一緒にしないでよ。僕には隠している実力も隠さなきゃいけない実力もない。ベリーノーマルな人間だよ」
「そうは思えないわね。綾小路くんはあなたのことを『この学校で最も油断ならない相手』だと評していたわよ?」
あの野郎……さては堀北さんに目を付けられたのが嫌で、その関心を分散させるために僕を使ったな?
順風満帆の神様に見放されている点を除けば、僕は本当に面白みのないただの男子高校生なのに。
「それに須藤くんの件では、実力を隠すどころか戦線に参加してすらいないじゃない。これはクラスの問題なのよ? そんな怠慢は許されないわ」
「個人的な事情で忙しいんだよ。というか一之瀬さんを紹介してあげたでしょ? それで許してよ」
「その紹介も随分と回りくどい手を使ったわね。ひょっとして須藤くんが停学になっても、それどころか退学になっても構わないと考えているの? 思えば中間テストの勉強会でも、一度物凄く不穏な空気を出していたわよね」
よくそんなこと覚えてるね。僕自身も忘れかけていたことなのに。
うーん、どうしてこんなに責められているんだろう? 最初はお礼を言いに来てたはずだよね?
ここまで執着するなんて、もしかして僕に惚れて……なわけないか。
「あの時は確かに退学になればいいのにって思ってたよ」
「今は違うと?」
「そうだね。彼の運動神経がクラスのプラスになる日も来るかもしれないし」
「なら今回の件も協力しなさい」
「それとこれとは別問題」
「はぁ……話が通じないわね」
多分僕のことをAクラスを目指すための手駒にしたいんだろうけど、旗頭にするには堀北さんじゃあ不安なんだよなあ。内面が成長してくれれば考えてあげなくもないけど。
とりあえず今はこれ以上食い下がられても鬱陶しいので、適当に追い払うとしよう。
「安心しなよ。堀北さんが何の解決策も思い浮かばなかったとしても、綾小路君がちゃんと尻拭いしてくれるから」
「不愉快な言い方ね。名誉棄損で訴えるわよ?」
「僕はただ事実を言っただけだよ。いつもの君と同じようにね」
「……本当に不愉快だわ」
「どうしても僕に協力してほしいなら、ちゃんと頭を下げて『お願いします』って――」
「結構よ。あなたの力も綾小路くんの力も借りない。この件は私一人で解決してみせる」
「そう。じゃあ、頑張って」
「ふんっ」
不機嫌オーラ全開で自分の席に帰る堀北さん。
クラスの問題なんだから協力しろと言っていたくせに、最後には自分一人でやる宣言だ。そういうところが治れば、もう少し仲良くできるんだけどなあ。
しかし撃退には成功したけれど、彼女と綾小路君との共同戦線にまで
何がまずいって、堀北さんが目撃者候補である佐倉さんに突撃して彼女の心を余計に閉ざしてしまう可能性が出てきたのだ。
別にそれでも須藤君騒動にそこまで大きな影響はないと思うけれど、単純に佐倉さんが可哀想だ。
一応綾小路君にメールしておくか。佐倉さんのフォローをしてあげてって。
あの綺麗な鴇色ロングがストレスで傷んでしまうのは――長髪フェチはお
「おや?」
メールを送ろうと携帯を出すと、一之瀬さんからチャットが来ていた。
『相談したいことがあるの。今日の放課後、時間ある?』
このタイミングでの相談ということは、千尋さんが何かしたのかな。昨夜の音声データを渡したとか? それはもう少し後になると思っていたけど、あの子、行動力だけはあるからなあ。
『大丈夫だよ。どこで落ち合う?』と返すと、すぐに反応があった。
『ホームルームが終わったらすぐに体育館裏にお願い』
『了解』
体育館裏?
なんだなんだ告白か?
それとも昨日みたいな告白
そんな展開はありえないと思いつつも完全には捨てきれずにいると、今度は千尋さんからメッセージが届いた。
『私、今日の放課後一之瀬さんに告白するね』
正解発表ありがとう。そういうことね。
でも一之瀬さんが僕に何の相談があるのか分からないし、千尋さんが僕にこの報告をしてきた意味も分からないな。僕の知らないところで勝手にやってくれていいんだけど。
というか……え、千尋さん、昨日の今日で告白するの?
どんなメンタルしてるの?
アホの子というかナゾの子だなあと感心(?)していると、続けてもう一つメッセージが来た。
『その後で話したいことがあるから、校門を出た辺りで待ってて』
なんで告白の前後でする側とされる側の話を聞かにゃならんのだ。僕は準備運動と整理運動か? 前菜とデザートか? プロローグとエピローグか?
でも特に用事があるわけでもないので、こちらにも『了解』と返しておく。
携帯をしまうと、見計らったようなタイミングで5時間目の開始を告げるチャイムが響いた。
あ、綾小路君にメールするの忘れてたわ。
佐倉さんごめん。
037
「緒祈くんっ」
相変わらず見るだけでスタミナが全回復されるビューティフルヘアだ。そのストロベリーブロンドを毎夜受け止めている彼女の枕が羨ましい。もし生まれ変わったら今度は美髪少女の枕に――ってこらこら。
こういうことはもう考えないって決めたじゃないか。今朝決めたばかりじゃないか。三日坊主どころか半日坊主じゃないか。
「ごめんね待たせちゃって」
「気にしないで。そんなに待ってないし」
Dクラス担任
「連絡事項はない。なにか質問がある者はいるか? いないな? では解散だ。気を付けて帰れよ」
7秒で終わった。早すぎるだろ。
一方のBクラス担任
「それで、相談って?」
悠長に世間話をしている場合ではないはずなので、とっとと本題に入ってもらう。
「私ね、ここで告白されるみたいなの」
一之瀬さんはどこか落ち着きのない様子でそう言って、制服のポケットから一枚の手紙を取り出した。ハートのシールが貼られた可愛らしいラブレターだった。
中を見てもいいと言われたけれど、僕宛てに書かれたものではないので遠慮する。
「それで?」
「私、恋愛には
「へえ。告白され慣れてそうだけど」
「えっ!? いやいや、全然だよ。私、告白なんてされたことないもん」
ふうん。
「緒祈くんは?」
「告白? ないよ。一回もない」
中学時代は興味と関心のほとんどが自分自身に向いていたため、碌に恋愛なんかしてこなかった。
でも昨日のあれは0.4回くらいにはカウントできそうだよね。四捨五入すると0みたいな。
というわけで僕はこう言うしかない。
「だから助言を求められても、悪いけど力にはなれないと思う」
そのラブレターの差出人を考えると、男目線の意見が必要な場面でもないからね。
「えっと、緒祈くんにお願いしたいのは助言というか……」
「?」
「彼氏のフリ、してもらえないかな?」
え、そのパターン?
「色々調べたら、付き合っている人がいるのが一番相手を傷つけずに済むって……」
「なるほどね」
そんなことを頼むということは、何度か登下校を一緒にしたけれど僕と千尋さんが付き合っているという噂は出てないみたいだね。安心安心――じゃなくて。
これはちょっとお説教が必要だね。
「ねえ一之瀬さん」
「うん?」
「嘘を吐かなきゃ仲良くできないの?」
例の噂を気にしながら僕と『お友達』をやっている一之瀬さんに、果たしてどれだけ響くだろうか。
「その程度の友情で満足できるなら好きなだけ嘘を振り撒けばいいよ。上っ面だけの友達ごっこで心ゆくまで高校生活をエンジョイすればいいよ」
「そ、そんなつもりじゃ――」
「どんなつもりだろうが関係ない。ここで相手の気持ちに正面から向き合うことができないなら、そんな一之瀬さんとは友達になれないよ」
「わ、私は……」
少し言い過ぎたかな。でも、言わなきゃいけない。
一之瀬さんの友達として。
そして、千尋さんの友達として。
「今まで経験がないとか、そんなの言い訳にはならないよ。君は一人の人間の全身全霊の恋心を、破釜沈船の覚悟を、一世一代の告白を、まともに向き合いもせず踏み
「……そう、だよね」
「受け入れるにせよ受け入れないにせよ、まずは受け止めないと」
「……ごめん」
傷つけたくないという気持ちは理解できる。でも告白を断る以上、相手を傷つけることは避けられない。
『フラれた傷』はどうしても付いてしまう。
そこに『嘘を吐かれた傷』を重ねるのは残酷だ。
特に今回は、僕が彼氏のフリをしたところで千尋さんには速攻で見抜かれるんだし。
「改めて聞くよ。
「……ううん。目が覚めたよ。
「そう。それはよかった。じゃあ、僕はこれで」
そろそろあの子も来るだろうし。
「緒祈くん」
「うん?」
「ありがとね」
「いえいえ」
千尋さんに鉢合わせないように、体育館をぐるりと大きく回って校門まで向かう。
碌な恋愛経験もないくせに、随分と偉そうに語ってしまった。
……これで千尋さんが二日連続の告白卓袱台返しを披露したら笑えるな。
今回こそはちゃんと真面目に告白するよね? 一之瀬さん相手にそんなことする意味ないもんね? 99パーセント大丈夫だとは思うんだけど、捨てきれない1パーセントがあるんだよなあ。
まあ、その時は先輩被害者として慰めてあげよう。千尋さんはアスファルトの上で正座させよう。
校門を出て、寮とは逆方向にほんの少しだけ歩いて、そこにあった丁度いい手すりに腰掛ける。
……もし昨日みたいにムードを作ってから告白するなら、結構時間かかるだろうなあ。
038
校門から吐き出される臙脂色の制服が随分と
僕を探してかきょろきょろとしているので、軽く手を挙げてこちらに気付かせる。
とぼとぼと歩いてきた千尋さんは既に一度心のダムが決壊したようで、目元が真っ赤に腫れていた。ブレザーの袖は一部だけ濃い色になっている。
「えへへ、フラれちゃった」
気丈に振る舞う彼女に、僕はなんと声をかければいいのか分からなかった。
分かるのは彼女が一之瀬さんのことを本気で好きだったこと。そして本気の告白をしたこと。
昨日のことを思えば今の彼女を見て『ざまあみろ』と感じてもおかしくないけれど、不思議と僕にそのような感情は湧かなかった。
「あ、気を遣わなくていいからね? 最初から無理だろうなって思ってたし、フラれる覚悟もしてたから」
「覚悟していたから平気、というものでもないでしょ」
「……まあ、そうだけど」
一之瀬さんが真正面から受け止めてくれたなら、嘘偽りのない言葉で返してくれたのなら、それがせめてもの救いかな。
「でも、大丈夫。これで終わりじゃないから」
どうやら千尋さんは既に前を見ているらしい。
そのことに安堵している自分に気付く。
「いいんじゃない? 一回フラれたらそこで諦めなきゃいけない、なんてルールはないわけだし」
「ううん。そうじゃなくて」
ん?
そうじゃなくて?
「私は諦めるよ。アタックし続けても迷惑にしかならないだろうし。でも、一之瀬さんのことが好きだって気持ちはそう簡単には消えない」
「そうだろうね」
一回フラれたくらいであっさり消えてしまう恋心なら、涙が流れることはなかっただろう。
「私じゃ一之瀬さんとは付き合えない。でも私は一之瀬さんのことが好き。だから一之瀬さんには、せめて私が納得できる人と付き合ってほしいの」
「……うん?」
「というわけで
「……はい?」
「一之瀬さんがどこの馬の骨とも知れない男と付き合うのは嫌なの。でも真釣くんにだったら、安心して任せられる」
この子は一体何を言っているのだろう?
「私、昨日言ったでしょ? 真釣くんが見抜けていない目的があるって。あれはね、真釣くんが一之瀬さんの彼氏に相応しいか見極めていたんだよ」
「……」
「私がフラれるのは分かってたから、その先まで考えて手を打っておいたの。どうよ、賢いでしょ?」
そう言ってドヤ顔を見せつける千尋さん。
予測できなかった展開ではあるけれど、果たしてこれを賢いと言っていいものだろうか。
「悪いけど、僕は一之瀬さんと付き合うつもりはないよ」
「え、どうして? あの一之瀬さんだよ? 外見も内面も200点満点の一之瀬さんだよ?」
「良い人なのは認めるよ。ただ――」
卒業まで恋をしないって、今朝決めたばっかりだからなあ。
「もしかして昨日の私の所為で、恋に臆病になっちゃった?」
「そうじゃないんだよなあ」
「もしかして付き合うなら私と、とか考えてる?」
「それだけはありえないんだよなあ」
昨日の
……いや、そもそも恋心なんてなかったけどね。ちょっと
「なるほど。とにかく一之瀬さんと付き合う気はないと」
「そうだね。だから諦めてほしい」
「でも真釣くんってちょろいし、なんとかなると思う」
「ちょろい言うな。なんとかしようとするな」
いくら僕でも同じ手に二回引っ掛かったりはしない。恋をしないと決めている今の僕は、半年かかったって落とされないぞ!
「でも一之瀬さんにはもう言っちゃったんだよね。私がダメなら真釣くんと付き合ってって」
「何言ってくれちゃってんの!?」
容赦なく事が進んでやがる。普段の何事もスムーズにいかない僕とは真逆の状況と言える。
ただ、どうだろうか。
思わぬところで自己分析が一歩進んだ。
いや、そんなことより。
ちくしょう。ただでさえ例の噂の件でナーバスな関係なのに、なぜそこに厄介極まりない爆弾を放り込むのか。
「二人の距離が縮まるように、私頑張るよっ!」
「頑張らなくていいから」
「一之瀬さんが真釣くんに惚れたら、あとは一瞬だろうね」
「おい、僕の気持ちを無視するな」
「安心して。一之瀬さんに猛アタックされたらどうせすぐ落ちるから」
その可能性が割と高いから安心できないんだよ。
フラれたばっかのくせに楽しそうにしやがって。落ち込まれるよりはいいけどさあ。
千尋さんはどうやら本気で僕と一之瀬さんが付き合えばいいと思っているらしい。これは人の気持ちを考えろと言っても意味がなさそうだな。アプローチを変えるか。
「……分かったよ。千尋さんのプランに乗ってあげる」
「本当!? やった!」
「Bクラスの委員長さんだから手駒としては申し分ないね。僕の為に存分に働いてもらおう。それから彼氏の立場を利用して好き放題しようかな。ふふふ。
「――っ!」
突如豹変した僕の雰囲気に、千尋さんは目を見開いて二歩退く。そう、それでいい。
彼女の前でこういう風になったのは、そういえば初めてだったな。これで須藤君や
折角できた面白そうな友達だったんだけどなあ。寂しい気持ちはあるけれど、僕がこういう人間である以上、遅かれ早かれいつかはこうなっていた。
本当の僕を知っていながら仲良く出来るのは、綾小路君のような特殊な人間くらいだろう。
そう諦観していると――
「おおっとっと。危ない危ない」
千尋さんはそのまま寮に逃げ帰るかと思いきや、こちらに二歩近付いて元の位置に戻った。そして何故かほっとしたような笑みで、こう言った。
「もう少しで騙されるところだった」
僕は怪訝な視線を向ける。
「騙すも何も、今のが本当の僕だよ」
「本当も何も真釣くんは真釣くんでしょ? 冷酷ぶってるけど冷酷になりきれていない、私の友達の緒祈真釣くんだよ」
「……はあ?」
冷酷ぶってるってなんだよ。
「本気で一之瀬さんを利用するつもりなら、傷つけるつもりなら、それをこの場でわざわざ私に言わないよね」
「……」
「じゃあなんであんなこと言ったんだろう? 一之瀬さんと近付けられると何か不都合があるのか、それとも単に私からの信頼が大きすぎて戸惑ったのか。あるいはその両方かな?」
「……」
何も言えないのは図星だから。
まったく、昨日のアホっぽさはどこに行ったんだよ。これじゃあまるで別人じゃないか。本命の告白が終わって何かが吹っ切れたのか?
「私は真釣くんのこと、結構ちゃんと見てるんだよ」
そう言ってもらえて嬉しい気持ちはあるけれど、僕はそれを言葉に出せるほど素直な人間ではなかった。
それに、千尋さんが思っているほど素敵な人間でもない。
そういえば彼女には、僕の中学時代の話はしていなかったな。
「一つ誤解を正しておこうか」
「誤解?」
「例の噂。本来の入学予定者を蹴落としたというのはガセだけど、極悪人という部分は完全には否定できないよ。僕はクラスメイトを転校に追い込んだことも、不登校に追いやったこともある。
「……本当なの?」
「うん」
「でも、最後に『痛い目を見るよ』って忠告してくれてる時点で、やっぱり冷酷になりきれてないよね」
「……言葉の綾だよ」
「ふふふっ。どうだか」
楽しそうに笑いながら彼女はまた二歩踏み込んできて、僕の横にぴったりとくっついた。なんのつもりだ?
「真釣くんって、私のこと身内認定しちゃってるよね」
「身内認定?」
「パーソナルスペースの開放、絶対的な許容、そして敵対という選択肢の排除。まあ一言で言うと『甘い』だね」
甘い。
緒祈真釣は
それは確かにその通りで、否定の余地はミジンコ一匹分もない。
「それを昨日の一件で肌身に感じたから、だから私は真釣くんのことを信用してるの」
「……へえ」
「それで、できれば一之瀬さんと付き合って、身内認定もしてあげてほしいなって、そう思ってる」
「どうして君がそんなことを――」
「最初に言ったじゃん。好きだから、得体の知れない他の男とは付き合ってほしくないの。それと、一之瀬さんはお人好し過ぎるからね。真釣くんみたいに人の裏まで考えられる
僕の中学時代を知ってなお、その信頼は揺らがないのか。
これって――
「千尋さんの方こそ、僕のこと身内認定しちゃってるんじゃないの?」
「そうだよ。今更気付いたの?」
「……」
即答する千尋さん。
僕は二の句が継げない。
「分かったでしょう? この『恋のキューピッド計画』を諦めさせようなんて無理な話だよ。だから、むしろ真釣くんの方が諦めてね」
「……諦めるも何も、僕は一之瀬さんとは適度な距離で友好関係を築ければいいと思っているけれど、付き合いたいとは思ってないし、身内認定とやらをするつもりもないよ」
「それは、例の噂があるから?」
「どうだろうね」
仮に僕を極悪人と称すあの噂が無かったとすれば、千尋さんが言う『恋のキューピッド計画』とやらを快く受け入れていただろうか。
……うーん、分からない。
「じゃあ一週間待ってあげる」
「……はあ?」
「一週間で、例の噂の所為で生まれた一之瀬さんとの
「なにそのミッション」
「私のこと散々アホアホ言ってた真釣くんなら当然できるよね?」
「やっすい挑発だなあ」
挑発を受けたことで逆に冷静になって考えてみると、千尋さんは僕と一之瀬さんが仲良くなることを望んでいて、それは僕の希望と全く同じ方向性なんだよなあ。
例の噂があるから余計なことをしてほしくないと思ったけど、それが解決したなら……そこまで悪い提案でもない、かな?
うん、僕がやることは変わらないもんな。
「分かったよ」
「おお!」
「一週間は待ってくれるんだよね?」
「うん」
「噂の件はその間になんとかする。その後は、まあ、千尋さんの好きにするといい」
「うん!」
「ただし、僕は一之瀬さんに恋愛感情を持つつもりはないし、必要以上に近付くつもりもない」
僕の気持ちを強制するのはお断りだ。
でもまあ誘導したいんなら、お好きにどうぞ。
「それでいいよ。でも一つ約束して」
「何?」
「一之瀬さんが嫌がること、傷付くこと、不利益になることはしないでほしい。少なくとも意図的には、絶対に」
「約束はできない。ただ、善処はする」
「……信じてるよ」
「参ったね。君にそう言われちゃあ裏切れない」
これで僕が一之瀬さんの敵になんか回った日には、きっと千尋さんは泣いてしまうだろう。それを心底嫌だと思うくらいに、僕は彼女を身内認定している。
ほんっと甘々だな。甘々の激甘だな。ラグドゥネームかよ。
なにはともあれ一週間だ。
緒祈真釣と白波千尋と一之瀬帆波による奇妙な三角関係が構築される前に、噂の件をさっさと解決しちゃいますか。