どうにか実力至上主義の教室へ   作:祭灯キャロット

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073-075 邪道と王道

 073

 

 

 

 目が覚めた時すぐ隣に他人がいるというのは中々に不快なものだ。この島にはプライベートな空間がないのだと、そう思い知らされる。

 

 あれやこれや色々とごちゃごちゃしてしまった誕生日から一夜明け、無人島試験二日目。

 昨夜はこれまでの人生で一番粗悪な寝床だった。大きめのテントとはいえ男10人の雑魚寝だし、葉っぱを集めただけのマットレスは草臭いし、エアコンも扇風機もないし。朝からネガティブが止まらない。

 と言いつつ疲れもあってか案外ぐっすりと眠れた。体調は万全ではないにしても、ちょっと調子が悪い日くらいには回復した。

 

 朝食はポイントで購入した栄養食だ。口の中の水分が根こそぎ奪われるタイプだった。

 飲料水はポイントで買うことも出来るけれど、綺麗な川があるのでその水を沸騰させてから飲むというのがDクラスの節約術であった。もちろん食事の直前に沸騰させたのでは熱くて飲めないので、昨晩の内に処理を済ませて十分に冷めているものをいただく。

 

 視線をキャンプの端に向けると、櫛田さんのグループが自分たちの分の食事をCクラスの伊吹さんに分けてあげていた。優しいね。

 しかしあの少女は一体いつまでここにいるつもりなんだか。

 

 朝食を終え、皆から少し離れた場所で何をするでもなく一人ぼーっと点呼を待っていると、須藤君たちと一緒に食事をしていた綾小路君がやって来た。

 

「おはよう綾野(あやの)晃司(こうじ)君」

「人の苗字を更に苗字と名前に分割するな。誰だよ綾野晃司って。完全に一個人のフルネームになってるじゃないか」

「ごめんね? 人の名前を覚えるの苦手でさ」

「覚えるのが苦手というより、間違えるのが得意なんじゃないのか?」

「そうかもしれない」

 

 船上では僕が不調で出来なかったいつもの挨拶(?)を交わしつつ、綾小路君は僕の隣に腰を下ろした。

 彼が持ってきたのは人に聞かれても問題ない話題らしく、声を潜めることなく普通のトーンで話を始めた。

 

「今朝神崎に会った」

「ほう」

「お前に伝言を頼まれた。『ここから道なりに浜辺に戻る途中に折れた大木があるだろう。そこから南西に森に入って進んだ先にBクラスのキャンプがある』とのことだ」

「隆二君が言った『ここ』がどこなのか分からないんだけど」

「行くつもりなら後で案内する」

「じゃあよろしく」

 

 これは嬉しい展開だ。Bクラスには遊びに行こうと思っていたけれど、場所が分からないので適当に歩き回るつもりだった。まさか向こうから教えに来てくれるとは。

 それにしても綾小路君も隆二君も、朝から精力的に活動しているなあ。慣れない環境に疲れたりしないのかなあ。

 

 ほどなくして点呼の時間となり、Dクラスの生徒たちは茶柱先生のもとに集合した。

 その後スポットの占有権を更新する時間になったので、リーダーを隠すため端末装置が埋め込まれた大きな岩の周りを皆でぐるぐる取り囲んだ。

 

 点呼も更新も終われば自由時間だ。平田君の指示の下ポイント節約の為に動く人もいれば、クラスのことは気にせず好きに行動する人もいる。Bクラスに行きたい僕は後者だ。

 綾小路君に道案内を頼もうとすると――

 

「何だよお前ら!」

 

 突如、池君の怒った声がDクラスのキャンプに響き渡った。

 何事かとそちらに目を向けると、どこかで見たような二人の男子生徒がニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて立っていた。伊吹さんの方を見ると、彼女は苦虫を潰したような表情をしていた。あの二人はCクラスの生徒なのだろう。

 綾小路君は伊吹さんに近寄って何か話している。その声は聞こえないけれど、内容はなんとなく想像出来る。

 

 Cクラスの男子二人組はスナック菓子を頬張りながら、ジュースか何かを(あお)るように飲んでいる。そして少し離れた場所にいる僕にまで聞こえる大きな声でDクラスを煽る。

 

「随分と質素な生活してんだな。さすが不良品クラス!」

 

 朝からポテチ食ってる不健康な連中に言われてもなあ。

 

 これといって面白味のない彼らの挑発は10分近く続いた。そして最後に「夏休みを満喫したかったら今すぐ浜辺に来い」という龍園君の伝言を残し、恐らくはその浜辺へと帰って行った。

 彼らの様子を見るに、龍園君には今のところ特に異常はないみたいだ。折角『歪』をあげたのに……まあ、そんな期待するようなものでもないか。

 

「緒祈」

 

 堀北さんを連れた綾小路君に声をかけられた。

 

「オレたちはまずCクラスを見て、それからBクラスとAクラスも覗いてみる予定なんだが、お前はどうする?」

「ご一緒させてもらうよ」

 

 一人で歩けば確実に迷子になる自信のある僕は、頼れる二人の後ろについて行く。

 

 夏の木々が生き生きとしている森の中。

 まだまだ始まったばかりの無人島試験。

 

 ――どうにも先が見通せない。

 

 

 

 074

 

 

 

 そこにあったのは『贅沢』だった。

 浜辺には色鮮やかなパラソルが刺さり、バーベキューセットが広げられ、ビーチボールがぽんぽん跳ねる。沖合を駆け抜ける水上バイクは豪快な水飛沫を上げていた。

 

「嘘でしょ……。こんなことって……あり得る?」

 

 その光景を茂みの陰からしっかりと目にしながらも、堀北さんは信じられない様子で何度もあり得ないと呟いた。

 そうだよね。このビーチで遊んでいる彼らが僕たちと同じ試験を受けている真っ最中だとは、とても思えないよね。

 

「確かめに行きましょう。Cクラスがどういうつもりなのか」

 

 このまま隠れていても仕方ないので、茂みから出て堀北さんを先頭に浜辺へと足を踏み入れる。

 するとすぐに、気弱そうな一人の男子生徒がやって来た。

 

「あの、龍園さんが呼んでいます……」

 

 ここで無視して帰るという選択肢はないだろう。覇気の無いその男子生徒に従い、ビーチパラソルの下で(くつろ)いでいる男のもとに向かう。

 

「よう。こそこそ嗅ぎまわってると思ったら……ちっ、お前も来たのかマゾ野郎」

 

 堀北さんを見て一瞬にやりと白い歯を見せた龍園君だったけど、僕の顔を見るなり眉間に皺を寄せた。そして僕の呼び方が女装野郎からマゾ野郎にランクアップしていた。ランクダウンかもしれない。

 

「そんなアシダカグモを見るような目は止めてくれよ。君と僕の仲だろう?」

「歓迎してやるような仲じゃねえだろ」

「あっははー。それもそうだね」

 

 ふむ……僕がいることを不快には感じているようだけど、計画が上手くいかずに苛立っているという様子はない。逆に何か嬉しいハプニングが起きたという様子もない。

 どうやら『手に負えない逆説(ウルトラロジカル)』はまだ働いていないようだ。つまんねーの。

 密かに落胆している僕に代わって、堀北さんが探りを入れる。

 

「随分と羽振りが良いわね。相当豪遊しているようだけど」

「見ての通りだ。俺たちは夏のバカンスって奴を楽しんでるのさ」

 

 龍園君はそう言って手を広げ、娯楽に満ちた浜辺を自慢げに示す。

 

「これは試験なのよ。それがどういうことか分かっているの? ルールそのものを理解していないんじゃないかと呆れているのだけれど……」

「ほう? ビックリだな。それは敵である俺に塩を送ってるということか?」

「トップが無能だとその下が苦労する。それが不憫なだけよ」

 

 堀北さんはそう言うけれど、少なくとも浜辺で遊んでいる彼らを見て「不憫な人たちだ」と思う人間はいないだろう。それこそDクラスの生徒がこの光景を目撃したら、素直に羨ましいと言うはずだ。

 まあ、僕たちもDクラスの生徒なんだけど。

 

 堀北さんと龍園君の会話を一応耳に入れつつ、改めてCクラスのキャンプをじっくり観察してみる。

 心の底からバカンスを楽しんでいる人が目立つけれど、中にはこの状況に疑問を持っているのか浮かない表情のグループもあった。楽しむしかないというのに純粋に今を楽しめない彼らは……うん、不憫だわ。

 

 もし僕がCクラスに配属されていたらどのグループに属していたかな、なんて考えてみる。あの不憫なグループかな? それともパラソルの下で談笑しているグループかな? バーベキューをしているグループかな? 体を動かしている連中に混ざることだけは有り得ないよなあ。

 おっ、あのグループとか良さそうだな。女子ばっかりだけど、良質なロングヘア―が揃っている。特にぼんやりとした雰囲気の少女、あの子の薄浅葱(うすあさぎ)の髪は是非とも触らせていただきたい。わしゃわしゃしたい。

 

 などと考えているうちに、堀北さんと龍園君の会話も終わったようだった。やっべ、途中から全然聞いてなかったわ。

 

「戻りましょう綾小路くん、緒祈くん。これ以上ここにいても気分が悪くなるだけよ」

「またな鈴音」

「どこで調べたのか知らないけれど、気安く人の名前を呼ばないでくれる?」

 

 龍園君は厭らしい笑みを浮かべる。

 

「お前みたいな強気な女は嫌いじゃないぜ。いずれ俺の前で屈服させてやるよ。そのときは最高の気分を味わえるだろうぜ」

 

 彼はそう言って、右手を自らの股間に持っていき水着の上から触れて挑発した。で、堀北さんを舐めるように見つつ、なぜか僕の方にもちらちらと視線を向ける。

 えっと……僕に男色の気はないんだけど……あ、いや、そういうことか。

 

 堀北さんはありったけの侮蔑を込めて龍園君を見下し、背を向けて森の方へと歩いていった。綾小路君もそれに付いて行く。しかし僕だけはその場に留まって、二人が十分に離れてから龍園君に話しかけた。

 

「そんな探るようなことしなくても、聞いてくれれば普通に答えてあげるのに」

「はあ? 何言ってんだ?」

「堀北さんは僕の逆鱗ではないよ。()()()()()()()()()()()()()()

「……そーかよ。つまんねえな」

「あはは。(じき)に面白くなるさ」

 

 なんの確信も無いけれど、いかにも何かを確信しているかのようにそう言い捨てて、僕は龍園君に背を向けた。この試験中に彼と会うのは、きっとこれが最後だろう。

 

 先に行った二人はどこだろうと見回すと、森に入る手前で待ってくれていた。

 

「お待たせ」

「彼と何を話していたの?」

「別に、何も」

「……そう」

 

 僕の適当な答えに不満気な堀北さんだったけど、わりと簡単に諦めてくれた。問い詰めたところで意味がないと察したのだろう。

 堀北さんは最後にもう一度だけCクラスを一瞥して、森の中に入って行く。僕と綾小路君もそれに続く。

 

「Cクラスは論外ね。警戒していたのが馬鹿らしいわ」

「そうだな。あいつらがポイントを全て使い切ったのは間違いないだろう」

 

 浜辺では一言も発しなかった綾小路君が久し振りに口を開いた。僕は前を歩く二人の会話に黙って耳を傾ける。

 

「後で困ったときどうするか見物ね」

「残念だが、この試験においてCクラスが困ることはないだろうな」

 

 急に饒舌になった綾小路君が龍園君のプランを解説する。それはそもそも一週間を乗り切ろうなどと考えず、適当なタイミングで適当な理由をつけてリタイアするという大胆な作戦だ。

 リタイアによるペナルティは一人に付きマイナス30ポイントと小さくないけれど、今回の試験では試験専用ポイントの下限が0に設定されている。既にその底に達しているCクラスは、何人リタイアしようがノーダメージだ。

 

「じゃあ彼は本当に、最初から試験そのものを放棄しているってこと?」

「ああ。緒祈も考え付いてたんじゃないのか?」

「まあねー」

 

 確かに可能性の一つとして浮かんではいた。ただ、正直あまり納得はできていない。

 というのも昨日会った時の龍園君の口振りには、もっと直接的に攻撃的な何かを仕掛けてきそうな感じがあったのだ。ちょっと他のクラスを驚かせた程度で終わるとは思えないんだけど……。もちろんその程度で終わってくれるなら大歓迎なんだけど……。

 

「あんなやり方、絶対に間違ってる。理解不能よ」

「そうだな」

「そうだね」

 

 もし僕がCクラスだったら――そんな想像を先程してみたけれど、どこのグループに所属しようが今回の試験では地獄を味わっただろう。予定より何日も早く船に戻るなんてあり得ない。理解不能だ。

 配属されたのがDクラスで本当によかったと思う。しかしそれと同時に数日後には船に戻らないといけないという非情な現実を思い出してしまい、僕は少しだけ気分が悪くなった。

 

 

 

 075

 

 

 

 神崎君に教えてもらったという道を行き、僕たちはBクラスのベースキャンプへと辿り着いた。そこにあったのは『統制』だった。

 

「流石はBクラスと言ったところかしら……」

「見事なものだね」

 

 既に一週間以上ここで生活しているのではないかと疑ってしまうほどに、彼らのキャンプは完成していた。Cクラスとは真逆も真逆で、この無人島試験の模範解答を見せつけられた気分である。

 Cクラスはもちろん、これは今のDクラスにも絶対に作れない光景だ。個々人の能力と心持ち、そして何より指導者(リーダー)の才覚が違う。決して平田君が悪いわけじゃない。比べる相手が悪いのだ。

 

 抜群の求心力と統率力を持ったBクラスの委員長さんは、僕たちの来訪に気付いてこちらにやって来た。

 

「やっほー真釣くん。堀北さんと綾小路君も」

「やっほー帆波さん。遊びに来たよー」

「遊びに来たわけではないのだけど……」

 

 ジャージ姿の帆波さんは初めて見たけれど、活発な印象と相俟(あいま)ってよく似合っていた。そしてなんと、無人島でもその艶を失わないストロベリーブロンドは、僕が誕生日にプレゼントした臙脂色のシュシュで纏められていた!

 

 萌え!

 ポニテ萌え!

 

 僕の視線に気付いた帆波さんは、体をくるっと半回転させる。ポニーテールがふわりと跳ねる。

 

「どう? 似合ってるかな?」

「可愛い可愛い超可愛い。愛す()しと書いて可愛い。()でる可しと書いて可愛い。(いつく)しむ可しと書いて可愛い。とにかく可愛い。超可愛い」

「落ち着け緒祈。堀北がドン引きしてるぞ」

「おっといけねえ」

 

 堀北さんの方を振り返ってみると、食パンに生えた黒カビを見るような瞳が僕に向けられていた。いやん。

 一方の帆波さんは「にゃははー。照れちゃうなー」といった具合で、普通に嬉しそうだった。多分帆波さんは誰に対しても「気持ち悪い」とか思わないんだろうなあ。良い人かよ。良い人だわ。

 

「話を戻していいかしら?」

「ごめんごめん。どうぞどうそ」

 

 真面目な堀北さんは遊びに来たんじゃなくて視察をしに来たんだった。僕は邪魔をしないよう一歩下がる。

 

「Bクラスは随分と上手く機能しているようね。拠点としては苦労も多そうだけど」

「あはは。最初は苦労したよー。でも何とかね、色々工夫して作ってみたの。そしたら逆にやることも増えちゃって。まだまだ作業も山積みだよ」

「だとするとお邪魔しているのは悪いわね」

 

 だとすると遊びに来たとか言ってる僕はもっと悪いよね。

 

「ごめんね? なんか追い返すみたいな言い方になっちゃったかも。でも少しくらいなら大丈夫だよ。聞きたいことがあるから訪ねてきたんだろうし」

 

 お言葉に甘えて僕たちはBクラスのポイントの使用状況を、キャンプ地の案内も兼ねつつ教えてもらった。

 Bクラスがキャンプ地としているスポットは井戸だった。周辺には木が多いため思うようにテントを張ることは出来ないけれど、その分はハンモックで補うことで睡眠環境を確保していた。

 帆波さんによるとBクラスにはアウトドアに詳しい生徒がいるそうで、その知識もあってかポイントを上手く節約できているみたいだ。

 

 堀北さんはBクラスの情報を一通り得たあと、Dクラスの状況もきちんと説明した。見上げたフェア精神である。

 

「なるほどぉ……。リタイアが出ちゃったのは痛いね」

「ええ。クラスとしてまだまだ不安材料は多いけれど、何とかしてみるわ」

「一つ確認しておきたいんだけど、この試験でも私たちの協力関係は継続ってことでいいのかな? 真釣くんもいるし」

「そうね。リーダー当ての追加ルールに関しては互いのクラスを除外する、という方針でどうかしら? 緒祈くんがいることだし」

「それがいいね! 一クラスでも警戒対象から外れてくれたら大分楽になるよ」

 

 どうやら僕が両クラスの架け橋になっているみたいだ。……いや、架け橋ではなく抑止力かな。仲良くしないと僕が何をしでかすか分からないという抑止力。

 ふっふっふ。狙い通りだ。

 

 これで情報交換と協力関係の確認ができて万々歳――のはずなんだけど、堀北さんは(いぶか)しげな視線を僕に向けていた。

 

「緒祈くん」

「うん?」

「いくら一之瀬さんが好きだからって、Dクラスのリーダーをバラしてはダメよ? Bクラスとは協力関係を結んだけれど、どこからCクラスやAクラスに漏れるか分からないもの」

「ああ、それに関しては心配ご無用だよ」

「本当かしら?」

「だって僕、Dクラスのリーダーが誰なのか知らないもん」

「「「えっ?」」」

 

 いや、そんなハモられましても……。

 

「なんで知らないのよ」

「僕がいない間に決まっちゃったし、別に知らなくても困らないし」

「それは……そうだけど」

「にゃははー。真釣くんらしいね」

 

 僕らしいかな? よく分からない。

 でもまあ過去の清算は終わったことだし、今後は性格(キャラクター)のブレもなくなるはずだ。『僕らしさ』というものも、そのうち出来上がってくることだろう。

 

 なにはともあれリーダーがバラされる心配が無くなった堀北さんは、Bクラスの統率具合やAクラスのキャンプ地、Cクラスの豪遊について帆波さんと話していた。

 どうやら帆波さんは、さっき綾小路君が言っていたCクラスの0ポイント作戦を未だに読めていないようだった。堀北さんはそれをあえて教えなかったみたいなので、僕も黙っておくことにする。聞かれたら普通に答えるけどね。

 

 そんな感じでクラス間会議をしていると、一人の男子生徒が遠慮がちに近付いて来た。

 

「お話し中すいません。あの、一之瀬さん。中西君はどこにいるか分かりますか?」

「この時間は海の方に出向いているはずだけど、どうかしたの?」

「お手伝いに行こうかと思いまして。余計なことでしたか?」

「ううん、そんなことないよ。金田くんの気持ちは凄く嬉しい。じゃあ、向こうで千尋ちゃんたちのフォローに回ってもらえる?」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 ……ん?

 違和感を覚える。今のやり取りは、チームワークを売りにしているBクラスらしくないものだった。そう感じたのは僕だけではなかったようで、堀北さんが不思議そうに口を開く。

 

「クラスメイトにしては随分と余所余所しいわね」

「あ、彼は――」

「Cクラスの生徒、か」

 

 割り込んできた綾小路君の言葉に、帆波さんは「そうだよ」と答える。

 そういえば龍園君は言ってたっけ。伊吹さんの他にもう一人出て行った生徒がいるって。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というわけか。

 へえ。ふうん。なるほどね……。

 

「彼、Cクラスと揉めちゃったみたいでさ。一人で過ごすって言ってたんだけど、流石に放っておけなくて。事情は話したがらないから聞いてないけど」

 

 話したい事情ではないのか、それとも()()()()()()なのか。……ふふっ。

 

「僕も千尋さんのとこに行ってこよーかな。帆波さん、いいよね?」

「もちろん!」

「じゃあそういうわけだから。ばいばい綾小路君、堀北さん」

「Aクラスのキャンプは見に行かないのか?」

「うん。興味ない」

「あまりBクラスの迷惑にならないようにね」

 

 他人様の家に泊まりに行く我が子を見送る母親みたいな堀北さんの台詞に「分かってるよ」と返し、僕はまだ視界にあるCクラスの彼の背中を追う。

 走る理由も無く普通に歩いている彼にはすぐに追いついた。足音に気付いて振り返った彼に、僕は右手を差し出し握手を求める。

 

「初めまして。えっと……金田君、だったよね? 僕はDクラスの緒祈真釣だよ。ここで会ったのも何かの縁だし、仲良くしようよ」

「あ、はい。Cクラスの金田悟です。よろしくお願いします」

 

 互いの手の平が触れた瞬間、僕は彼の手をしっかりと握る。そしてちょびっとだけ『歪』を注入してみる。すると金田君の体は電気が走ったようにびくりと震えた。ははっ、面白え。

 やりたいことは終わったので握手を解く。金田君は怯えた表情で僕を見る。

 

「あ、あの、今のは一体?」

「うん? なんのこと?」

「……いえ、なんでもありません」

 

 龍園君の時と同様に彼も『何か』を感じ取ったようだけど、当然解説なんかしてあげない。疑問は疑問のまま抱えてもらう。というか僕自身、疑問だらけだからね。

 

 さあて、何が起きるかな?

 それとも何も起きないのかな?

 

 また考えなしの思い付きで行動しちゃったなあと反省しつつ、千尋さんのもとへ向かう。千尋さんは女の子3人を従えてブルーシートを広げていた。

 

「やっほー千尋さん。何してんの?」

「やっほー真釣くん、それに金田くんも。いいタイミングで来てくれたね。これを木に張って屋根を作りたいんだけど、手伝ってもらえるかな?」

「あいさー」

「分かりました」

 

 どうやら雨を凌げる場所を作りたいらしい。無人島試験の期間中に降るかは分からないけれど、備えあれば憂いなしだからね。

 

「助かるよ。女の子だけじゃ持ち上げるのも大変だからね」

 

 ん? 持ち上げる?

 

「真釣くんはあっちの端で、金田くんは向こうの角を持って――」

「ねえ千尋さん、なんで四隅を同時に結ぼうとしてるの?」

「え?」

 

 彼女たちはそれなりの大きさ、すなわちそれなりの重さがあるシートを一斉に持ち上げて、一斉に木に(くく)ろうといていた。そりゃあ大変でしょうよ。

 

「1か所ずつ順番にやればいいじゃん」

「……確かに!」

 

 千尋さん以外の3人の女の子も、僕の提案に目から鱗といったご様子だ。

 呆れそうになるけれど、これは決して彼女たちがアホだったわけではない。4つの隅がある物に対して丁度4人が割り当てられたので、極自然に1つの隅に1人ずつと考えてしまったのだろう。誰もが陥り得る先入観、思い込み、固定観念ってやつだ。

 そこに外から来た僕だからこそ指摘ができた。多分、そういうことだ。

 

 きっと帆波さんは「女子だけでも1か所ずつ順番にやれば出来る」という想定で彼女たちにこの作業を任せたはずだ。指示を出したのが帆波さんかどうかは知らないけど。

 

「よし。それじゃあこっちの角から上げていこうか」

 

 千尋さんがグループを纏めている姿を新鮮だなあと眺めていると、背中をぽんと叩かれた。なんじゃらほいと振り返ると、名前も知らないBクラスの少女が聞き捨てならない台詞を吐いた。

 

「さすが一之瀬さんの旦那くん。頼りになるね」

「……はい?」

「ん? 違うの? 噂の緒祈真釣くんでしょ?」

「確かに僕の名前は緒祈真釣だけど……えーっと…………千尋さん、ちょっと来なさい」

 

 今のやり取りをニヤニヤしながら見ていた親友を呼び出し、他の人に声が届かない場所まで離れて詰問する。

 

「どういうことかな?」

「外堀から埋める作戦だよ」

「埋めるどころか埋め立てる勢いだよね。やり過ぎでしょ。馬鹿じゃないの?」

 

 なんだよ「旦那くん」って。その言い方が許されるのはちゃんと付き合っているカップルか、何年も一緒にいる腐れ縁の幼馴染か、あるいはもう本当に婚姻関係にある二人の場合だけだろ。現状の僕と帆波さんはそのどれにも当てはまらない。

 言われて嫌な気はしないよ? でもそういう問題じゃないの。

 

「正直私も調子に乗っちゃった自覚はある」

「自覚があるならいいんだよ。いや、全然よくないけど」

「めんごめんご」

「反省の色がねえ!」

 

 僕と帆波さんをくっ付けたいなら好きにすればいいとは確かに言った。ただ、何をやっても見逃してあげるってわけじゃない。これは一度しっかり説教をすべきだろうか。

 そう考えていると、なんと千尋さんが反論を開始した。

 

「でもでも、真釣くんはむしろ私に感謝すべきじゃないかな?」

「ほう。その心は?」

「真釣くんが将来はうちのクラスに移るつもりだって言ってたから、その時温かく迎え入れられるように根回ししてあげてるんだよ?」

「ふむ……」

 

 なるほど一理ある。さっきの話とは全くの別問題だと思うけど、その協力には確かに感謝しなければいけないだろう。

 

「サンキューちっひ」

「ちっひ言うな。それは私じゃない方の『ちひろ』だよ」

 

 私じゃない方って、まるで自分が『ちひろ』界の上位陣であるかのような言い方だな。……『ちひろ』界ってなんだ?

 

「下らない話をしている場合じゃないよ真釣くん。作業に戻ろう」

「おおっと、忘れていたぜ」

 

 なんだか有耶無耶にされちゃった感じだけど、僕はBクラスの邪魔をしに来たわけじゃないからね。千尋さんと一緒に待たせていた4人の所へ戻る。

 その後はシートを地面と平行に張ろうとする彼女たちに「それだと雨が溜まっちゃうよ」と指摘しつつ天井を作り、それからその下に落ちている枝や葉っぱを掃き出して地面を綺麗にした。

 

「よし、これで完成だね!」

「「「お疲れさまー」」」

 

 自分のクラス以上に他所のクラスで働いた僕だった。

 というか僕、思えばこの島に来てDクラスのプラスになることをまだ何一つしていない。強いて挙げるならスポットの更新時に壁になったこと、それからBクラスとの協力関係を結ぶ一端になったことくらいだ。

 あれ? 意外と働いてる? いや、全然そんなことないか。今度気が向いたらDクラスの手伝いもしてあげよう。

 

 結局その後もなんやかんや18時頃までBクラスのキャンプにお邪魔して、帰り道は自信がなかったので隆二君に案内してもらった。

 

「悪いな、色々手伝ってもらって」

「いやいや。感謝するのは僕の方だよ」

 

 自分たちのキャンプに余所者がいるのは落ち着かないだろうに、Bクラスの皆さんは僕を快く受け入れてくれた。もちろん『少なくとも表面上は』という注釈は付くけれど。

 余所者は一か所に固まっていた方が監視も楽だろうから、僕はずっとCクラスの金田君と行動を共にしていた。

 

「隆二君はぶっちゃけ金田君のこと、Cクラスのスパイだと思ってる?」

「その可能性は当然考えているが、だからといって他に居場所がない人間を邪険にも出来ないだろう」

「そうだよねー。帆波さんの影響か、お人好しの多いクラスみたいだし」

「DクラスのキャンプにもCクラスの生徒が一人いるのだろう? そっちはどうなんだ?」

「君たちほど受け入れているわけではないけど、一部の女子グループが仲良くしようと試みている感じだね」

 

 伊吹さんのことは昨日の夜と今日の朝に少し見ただけなので、あまり深い話は出来ない。それでも僕なりの見解を述べておいた。金田君と違って積極的にこちらに関わろうとはしない、とか。

 僕の中ではCクラスの二人はどちらもスパイだと決めつけているんだけど、隆二君にはそれは出来ないみたいだった。優しい人だ。真実なんかどうでもいいと思っている僕とは大違いだ。

 

 その後もこの試験に関する意見交換や、試験に関係ない雑談なんかもしながら森を進む。20分くらい歩いた頃だろうか、目印となる折れた大木が見えて来た。

 

「明日以降も遊びに行っていいかな?」

「ああ、構わない。うちのクラスにお前を煙たがる奴はいないだろう」

「……なんで?」

「期末テストの予想問題をくれただろう? あれには皆、世話になった」

 

 そういえばそんなこともあったなあ。こんな島に来た所為か、遠い過去の話に思えてくる。

 

「あんなの全然、大したことないんだけどね」

「そう謙遜するな。良い出来だったぞ」

「そう? ありがとう。それじゃあ明日もお邪魔するね。時間は……ちょっと分からないけど」

「了解した。いつ来ても俺か一之瀬か白波はキャンプにいるはずだ。遠慮せず声をかけてくれ」

「悪いね」

「気にするな」

 

 僕はDクラスのキャンプがある方角を聞いてそちらに、隆二君は今歩いて来たBクラスのキャンプへと繋がる道に、それぞれのつま先を向ける。

 

「じゃあね。また明日」

「ああ。またな」

「ばいばーい」

 

 教えてもらった道を忘れないうちに僕は歩き出す。友達と呼べる相手は綾小路君くらいしかいないDクラスのキャンプへと、独り帰る。

 

 寂しいとは思わない。

 ただ、もし僕がBクラスの一員だったらなあ……と、そんな意味のないことを考えてしまった。

 

 

 

 

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