どうにか実力至上主義の教室へ   作:祭灯キャロット

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062-064 誕生日デート

 062

 

 

 

 7月18日、木曜日。

 今日から期末テスト一週間前ということで、全ての部活動がお休みになる。というわけで放課後、バスケ部の彼を僕の部屋に呼び出した。

 

「よーい、はじめっ」

 

 須藤君のごつごつとした大きな右手が、裏を向いていた問題用紙を表に返す。少しの沈黙の後、ペンが走る音が聞こえて来た。

 彼にやらせているのは、『バスケで覚える期末テスト対策帳』がどれだけ頭に入っているのか確認するためのテストだ。8科目それぞれで作るのは面倒なので、文系科目と理系科目の2つの確認テストを用意した。

 

 彼が最初の文系科目のテストを受けている50分間、僕は暇なので『(ひずみ)』の発散も兼ねて携帯のアプリでオセロに興じることにした。今回はCPU(オフライン)戦ではなく対人(オンライン)戦だ。アプリの仕様上、相手はこの学校の誰かになる。

 テスト一週間前に余裕綽々でオセロなんかやっている人はいるだろうか? 自分のことを棚に上げてマッチングを開始すると、意外とすぐに相手が見つかった。

 

 プレイヤー名は『A・P・Liddell』。

 アリス・プレザンス・リデル(Alice Pleasance Liddell)のことかな? 『不思議の国のアリス』の主人公アリスのモデルになったとされる人物の名前だけど、だとするとこの人の本名はアリスだったりして。まあ、どうでもいいか。

 持ち時間10分で2戦して、いつも通りどちらも引き分けだった。対局後、向こうからフレンド申請が届いたのでこれを承認した。フレンド登録しておくとチャットが出来たり、相手の戦績が見られたりする。

 

 アリスさんの過去の戦績は……うわ強っ! レート高っ! 勝率9割越えって化け物かよ。テスト前に遊んでるだけのことはあると感心していると、チャットが届いた。

 

『あなたの戦績を見させて頂きました。大変興味深い数字ですね』

『そんなことないですよ』

『そんなことありますよ。8割近く引き分けるなんて異常です』

 

 異常と言われましても、ねえ?

 今後は『歪』を発散するためにも積極的に『手に負えない逆説(ウルトラロジカル)』を使っていくつもりなので、引き分け率はさらに異常な数字になっていくだろう。

 

『もう1局しませんか? 今度は本気で勝ちに来てください』

『僕はずっと本気で勝ちを狙ってますけどね。時間がないので持ち時間3分でいいですか?』

『ええ、それで構いません』

 

 というわけで短期決戦の早打ち対決をしたけれど、結果はやはり引き分けだった。僕自身は慣れているけど、三戦連続で勝つも負けるも出来ないのは相当ストレスだろうな。再びアリスさんからチャットが届いた。

 

『何者ですか?』

『ただの高校生ですよ。用事があるので失礼します』

『そうですか。またお願いします』

『ええ、また』

 

 アプリを閉じると、うん、丁度いい時間だ。

 僕は意識をオセロから確認テストに切り替える。

 

「そこまで」

「ふぅ……。ほらよ」

 

 疲れた様子の須藤君から問題用紙と解答用紙を受け取り、頭の中にある模範解答と彼の解答を比べる。

 ふむ……へえ……まじか……。

 

「どうだ? 半分くらい取れてると思うんだが」

「うん、良く出来てるよ。応用は利いてないけど基礎はばっちりだ。これならアウトプットの訓練さえすれば、本番も赤点の心配はないだろうね」

「よっしゃあ!」

 

 『バスケで覚える期末テスト対策帳』は8科目分ということもあって結構な量があったけど、解答を見るにしっかりと全範囲やったらしい。須藤君に対する評価を少し上げる。

 

「作っといてなんだけど、よくあんなテキストでここまで身に付いたね」

「俺も驚いたぞ。普通の教科書は見てても眠くなるだけなんだが、緒祈が作ってくれたやつは不思議とするする頭の中に入って来たんだよ。部活終わりでも全然余裕で勉強できたぜ」

「……へえ」

 

 一体どんな脳みそをしてるんだろう。ちょっと引く。

 

 休憩をはさんで理系問題もやってもらったけど、こちらも期待以上の成績を出してくれた。上手くいきすぎて怖いなあ……。

 それからテストの解答と解説を一時間近くやって、本日の勉強会は終了した。

 

「これから一週間はこうして問題を解いてもらって、解説をしていく感じだから。そのつもりで」

「おう」

「空いた時間には新しいことをするよりも、ここでやったことの復習を徹底してほしい。同じ形の問題が出たら絶対に答えられるようにね」

「了解だ」

 

 テスト直前やテスト中によほどのことが起きない限り、赤点は回避できるだろう。

 

「土曜日は用事があるから勉強会はやらないよ。その分明日と日曜日に詰め込むから、頑張ってね」

「それはいいけど……用事って、どっか行くのか?」

「うん。ちょっとデートにね」

 

 

 

 063

 

 

 

 僕と帆波さんの関係を一言で表すなら『友人』で間違いないだろう。しかし『友人』の一言で済ませてしまうのは、なんだか寂しくも思う。とはいえ『友達以上、恋人未満』と言うほど青春の甘酸っぱい何かがあるわけでもないし、『親友』の枠には既に千尋さんが鎮座している。

 

 それについて悩みがあるわけじゃない。ただ、帆波さんとの関係を前に進めてみるのも良いかもしれないと、そんなことを考えている。

 

 先日、ずっと抱えていた疑問(自分の正体)に対し、理解しがたいとはいえ一応の解が得られた。それ以来なんだか心が軽くなって、脳にゆとりができた気がする。今まで保留にしていたことにも、目を向ける余裕が出てきた。

 

 だから積極的にとまでは言わなくても、せめて前向きに接したいと思う。向いている先が友愛なのか恋愛なのか、それはまだ分からないけど。

 

 時刻はまもなく午前10時。

 

 からんからんとベルを鳴らして喫茶店に入って来た少女は、清涼感のある水色のワンピース姿だった。シンプルでとてもいいと思います。でもちょっと胸元が強調され過ぎじゃないかな? お父さんは心配です。誰がお父さんだ。

 彼女は注文カウンターではなく、アイスコーヒーを飲んでいた僕のもとに真っ直ぐやって来た。

 

「おはよう真釣くん!」

「おはよう帆波さん」

「ごめんね? 待たせちゃったよね?」

「ううん、全然待ってないよ。今来たところ――っていう定番をやってみたかったので、少し早めに来て待ってました」

「にゃるほど!」

「それに今日の主役を待たせるわけにもいかないからね。誕生日おめでとう、帆波さん」

「えへへっ。ありがと!」

 

 本日7月20日は一之瀬帆波嬢の誕生日だ。

 

 誕生日にデートって僕は彼氏かよ。いや違うけど。でもまあこれから5時間くらいかな? 帆波さんに楽しんでもらえたらと思う。

 ……このデートを一番喜んでいそうなのが千尋さんってのが不思議な話だ。

 

「すぐに移動するわけじゃないから、何か飲み物でも買って来たら?」

「はーい!」

 

 今日のプランは決めていない。考えてはいるけれど、決めてはいない。この僕が予定を決定していしまうと予定通りにいかなさそうだからね。だから選択肢だけは予め持っておいて、あとは臨機応変に行く。

 まずは映画館かショッピングかなあと考えていると――

 

「ひゃっ!」

 

 可愛い女の子の声だと思った? 残念僕でした! 首元に冷たい何かを当てられて驚いた僕でした!

 

「何するのさ……」

「にゃははは!」

 

 笑いながら僕の向かいに座った帆波さんの手には、よく冷えたアイスティーがあった。

 

「こういう定番、一回やってみたかったの」

「ふふっ、なるほどね。やってみた感想は?」

「真釣くんの反応が女の子みたいで面白かった」

「僕は周囲の視線を集めてしまってとても恥ずかしいよ……」

 

 楽しんでくれるのは嬉しいけれど、その楽しみ方は釈然としないぞっ。この夏が終わるまでに絶対に仕返ししてやろう。覚悟しときや!

 

「まあそれはいいとして、まずは映画でも観に行こうかと思うんだけど」

「うん、いいよー。何観るの?」

「それはまだ決めてないんだよねー。帆波さんは観たいのある?」

 

 携帯で映画館の上映スケジュールを出して帆波さんに見せる。色んな作品が上映されているけれど、時間的に選択肢は4つかな。彼女は困った顔で「うーん……」と唸った。

 

「真釣くんはどれがいい?」

「観たいのがないなら無理に選ばなくてもいいよ? 予定は未定の仮定だし」

「あ、そうじゃなくてね? 事前情報がないからタイトルだけじゃ選びにくくて」

 

 おおっと、言われてみればそれもそうか。ある程度映画館に通っている人ならともかく、普通は映画の情報って勝手に入ってくるものじゃないからね。

 僕は事前に少し調べておいたので、大雑把に選択肢を提示する。

 

「恋愛と冒険と怪獣とサスペンス、どれがいい?」

「んー……冒険かなー。夏だし!」

「おっけー。帆波さんは映画館ではどこに座るタイプ?」

「後ろの真ん中あたりが多いかなあ」

「おっけおっけー」

 

 テスト前だから満員で入れないということはないと思うけど、一応携帯で席を取っておく。

 上映までまだ少し時間があるので、しばらくここでのんびりしよう。ショッピングに行く案もあるけれど、帆波さんのアイスティーはまだまだ残っている。急かすのも悪いだろう。

 

「……あっ」

「ん?」

「いや、今日は全部僕が奢るつもりだったんだけど、早速使わせちゃったなあって」

「にゃはは! これくらい自分で払うよー。むしろ私の方が真釣くんの分も出してあげようと思ってたくらい」

「なんで祝う側の僕が奢られるのよ……」

「それは、だって……ね?」

 

 そうですね。僕Dクラスですもんね。あと、この前の臨時収入の話は帆波さんにはしてなかったもんね。

 

「デート一回分余裕で奢れるくらいの手持ちはあるよ。まあ、それでも帆波さんには遠く及ばないけど」

「えっ?」

「……えっ?」

 

 ああ、そういえばこの話もしてなかったか。

 

「ごめん帆波さん。隠してたつもりはないんだけど、帆波さんの所持ポイントのことは綾小路君から聞いてた」

「……そっか。やっぱり見られてたんだね……」

「わざとじゃないみたいだし、綾小路君のことは責めないであげてほしい。僕に話した時も帆波さんの名前は出してなくて、僕が勝手に推測できちゃっただけだから」

「うん。大丈夫だよ。綾小路くんのことは信じてるから」

 

 そりゃ信じてなきゃ何万も貸さないよな。

 須藤君騒動を解決する際に綾小路君と堀北さんが負ったその借金を僕が肩代わりすることも可能だけれど、まあ、やめとくか。僕が二人に恩を売るより、二人が帆波さんに借りがあるという状態の方が何かと都合が良さそうだ。

 

 ……それはそれでいいとして、折角の誕生日なのにこの空気はいただけないな。面白くない。もっとファニーにいこう。

 

「ほーなーみーさん?」

「な、なにかな?」

「僕とのデート中に他の男子の名前を出さないでほしいなー。妬けちゃうなー」

「にゃにゃっ!? 最初に綾小路くんの名前を出したのは真釣くんだったよね!?」

「ふふふ。これも定番ってことで」

「もう……真釣くん、なんか雰囲気変わったね」

「そうかな?」

「うん。前より明るくなった気がする」

 

 自分ではそれなりに自覚してたけど、外から見ても分かるレベルなのか。ということは逆に考えると以前の僕はそれだけ暗かった……? いや、別に暗くはなかったはずだけど、でもまあずっと悩んではいたからなあ。自分の正体って奴に。

 それは今の僕にもまだよく分かってないけど、それでも分からないなりに受け入れることは出来た。一皮剥けたってやつだ。

 

「帆波さんは前の僕と今の僕、どっちが好き?」

「え、えっと……今の真釣くん、かな?」

「そう。それは良かった」

「んぬぬ」

 

 帆波さんはアイスティーをちびちびと飲みながら、何かを探るような眼で見てくる。僕はそれに小首を傾げる。ここまでの僕の言動に何かおかしな点はあっただろうか? ……まあ、全体的におかしかったかな。

 

「ひょっとして、千尋ちゃんに何か言われた?」

「何かって、何を?」

「積極的に行けとか、ぐいぐい押していけとか、そんな感じの指示を受けたのかなーって」

 

 確かに以前までの僕ならこんな会話はしなかっただろうし、そこに違和感を覚えるのは、第三者の意図を感じるのは、至極当然のことだろう。でも別にそんなことはない。

 

「千尋さんからはデートをして来いとしか言われてないよ。というか会話の内容とか僕の姿勢にまで口を出されても、そこまで素直に従うつもりはないし」

「ふむふむ」

「僕は別に千尋さんの玩具ってわけじゃないからね」

「……むむむー」

「ん?」

「私とのデート中に他の女の子の名前を出さないでほしいなー。妬けちゃうなー」

 

 帆波さんは少し恥ずかしそうにそう言って、そっぽを向いた。ほんのりと赤く染まった耳がよく見える。

 

 ……え、もしかして仕返し? それで僕に千尋さんの名前を出させることには成功したけど、いざ嫉妬の台詞を言ってみると恥ずかしくて目も合わせられなくなっちゃったの?

 

 なにそれ超可愛いんですけど!

 

「ふふっ、ふふふっ」

「わ、笑わないでよ!」

「これは笑っちゃうでしょー。あははは!」

「ううぅー!」

 

 何が面白いって、そもそも千尋さんは僕じゃなくて帆波さんのことが好きなんだよね。だから帆波さんが千尋さんの名前を出したことに、むしろ僕の方が恋敵として嫉妬すべきなんだよね。

 ……いや、恋敵って言っちゃうと色々と齟齬や誤謬があるけど、そういう捉え方も出来るって話です。はい。

 

 そんな感じでしばらく適当にお喋りをして、映画の時間が近付いてきたので喫茶店を出る。席を立って思い出した。そういえば服を褒めていなかった。

 

「そのワンピース、とてもよく似合ってるね」

「ありがと! でも、それも定番でしょ?」

「まあね」

「にゃははー。やっぱり」

「でも定番なのは形式だけで、言葉は僕の本心だよ」

「……もうっ」

「照れてる顔も可愛いよ」

「もうっ!」

 

 周囲にはカップルに見えてたりするのかなあ。

 映画館に向かう道中、僕は本音だけでどれだけ帆波さんを赤面させられるかというゲームに興じた。帆波さんの誕生日なのに、僕の方がはしゃいでしまった。

 

 

 

 064

 

 

 

 面白いけど誰かに薦めるほどじゃない、というのが映画『Indian(インディアン) Jones(ジョーンズ)』に対する僕の評価だ。エンドロールを流し見しながら、ここまでの2時間を思い返す。

 

 考古学者の主人公が伝説の秘宝を求めて冒険するという、べったべたの王道ストーリーだった。主人公がインド人という点は僕には目新しかったけど、別にインド人である必要は無かった気がする。《a》が一つ多いあの世界的名作のパクリなのかスピンオフなのか知らないけど、脚本の前にまずタイトルがあったことは確実だ。

 全体的に低予算を感じさせるクオリティで、これぞB級映画という感じだった。僕はそこまで映画を観ているわけではないので、もしかしたらB級にすら届いていなかったのかもしれない。

 でもまあその安っぽさも、それはそれで楽しめた。

 

 さて。

 一人で来ているなら「僕は満足でした」で済む話なんだけど、今日は隣にバースデーガールがいらっしゃる。僕が楽しめても帆波さんが退屈していたなら意味がない。

 と言っても映画はもう終わっているので、どうすることも出来ないんだけど。

 

 長かったエンドロールが終わり、照明が戻る――かと思いきや、まだ終わりではなかった。このパターン、偶にあるよね。

 

 映し出されたのは石を削って作られた(ひつぎ)だ。クライマックスで主人公が『復活せし災いの古代王』を封印した伝説の棺だ。

 ……あれ? 何も起きないぞ?

 

 映像も音も何故か止まって――っ!

 

「ひぃっ!」

 

 うーわ、びっくりしたあ……。ちゃちい冒険映画かと思ったら、最後にホラーぶっ込みやがったよ……。

 具体的に何があったのかは皆さんのご想像に任せよう。先程の悲鳴が僕のものか帆波さんのものかも、僕の名誉のために伏せておこう。

 

 スクリーンが暗転し、照明が戻る。

 

「にゃはー……まさかのラストだったね」

「棺の蓋がずれるくらいかなーって思ってたら……あれは予想できないわ」

「真釣くん、悲鳴上げてたもんね」

「ん? え? なんのこと?」

「誤魔化すのが下手過ぎるよ……」

 

 悲鳴はともかく、エンドロール後のあの一幕には驚かされはしたものの、正直助かった。誰かと一緒に映画を観るのはほとんど初めての経験で、しかもそれが絶妙なB級映画だったため、何を話せばいいのか分からず少し困っていたのだ。

 まさかそういう観客がいることを見越してのあの演出……なわけないか。

 

 僕たちは映画館を出て、次の目的地を相談する。

 

「時間的にはお昼だけど、お腹空いてる?」

「うん! 何か食べようよ」

「近い所だとパスタ、お好み焼き、ラーメンがあるけど」

「んー、その中だったらパスタかな」

「了解。では行きましょー」

「行きましょー!」

 

 行くも何もすぐ隣の徒歩0分物件なので、会話を弾ませる暇も無く――

 

「到着!」

「余裕で座れそうだね」

 

 中に入ると二十歳くらいの若い女性の店員さんが、外からは見えづらい奥の方のテーブルに案内してくれた。だから何をするってわけでもないけど。

 

 初めて来るお店なので、密かに高めのテンションでメニューを眺める。僕はエビのトマトクリームパスタを、帆波さんはエビとほうれん草のクリームパスタを注文した。エビ美味しいよね。自分で殻を剥かなくていいやつは特に美味しいよね。

 それから映画の半券でデザートが貰えるらしいので、それもお願いした。本日のデザートはチョコレートアイスだそうだ。いいね。

 

 さて、料理が来るまで先程の映画の話でも――

 

「ん?」

 

 ふと目に入ったお店の時計に違和感を覚えた。違和感というか不自然。不自然というか不思議。

 

「どうかした?」

「あの時計、遅れてる?」

「んー? そんなことないはずだけど」

 

 携帯を確認してみると確かにそんなことはなかった。おやおや? だとするとおかしいぞ?

 

「さっきの映画って、丁度今頃に終わる予定だったはずなんだけど……」

「あー、()()があったからじゃないかな?」

()()?」

「真釣くん、気付かなかったの?」

 

 むむむ。上映時間が予定よりも短くなったということは……うーん、実はあのエンドロールは通常の倍のスピードだったとか? 映画を観るのは久し振りだったから、それなら僕が気付かなかったとしても頷ける。でもエンドロール程度でそこまで変わるかな? でもでも他に何かあったっけ?

 

「だめだ。さっぱり分かんないや」

「ほんとに? 三回くらい映像飛んでたけど、気付かなかったの?」

 

 映像が飛んでいた……?

 

「あー、あれね! そういう演出かと思ってたわ」

「主人公の台詞の途中で急に別の場面に移るって、そんな演出しないでしょー」

 

 思えば鉈でぶった切ったような場面転換が何度かあった。予定より早く終わったのも、所々説明不足に感じたのも、その事故があったからか。いやでも古いラジカセじゃないだから、今どき映画館で映像が飛ぶとか有り得なくない?

 

 ……あー、()()()()()か。

 僕にしては今日はスムーズに進行していると感心していたのだけれど、やはり『手に負えない逆説(ウルトラロジカル)』からは逃げられないようだ。

 

「でも、変な演出(そういうこと)しても不思議じゃないB級感じゃなかった?」

「まあ、それもそうだね」

「主人公の服装が一瞬で変わってたし」

「古代王の回想シーンには飛行機が映ってたねー」

「撮影カメラの影が映り込んでいることも屡々(しばしば)だったし」

「ケビンはアメリカの研究者って設定だったけど、イギリス訛りの英語だったねー」

「……いや、それは気付かなかったわ」

 

 というか気付くわけない。英語の訛りは知識としてはなんとなく知ってるけど、聞いただけで判別なんかできないよ。

 帆波さんって心優しい性格や求心力のイメージが強いけど、普通に頭良いんだよなあ。運動もできるっていうし、無敵かよ。

 

 その後、映画から派生して「海外に行ったことある?」とか「一度は生でオーロラを見てみたいね」みたいな話を続けていると、やがて注文した品が運ばれて来た。

 

 あー、良い匂い。

 やべっ、よだれ出てきた。

 

「「いただきます」」

 

 今にもお腹が鳴りそうなくらい腹ペコなんだけど、自分の食欲を満たす前にやりたいことが一つある。僕はトマトソースに赤く輝くエビをフォークで刺し――

 

「帆波さん」

「うん?」

「はい、あーん」

「……絶対すると思った」

 

 ありゃ。

 照れる姿が見れるかと期待したんだけど、僕のこの一手は読まれていたようだ。序盤に攻めすぎたかな。やはり押してばかりでは……僕は何の戦いをしているんだ?

 

 とりあえず任務に失敗したエビちゃんをいただく。トマトのほどよい酸味と甘み、そしてこの弾力。うん、美味い。

 舌鼓を打っていると、今度は帆波さんから声をかけられた。

 

「真釣くん」

「うん?」

「はい、あーん」

 

 ……おやおや?

 帆波さんはさっきの僕と同じように自分のエビを差し出して来た。僕は迷いなく体を前に乗り出す。

 

「あーん」

「え!? ちょちょっ!」

 

 帆波さんは慌ててフォークを引っ込めた。

 あーあ、逃げられちゃった。

 

「なんの躊躇もないんだね……」

「照れを見せたら帆波さんの思う壺かなーと」

「ぐぬぬ……ん? そう言うってことは、隠してるだけで本当は照れてたの?」

「さあ? どうだろうね」

 

 はぐらかしたけど、そんなの照れるに決まってらあよ。

 もし入学初日から僕の心を()()()()()人がいれば知ってるかな? 僕は初めて帆波さんに会った時、こんなにも綺麗なストロベリーブロンドなのに、それよりも先に『この人めっちゃ可愛い』って思ったんだよね。いつも髪の話ばっかりだけど、実は顔も好みの真ん中ドストライクなの。

 

 だからって別に一目惚れしたわけじゃないけど、そこまでちょろくないけど、でもそんな帆波さんに「あーん」とかされて照れないわけがないよね。僕から攻める分には()()()()()平気なんだけどなあ……。

 

 結局その後は「あーん」もなく、口元に付いているソースを拭ってあげることもなく、フォークを落として拾おうとした手が触れ合うこともなく、普通に食事をした。デザートのチョコレートアイスも普通にいただいた。適度に甘さ控えめで美味しかったです。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 時間を確認しようと携帯を取り出す。ちょっと顔を上げれば壁時計があるんだけど、慣れというやつだね。

 現在時刻は13時半過ぎ。うん、良い感じ。

 それと画面には謎の通知。開いてみると――

 

「……ははっ」

「どうしたの?」

「ほら見て。映画館からポイントが振り込まれてた。さっきの映画で映像に乱れがあったから、代金お返ししますってさ」

「へー! そんなことあるんだね」

 

 僕も驚いた。仕事の速さに驚いた。まだ上映が終わって一時間経ってないよ? 支払いが全て学生証で行われるからこそ出来たスピード対応だね。

 

「期せずしてポイントが返って来たことだし、ここは僕が奢らせてもらうよ?」

「自分の分は自分で払うのに……」

「気にしないで。見栄を張りたいだけだから」

「はいはい。どうせ言っても聞かないんでしょ? 大人しく御馳走になりますよっ」

「ありがとう」

「あははっ。なんで奢る側がお礼を言うかなー」

 

 伝票を持ってレジに向かう。

 学生証を読み取り機器に翳してぴぴっと――あれ?

 もう一度、ぴぴっと――鳴らないぞ?

 

「反応しませんか?」

「ええ、そうみたいです」

「私がやってみるよ」

 

 帆波さんの学生証でも試してみたけれど、やっぱり反応はなかった。となると原因は僕の学生証ではなく機械の方か。ちょっと安心。

 

 それからしばらく店員さんがあの手この手を尽くしたんだけど、結局機械が直ることはなかった。「もうタダでいいです」と言いだしそうだったけど、それは流石に申し訳ないので連絡先を教えて後で請求してくださいと伝えた。

 

「映画もお昼もトラブル続きだね」

「それもまた人生だよ」

「おおー、深いねー」

「いや浅いでしょ。膝下でしょ」

 

 ひょっとして『今日は僕が全部奢るつもりだった。()()()()()奢るに奢れない』ってことなのかな? うーん、地味に迷惑。それにこの後の予定を考えると不安になる。奢るという形でなければ大丈夫かな?

 

「次はどこに行くの?」

「ショッピングだよ」

「おー」

「帆波さんへの誕生日プレゼントを買いにね」

「えっ?」

 

 驚かれてしまった。そうか、驚かれるのか。

 

「……それは『えっ? 事前に用意してないの?』ってこと? それとも『えっ? 別に要らないんだけど』ってこと?」

「違う違う! そうじゃない!」

「予め準備しようかとも思ったんだけど、初めてのプレゼントだから失敗したくなくてね。まあ、僕からは何も受け取りたくないと言うなら――」

「そんなこと言わないから!」

「本当に?」

「本当に!」

「プレゼント欲しい?」

「プレゼント欲しい!」

「そう。それは良かった」

 

 おおっとっと。食欲が満たされて気が緩んだせいか、ちょっとネガティブな部分が出てしまった。反省反省。もっと気楽に前向きに行こう。

 

「ところで帆波さんって、髪を結ったり髪に何かを飾ったりするのに抵抗がある人?」

「そんなことないよー。機会がないからやってないだけ」

「なるほどね。向こうにヘアアクセサリーの専門店があるんだけど、行ってみない?」

「行ってみよー!」

 

 歩くこと5分弱。これでお店が閉まってたら泣けたけど、幸いにも普通に営業していた。

 決して広いとは言えない店内には僕たちの他にお客さんはいなかったので、気兼ねなく見て回れる。

 

「わー! 凄い品揃えだね!」

「ほんとだね。想像以上だよ」

 

 外から見たことはあったけど、中に入ったのは今日が初めてだった。壁にも棚にも所狭しと商品が並んでいて、良い意味で目の休まる隙が無い。目の保養になる美髪少女が一緒なら何時間でもいられるだろう。

 どれが似合うかなあと考えながら、帆波さんの後ろを付いて行く。

 

「あっ、これ千尋ちゃんのと似てる!」

 

 彼女が手に取ったのは白い花のヘアピンだった。確かに千尋さんも似たものを付けているけれど、そういえばあの子のは夏になっても桜のままだな。思い入れがあるのか知らないけど、何か買ってあげるか。まあそれはまた後日にするとして……

 

「ねえ帆波さん、これちょっと付けてみてよ」

「どれどれー? わあ! 猫ちゃんだ!」

 

 僕が選んだのは背を伸ばした水色の猫のヘアピンだ。帆波さんは犬猫で言えば猫っぽいし、彼女の髪にはこの色がよく映えると思った。今日の服の色にも近いし。

 ファッションセンスには自信がないけれど、果たして――

 

「えっと、どうかな?」

「……素晴らしい」

 

 これは天使ですか? はい、超絶美少女です。

 

「ちょっとそのまま待ってて」

「う、うん」

 

 僕は別のコーナーからある物を持ってきて、それが何かバレないように彼女の頭に乗せる。

 淡桃色の猫耳が生えた。

 

「な、なにかな?」

「……嗚呼、素晴らしい」

 

 感動に溢れそうになる涙をぐっと堪える。

 この世に生まれてよかった。この学校に来てよかった。神様ありがとうございます。

 

「一体何を……にゃにゃー!?」

 

 鏡で自分の姿を知った帆波さんは、すぐに猫耳カチューシャを外してしまった。そしてヘアピンも外してしまった。ああ! 勿体ない!

 

「とりあえず今の2つは決定だね」

「ちょっと待って!? ヘアピンはともかく、流石に猫耳は貰っても使わないよ!?」

「え、どうして?」

「猫耳付けてどこに行けって言うの!?」

「……学校とか?」

「むりむり絶対むりー!」

 

 残念ながら猫耳カチューシャは棚に戻されてしまった。似合ってたんだけどなー。『萌え』を通り越して『()れ』だったんだけどなー。猫耳蕩れー。

 

 その後はヘアピン一つじゃ寂しいので他の商品も見て回った。制服と同じ色なら合わせやすいかと思い選んだ臙脂色のシュシュと、猫を模した櫛があったのでそれも採用した。

 帆波さんには「そんな幾つも買ってもらうのは悪いよ」と言われたけれど、「じゃあこれは誕生日プレゼントで、これは日頃の感謝で、これは今後もよろしくの挨拶」と屁理屈をこねて納得してもらった。

 

 会計自体は特にトラブルも無く終わったんだけど、その後なぜか抽選箱みたいなものが出て来た。

 

「ただ今2000円以上お買い上げのお客様に、くじ引きのキャンペーンを行っております」

「コンビニみたいですね」

「うちの店は今年できたばっかりで、まだ色々と模索中なんですよ。一枚どうぞー」

 

 中の見えない箱に手を入れて、適当に一枚摘んで引き上げる。コインで削るスクラッチタイプではなく、ぺりぺりっと剥がすタイプだった。

 

「おおっ、2等ですね。おめでとうございます」

「2等は何が貰えるんですか」

「猫耳カチューシャです」

「にゃにゃー!?」

「あはははは!」

 

 超ウケる。これはもう運命だね。帆波さんは猫耳になれっていう神様からのお告げだね。

 というわけで以上四点、プレゼントと感謝と挨拶と、僕の趣味を受け取ってもらった。

 

「受け取りはするけど、絶対に付けないからね!」

「ふふっ。大丈夫。今の台詞でフラグ立ったから」

「はっ! しまった!」

「ふはっ、あははは!」

 

 いやー、この展開は面白すぎる。誕生日とか関係なく完全に僕の方が楽しんじゃったわ。笑い過ぎて痛くなったお腹を抑えながらお店を出る。

 

 時刻は14時42分。

 帆波さんは16時からクラスの勉強会があって、諸々準備があるのでその一時間くらい前には帰りたいとのことだった。

 

「この後はどうするの?」

「時間もないし寮に戻ろうか」

「わっ、もうこんな時間だ。もっとあちこち行きたかったなー」

「それはまた次の機会に、だね」

「うんっ! 真釣くんの誕生日って8月1日だったよね?」

「そうだよ。よく知ってるね」

「千尋ちゃんに聞いたの」

 

 なるほどそれなら納得……って、ちょっと待って。そもそも千尋さんにも教えた覚えないんだけど? んー、まあいっか。知られて困ることでもないし。

 

「何か予定入ってたりする?」

「僕が? あははっ。なーんにもだよ」

「じゃあまた今日みたいにお出掛けしようよ! 今度は一日フルに使って!」

「……そうだね。そうしようか」

 

 まさか千尋さんを挟むことなく直で誘われるとはね。予想外のストレートに思わず(くら)っとしてしまう。

 

「あれ? もしかして照れてる!?」

「照れてらい」

「噛んでるじゃん! 絶対照れてるじゃん!」

「照れてない」

 

 ちょっと動揺しただけですー。

 うっかり攻守が交代してしまったけど、しっかりと防御を固めて帆波さんのターンを乗り切る。いや、何の戦いだよ。

 

 その後は夏休みの話をしながら寮まで歩いた。プールが三日間解放されるとか、花火大会があるらしいとか。

 去年までは夏休みにこれといって良い思い出も悪い思い出も無かったけれど、今年はなんだか楽しくなりそうだ。寮に帰り着く頃には、そんな期待に心が躍っていた。

 

「今日はありがとね! すっごく楽しかった!」

「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。ただ、もうお別れみたいな空気出してるとこ悪いけど、ちょっと僕の部屋に来てくれない?」

「んん? いいよー」

 

 ……男子の部屋に誘われてるんだから、もう少し警戒してほしい。流石に誰にでもほいほい付いて行くわけじゃないよね? 僕を信頼してるからだよね?

 

 とまあちょっと不安になりながらも部屋まで来てもらい、そんなに時間はかけないので玄関で待ってもらう。僕は机の上に置いといた大きな茶封筒を手に戻る。

 

「はいこれ」

「なにこれ?」

「僕が作った期末テストの予想問題。Bクラスの皆さんで使ってよ」

「えっ、いいの!?」

「よくなかったら渡してないよ。まあ、クオリティの方はあんまり期待されても困るけど」

「いやいや、すっごく助かるよ!」

 

 元々は堀北さんに頼まれて作ったものなんだけど、横流ししても文句は言われないだろう。Bクラスには借りがあるんだし。

 

「勉強会、頑張ってね」

「うん! ありがと!」

 

 そんな穢れのない満面の笑みでお礼を言われては、眩しさに目を焼かれてしまう。危ない危ないと一瞬目を逸らした隙に、帆波さんはこちらに背を向け、ドアを開けようとする。

 

「じゃあ、また――」

「待って」

「うにゃっ!?」

 

 僕は帆波さんの手首を掴んで、それを阻止した。最後に伝えておきたいことがあったから。告白じゃないよ? でも大事なこと。

 

「勘違いしてほしくないから、これだけ言わせて」

「な、なにかな?」

「今日は千尋さんに言われて仕方なくデートした――ってわけじゃないから。きっかけは千尋さんだったけど、帆波さんの誕生日を祝いたいと思ったのも、帆波さんに楽しんでほしいと思ったのも、帆波さんと一緒に楽しめたのも、全部僕の本心だから。そこんとこよろしく」

「え、えっと……」

「じゃあ、また――」

「真釣くん!」

 

 言いたいことは言えたのでもう帰っていいよと帆波さんの手首を放したんだけど、今度は逆に僕の右手が帆波さんの両手に包み込まれた。わあ柔らかい。

 

「私も同じ気持ちだから! だから、その……真釣くんの誕生日、楽しみにしててね! それじゃ!」

 

 帆波さんはそう言って、僕の返答も反応も待たず、逃げるように出ていった。

 ドアが閉まったのを確認して、僕はふらふらと部屋に戻り、ベッドに転がった。

 

「あー……流石に恥ずかしいですわ……」

 

 帆波さんとの仲を深めようと色々慣れないことを言ったりやったりしたけれど……いやー、攻めすぎたかな。最後なんて自爆したところに追撃喰らっちゃったもんなあ。

 もうちょっと普通の友達くらいの距離感で抑えるつもりだったんだけど……

 

「抑えられなかったなあ……」

 

 うつ伏せに寝て、枕に顔をうずめる。この顔が真っ赤に染まっていることは、鏡を見なくとも熱が教えてくれる。

 

 あー、これはやばい。

 学校でどんな顔して会えばいいのか分からない――とまでは言わない。ただ、また休みの日にデートするとなると、これはもう自分がどうなってしまうか分からない。

 

 あっはっは。2週間ちょっと前に「もう恋なんてしない!」って決意しといてこの有様ですよ。僕自身の事情やら心情が色々と変わったからあの決意はもう捨てたも同然なんだけど、それにしたって、ねえ?

 

「ほんっと……ちょろいよなあ、僕」

 

 どうにも手に負えないこの感情は、はてさてどうしたものだろうか?

 

 

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