どうにか実力至上主義の教室へ   作:祭灯キャロット

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076-078 収穫

 076

 

 

 

 無人島試験三日目。

 クラスのために何もしないというのも悪いので、もし平田君あたりに何か仕事を頼まれたら、力仕事と探索系以外なら大人しく従うつもりだった。しかし特に声をかけられることも無かったので、昨日に引き続きBクラスに遊びに行こうと思う。

 道に不安はあるけれど今日は一人で行ってみる。綾小路君は綾小路君で何かやりたいことがあるらしいし、他に誘うような相手もいない。改めて考えると自分のクラスに友達が少なすぎる僕だった。

 

 まずは目印である折れた大木に向かう。

 昨日歩いた時は5分強かかったかな。そう思いながら西の方角に歩いていると、丁度それくらいの時間で到着した。僕のことだからこの程度の距離でも迷子になるだろうと予想していたんだけど、全然そんなことはなかった。楽勝楽勝、拍子抜けだな。

 折れた大木を回り、南西へと進路を変える。

 

 その後は『(ひずみ)』を発散しながら歩いた。

 『歪』について御復習(おさら)いしておくと、これは何でもありの僕の病『手に負えない逆説(ウルトラロジカル)』の発動に必要なエネルギーだ。真実がどうであるかは知らないけれど、とりあえず僕はそう認識している。

 そしてこの『歪』というものは生きているだけで勝手に溜まり、放っておくと他人を巻き込んだ規模の大きな『何か突飛なこと』を起こす。そんなサプライズを望んでいない僕としては、日頃から小まめに発散する必要がある。

 

 普段は携帯のアプリでちまちま発散しているのだけれど、この島ではそれが出来ない。適当に発散するにしても何が起こるか分からないので、周りに人がいる状況では避けたい。

 昨日や一昨日のように他人に流し込む手段もあるけれど、そんなことを躊躇なく出来る都合の良い相手は中々いない。

 

 というわけで一人ぼっちで森を歩いている今この時は、『歪』の発散に最適なのだ。

 

 ……いや、確かに誰にも迷惑をかけていない点では評価できるけれど、決して最適ではない。断じて快適ではない。なぜなら――

 

「うわっとっと」

 

 『歪』の発散を開始してからというもの、僕は10歩に1歩の割合で(つまづ)いていた。そしてさらに――

 

「わ、わわっ!」

 

 100歩に1歩の割合で転んでいた。体調は昨日より良いんだけど、傷はむしろどんどん増えていく。

 

「なんでこうなるかなあ……」

 

 七転八倒というか千転万倒って感じだ。ゴールが見えていればまだ頑張れるんだけど、いつの間にやら道を外れてしまったらしい。昨日はあの目印から20分弱で着いたBクラスのキャンプに、今日は一時間近く歩いても出会わない。

 多くの生徒によって踏み固められた痕跡を辿れば、それだけで迷わず行けたはずなのだ。()()()()()こうして迷子になっている。迷子の迷子の緒祈くんだ。

 

 適当な木の根元に腰を下ろし、何度目かの休息をとる。

 こうなると一度海岸に出た方が良いのかもしれないな。海岸線をぐるりと歩けば、釣りをしているBクラスの生徒にどこかで出会えるはずだ。食糧調達の邪魔をするのも悪いけど、このままだと迷子では済まなくなってしまう。

 そうと決めたら即行動。低い方へ低い方へ歩いていけば、いずれ海に着くだろう。

 

「よいしょっと――あっ」

 

 腰を上げた瞬間、立ち眩みに襲われて体が後ろに傾いた。ああもう、僕の体のなんと軟弱なことか。

 

「あ、あっ、わわーっ!」

 

 ガサガサガサ!

 バキバキバキ!

 

 自分がどういう挙動をしたのかも碌に把握できないまま茂みに突入し、突破し、どすんと地面に衝突した。

 

「ぶへっ!」

 

 ……『歪』を発散するの止めようかな。ここまでで十分減らせたと思うし、何よりこの調子だと海に着く前に気力も体力も尽きてしまう。

 というわけで自分の中の見えないスイッチを切って通常モードに戻った。戻ったところで体力も方向感覚も向上しないけど、転ぶ回数は大きく減るだろう。昨日は普通に歩けていたんだし。

 

 今度は立ち眩みしないようにゆっくりと起き上がる。

 そして気付いた。この場所がさっきまで歩いて来た自然の森とは違い、人為的に整備されたスペースであることに気付いた。僕の身長くらいある植物が整然と並んで、そこには幾つもの赤い実が輝いていた。

 

「わお」

 

 それは好きな野菜ランキングでは常に表彰台入りの人気者。ナス科ナス属の緑黄色野菜――トマトだった。

 

 野生のトマトがどう育つのかは知らないけれど、支柱が立ってるんだからこれは間違いなく人の手による畑だ。無人島試験の為に学校が用意したのだろう。

 特に意識はしていなかったけど、こうして食べ物を前にするとお腹が空いてきた。今すぐ手を伸ばして鮮度抜群の採れたてトマトにかぶりつきたい。しかしその欲求をぐっと抑え、賢い僕は考える。

 

 これひょっとして、スポットなんじゃね?

 

 他のクラスが占有しているスポットを勝手に使うと、確か100ポイントのマイナスだったはずだ。どこのクラスも占有していない場合は知らないけど、ペナルティがないことはないだろう。

 Dクラスの川やBクラスの井戸とは毛色が違うものの、念のため周囲を確認しておく。

 

「……大丈夫そうだな」

 

 ぐるりと回って見たけれど、キーカードを読み取る端末装置は見当たらなかった。どうやらご自由にお取りくださいということらしい。それならそうと分かりやすく書いといてくれればいいのに。

 

 まあいいや。心配は杞憂に終わったんだし早速いただくとしよう。

 テニスボールくらいの大きさの真っ赤なトマトは、手に取ってみるとずっしり重たい。調味料も調理器具も無いので、そのまま生でかぶりつく。

 

「んー! うまい!」

 

 程よい酸味と甘味、そして弾ける瑞々しさ。

 大ぶりの二つをぺろりと平らげお腹を満たす。

 

 そんなに大きな畑ではないけれど、一つ一つの茎にたくさん実っているので一クラスの一食分くらいなら余裕で賄えそうだ。Dクラスに持って帰ったら、あるいはBクラスに持って行ったら大いに喜ばれるだろう。

 でもまあ、やめておこうか。鞄に入れて中で潰れたら最悪だし、荷物が重くなるのも嫌だからね。

 

 自分のクラスの役に立てる機会が降って湧いたというのに、それをまるで活かそうとしない非人情な男がいた。というか僕だった。

 

 

 

 077

 

 

 

 トマト畑を出た僕は海を目指そうと、道なき道を低い方へ低い方へ歩いていった。すると10分程して、()()()()()()()()()()()()()()()()()。どういうことだってばよ……。

 急がば回れをしようとしたら棚から牡丹餅が降ってきた。予想だにしない展開に呆然としていると、当たり前だけどBクラスの生徒に声をかけられた。

 

「おお? そこにいるのは緒祈じゃないか。こんなところで何してんだ?」

「やあ。えっと……魂館(たまだて)颯太(そうた)君だっけ?」

柴田(しばた)(そう)だよ!」

 

 ああそうだ、彼はサッカー部の柴田君だ。Bクラス随一の身体能力を持つ柴田君だ。連絡先は知らないし、会う機会もほとんどないから忘れてたわ。

 

「まったく、緒祈は酷い奴だなー」

「ごめんね? 人の名前を覚えるの苦手でさ」

「苦手なのか。じゃあ仕方ないな」

 

 仕方ないで許されてしまった。

 

「それにしても、なんでそんなにジャージがボロボロなんだ?」

「ああ、それはね――」

 

 どうして僕のジャージはこんなにも傷だらけなのか。その理由であるここに至るまでの悪戦苦闘(馬鹿みたいに転びまくっただけ)を滔々と語っていると、話し声に釣られてか隆二君がやって来た。

 

「来てたんだな」

「うん。ついさっきね」

「……なぜDクラスのキャンプとは全く別の方角から?」

「緒祈は道に迷ってたらしいぞー」

「そういうこと」

 

 道に迷ったというか、道がない場所に迷い込んだというか。

 隆二君は何やら引っ掛かるところがあったみたいだけど、とりあえず「なるほどな」と納得してくれた。

 

「なあなあ緒祈、俺たちこれから森の中に食料探しに行くんだけど、お前も来るかー?」

「やめておくよ。そんな体力は残ってないからね」

 

 全く歩けないわけじゃないけど、彼らのペースを落としてしまう自信はあったので辞退した。代わりに仕入れたばかりの情報を提供する。

 

「向こうにトマト畑があったから、探してみるといいよ」

「本当か!? よし、皆を集めて行こう!」

 

 柴田君はクラスメイトが(たむろ)しているところに走って行った。僕と隆二君はのんびり歩いて後を追う。

 

「よかったのか?」

「ん? 何が?」

「畑のことだ。自分のクラスで収穫しなくてよかったのか?」

「こっちのキャンプの方が近いからねー」

 

 一度Dクラスまで戻ったところで、クラスメイトをあの畑まで案内することなど僕には不可能だ。それにもしDクラスの生徒が畑まで無事辿り着いたとしても、Bクラスの生徒と出くわしてトラブルにでもなったらそれこそ面倒だ。

 

 さてさて、当初の予定では昨日に引き続き金田君と行動を共にするつもりだったんだけど、彼はトマト収穫隊に参加するみたいなので諦めた。いや、本来なら畑を発見した僕こそ一番参加しなくちゃけないんだけど、覚えてないんだもん。森の中の景色なんてどこも似たようなものだし。

 柴田君にはここからの(おおよ)その位置ベクトルだけ伝えておいたので、あとは人海戦術で見付けてもらおう。

 

 やがて8名の男子とその半分の女子で収穫隊は結成され、森の中に消えて行った。そこには神崎君も参加していた。いってらっしゃーい!

 

 人の減ったBクラスのベースキャンプを見渡してみる。今朝まででキャンプの整備は粗方終わったのか、ほとんどの生徒がのんびりと休んでいた。ざっと15人くらいかな。残りはさっきの収穫隊みたいに食糧調達に出たり、あるいは他クラスの偵察やスポットの捜索でもしているのだろう。

 帆波さんも千尋さんもどこかに出かけているようで、キャンプ地には僕の友人が一人も残っていない。うーん、誰に話しかけよう? 昨日少し話した女の子たちもいないしなあ。

 

 それにしても……孤立している生徒が全く見当たらないな。思い返せば昨日もそうだった。誰しもがどこかしらのグループに属していた。40人も集まれば孤独を愛する者の一人や二人いそうなものだけど、Bクラスのチームワークは僕の想像以上らしい。

 うーん、考えていたプランが幾つか潰れちゃうかな。

 

 手持無沙汰にキョロキョロしていると、三人組の男子が近付いて来た。

 

「おい」

 

 どうやらあまり友好的な空気ではない。おお、これはもしかすると――

 

「ちょっとこっち来いよ」

「うん」

 

 人目に付かない森の中に連れ込まれる。きゃー。こわーい。

 キャンプからは目も耳も届かない場所まで来て、ようやく彼らは足を止めた。三人並んだ中央の、長い前髪で右目が隠れちゃってる男子が僕を睨みながら口を開く。

 

「お前、一之瀬さんや白波さんと仲良いからって調子乗ってんじゃねーぞ」

「……」

 

 苛立ちの籠ったその台詞に、申し訳ないけど僕は笑いそうになってしまった。彼の嫉妬が面白かったわけではない。僕の頬を緩ませようとしたのは、()()()()()()()()()()()()()()()という喜びだ。

 

 もし帆波さんの統率が完全なものであれば、Bクラスにはお人好ししかいないかもしれない。僕に敵対心や警戒心を抱く人間が現れないかもしれない。そんな()()をしていたけれど、よかった、ちゃんといてくれた。

 僕はこういう人たちと繋がりを作りたかったのだ。仲良し小好しだけでは心許ないからね。

 

「とりあえず、君たちの名前だけでも教えてもらえるかな?」

「は? 話逸らしてんじゃねえよ」

 

 初対面なんだから名前を聞くのはおかしな話ではないと思うんだけど、どうやら教えて貰えないみたいだ。後で隆二君にでも聞くとしよう。

 隆二君といえば、昨日「うちのクラスにお前を煙たがる奴はいない」とか言ってなかったっけ? いやいや、がっつりいるじゃないか! 超ウケる!

 

「まあいいや。で、なんだっけ? 帆波さんと千尋さんの話だっけ?」

「馴れ馴れしく下の名前で呼んでんじゃねえよ! Dクラスの分際で!」

「どうせBクラスのリーダーを探りに来たんだろ! このスパイ野郎!」

「昨日はCクラスの金田と随分親しげだったじゃねえか。二人で何か企んでるんじゃないのか?」

 

 両サイドの二人も怒り心頭といった様子で僕につっかかってくる。反論はあるけれど、一旦全部吐き出してもらおうかな。僕は彼らの憤慨に大人しく耳を傾ける。

 

「あの二人や神崎と仲良くなったのも、何か卑怯な手段を使ったんじゃないのか?」

「一之瀬さんが誰にでも優しいからって、その優しさに付け込んだんだろ!」

「一部の女子はお前のことを認めているようだが、勘違いするなよ? Bクラスにお前の居場所なんか無いんだよ!」

 

 わざわざキャンプから離れてこんな森の中に移動したんだから、僕を責めている姿をクラスメイトに見られるのは嫌なのだろう。でもあんまり騒いでると人が来るかもしれないよ?

 そんなことは露ほども考えていない様子で三人は続ける。

 

「さっき畑の情報を持ってきたのも怪しいよなあ? 本当に畑があったなら、なぜ自分のクラスで収穫しない?」

「そもそも本当に畑があってそれを善意で教えに来たなら、お前はそこまで案内しているはずだろう。なぜここに残っている?」

「畑があるなんて嘘を吐いて、Bクラスのキャンプから人を減らして、この隙に何かするつもりなんじゃないのか?」

 

 三人の弁は憤激から疑念へと移ってきた。僕のことが気に入らないというだけではなく、ある程度理論的に考えたうえで僕を疑っている。流石はBクラスの生徒、決して馬鹿ではないようだ。これなら話も通じるかな。

 一段落したみたいなので、僕も口を開くことにする。

 

「で?」

「……は?」

「君たちの思いは伝わったよ。それで、僕にどうしてほしいの?」

 

 まさか言いたいことを言って鬱憤を晴らせればそれで満足、なんてことはないだろう。三人は僕に一歩(にじ)り寄って、威圧を込めて要求してきた。

 

「今すぐDクラスのキャンプに帰れ」

「二度とここに来るな」

「一之瀬さんたちと喋るな」

 

 まったくもう、好き勝手言ってくれるなあ。もちろん素直に従ってあげる理由はないので、シンプルに「やだ」と突っぱねる。

 てっきり眉間の皺がさらに深くなるかと思ったんだけど、そんなことはなかった。むしろ三人はたっぷりと余裕を持って、勝ちを確信しているかのようにこう言った。

 

「これでもこっちは譲歩してるんだ。もし大人しく引き下がらないってんなら、『お前がBクラスの女子の鞄を漁ってた』なんて噂を流してもいいんだぜ?」

「ふうん」

 

 はっはっは。こいつら、それで脅してるつもりかよ。甘い甘い。

 

「やってみなよ」

「えっ?」

「それで帆波さんや千尋さんが僕を嫌うと思うなら好きにすればいいさ。ただ、失敗すればBクラスに君たちの居場所はなくなるだろうから、その点は覚悟しておいてね?」

 

 今度は僕の方から一歩躙り寄り、言葉の矛を突き付ける。

 僕のそんな反応は予想外だったようで、三人は急に狼狽(うろた)えだした。折角だし彼らの思惑を徹底的に叩き潰してやろう。

 

「ついでに言っておくと、僕を(おとし)めるような噂なら既に経験済みだ。君たちも知ってるんじゃないかな?」

「……まさか、入試の合格者を蹴落として入って来たって噂になってたのは――!」

「うん、それ僕」

 

 噂の存在は知っていながらも、それが誰のことであるかは知らなかったようだ。まあ、知ってたらこんな直接僕に噛み付いてくるなんて無理だよな。

 

「安心しなよ。あの噂は全くのガセだし、僕は君たちと敵対するつもりは毛頭無い」

「そんなの、信じられるわけないだろ」

「そうだろうね。でも君たちが信じようが信じまいが、僕の行動は変わらないよ?」

「……」

 

 おやおや、三人が完全に委縮してしまった。彼らに僕の要求を呑ませるには今がチャンスなんだけど、この場所じゃちょっとなあ。万が一誰かに、特にAクラスやCクラスの生徒に聞かれていたら面倒だ。

 僕は人の気配とかよく分かんないんだし、踏み込んだ話は控えた方が良いだろう。この三人に『緒祈真釣は侮れない』と印象付けただけで良しとしておこう。

 

「詳しい話はまた今度、東京に帰ってからにしようか。じゃあねー」

「お、おい! 逃げんのかよ!」

「あっははー。むしろ僕の方が見逃してあげてるんだけどね」

「お前……何がしたいんだよ」

「友達と仲良く高校生活を満喫しながらAクラスに上がりたい。それだけだよ。これ以上話すことも無いだろう? キャンプに戻ろう。あんまり長時間留守にしてると、何を話していたのかと怪しまれるよ」

「……そうだな」

 

 本当は一人で颯爽とこの場を後にしたかったんだけど、キャンプがどっちにあったか分からなくなったので彼らに案内してもらう必要があった。最後の最後で情けない。

 でもまあ上手く誘導できたなあと内心ほくそ笑んでいると、ガサガサと茂みを掻き分ける音が聞こえてきた。僕も三人も、何者かと一斉にそちらを見る。

 茂みの中からひょこっと顔を出したのは――

 

「何してるの?」

 

 両手に果物を抱えた千尋さんだった。その後ろには昨日一緒にシートを張った女の子たちもいた。食糧調達から帰って来たのだろう。

 

 思わぬ人物の登場に、男子三人は言葉に詰まる。何をしていたか正直に答えるわけにもいかず、かといって言い訳も準備していなかったようだ。

 仕方ない。敵対するつもりはないという意思表示も込めて、ここは助け船を出してあげよう。

 

「僕がいなかった間の金田君の様子を聞いていたんだよ。三人ともありがとね」

「え? お、おう」

「そ、そうだな。金田の話だった」

「ああ。礼なんかいらねえよ、うん」

「……ふうん」

 

 三人の反応が酷かったけど、一応誤魔化せたみたいだ。というか、誤魔化されてくれたみたいだ。

 この場に留まる理由も無いのでキャンプに戻ろうとすると、千尋さんに袖を引かれた。

 

「みんなは先に行ってて。私は真釣くんにちょっと話があるから」

 

 女の子たちは「はーい」と明るく答えて去っていく。男子連中は不安そうな視線をこちらに向けつつ、渋々といった様子で女子の後に付いて行った。

 その姿が見えなくなってから、残された僕は千尋さんに尋ねる。

 

「話って?」

「謝った方がいいのかなーって」

「……?」

 

 謝られるようなことをされた覚えはない。僕と帆波さんの件については調子に乗り過ぎな所もあるけれど、それについては昨日話したし。うーん、なんだろう?

 千尋さんは「ごめんね」と言い、悔しそうにこう続けた。

 

「女の子にはある程度真釣くんのことを認めさせることが出来たんだけど、男子は中々難しくって」

「あー……」

 

 どうやら千尋さんは先程まで僕とBクラスの男子たちが何を話していたのか、完全に察しているようだった。そして彼らが僕に対して敵意を抱いていることに、なぜか責任を感じていた。

 

「そんなこと全然気にしなくていいよ。彼らの接触は予想出来てたことだし」

「そうなんだ。流石、なんでもお見通しだね」

「色んなパターンを想定して、そのうちの一つが当たったってだけだよ。全てを見通せているわけじゃない」

 

 一部の男子または女子から呼び出されて「一之瀬さんたちと馴れ馴れしくしてんじゃねーよ」と言われることは想像できていた。それでも、まさかこんなに早いとは思っていなかった。

 僕の想定では明日か明後日の可能性が一番高かった。余所者の癖にBクラスのキャンプで楽しく過ごす僕を最初は黙って見過ごすも、それが何日も続くことで苛々が溜まって――という展開を考えていた。

 

 キャンプに人が少なくて、しかも僕が暇そうだったから好機と見たのかな。僕に対するフラストレーションは島に来る前からそれなりに溜まっていたのかもしれない。千尋さんは僕の知らない所でも色々と動いてるみたいだし。

 

 あの三人については一先ず放置で大丈夫だろう。あらぬ噂を流すと脅して来たけれど、多分実行はしないはずだ。

 それに、たとえ実行されたところで大してピンチでもない。隆二君は中立を選びそうだけど、少なくとも千尋さんと帆波さんは噂を否定してくれると確信している。

 

 Bクラス内部のことは二人に任せておいて問題ないだろう。だから、僕が気にすべきはその外部の人間だ。

 

「ところで千尋さん、金田君に何か変わったことはあったかな?」

「変わったこと? あー、うん。あったよ」

 

 どうせスパイだろうと決めつけて『歪』を投与しておいたけど、早速効果があったらしい。いや、『歪』による影響かどうかは分からないか。

 とりあえず何があったのか聞いてみると、返って来たのは思ったよりもショボい事件だった。

 

「金田君の眼鏡が壊れたの」

「へえ……」

 

 その程度かとちょっぴり落胆しつつ、いやいやちょっと待てよと10分程前に見た彼の姿を思い出す。はっきりとは覚えてないけれど、昨日はあった眼鏡が今日は無くなっていたのなら記憶に残っているはずだ。

 

「さっき見た時はかけてたけど?」

「Bクラスのポイントで買ったんだよ。流石に無視できないからね」

「あ、そういうこと」

「普通なら眼鏡が壊れるくらい、別に特筆するほどでもないんだけどさ」

「今回は普通ではなかったと?」

「うん。昨日の夜と今日の朝、2回壊れたの。ちょっと変じゃない?」

 

 なるほど納得。それは確かに気になる事態だ。確率的には当然ゼロではないけれど、現実に起きるとやはり不自然だと感じざるを得ない。

 

「たったの2ポイントなんだけど、それでも出費は出費だからね。Bクラスにポイントを使わせるためにわざと壊したんじゃないかって言う人もいて、今朝はちょっと険悪になっちゃった。帆波ちゃんが鎮めてくれたけど」

「ふむふむ……千尋さんはどう考えてるの?」

「わざとじゃないと思う。Bクラスに損をさせたいならもっと他の方法があるはずだもん。真釣くんは?」

「何とも言えないね。色んな可能性が浮かび過ぎて一つに絞れないよ」

「そっかー」

 

 事故なのか故意なのか。故意ならそれは誰の意思なのか。金田君か、Bクラスの生徒か、はたまたそれ以外か。目的は何なのか。ポイントを使わせること? 金田君を追い出すこと? Bクラスの雰囲気を悪くすること?

 あるいは『手に負えない逆説(ウルトラロジカル)』が働いたのか。だとするとこれは望んでいない発動の仕方だな。Bクラスに迷惑をかけるつもりは無かったんだけど。

 

 ひょっとすると先程の三人は金田君の眼鏡の件で苛立っていて、それもあって僕につっかかってきたのかもしれない。なんと迷惑な……いや、別に迷惑でもないか。どうせ暇だったし。

 

 とりあえず今すべき話は終わったので、キャンプに戻ることにする。すると――

 

「騒がしいね」

 

 千尋さんの言う通り、耳を澄まさなくとも聞こえてくる喧騒が唐突に湧いた。

 なんだろうねと疑問を抱きながらキャンプに到着すると、そこには柴田君たちが帰って来ていた。僕が見付けたトマトを採ってきたみたいだ。なるほど、それで活気づいていたのか。

 

「サンキューな緒祈! お陰でトマトが大漁だぜ!」

 

 僕の姿を捉えた柴田君は、手を振って礼を言ってきた。そんな大声で名前を叫ばれるのは恥ずかしいけれど、これでBクラス内での僕の評価が多少なりとも上がったのなら、それは『Aクラス移籍計画』を抜きにしても素直に嬉しいことだ。

 

 しかし一方で――

 

「私、トマト嫌いなんだよね」

 

 残念ながら隣の少女にはあまり喜んでいただけなかった。

 まあいいさ。親友の好き嫌いを知れたというのも、これはこれで収穫だ。

 

 

 

 078

 

 

 

 Bクラスのキャンプにはこれといって手伝える作業が無かったので、僕は金田君に付きまとって遊んでいた。

 

 僕の方は彼のことをスパイだと決めつけているけれど、逆に彼の方は僕のことをどう認識しているのだろう? Dクラスから来たスパイだと思っているのか、それとも純粋に遊びに来てるだけの暇人だと思っているのか。はたまた龍園君から何か聞いているのか。

 「手を組んでBクラスのリーダーを当てませんか?」とか言われたら面白かったんだけど、そんな提案は今のところされていない。

 

 お昼を過ぎた頃、海辺で食糧調達をしていたという帆波さんとその仲間たちが帰って来た。

 人の増えたキャンプを見渡すと、どこを見てもゆったりと時間が流れている。忙しなく動いている生徒が一人もいない。泰然自若の余裕綽々って感じだ。

 この無人島試験をどう乗り切るかなんて、きっと誰も考えていないのだろう。考える必要がないのだろう。

 

 日が傾いて来た午後5時前、帆波さんが隆二君を連れて僕の所にやって来た。

 

「これからCクラスのキャンプを覗きに行こうと思うんだけど、一緒にどうかな?」

「行く行くー」

「金田くんは?」

「い、いえ。僕は大丈夫です」

 

 自分のクラスのことなんだから、気にならないということは無いはずだけど……。わざわざ見に行かずとも状況は分かってるってことかな。

 断る彼を無理矢理連れて行く理由も無いので、三人で森の中に入る。

 

 道中、隆二君がCクラスの作戦について彼なりの推理を聞かせてくれた。

 

「恐らくCクラスはこの特別試験に真面目に取り組む気がないのだろう。娯楽の限りを尽くし、ポイントが尽きたら適当な理由を付けてリタイアする。今もまだ浜辺にいるかは怪しいところだ」

 

 ……うん、まあ、昨日綾小路君が言っていたのと同じだった。

 

「にゃはー! そんな作戦、思い付いても普通は実行できないけど……龍園くんは普通じゃないからねー」

「そうだねー」

「この試験はプラスを積み重ねるための試験だ。それを放棄した時点で龍園は負けている」

「そうだねー」

 

 僕の適当な相槌に、二人が(いぶか)しげな視線を向けて来る。

 

「……もしかして真釣くん、今神崎くんが言った龍園くんのリタイア作戦には、とっくに気付いてたとか?」

「あっははー。まあねー」

「ふっ。流石だな」

「えー!? なんで教えてくれなかったの?」

「思い出せ一之瀬。真釣はDクラスだぞ」

「はっ! そうだった!」

「いやいや、クラスが違うから黙ってたってわけじゃないよ。なんでもかんでも僕から教えちゃうのは面白くないでしょう?」

 

 それに聞かれなかったし、確証もなかったし、堀北さんが黙っていたし……あと今回の件に関して言えば、気付かなかったところでそこまで困らないからね。

 

「にゃるほど。それもそうだねー」

「僕としてはCクラスより、むしろAクラスの動向の方が気になるんだけど」

 

 昨日の夜に綾小路君から聞いた話だと、Aクラスは洞窟を拠点にして穴熊を決め込んでいるらしい。中はほとんど見られなかったものの、『得るもの』はあったと言っていた。綾小路君はそれ以上の詳しい話はしなかったので、Aクラスが何か企んでいるとしても自分で何とかするつもりなのだろう。

 だから心配はしていないんだけど、単純に興味があった。僕はまだAクラスの生徒とは接触を持ったことがないから。

 

「葛城派と坂柳派が対立してるって前に聞いたけど、今回の試験ではどうしてるんだろう? 流石に手を組んでるのかな?」

「組んでるっていうか、坂柳さんは試験を休んでるからね。葛城くん一人で頑張ってるみたいだよ? だから意見は全部葛城くんがまとめてるんじゃないかなぁ。だよね?」

 

 帆波さんは首を傾げて、隆二君に意見を求める。

 

「葛城は頭のキレる男だ。坂柳が不在であれば、その下の人間が反抗できる相手じゃない。仲間割れすることも無いだろう。メリットが無いからな」

「なるほどねえ……」

 

 以前聞いた話では、保守派の葛城君に対し坂柳さんは革新派とのことだった。坂柳派の人達にとっては、葛城君の指示に従わざるを得ない今回の試験は面白くないだろう。

 隆二君は仲間割れのメリットは無いと言ったけれど、そうでもない。今回の試験でAクラスの成績が振るわなかった場合、クラス内での葛城君の評価が下がる。そして相対的に坂柳さんの評価が上がる。

 坂柳派が好戦的であるならば、多少クラスポイントを犠牲にしてでもこの絶好の機会に葛城君を潰しに来るだろう。

 

 ……とまあ一応そんな風に考えてみたけれど、僕は葛城君の顔も坂柳さんの髪の長さも知らないので、二人の対立をあまり上手くイメージできない。

 今後のことを考えるとAクラスにも繋がりを持っておきたいんだけど、その機会はいつ訪れるやら。

 

 そんな事を考えつつ、話もしつつ森を進んでいくと、次第に波の音が聞こえて来た。しかし昨日は確かにあった生徒たちの明るい声は一向に聞こえて来ない。

 森を抜けてパッと視界が開けると、そこにはテントもパラソルもなく、人っ子一人――いや、一人いた。

 

「にゃはー。まさか本当に神崎くんの言った通りになるとはね」

 

 帆波さんの声に振り返った先客は、暗躍大好き綾小路君だった。

 

「お前も偵察か? 綾小路」

「食料を探す係なんだよオレは。適当に森を探索していたら浜辺に出ただけだ」

 

 僕にはバレバレの嘘なんだけど、指摘はしないでおこう。その嘘に隠されているのは暴いたところで然程意味のない真実だろうし、それにそもそも帆波さんも隆二君も、綾小路君がここにいる理由には大して興味がないみたいだし。

 

「Cクラスのリーダーくらい当ててみようと思ったんだけど、これじゃあ手掛かりも何もないねー」

 

 帆波さんは少しつまらなそうに唇を尖らせた。

 

「やっぱり誰がリーダーかを当てるなんて、無茶苦茶難易度が高いよね。無理無理」

「大人しく見送り、手堅く試験を送るのが良さそうだな」

「うんうん。私たちには地道な戦略が一番だよね」

 

 Bクラスの二人は自分たちの方針を隠すことなく聞かせる。綾小路君はそこに何か裏があるのではないかと考えていそうだけど、多分何も無いんだろうなあ。

 

 何も無いというならこの浜辺にもまた何も無い。長居する理由も無いので暗くなる前に帰ろうという隆二君の提案に、皆が頷いた。

 

「都合よく綾小路君に出会えたことだし、僕も自分のクラスに帰るとするよ。二人ともありがとね」

「うん! 明日もうち来る?」

「そうだね。何事もなければまた遊びに行くよ」

 

 こうして僕たちはDクラスとBクラスに分かれ、それぞれのキャンプへと歩みを進める。

 道を知らない僕は綾小路君の後ろを歩こうとするも、何か話があるようで彼は僕の横に並んできた。

 

「緒祈はAクラスについて何か知ってるか? 葛城と坂柳のグループが対立しているらしいが」

「そんなに深くは知らないけど――」

 

 僕は帆波さんに聞いていた話を教えてあげた。二大派閥の対立、それぞれのスタンス、そして坂柳さんがこの試験を欠席していること。

 

「なるほどな」

 

 あくまで外から観測しただけの表層的な情報ではあるものの、綾小路君はこれで何か得心がいった様子だった。ひょっとするとAクラスの誰かに会って、何かがあったのかもしれない。

 

「綾小路君は今日一日、何をしてたの?」

「午前中は佐倉と一緒に食糧調達で、午後は……まあ、散策だ」

「へえ、散策ね」

「ああ、散策だ」

 

 やっぱり何かあったらしい。でもまあ話したくないみたいだし、追及はしないでおこう。

 

「ところで緒祈」

「うん?」

「まるで明日何かが起こると予想している言い方だったな」

「……?」

 

 そりゃあ頭の中には色んなことに対する色んな予想があるけれど、それを仄めかすようなこと言ったっけ?

 ……あ、分かった。さっきのやつだ。帆波さんにまた明日もBクラスのキャンプに行くと告げた時に添えた「何事もなければ」ってやつだ。

 そんなに不自然な言い方をしたつもりは無いんだけど、綾小路君には引っ掛かったらしい。別に隠すことでもないので普通に教えてあげる。

 

「明日はこの試験の折り返しでしょ? 学校が何か仕掛けて来るにはいいタイミングかと思ってね」

「『他のクラスが』ではなく『学校が』か。確かに最後まで静観してくれるかは怪しいし、何かするなら明日だろうな」

「内容までは読めないけどね。ポイントを奪い合うミニゲーム的なものだろうけど、そんなの幾らでも作れるし」

 

 無人島というロケーションを考えると、一番有り得そうなのは宝探しだ。島のどこかに隠された財宝を最初に見付けたクラスにプラス100ポイントとか。

 しかし探索の要素は既に食料やスポットに含まれているので、もっと別の要素を主軸にする可能性も大いにある。

 

「もし緒祈がそのミニゲームを作るなら、どんな内容にする?」

「うーん……『拠点を移転せよ!』というのはどうだろう?」

「何となく想像はできるが、詳しく聞こうか」

「そんなに詳しく考えてるわけじゃないけど、例えば――

 

・8月4日の日没までにクラスのベースキャンプを別のスポットに移転すること。

・移転できたクラスには試験専用ポイントがプラス100ポイント、移転できなかった(しなかった)クラスはマイナス100ポイント。

・ただし、他のクラスがベースキャンプとしていた場所に移転した場合はマイナス50ポイント。

 

 とまあざっくりこんな感じ。要するにこの島での生活に慣れてきた頃を見計らって、大事に育てた拠点を捨てさせるというミニゲームだね」

「……お前、性格悪いな」

 

 有り得ないこともなさそうな案を出したつもりなんだけど、案自体ではなく発案者の僕に対して不評が飛んできた。不評というか、単なる悪口だ。

 

「鬼畜過ぎるだろ。全然ミニじゃないし。そして何より『有り得ない』と言い切れないあたり、最高に質が悪いな」

「うーん、褒められてる気がしない」

「褒めてないからな」

 

 その後も僕の考えるミニゲームを幾つか紹介したんだけど、その度に「お前の性根は腐ってる」とか「それは悪魔の発想だ」などと心無い言葉を浴びせられた。

 

「綾小路君、僕だって傷付くんだよ?」

「その傷から流れる血が何色なのか見物だな」

「完熟トマトかってくらい真っ赤っかだっつーの!」

「そうか。それはそれで明るすぎて怖いな」

 

 Dクラスのキャンプに着くまでこんな具合に、少々鋭利な言葉たちが僕らの間を飛び交った。というか、向こうから一方的に飛んで来た。

 

 

 

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