どうにか実力至上主義の教室へ   作:祭灯キャロット

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044-046 両手に花

 044

 

 

 

 須藤(すどう)君騒動の解決に一人で挑むと言った堀北(ほりきた)さんをもう一度綾小路(あやのこうじ)君と組ませるには、どう説得するのがいいだろうか。

 話し合いの場には来てくれるので、彼女が孤軍奮闘を諦めるのに丁度良い切っ掛けさえ与えてあげればそれで解決すると思う。ではその丁度良い切っ掛けとは何か。

 

 一人じゃ無理だと論理的に言い聞かせるのは、上から目線と取られて堀北さんの機嫌を損ねてしまうかもしれない。気が強い人だからね。負けん気が強い人だからね。

 

 となると逆に、徹底的に下手に出てお願いするのはどうだろうか。「堀北さんの協力が得られなくて僕や綾小路君が困っています。だからどうか力を貸してくれませんか」と。

 しかし綾小路君の本当の実力に勘付いていて、しかも僕のことを過大評価している彼女には、ひょっとすると嫌味に聞こえてしまうかもしれない。

 まったく、面倒な黒髪ちゃんだぜ。

 

 さあて他に打てる手は何かあるかなあと夜通し考えた結果、堀北さんが好きそうな手が一つ浮かんだ。

 交渉だ。

 

「というわけで堀北さん。君がもう一度綾小路君との協力関係を築いてくれるのなら、今月末に控えた期末テストに向けての勉強会に全面的に協力すると約束しよう」

「何が『というわけで』なのか分からないのだけれど……まあ、いいでしょう。須藤くんたちの期末テストには不安があったから、そこで緒祈(おいのり)くんが力を貸してくれるなら助かるわ」

「じゃあ交渉成立ってことで」

「ええ。その代わり、勉強会は本気でやりなさい。赤点が一人でも出たら許さないから」

「善処するよ」

 

 そんな感じで、綾小路君からの依頼は未来の僕を犠牲にすることでなんとか完遂できた。堀北さんは性格に難があるだけで、話の通じない馬鹿ではないからね。

 

 一仕事終えたのでもう帰りたい気分なんだけど、残念ながらそうはいかない。綾小路君にはもう一つ頼まれていることがある。

 

「僕に何をさせたいんだか……」

 

 そんな独り言を漏らしながら家電量販店カメラシティへと向かい、言われた通りカメラコーナーをうろうろする。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 30分近く経っても何も起こらない。

 いつまでここにいればいいのかメールで聞いたんだけど、気付いていないのか無視しているのか、返信はまだ来ていない。

 

 もう帰っちゃおっかなーと思い始めた頃、視界の端に見覚えのある鴇色の髪が映った。クラスメイトの佐倉(さくら)さんだ。隣には櫛田(くしだ)さんと綾小路君もいるじゃないか。珍しい組み合わせだな。

 とりあえずこれといった指示は受けてないし、普通に話しかけちゃっていいよね?

 

「やあ君。奇遇だね」

「よう緒祈。間違えずに呼んでくれたことは嬉しいが、なぜオレの名前は信号機みたいに着色されてるんだ?」

君の方が良かったかな?」

「そうだな。どうせ色が付くならドイツの国旗みたいに――ってそういう問題じゃねえよ」

 

 わお! オスの三毛猫ばりに珍しいとされている綾小路君のノリツッコミだ!

 折角だしもう数パターン披露しようかと思ったんだけど、今日はここまでと踏みとどまる。一度に何個も出しちゃうと、後々ネタ切れして困るからね。

 

「佐倉さんと櫛田さんもこんにちは」

「こんにちは緒祈くんっ」

「……こ、こんにちは」

 

 ありゃりゃ、どうやら佐倉さんに怯えられてるっぽい。

 見るからに人見知りさんだし仕方ないよねーと思って苦笑していると、綾小路君が間に入ってフォローしてくれた。

 

「安心しろ佐倉。こいつは……まあちょっと変わった奴ではあるが、少なくともお前に危害を加えるような奴じゃない」

 

 フォローしてくれた……?

 

「それは……なんとなく分かります。緒祈くんは、他の男の人とは目が違うというか……変というか……」

「もしかして僕、ディスられてる?」

「あっ、あのっ、そうじゃなくて……ごめんなさい!」

 

 謝る必要はない。

 彼女が僕の視線を変だと感じたのは、多分僕が髪ばっかり見ているからだろう。

 

 というか、どうして男子連中が女子の胸できゃっきゃわいわい盛り上がれるのか分からない。あんなのただの脂肪の塊じゃん。ラクダのコブと一緒じゃん。

 

「それにしても綾小路君。右にサクラ(佐倉)さん、左にキキョウ(桔梗)さんって、お手本のような『両手に花』だね」

「……お前はそういうしょうもないネタ、大好きだよな」

「しょうもない言うなよぉ」

 

 確かにしょうもないけどさあ。

 

「わわっ、言われてみれば! 緒祈くんよく気付いたね」

「私は全然っ、花なんかじゃないです……」

「佐倉さんはとっても素敵なFlour(フラワー)だよ」

「え、えっと……小麦粉でもないです……」

 

 へえ、こんなくだらない冗談にも付き合ってくれるのか。もっとコミュニケーションを避ける人だと思っていたけど、意外だな。最初の一歩さえ上手く近付ければ、結構話せるのかな?

 佐倉さんに対する印象を更新していると、綾小路君がこんな提案をした。

 

「なあ佐倉。緒祈と連絡先を交換しないか?」

「えっ……」

「何かトラブルに巻き込まれたとき、こいつは頼りになるぞ」

 

 連絡先が交換できたらそりゃ嬉しいけど、勝手に頼りにされても困るよ……?

 佐倉さんも困ったような顔してるし。

 

「で、でも……私、緒祈くんと話したことないし」

「そうだよな、流石に抵抗があるよな」

 

 ……なんか僕がフラれたみたいになってない?

 

「じゃあ佐倉が一方的に知るだけならどうだ? それなら緒祈から変なメールや電話が来ることも無い」

「なんで僕が変なメールや電話をすることが前提なの?」

「えっと……それなら……大丈夫、かな」

「僕の意思を無視して話が進んで行くぅ」

 

 ドア・イン・ザ・フェイスを利用してまで僕の連絡先を佐倉さんに握らせたいのか。昨日は保険をかけておきたいとか言っていたけど、綾小路君は一体どんな事態を想定しているのだろうか。

 まあ僕に不利益があるわけでもないので、大人しくメールアドレスと電話番号を教える。

 

「あ、ありがとうごいます……」

「いえいえ」

 

 なんのお礼なのかよく分からないし、多分佐倉さん自身も分かってない。だって話の流れ的には、綾小路君が僕たちにお礼を言うべきだもん。

 

 彼が何を考えているのか少し探ってみるか。不審がられないように、なるべく自然に。

 

「3人は、どうしてここに?」

「私が佐倉さんのデジカメ壊しちゃって、さっきそれを修理に出して来たの」

「なるほどねー」

 

 過去形か。

 カメラコーナーの隅にある修理受付カウンターに目を向ける。彼女たちの姿をあそこに見た覚えはないので、僕が来る前に済ませていたのだろう。で、綾小路君は店内で適当に時間を潰して僕を待っていた。

 

 しかし、なぜそもそもここに綾小路がいるのだろうか。それを尋ねると、答えてくれたのは佐倉さんだった。

 

「わ、私がお願いしたんです……」

「へえ。意外だなあ」

「オレみたいな軟弱な奴でも、男がいた方がなにかと安心だろ?」

「綾小路くんは軟弱じゃないよっ!」

 

 ややっ。

 佐倉さんがイメージにない大声を上げたのでびっくりした。

 

 でもその内容は全面的に同意できる。綾小路君のどこに軟弱の要素があるというのか。そりゃもう兎角亀毛ってやつだ。佐倉さんはよく分かっていらっしゃる。

 

 それにしても――

 

「随分信頼されてるね」

「あー……そうみたいだな」

 

 僕が千尋さんに(ほだ)されたように、綾小路君も佐倉さん相手に庇護欲をそそられたのだろうか。

 多少なりとも何らかのプラスな感情はあるはずだ。昨日聞いた彼のプランは目撃者である彼女にやけに気を遣っている印象があったし、今日はわざわざ僕を呼びつけて連絡先を渡させた。

 

 ……ただ、その先が分かんないんだよなあ。

 

 須藤君騒動みたいな問題を解決するための『考え』ならまだしも、理論も損得勘定もなく感情に起因した個人的な『考え』となると、これは中々に読み難い。綾小路君みたいな素を見せないタイプは特にだ。

 結局10分弱話をしてみたのだけれど、彼が僕に何をさせたいのかは分からないまま解散となった。

 

 それから僕は脳にもやもやを抱えたまま、千尋さんに借りたポイントで幾つか買い物をしてから寮に帰った。

 

 そして夕方、綾小路君からメールが届いた。

 そこには「絶対にお前からは連絡するな」という命令文とともに、佐倉さんの電話番号とメールアドレスが記されていた。

 ……まさか何の説明も無しに、これだけで意図を汲み取れるとでも思っているのか? やめてくれよ。今は余計なことに頭使いたくないんだよ。

 

 とりあえず他に浮かばないし、僕の長髪フェチを知っている彼からの粋なプレゼントってことにしておくか。

 

 

 

 045

 

 

 

 全然休めなかった週末が明けて月曜日。

 

 今日のお昼は綾小路君と一緒に学食に来た。彼と3日連続教室の外で喋るというのは珍しいことだ。偶然の影響もあるけれど、須藤君騒動が佳境に入ったというのも一つの要因だろう。未だに詳細不明な佐倉さん問題もあるしね。

 この時間も当然その話をすると思っていたのだけれど、彼の初手は予想外の質問だった。

 

「なあ緒祈。入学して3ヵ月で200万ポイント貯める方法、お前なら何か思い付くか?」

「はあ? 200万?」

「そうだ。200万だ」

 

 随分と突飛な話だけど、とりあえず考えてみる。

 

 実現可能か怪しい手段や、学校にバレたら最悪退学させられるような手口なら幾つか思い付く。しかし彼が求めているのは多分そういう手じゃないだろう。となると一つしか浮かばないんだけど、これはこれで実行できる人が限られている。

 帆波(ほなみ)さんか龍園(りゅうえん)君。それから名前しか知らないけど、もしかしたらAクラスの坂柳(さかやなぎ)さんや葛城(かつらぎ)君も。あと我らがDクラスの平田(ひらた)君も、その気になればできるかもしれない。

 

 ところで先程の綾小路君の質問は、実際にその数字を見たような口振りだった。ではそのポイント残高は誰のものなのか。彼の交友関係を考えると――

 

「帆波さん?」

「……よく分かったな」

「ねえ綾小路君。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そんなの僕だって知らないのに」

 

 これは嫉妬ではなく警戒だ。もし人には言えないような手段でその情報を入手したと言うのなら、彼と敵対したくないと思っている僕でも黙ってはいられない。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「待て、誤解だ。オレは見ようと思って見たわけじゃない。偶々(たまたま)目に入っただけだ」

「ポイント残高が偶々目に入る状況って何?」

「ポイントの送り方を教えてたんだよ」

「君の何倍も友達がいる帆波さんがそれを知らないとは思えないんだけど」

「相手が匿名希望で、普通の電話番号やメールアドレスが使えないっていう特殊な状況だったんだよ。今朝の話だ。一之瀬に確認してくれて構わない」

「ふうん……」

 

 筋は通っているし、すぐバレる嘘を吐く理由もないか。

 

「なーんだ。そういうことか」

「……ふぅ。須藤たちが向けられていたのはこの感じか」

「うん? 何のこと?」

「お前を本気で怒らせるとヤバそうだって話だよ」

「あははっ。怒りをパワーに変えてジャイアントキリングってかい? バトル漫画じゃないんだから」

 

 たとえ感情が(たかぶ)って僕の秘められた能力が開花したとしても、綾小路君には到底敵わないだろうさ。

 ……でもまあ、引き分けくらいには持って行けるかな?

 

「それで、どうなんだ? 200万貯める方法は」

「教えないよ。帆波さんが黙っているなら、僕がそれを話しちゃいかんでしょ」

「そうか。それもそうだな」

 

 (もっと)も、『僕が200万という数字だけで帆波さんまで辿り着いた』こと自体が綾小路君にとっては大きなヒントになるだろう。孤高を基本スタイルとしている彼には、少し難しい発想かもしれないけど。

 この件は無闇に人に話すなよと釘を刺すと、彼は元よりそのつもりだったようで素直に頷いた。

 

「というか教えてほしいのはむしろ僕の方なんだけど、なんで佐倉さんの連絡先を送ってきたの?」

 

 他クラスから自クラスへと話を移す。

 

「あー、あれは……最初は何かに使えるかもっていう漠然とした目的だったんだが」

「漠然としすぎでしょ。その程度で連絡先をリークされる佐倉さんが可哀想だよ。あと日曜日に呼び出された僕も可哀想」

「昨日の夜に事情が変わった。いや、事情が分かったと言うべきか」

 

 そう言って彼は携帯を操作する。僕に何かを見せるつもりだったのだろうけど、やっぱり必要ないと判断したのか途中でやめてしまった。

 

「佐倉は今、ストーカーの被害に遭っている」

「あらまあ……」

「緒祈にはあいつを見守ってほしい。連絡先を互いに知っていると相手の位置情報が分かるんだが、知ってたか?」

「いや、知らなかったけど……」

 

 つまり僕が位置を把握できるように連絡先を、佐倉さんに気付かれないように交換させたわけだ。そして現在ストーカーに頭を悩ませている彼女を、今度は僕がストーキングして見守れと。

 位置情報の見方をレクチャーしてくれている綾小路君を「ちょっと待って」と止める。

 

「えっと……あのさあ。えっと……どういうこと?」

「近いうちにそのストーカーか、あるいは佐倉自身が行動を起こす可能性が高い。しかしあいつ一人では危険すぎる」

「だから僕が用心棒をしろ、と。……いやいや、僕の体力の無さを知らないの? 腕相撲で佐倉さんに勝てるか怪しいレベルだよ?」

「力が無いなりの戦い方くらい持ってるだろ? オレが駆け付けるまでの時間を稼いでくれればそれでいい」

「それなら最初から君が見守ってあげればいいじゃん。佐倉さんにも信頼されてるんだし」

「そうしたいのは山々なんだが、誰かさんが須藤の件に協力してくれなかったせいで忙しくてな」

 

 くっ……嫌な言い方をしてくれるぜ。

 

「今日明日明後日の3日間だけ、それも放課後だけでいい。力を貸してくれ」

「うーん……」

 

 星之宮先生との対峙は木曜だし、それに向けた準備はもう終わってるというか千尋さんに丸投げしているので、放課後に時間が無いわけではない。佐倉さんが酷い目に遭うのは僕も望まないし、その為に助力するのもやぶさかではない。

 

 それでも素直に頷けないのは、綾小路君の思い通りに動くのがなんか(しゃく)だからだ。

 どうやら僕の中には、先程の『帆波さんの所有ポイントを綾小路君が知っている件』に()()()()()()()()()()()()()()()自分が、まだ残っているようだ。

 

 おかしいな。

 彼女にそこまで絆された覚えはないんだけど。

 

「……うーん」

「オレに貸しを一つ作れる。これでどうだ?」

 

 煮え切らない態度の僕に、綾小路君が魅力的な提案をしてくれた。

 

「なるほどね……。位置情報を見てバレないように尾行して、何かあったら君に連絡して到着まで時間を稼ぐ。で、いいんだよね?」

「そうだ。引き受けてもらえるか?」

「どうして君がそこまで佐倉さんを気にかけるのかは分からないけど……うん、いいよ。貸し一つね」

「ああ。頼んだ」

 

 もちろん引き受けたからには真面目にやるけどさ。

 須藤君騒動に星之宮先生案件、そして佐倉さん問題。終わったものも含めるなら千尋さん事件もあった。

 

 7月が始まってまだ一週間ちょっとだよ?

 

 何の神様が頑張ってるのか知らないけど、イベント色々起き過ぎです。

 

 

 

 046

 

 

 

 楽な仕事だろうと思っていた。対象の位置情報が分かるんだし、体力もそんなに使わないはずだし、余裕だろうと。

 しかし実際にやってみると、1日目にして既に投げ出したい気分でいっぱいだった。

 

 外を歩いている佐倉さんを追うのは問題ない。見失っても焦る必要のない、難易度の低いストーキングだ。

 問題があるのは寮に帰ってからだ。綾小路君が追加注文した『寮にいる時も、陽が沈むまでは5分おきに位置を確認すること』というルールが、僕の精神を蝕んでいた。10分ならまだしも5分て。鬼かよ。

 

 単純に面倒くさい。そして何より罪悪感が半端ない。

 

 携帯の画面に映る桃色のマーカーから「お前何やってんの?」という呆れた声が聞こえてくるようだ。本当、何やってるんだろうね。

 こんなことを明日も明後日も続けていたら頭がおかしくなりそうだ。ストーカー野郎でも佐倉さんでも、どっちでもいいからさっさと行動を起こしてくれないだろうか。

 

 いっそこの苦行に慣れてしまえば楽になるのになあと甘い期待を抱いて迎えた2日目。

 当然ながら慣れるわけがなかった。一晩寝ただけでは精神的疲労を回復しきれず、むしろ1日目より辛い。

 

 今日の放課後は須藤君騒動の審議があり、佐倉さんもそちらに赴いている。僕はその位置情報を図書室で5分おきに確認していたのだけれど、ある時ぱっと見て彼女がトイレにいることに気付いてしまった。

 

「……」

 

 申し訳なさで死にたくなる。なるだけだけど。

 

 もしやこれは綾小路君が僕に仕掛けた回りくどい精神攻撃なのではないかと疑い始めた頃、審議が終わったのか佐倉さんは学校を出て、どこにも寄らず真っ直ぐ寮に帰った。そしてその後も出掛けることはなかった。

 まじかー、明日もかー。

 

 ちなみに審議自体は綾小路君の想定通りに進んだようで、明日の放課後に再審が行われるそうだ。堀北さんの誘導も上手く出来たらしく、彼の計画に狂いはない。

 うーん……彼の能力が高いのは間違いないけど、それにしたって随分と都合よく事が運んでいるじゃないか。羨ましい。妬ましい。隣の芝生が青々としてやがる。

 

 そして迎えたストーキング最終日。須藤君騒動終幕の日。

 

 ようやく事態が動いた。

 佐倉さんが動いた。

 

 寮に直帰せずショッピングエリアに向かう彼女を、昨日一昨日より数メートル距離を詰めて尾行する。

 

 やがて佐倉さんはカメラシティの裏側に入って行く。これは間違いないなと判断し、綾小路君に空メールを送信する。

 

 建物の陰に身を隠しながら路地裏を覗き込むと、そこには佐倉さんともう一人、強い癖っ毛の若い男がいた。

 ごうごうと室外機か何かが唸っている中、2人の話し声が微かに聞こえる。

 

「もう私に連絡してくるのはやめてください……!」

「どうしてそんなことを言うんだい? 僕は君のことが好きなんだ……本当に大好きなんだ……愛している! 君はただ、僕のこの想いを受け入れてくれればいいんだよ。運命の出会いに感謝して僕たちの愛を確かめようじゃないか。さあ! さあ!!!」

「やっ、やめて!」

 

 うっわー……。

 帆波さんには告白は正面から受け止めろって言ったけど、これは違うわ。逃げるのが正解だわ。そもそもこんなの告白とは呼べないだろ。醜悪と凶悪とか、そういうやつだ。

 

 しかし僕の予想に反して、佐倉さんは逃げずに抗戦を続ける。彼女は鞄から何やら紙の束を取り出した。あれは……手紙かな?

 

「どうして私の部屋を知ってるんですか! どうしてこんなもの送ってくるんですか!」

「そんなの決まってるじゃないか。僕と君は心で結ばれているんだから!」

「もうやめてください! 迷惑なんです!」

 

 そう言って佐倉さんは手紙の束を地面に叩きつけた。

 

「どうして……どうしてそんなことするんだよ! 君を思って、君を想って書いたのに!」

 

 男が一歩二歩と近寄り、佐倉さんもまた一歩二歩と後退する。

 やがて佐倉さんの背が倉庫のシャッターにぶつかり、2人の距離がじりじりと詰まっていく。

 

 ……綾小路君まだかなあ。

 佐倉さんと大して仲が良いわけでもない僕が出るより、彼女の信頼を得ている彼がズバッと解決してくれた方が良いのになあ。

 

 本当はもう少し決定的な場面になるまで待つべきなんだけど、髪の長い女の子が怯えているのをこれ以上見過ごすことはできないし……。

 しゃーない。やりますか。

 

 

 パシャ。

 

 

 今にも佐倉さんに掴みかかろうとしていた男の姿を携帯に収める。

 シャッター音とフラッシュに気付いた男がこちらを向いたので、その顔も撮っておく。パシャ。

 

「な、なんだお前は!」

「うーん、長髪フェチ?」

 

 綾小路君(ヒーロー)はどこで油を売っているんだか。

 あんまり遅いと君の見せ場(ステージ)を奪っちゃうよ?

 

 ……なーんてね。

 (かませ犬)にそんなこと出来るわけないっての。

 

 精々無様に地を這って、時間を稼ぐとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

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