どうにか実力至上主義の教室へ   作:祭灯キャロット

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004-006 今日からここで

 004

 

 

 

 この学校にはSシステムという、ちょっと……いや大分変ったシステムが導入されている。

 

 生徒には学生証カードというものが一人一枚発行されており、学校の敷地内ではこれがクレジットカードのように使える。その支払いは日本円ではなく、学校から支給されるポイントを消費する。

 ポイントは毎月一日に自動的に振り込まれるそうで、現在僕の手元には今月支給された10万ポイントが眠っている。1ポイントが1円と等価なので、つまり10万円だ。

 

 わーお! 太っ腹だね!

 

 しかしサエちゃん先生改め茶柱(ちゃばしら)先生は「この学校は実力で生徒を測る」と言っていたので、おそらくこの支給額は成績によって上下するのだろう。僕は繰り上がりで合格したギリギリもギリギリ、崖っぷちの新入生だ。不安は大きい。

 

 Sシステムの説明を終えた茶柱先生が出ていくと、教室には10万ポイント=10万円という大金を手にしてテンション爆上がりの生徒がほとんどだった。服を買いたいとかゲームを買いたいとか、カラオケに行こうとかカフェに行こうとか、今日は学園祭だっけ?ってくらい盛り上がっている。

 しかし中には僕のように今後の高校生活に不安を感じている人や、そのあまりの額に何か裏があるのではないかと勘繰っている様子の人もいた。

 

 ところで入学式までまだ30分以上あるけれど、今は一体何の時間なのだろう? やることがないなら制服取りに行ってもいいかな?

 うーん、でも勝手に教室出るのもなあ。今がそのタイミングなら校内放送で呼び出してくれそうなものだし。入学初日に職員室に呼び出されるってのも、中々恥ずかしいけどね。

 

 そういえば茶柱先生ってえらく縁起のいい名前だけど、その点は僕の緒祈(おいのり)という苗字に近いものがあるね。なんかこう、スピリチュアルな感じが。

 勝手に親近感を感じていると、教室ではいつの間にか自己紹介をする流れになっていた。なるほど、今はそのための時間か。制服は放課後に行くとしよう。今日は入学式だけだし、それならトイレも我慢できるだろう。

 

「じゃあ次は後ろの君、お願いできるかな?」

 

 おっと、僕の番か。

 

緒祈(おいのり)真釣(まつり)です。趣味は……まあ、強いて言えばジグソーパズルですかね。体を動かすのはあまり得意ではありませんが、手先はそこそこ器用です。よろしくお願いします」

 

 ぱちぱちぱちとそれなりの拍手、ありがとうございます。

 悪目立ちすることなく、どうやら上手くできたようだ。これで遅れて入って来たという失点もリカバーできていればいいんだけど。

 

 ……あ、性別のこと言うの忘れてたわ。

 

 

 

 005

 

 

 

 僕は『国を支える』とか『日本を背負う』といった表現があまり好きではない。なんというか今にも崩れそうで潰れそうな、そういうマイナスな印象を受けるのだ。伝わんないかな?

 入学式ではそういうフレーズがちょこちょこ出てきて、あまり楽しくなかった。元より楽しむようなものではないけどね。

 幸いなことに退屈な時間は存外短く、二時間弱で終了した。

 

 それから教室に戻って一通り敷地内の説明を受け、昼前には解散となった。

 

「茶柱先生」

「制服だな?」

「はい」

「職員室にある。付いてこい」

 

 トラブルはもう出尽くしたのか、ここからはスムーズなものだった。迷うことなく(はぐ)れることなく職員室に辿り着き、性別もサイズもぴったりの制服を受け取り、隣接する応接間を特別に使わせてもらってその場で着替えまで完了した。

 

「学校側のミスで迷惑をかけたな。それは持ち帰ってもらって構わない。せめてもの詫びだ」

「ありがとうございます」

 

 お礼を言って職員室をあとにする。

 右手に掲げた紙袋には、先程まで着ていた女子の制服が入っている。思わず受け取っちゃったけど、いや、いらねえよ。なんでせめてもの詫びがこれなんだよ。

 でも一度お礼を言ってしまった以上、わざわざ戻って「やっぱりお返しします」というのも変な感じだ。

 これが実際に女子が着ていたものだったら思春期クラスメイトに高く売れたかもしれないが、袖を通したのは残念ながら僕だけだ。でもまあもしもお金、というかポイントに困ったら、その時は有効活用させてもらうとしよう。

 

 とりあえず今必要なのは将来の万が一に備えた女子の制服ではなく、今日明日を生きるための生活用品だ。

 当初は寮に行く途中で調達する予定だったのだけれど、買い物をする前から予定外の荷物ができてしまった。まずはこれを置いてこよう。

 そう思っていると前方にコンビニを発見した。

 品揃えだけでも先に見ておくか……おや?

 

 店の前で、どこかで見たような茶髪少年がしゃがみこんで、あ、立ち上がった。

 彼は僕と同じ一年Dクラスの生徒で、朝の自己紹介では大トリを務めた人物だ。名前は確か……

 

「やあ、武者小路(むしゃのこうじ)君。こんなところで何をしているんだい?」

「オレは白樺派の文豪ではないんだが」

「あれ? ごめんね。人の名前覚えるの苦手でさ」

「構わない。オレもお前の名前覚えてないからな」

 

 僕の服装にツッコまないってことは、名前どころか顔も覚えてないんだろうなあ。多分、クラスメイトであることを今の会話で察したってレベル。他人にあまり興味がないタイプの人種のようだ。

 でもまあ一応名乗っておくか。ここはそういう流れだろう。

 

緒祈(おいのり)真釣(まつり)だよ。よろしくね」

綾小路(あやのこうじ)清隆(きよたか)だ。よろしく」

 

 ふむふむ。一文字目が糸偏で、あとは『釣』と『清』の相性が悪くないってくらいだね。うーん、覚えられるかな?

 

「それで、綾小路君はコンビニの前で何してたの?」

「ちょっと掃除を」

「へえ」

 

 彼の足元を見ると、アスファルトのある一か所だけが不自然に周りより濃い色になっていた。

 飲み物を(こぼ)したくらいなら放っておくだろう。コンビニにあって、こんなシミができるようなある程度液状のもの……食料品以外をここでぶちまけるとは思えないし、カレーにしては匂いがない。となるとアイスクリームか、あるいはカップ麺とか?

 まあ、なんでもいっか。

 

「綺麗好きなんだね」

「どうだろうな」

「ふうん? そんなことより、寮に行くなら折角だし一緒にどう? 君とは一度話してみたかったんだ」

「……ああ、いいぞ」

 

 なんだろう今の間は。僕の台詞に引っ掛かるところでもあったのかな?

 彼は10万ポイントにはしゃぐことのなかった数少ない一人で、だからこの学校について、そしてSシステムについてどう考えているのか聞いてみたかっただけなんだけど。

 無表情なもんだから、彼が今どういう精神状態なのかさっぱり分からない。ひょっとして迷惑だったかな?

 

 いざ寮へと歩き始めると、意外にも彼の方から質問してきた。

 

「緒祈はどう思う?」

「10万ポイントの話?」

「ああ」

 

 良かった。これで「いや、クラスの女子で誰が一番可愛いと思う?」とか言われたらドン引いてたわ。もちろんそういう話題を出してくれてもいいんだけど、無表情でする話じゃないでしょう?

 興奮気味に「俺は誰々が――」とか言われても、まだ名前覚えてないから分からないんだけどね。

 って、そんなことはどうでもよくて、今はポイントの話だ。

 

「額が大きすぎるよね。10万って。1円玉に換算すると0.1トンだよ? 頑張って節制すればこれだけで半年は生きられそうじゃん」

「……学校は何を考えてるんだろうな」

「さっぱり分からないね。こうやって金をばらまくくらいならもっと入学者を増やすとか、あるいは先生を増やして40人×4クラスを32人×5クラスにするとか、そうした方がいいと思うんだけどなあ」

「確かにな」

「綾小路君はどう考えてるの? 10万ポイントの狙い」

「さっぱり分からないな」

「だよねー」

 

 今はとにかく情報が少なすぎる。学校の意図が分かるとしたら次のポイント支給日である五月一日か、その先の中間試験か、そのあたりだろう。

 

「そういえば、さっきのコンビニには無料の商品もあったぞ」

「無料?」

「ああ。食料品も日用品もあった」

 

 ということは生徒を飢えさせる気はないということで、逆に言うなら無料の品がなければ飢える生徒が出てきてもおかしくないということだ。

 飢える生徒、すなわちポイントの無い生徒。

 

「普段の生活以外で大きくポイントを消費するイベントがあるのか、あるいは普段の生活での支出ペースに支給が間に合わないのか。どっちかな? あるいは、どっちもかな?」

「高校生が普通に暮らして毎月10万で足りないってことはないだろ。後者はないんじゃないのか?」

「……?」

 

 どうしたどうした綾小路君。

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 10万ポイントが毎月約束されたものだなんてそんな勘違い、君はしていないだろう? まだ少ししか話してないけど、それくらいはなんとなく分かるよ。

 

 何か目的があって実力を隠しているのかな?

 それともまさか僕を試して――というのは流石に自意識過剰かな。

 

「そうだね。そうかもしれない」

 

 とりあえず今回はスルーしておくとしよう。ちょうど寮にも着いたことだし。

 

 1階のフロントで管理人さんからカードキーと寮生活のマニュアルを貰う。僕は304号室で、綾小路君は401号室だった。

 エレベーターに乗り込んで、わずかな時間だけれどマニュアルに目を通す。

 

「光熱費は学校負担みたいだね」

「至れり尽くせりだな」

 

 パンポーンと愉快な音が鳴って、エレベーターは止まった

 

「じゃあ、また」

「ああ」

 

 綾小路君は最後まで無表情だった。

 僕は一応、最後に少し微笑んでおいた。

 

 一人の帰路ではなかったのであまり意識していなかったけど、今日から僕は一人暮らしをする。卒業まで家族とは一切連絡を取れない。

 寂しい気もするけど、ワクワクもしている。

 

 母上よ。息子は東京の地で強く生きますぞ!

 

 304と記された扉のドアノブの上に、黒い読み取りの機械があった。そこに下で貰った304と記されたこちらも黒色のカードキーをかざす。

 今日からここが僕の――

 

 ビビー!

 

「……ん?」

 

 赤の点灯。試しにドアノブをガチャガチャと捻っても、ドアはがっちりと施錠されている。

 304号室だよね? 扉もキーもそうだよね?

 よし。確認してからもう一度。

 今日からここが僕の――

 

 ビビー!

 

「……嘘やん」

 

 母上よ。息子の天歩艱難(てんぽかんなん)は東京でも健在です。

 

 

 

 006

 

 

 

 1階に戻り事情を説明すると、予備のカードキーを貰えた。もし読み取り機器の方に問題があったら鍵を変えても意味がないんだけど、部屋に戻って試してみると幸いにもあの不愉快な威嚇音は鳴らなかった。

 

 時刻は間もなく午後1時半。

 荷物を置いて買い出しに出かける。

 フロントの前を通るとき管理人さんに「どうだった?」と聞かれたので、愛想笑いと共に「大丈夫でした」と答えておいた。

 

 寮を出て、まずは武者小路……じゃなくて綾小路君と出会ったコンビニに向かう。先程も通った道だけど、逆から辿ると全く別の景色が見られる。ほんの数分歩いて到着。

 

 それほど混んでいない店内を物色していると、すぐに例の物が目に入った。綾小路君が言っていた無料商品だ。食料品も日用品も、まとめて一つのワゴンに入っていた。でかでかと書かれた『無料』の二文字の下には『1か月3点まで』と但し書きがあった。

 

「安いに越したことはないよな……」

 

 まさか毒が入っているなんてことはあるまいし。とりあえずそのワゴンの一番上にあったシャンプーだけ取って、買い物かごに入れた。今回はあくまでお試しなので、無料の品はこれだけで。

 それから食料品とか生活雑貨とか服とか、東京は物価が高いなあと嘆息しながら色々選んで、かごが一杯になったところでレジに持って行った。

 

「253円が1点。495円が1点」

 

 支払いはポイントなのに、そこは円なのね。

 

「99円が3点、1100円が1点」

 

 総計が思ったより大きな数字になってきたけど、初期費用だし東京だし、まあこんなもんだろ。

 次でようやく最後の1点。最初に入れた無料シャンプーだ。

 

 ピッ。

 

「374円が1点。以上で合計――」

「ちょちょちょちょっと待って?」

 

 店員さんはなんだ急にと驚いた顔をしている。

 そりゃそうだろう。僕だって驚いている。

 

「このシャンプー、無料のワゴンから取ったんですけど」

「ええと……確認してきます」

 

 そういって店員さんは売り場の方に消えていった。そして十数秒で戻って来た。2種類のシャンプーボトルを持って戻って来た。

 

「すみませんお客様。こちらは有料のシャンプーでして、無料のシャンプーはこちらになります。ええと……どうなさいます?」

「ちょっと見せてもらえますか?」

「どうぞ」

 

 後ろに並んでいる客はいないし、少しくらい時間をかけても大丈夫だろう。

 無料の方の成分表示や使用法を見るが、おかしな点は見当たらない。

 

「こっちで」

「では、0円が1点となりまして、合計――」

「ちょっと待ってください!」

「え?」

「さっきの有料のシャンプーが計上されたままですよね?」

「ああっ! 大変失礼いたしました!」

 

 なんだかなあ。

 本当、驚くほどスムーズにいかないなあ。

 でも支払いだけはカードをタッチさせるだけなので一瞬で済んだ。文明万歳!

 

 店を出るとちょうど一番暑い時間帯で、春と言うには太陽の自己主張が激しすぎた。

 じんわりと汗がシャツに滲む。顎から(しずく)がしたたり落ちる。両手の袋が指に喰い込む。

 

「これが、東京か……」

 

 母上よ。息子は早くも心が折れてしまいそうです。

 

 

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