どうにか実力至上主義の教室へ   作:祭灯キャロット

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第3巻
068-070 地獄と天国の境界線


 068

 

 

 

 ハッピバースデートゥーミー♪

 ハッピバースデートゥーミー♪

 ハッピバースデーディアぼーくー♪

 ハッピバースデートゥーミー♪

 

 本日8月1日は僕こと緒祈(おいのり)真釣(まつり)の16度目の誕生日である。

 200ccの献血が出来るようなったので、機会があればやってみようと思う。普通二輪車の免許が取れる年齢でもあるけれど、こちらは自転車にすら乗れない僕には関係のない話だ。

 

 そんなことより年に一度の誕生日だし、僕の名前の由来でも話そうか。

 

 まず真釣の『真』。これは両親の名前から取ったものだ。

 僕の父は名を成真(なるま)といい、母は昼恵(ひるえ)なんだけど旧姓は真代(さなしろ)という。つまり緒祈成真と真代昼恵に共通していた『真』の字が僕にも託されたわけだ。

 

 続いて真釣の『釣』。これは両親の出会いを表している。

 僕の父は釣りが趣味で、母と出会ったのはそれが切っ掛けだったらしい。両親の馴れ初めにそこまで興味がなかったので聞かされた話はよく覚えてないけれど、とにかく『釣り』が大事な役割を担ったのだとか。それで僕の名前にも『釣』の字が入ったわけだ。

 

 そんな感じで名付けられた真釣幼児は小学校に入学する少し前、父の趣味に付き合わされて船で海に出たことがある。後で聞いた話によると、大物を釣り上げる父の雄姿を見せたかったそうだ。

 で、僕は酔った。初めての船で酷い荒波に揺られてしまって、幼き日の僕は滅茶苦茶気分が悪くなった。はっきりとした記憶はないけれど、きっと堪えきれずに吐いたことだろう。

 

 それ以来、僕は船に乗るとすぐに酔ってしまう体になった。船が波に揺られると、ではない。『船に乗っている』という意識だけで、たとえそれが港に停泊している船であっても酔ってしまうのだ。

 波が穏やかとか関係ない。船の大きさも意味がない。とにかく船がダメなのだ。あの日のことを体が思い出して、気分が悪くなってしまうのだ。心因性の船酔いってとこかな。

 

 さてさて。そんな僕が今どこにいるかというと――船の上である。

 

 もちろん自分の体質も今日の予定も分かっていたので、昨日のうちに酔い止めの薬を買っておいた。万端の準備をしておいた。しかしなんと嘆かわしい事だろうか、僕はそれを持って来るのを忘れてしまった。

 

「死ぬ」

「死なない死なない♪」

 

 その結果Bクラスの担任兼保健医である星之宮先生の診断を受けることになった。初めて見る白衣姿だった。こう言っちゃなんだけど、コスプレ感が強かった。

 

 先生を呼んだのは僕ではない。ベッドから動こうとしない顔色の悪い僕を心配してくれたルームメイトの三宅君だ。彼は今どこかに行ってしまって、他二名のルームメイトもどこかに行ってしまって、部屋には僕と先生の二人だけだった。

 ひと悶着あった間柄なので気まずくなりそうなものだけど、幸か不幸かそれ以上にとにかく気分が悪い。

 

 どの薬を処方するか決めるため、星之宮先生の問診が始まった。

 

「吐き気はある?」

「少し」

「眩暈はしてる?」

「それなりに」

「頭痛はある?」

「少し」

「昨夜は何時間寝た?」

「7時間くらい」

「一之瀬さんとは付き合ってるの?」

「いいえ」

「じゃあ好き?」

「それなりに」

「持病は何かある?」

「いいえ」

「アレルギーはある?」

「いいえ」

「おっけおっけ~。この後のことを考えると眠くなる奴は避けた方が良いし……これにしよっか」

 

 星之宮先生が選んだのは銀色のパッケージの酔い止め薬だった。そこから6錠ワンセットのPTP包装シートが一つ取り出され、僕に渡された。

 

「……あれ? 関係ない質問混じってませんでした?」

「気のせいだよ~」

 

 なんだ気のせいか。

 

 部屋に備え付けられているウォーターサーバーから水を一杯持って来てもらい、それで早速一錠飲んでおく。ウォーターサーバーが各部屋に備わっているあたり、この豪華客船の豪華レベルが窺える。

 ちなみに多くの酔い止め薬は酔った後からでもそれなりに効果を得られるけれど、本当は乗り物に乗る30分くらい前に服用するのがベストらしい。

 

 用が済んだ星之宮先生は余計な雑談をすることも無く、ささっと出て行った。僕みたいに気分の優れない生徒が他にいるのかもしれないし、何か僕には及びもつかない仕事があるのかもしれない。少なくとも生徒のように暇ということはないだろう。

 

 先生が出て行って数分後、呼んでもいないのに現れた次なる客は綾小路君だった。

 

「やあ袋小路君。元気そうで何よりだ」

「そういう緒祈には一滴の元気もないみたいだな。袋小路は一回使ったネタだぞ」

「あれ、そうだっけ? ごめんごめん。船の上だと頭が働かないんだ」

「顔が濡れたアンパンのヒーローみたいなものか」

「僕の頭は使い捨てでも詰め替え式でもないけど、概ねそんな感じだね」

 

 部屋にはベッドが4つ並列に置かれていて、僕は入り口から一番遠い窓側のベッドを使っていた。僕の体調を察したルームメイトたちが配慮してくれたんだけど、外が見えるからって酔いが抑えられるかは微妙なところだ。

 綾小路君は僕の隣、窓側から二番目のベッドに腰掛けた。先程まで星之宮先生がいた場所だ。

 

「それで、僕に何か用かな? ご覧の通り絶不調だけど」

「様子を見に来ただけだ。平田が心配していたぞ」

「……なんで平田君?」

「三宅が平田に相談、というか報告をして、それで平田が星之宮先生に声をかけたんだ。あいつ自身も見舞いに来たかったようだが、他のクラスメイトに呼ばれてな。それでオレが代わりに来たんだ」

「なるほど。わざわざ悪いね」

 

 三宅君が直接先生を呼んだのではなかったのか。勘違いしていた。

 

 それにしても我らがDクラスのリーダー平田君は大変だね。旅行中だろうがお構いなくクラスメイトに頼られちゃって。彼が他人に頼られることに喜びを感じるタイプの人間であることを祈ろう。

 いや、他人のことを心配している場合ではないんだよな。

 

「動くのもキツいのか?」

「そうだね。さっき薬を飲んだんだけど、それがどれだけ効いてくれるやら」

 

 はっきり言って今の僕は要介護者だ。壁に手を付いたり誰かの補助を受けなければ、真っ直ぐ歩くことすらままならない。これでは食事をとるにも一苦労だ。

 ルームメイトが皆出て行ったのは、部屋に残ったら僕の世話をしなくちゃいけないと思ったからじゃないかな。もちろん滅多に乗る機会のない豪華客船の中を探検したいというのもあるだろうけど。

 

 せめて船内を一人で動き回れるくらいには回復したいなあ。

 

「緒祈にこんな弱点があったとはな」

「卒業まで敷地から出ない学校って聞いていたから、3年間は船に乗らずに済むと思ってたんだけどね。こいつは大誤算だよ」

「龍園に宣戦布告みたいなことをされていたが、そんなんで大丈夫か?」

「あはは。大丈夫なわけないじゃん」

 

 龍園君に何か仕掛けられても今の僕にはなんの抵抗も出来ない。頭の回転も悪いので、対抗策や反撃の手を考えることも満足に出来ない。

 

「悪いね、協力関係を結んでから初めてのイベントだってのに」

「気にするな。ベッドの上から動かない今のお前は、舌先三寸で全てを思いのままに操る秘密組織のボスに見えないこともない」

「そっか。ありがとう」

「……そんな素直に礼を言われるような台詞ではなかったはずなんだがな」

 

 そんな感じで綾小路君と話していると、部屋の扉がコンコンとノックされた。わざわざノックするということはルームメイトではない。僕が「はーい」と返事をすると、現れたのは我らがDクラスのリーダー平田君と、我が友Bクラスのリーダー帆波さんだった。珍しいツーショットだ。

 

「体調が優れないって聞いたけど、大丈夫かい?」

「命に別条はないよ」

「災難だったねー真釣くん。今日誕生日なのに」

「日頃の行いが悪いからかな」

「へえ、誕生日だったのか。おめでとう」

「そうだったんだね緒祈君。誕生日おめでとう」

「うん。二人ともありがとう」

 

 こんなに沢山の人に祝われたのは人生で初めてじゃないかな。思えば誕生日に学校の人と会うこと自体、初めての経験だ。ちょっと感動。

 

 ちなみに帆波さんからのお祝いの言葉は船に乗る前に既に貰っている。

 千尋さんからは日付が変わった瞬間にメールが来ていた。『私が一番でしょ?』と書いてあって確かにその通りなんだけど、朝聞いた話では予約送信とのことだった。それで一番を誇られてもね……。まあ、楽しそうで何よりです。

 

 誕生日と言えばプレゼントだけど、帆波さんも千尋さんも旅行が終わったら渡してくれるとのことだった。船上で貰っても満足なリアクションが取れないと思うので、これはむしろ有り難かった。

 それから誕生日と言えばパーティーという人もいるだろうけど、今の僕にそれは喜べない。見れば分かるでしょ休ませてくださいって思う。思うのに――

 

「誕生日会とか開こうか?」

「それ本気で言ってる?」

 

 人畜無害そうな顔して中身は鬼かよ。平田君は「ごめんごめん、一応言っただけだから」と僕としてはあまり釈然としない釈明をしつつ、綾小路君の隣に座った。

 帆波さんはバランスを考えてか何も考えていないのか、僕のベッドの方に腰掛けた。

 

「こんなに弱ってる真釣くんは初めて見たよ」

「体育の授業終わりとか大体こんな感じだけどね」

「確かにな。船上スポーツテストとか開催されたら、お前死ぬんじゃないか?」

「その時は僕の亡骸は海に放り捨ててくれ。名前に『釣』の字を有する者として、死後は魚たちの餌になりたい」

「尤もらしいことを言っているようで、よくよく聞いてみると意味不明だね」

「というか緒祈、前は鳥葬がいいって言ってたよな」

 

 そういえばそんなことも言ってたっけ。よく覚えてるね。

 生きている間に沢山の生き物を食べたんだから、死んだら逆に食べてもらおうというのが僕の基本的な考え方だ。マゾっ気があるわけじゃなくて、その方がバランスが取れるというかなんというか、一単語でいうなら『おあいこ』ってやつだ。

 まあ、自分が死んだ後の世界なんてどうでもいいという考えもあるけどね。

 

 ここにいるお三方は、特に綾小路君はどんな死生観を持っているのだろうか。聞いてみようとしたところで、平田君の携帯が鳴った。さすがクラスの人気者。きっと彼の携帯は、僕の携帯より十倍も二十倍もよく鳴くのだろう。

 

「ごめん、軽井沢さんが困ってるみたいだから行ってくるよ。緒祈くん、お大事にね」

「うん。ありがとう」

「オレも退散するとしよう。またな、緒祈」

「またねー」

 

 誰に呼ばれたわけでもない綾小路君もどこかに行って、今度は帆波さんと二人きりになった。星之宮先生との二人きりより千倍も二千倍も嬉しい状況だ。

 しかし思えば平田君と同じくらい誰かにお呼ばれしそうな帆波さんだけど、ここにいていいのかな?

 

「豪華客船に乗る機会なんて滅多にないんだし、僕のことは気にせずクラスの皆と船内探検とかしてきていいんだよ?」

「それは後で行くつもり。でもその前に、千尋ちゃんからある指令を受けたのであります!」

「指令?」

「『真釣くんは真釣くんだから、帆波ちゃんの髪を触れば船酔いも回復すると思う』とのことです!」

「……へえ」

 

 それでクラスの委員長を派遣できるって……ひょっとすると千尋さんはBクラスの陰の委員長、あるいは真の委員長なのかもしれない。

 

「ということでー」

 

 僕が休むベッドの足元の方に座っていた帆波さんは、ずるずると枕の方に移動してきた。僕が手を伸ばせば届く距離になると、飲み物の差し入れでもするくらいの気軽さで「はいどーぞ」と言う。

 この警戒心ゼロ娘め、後ろから抱き着いてやろうか。

 

 ……もちろん僕にそんな度胸は無いので、大人しくその乙女色の御髪に触らせてもらう。

 

「じゃあ遠慮なく」

 

 さわさわー。

 

 そういえば本人の許可を得たうえで帆波さんの髪にこうしてしっかり触るのって、実はこれが初めてなんだよね。そういう妄想ばっかりしてたからうっかり慣れた手つきで触っちゃったけど――やっぱり本物はすごいや。

 とにかく柔らかい。さらさらでふわふわ。頭頂部から毛先まで指で()かしてみても、全然引っ掛からない。

 

「んっ……」

 

 色っぽい声を出すな。興奮するから。

 

「今日は激しくないんだね……」

「そこまで元気がないからね」

 

 だから色気を出すなっちゅーに。

 理性と戦いつつ――じゃなくて理性で本能と戦いつつ、帆波さんの髪で10分くらい遊んだ。三つ編みにしたりお団子を作ったりした。

 

「もう十分満喫したでしょ?」

「そうだね。千尋さんの目論見通り、気分も体力も大分回復したよ」

「それは良かった! じゃあ私はクラスの方に戻るから、お大事にね!」

「うん、ありがとう。またよろしくー」

 

 扉の閉まる音が聞こえて、僕は部屋に一人きり。別に寂しくはないけれど、船内の散策にでも行こうかな。二足歩行も満足にできるようになったことだし。

 

 須藤君のことをバスケが絡んだら頭が良くなる変な男だと思っていたけれど、人の髪を触って体力が回復する僕もひょっとすると同じくらい変わった人間なのかもしれない。

 ……いや、まさか。そんなことないよね?

 

 

 

 069

 

 

 

 高度育成高等学校一年生一同が貸し切っているこの豪華客船には、地上5階と地下4階、合わせて9つの階層と、一番上には屋上がある。

 1階はラウンジや宴会用のフロア、2階は会議室のような中くらいの部屋が並んだ謎のフロア、3階から5階は客室フロアで、3階は男子、4階は女子となっている。屋上にはプールやカフェが設置されている。

 地下1階から地下3階にはシアタールームや劇場、フィットネスジムといった様々な娯楽施設がある。バーやカジノのような生徒の立ち入りが禁止されている施設もある。最下層である地下4階は船の設備に関するフロアで、立ち入りは禁止されていないものの別に用事もない場所だ。

 

 船の中を色々と見て回ろうかと思ったんだけど、残念ながら今僕がいる3階からは2フロア以上動かないと豪華客船らしさが味わえない。面倒だなあと思いつつも1階まで降りてみた。

 レストランが並んでいるエリアがあったので入ってみると、そこにはラーメンやハンバーガーといったジャンクなものから、本格的な中華やフレンチや和食もあった。お寿司屋さんは回らないものだけあった。これらが全て無料とは、俄には信じられないね。

 

 お腹は空いていなかったのでレストランエリアは素通りして、もう一つ下のフロアに行ってみた。

 劇場があったのでプログラムを見てみると、次の演劇は6日後の夜だった。そういえば最初の一週間は無人島で過ごすんだった。

 

 もうちょっとあちこち見たかったんだけど、帆波さんの髪パワーが薄れてきたようで再び酔いが始まった。うーん、30分も持たないのか……。

 本格的に酔ってしまうと階段が拷問になるので、急いで部屋に戻った。急いだ所為で余計に酔った気がする。つらい。薬が効いている気が全くしない。

 

 部屋には変わらず僕以外誰もいなかった。ベッドの上で大人しく休んでいると、女の人の声で船内アナウンスが流れてきた。

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』

 

 お時間はあるけどお元気がない僕は窓の向こうに視線を向ける。しかしどうやら島があるのは船の逆側のようで、いくら待っても外には水平線ばかり。地平線が現れることはなかった。意義ある景色は見られなかった。

 

 先程のアナウンスから30分くらい経った頃かな、再びアナウンスがあった。島に上陸するので、ジャージに着替えて携帯だけ持ってデッキに来いとのことだった。それを聞いてルームメイトの三人が帰って来た。

 ベッドに横になるため乗船直後からジャージ姿だった僕は、携帯を持って一足先にデッキへと向かった。壁に手を付きながらよろよろ歩いていると、僕より数分遅れて部屋を出たはずの三宅君に追いつかれた。

 

「肩貸すか?」

「あー……うん。ありがたく甘えさせてもらおうかな」

 

 具合の悪い僕を見て先生を(正確には平田君を)呼びに行ってくれたり、こうして肩を貸してくれたり、彼は随分と面倒見の良い人のようだ。それに大人しそうな見た目に反して、服の下は結構がっちりとした体つきをしている。

 

「三宅君は何か部活入ってるの?」

「ああ、弓道部だ」

「そっかー」

 

 弓道ってこんなに筋肉付くのかー。

 身の上話をちょこちょこっとしながら、デッキに着いた。ここに来て、僕はようやくこれから一週間を過ごす島の姿を捉えた。やった! 陸地だ!

 

 今すぐにでも飛び出したい気持ちを抑えてしばらく待っていると、拡声器を持った先生の声でAクラスから順に島に降りるよう言われた。その際携帯電話は没収された。それだけならまだしも、私物の持ち込みを一人一人丁寧にチェックしているので進むのが遅い。早くしてくれないかなあ。暑いんだけど。

 やがてDクラスの番になって、厳重な検査を受けた後タラップを降りた。

 

 この島で何が待ち構えているのか――そんなことはどうでもいい。

 

 地獄(船上)天国(陸上)の境界線を、ふらつく足で跨いだ。

 

 

 

 070

 

 

 

 船を降りたからってスイッチを押したみたいに体調が戻るわけではない。灼熱の砂浜で炎天に曝されては、むしろ悪化するまである。全然天国じゃないじゃん!

 

 整列した一年生全体の前に立ってAクラス担任の真嶋先生が何かの説明をしていたけれど、いまいち集中できなくて頭で理解するには至らなかった。それでも一応『特別試験』というワードは覚えた。

 全体での説明を終えて今度は茶柱先生からクラス別での何かの話があったけれど、こちらは『ポイント』と『トイレ』というワードのみ捉えた。

 その後ハイテクそうな腕時計と何かが諸々入った鞄が一人に一つずつ配られた。

 

 クラスの皆は何かをごちゃごちゃ騒いだ後、(おもむろ)に移動を開始した。なんのこっちゃよく分からないまま、僕もそれにしれっと付いて行く。

 他のクラスとは別行動のようだ。クラス対抗戦なのかな?

 

 上陸から時間が経ち、直射日光の遮られる森の中に入ったことで脳みそが活動を再開した。さーて、今はどういう状況だ? 隣を歩く鴇色の長髪少女に聞いてみる。

 

「ねえ佐倉さん、これってどこに向かってるの?」

「ええっ? ど、どこだろう……?」

 

 とりあえず歩いているだけらしかった。

 いつまで歩き続けるかも分からないので、僕はちょうど良い感じの枝を拾ってそれを杖にして歩いた。本当は船の酔いが完全に抜けるまでじっと休みたいんだけど、ここで皆とはぐれる方がリスクは大きそうだ。

 

 Dクラスの殿(しんがり)を務める僕と佐倉さんのところに、綾小路君と堀北さんが下がってきた。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃない。今すぐ学校に帰りたい」

「緒祈くん、あなた佐倉さんより体力がないのね」

「ちょっと船に酔っちゃってね」

 

 まあ、それがなくても僕の体力は佐倉さん以下だけど。

 

「堀北も船に酔ったのか? 顔色が優れないようだが」

「……気のせいよ」

「ねえ綾小路君、この特別試験とやらは何を競う試験なのかな?」

「先生の説明を聞いてなかったのか?」

「聞こえてはいた」

「……はぁ」

 

 呆れながらも教えてくれた特別試験の基本的なルールは、まとめると以下のようなものだった。

 

・一週間無人島で生活する試験である。

・各クラスに試験専用の300ポイントが支給され、これを支払うことで様々な物品が入手できる。

・試験終了時に残っていた試験専用ポイントがそのままクラスポイントとして加算される。

・体調不良によるリタイア、環境を汚染する行為、点呼時の不在、他クラスへの暴力行為などはペナルティの対象であり、試験専用ポイントがマイナスされる。

 

 これらに加えて、ボーナスポイントに関するルールもあった。まずスポットの占有についてはこんな感じだ。

 

・各クラス一人リーダーを決める。

・リーダーにはキーカードが支給され、リーダーのみがこれを用いて島の各所にあるスポットを占有できる。

・占有したスポットはそのクラスのみが使うことができ、一度の占有につきボーナスポイントを1獲得する。

・占有の権利は8時間で自動的に取り消されるが、連続して占有できる回数及び同時に占有できるスポットの数に制限はない。

・得られたボーナスポイントは暫定的なものであり、試験中の使用は出来ない。

・正当な理由なくクラスのリーダーを変更することは出来ない。

 

 そして最後にリーダー当てについてのルールだ。

 

・最終日の点呼の際、他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。

・他クラスのリーダーを当てた場合、1クラスに付き50ポイントを得る。

・他クラスのリーダーを見誤った場合、1クラスに付きマイナス50ポイントとなる。

・他クラスにリーダーを当てられた場合、1クラスに付きマイナス50ポイントとなり、さらにそれまでに貯めたボーナスポイントも全て没収される。

 

 とまあこんな感じだ。

 ちなみに一人に一つ支給された腕時計は時刻、体温、脈拍、GPS、SOSボタンなどいろいろな機能を備えており、許可なく外すと罰があるらしい。

 

「で、ルールを把握したうえで今回の試験、緒祈はどう思う?」

「面倒だなあって思う」

「そんな率直な感想は聞いてないんだよなあ……」

 

 いや、分かるよ? このクラスが採るべき方針とか、この試験の学校側の狙いとか、他のクラスはどう挑むんだろうとか、そういう話をしたいのは分かるよ?

 でも今はまだ、そこまで考えられるほどには回復してないんだよ。ルールの把握で精いっぱいなの。

 

 森に入って10分くらい経った頃かな。Dクラス一行は足を止めた。少し開けたこの場所で作戦会議をするらしい。

 僕は腰を下ろして木に背を預ける。あー疲れた。舗装されてない道は本当につらいな。

 

 平田君を中心に何やら話し合いが行われている。漏れ聞こえてくる単語から察するに、トイレを買うか買わないかで意見が分かれているらしい。さっき浜辺でも議論してたけど、まだ決着していなかったのか。買えばいいのに。

 しばらくして仮設トイレを買うという結論が出たようで、今度はベースキャンプを決めるための探索をしようという話になった。これ以上歩きたくない僕としては「ここでいいじゃん」と思うんだけど、そうもいかないらしい。志願者12名が4つのグループに分かれて、森の中に消えて行った。

 

「……うぅ」

 

 あ、やばい。

 ただでさえ体力の無い僕が、船酔いによる不調がまだ残った状態で、慣れない森の中をそれなりの時間歩いてしまったのだ。油断すると吐きそうだ。あー、これやばい。

 そんな僕のピンチを見抜いたのは、クラスのリーダー平田君だった。おおっと、リーダーと言ってしまうと紛らわしいね。クラスのイケメン平田君だった。

 

「緒祈君、大丈夫かい? 顔色悪いよ?」

「リタイアするほどじゃないけど、あまり大丈夫ではないね。簡易トイレに使う袋となんちゃらシートを貰ってもいいかな? 一度吐いたら多少は楽になると思うんだ」

「分かった。取って来るよ」

 

 彼はクラス全体をよく見ているよね。気配りが出来て気遣いも出来る。将来は保育士さんとか似合うんじゃないかな。

 

 戻ってきた平田君から青いビニール袋と吸水ポリマーシートを受け取る。汚染行為は減点らしいからね。

 嘔吐の音や臭いが届かないよう皆から離れ、木々に囲まれた大自然の中えづく。

 

 

「――(自主規制)――!」

 

 

 あー、気持ち悪っ。でもちょっと体が軽くなった気がする。物理的にも気分的にも。

 さて皆の所に戻ろうかと思ったところで、僕の足は止まってしまった。

 

 ……あれ? どっちから来たっけ?

 

 僕に踏まれて折れた草や枝が帰り道を示してくれるはずなんだけど……どこだ? さっぱり見付からんぞ? やっぱりこういうのは知識じゃなくて経験がものを言うのかな。もやしっ子の僕には厳しい世界だ。

 うーん、足元から手掛かりを見付けるのは一旦諦めよう。

 

 ひょっとすると皆の姿が見えるかもしれないと思い、今度は背伸びをして辺りを見渡して見る。……うむ、100パーセント自然だ。Natureだ。

 ではこれならどうだ。僕はその場でピョンピョンとジャンプしながら周囲に目を向ける。……やべっ、気分悪くなってきた。

 

「あっ」

 

 着地に失敗し、ぐらりと体が傾いた。体勢を立て直そうとするもそれが変に作用して、藪の中にダイブしてしまう。

 

「わぶっ」

 

 その藪は根性のない藪だったようで、僕の勢いを止めてはくれなかった。そしてなんてこったい藪の向こうは急な下り坂だった。緩やかな崖と言ってもいい。

 

「あらら」

 

 誕生日が命日になるかもしれない。

 そんなことを不思議と冷静に考えながら、僕は無様に転がり落ちた。

 

 

 

 

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