079
無人島試験四日目。
朝食を終え、点呼を終え、スポットの更新を終えたら自由時間というのがDクラスの朝の形だ。しかし今朝は茶柱先生によって、そのルーティーンが阻まれた。
朝の点呼を終えた先生は解散の号令をかけず、それを不審に感じた生徒たちは一体何事かと騒めく。
「これより本特別試験、第三の追加ルールを説明する」
茶柱先生はシニカルな笑みを浮かべて、前置きも前振りもなくそう言った。この試験には
「えー!? やっとここでの生活に慣れて来たのに……」
池君の不平に多くのクラスメイトから賛同の声が上がる。
単独行動の多い僕が言うことでもないけれど、確かに男女が衝突していた初日に比べてクラスの雰囲気は良くなっていたし、Bクラス程ではないにしても良いチームワークが形成され始めていた。
だからこそ、学校はこのタイミングを狙ったのだろう。昨日綾小路君と話した通りだ。
「お前たちが先走らないよう一つ伝えておく。全クラスの公平を保つため、8時15分まではこの場に待機してもらう。許可なく出て行った場合は一人に付きマイナス50ポイントだ」
随分と重いペナルティだな。早い者勝ちの何かってことか。
「そう身構えなくていい。ルール自体は簡単だ。お前たちには今日の午後8時までに、このベースキャンプ以外のスポットを最低でも1か所占有してもらう。制限時間内に占有したスポットについては
「8時間ごとに3ポイントってことは……」
「1か所でも占有できれば27ポイントだ!」
「2か所占有できればそれだけで50ポイントを越えますね!」
「うおー! 急いで探しに行こうぜ!」
今すぐ森に駆け出そうとする池君と須藤君を周りの人間が慌てて止める。まだ15分にはなっていないので、今ここを離れればペナルティが課せられる。さっき聞いたばかりだというのに、君たちはお馬鹿さんなのかな?
「わ、わりぃ。つい……」
でもまあ気が急くのも理解はできる。Dクラスは未だにキャンプ以外のスポットを獲得していない(はずだ)し、他クラスのリーダー当ても進捗は
ひょっとすると綾小路君は既に何らかの成果を上げているのかもしれないけれど、だとしても皆がそれを知らないなら同じことだ。ポイントゲットの大チャンスに落ち着いてはいられないだろう。
一方でクールビューティー堀北さんは、沸き立つクラスメイトに囲まれながらも冷静だった。先生の言葉から、この追加ルールがプラスの要素だけではないことに勘付いていた。
「質問があります」
「堀北か。どうした?」
「先生は『最低でも1か所』とおっしゃいましたが、もし1か所も占有できなかった場合、何かペナルティがあるのでしょうか?」
「ああ」
茶柱先生は当然だろうと頷いた。
「制限時間内に1か所もスポットを占有出来なかった場合、そのクラスは
「「「ええー!?」」」
「……そうですか」
ふむ、そんなに驚くことでもないな。ゼロじゃなくて半分なんだし。思ったより軽いペナルティで逆に驚いた。
あれかな? 試験をまだ三日残した状態でボーナスポイントが貰えないことが確定しちゃうと、リーダー当てのルールが霞んじゃうからかな?
堀北さんの質問は続く。
「高円寺くんのリタイアでDクラスは既に30ポイントのペナルティを負っていますが、スポットの占有ができなかった場合はそれも半分になりますか?」
「ならない。リタイアによるペナルティは試験専用ポイントに直接、即時に反映されるものだ。ボーナスポイントとは関係ない」
「では試験最終日に他クラスにリーダーを当てられた場合のマイナス50ポイントは?」
「それも試験専用ポイントから引かれるものだ。半分にはならない」
「そうですか……」
なるほどね。ペナルティによるマイナスも半減されるのなら、場合に依ってはスポットの占有を諦めた方が利を得られる。そういう戦略を念頭にダメ元で聞いてみたのだろう。
「他に質問は?」
「……いえ」
堀北さんの疑問は解決したみたいだけど、僕としてはまだ気になることがあった。皆が当然のように『そうである』と思い込んでいることを一応確認しておこうと、僕は手を挙げる。
驚いた視線をクラスメイト、そして先生から向けられてしまった。うん、まあ、普段はクラス内での発言なんて全然しないからね。
「珍しいな。どうした緒祈」
「このルールは現在残っているポイントや獲得しているボーナスポイントに関係なく、どのクラスにも全く同じものが適用されていますか?」
「ああそうだ。クラスの状況による条件付けはされていない」
「分かりました。あと
「切り捨てだ」
「なるほど。ありがとうございます」
よし。これで他クラスの動きを予想することが出来る。予想することにどれだけの意味があるかは別として。
それにしても小数云々は本当にどうでもいい質問だったな。思い付いたから聞いてみたけど、驚くほど何の役にも立たない情報だった。
「他に質問は無いか? では説明は以上だ。残りの時間は好きに使うといい」
そんな先生の言葉で質問タイムが終わり、説明タイムも終わった。
他のクラスも動き出すであろう8時15分までは後5分ちょっとしかない。今回の追加ルールでまず求められるのは早急にクラスの方針を決定する能力だな。
極々自然に当然に、平田君を中心にして作戦会議が始まった。
「僕としては積極的にスポットを狙いに行くのが良いと思うんだけど、みんなはどうかな?」
「そりゃあガンガン占有してガンガン稼ぐしかないだろ!」
「そうだな。ボクたちDクラスが上のクラスと差を詰めるためには、こういうところで積極的に行くべきだろう」
男子からは肯定的な意見が出る一方――
「でもさー、それで他のクラスにリーダーがバレちゃったら本末転倒じゃない?」
「うんうん。私たちはまだそんなにボーナスポイント稼いでないんだし、リスクを負わずに半分で我慢するのも手だと思うなー」
女子からは否定的な意見も挙がった。これは意見をまとめるのに時間かかりそうだ。
平田君がんばれー! と心の中で他人事みたいに応援していると、不意に彼と目が合った。
「緒祈君はどう思う?」
わーお。クラスの一員として意見を求められるのってこれが初めてじゃない? 皆の視線が一身に集まる。恥ずかしくって緊張しちゃうぜ。などと言っている場合ではない。時間がないんだから。
「1か所は占有すべきだと思うよ。さっき堀北さんも言ってたけど、僕たちは高円寺君のリタイアで既に30ポイント損しているからね」
僕個人としては正直どっちでもいいんだけど、綾小路君のことを考えてここは積極的に動く案に一票を投じた。もし綾小路君がAクラスとCクラスのリーダーを当てるつもりなら、そこで得られるポイントを半分にしてしまうのは勿体無いからね。
Bクラスに勝ってほしいと思っている僕だけど、それはそれとして自分のプライベートポイントも増やしたい。そのためにはDクラスにも頑張ってもらう必要がある。稼げるときに稼がないとね。
というわけでもう少し畳み掛ける。スポットを探しに行こうという流れを作る。
「他クラスのキャンプとは逆の方角に的を絞って短期決戦で臨めば、リーダーがバレるリスクも最小限に出来るんじゃないかな」
「良いアイデアだね! 誰か、他のクラスのベースキャンプの場所を知ってる人はいないかな?」
「三クラスとも把握しているわ」
「「「おおー」」」
クラスメイトの感嘆を浴びつつ、堀北さんは平田君からマニュアルを受け取る。試験のルールやポイントで買える物が細かく記されたその冊子には、この島の海岸線とDクラスのキャンプ地だけが描かれた地図があった。堀北さんはそこに3つ点を加え、それぞれにアルファベットを添える。
完成した地図を覗かせてもらう。
……ふーん。物凄くざっくり言うと、Cが北、Aが西、Bが南、Dが東だ。どれくらい正確なのかは分からないけど、これを見る限りAクラスとCクラスが僕の想像より近くてびっくりした。まあ、Cクラスのキャンプはもう無いんだけど。
僕の隣で同じように地図を覗き込んでいた櫛田さんが、ふむふむと頷きながら呟く。
「東を狙うのが良さそうだね」
「このエリアのどこかでスポットを見たって人は……あはは。そんな都合良くいるわけないよね」
昨日一人で『散策』をしていたという綾小路君の方をちらりと見るけれど、彼は平田君の問いかけに沈黙を貫いていた。本当に知らないのか、それとも知らない振りをしているのか、後で偶然を装って見付けるつもりか。
うーん……Dクラスを勝たせることと自分が目立たないこと、彼はどちらを優先するのだろう? 両方を同時に選べるだけの能力はありそうだけど。
一方凡人の領域を脱しない範囲で優秀な平田君は、誰でも思い付く凡庸な案を出した。時間が迫ってるから急がないとね。
「となると人海戦術で探すしかないね。出来るだけたくさんの人に協力してもらいたいんだけど――」
「俺は行くぜ!」
「おれも!」
須藤君や池君を筆頭に、まずは活発な男子連中が手を挙げる。次に櫛田さんが参加の意思を示すと男女とも更に手が挙がり、最初は否定的だった女の子たちも「そういう空気になっちゃったし」と諦めてスポット探索隊への参加を決めた。綾小路君も探索隊の一員だ。
僕はもちろん十数名の待機組の方に名を連ねている。体力無いし、モチベーションも無いし。
そんな感じでなんとか方針が決まったところで、遂に8時15分となった。いざ東へと歩き出したスポット探索隊を僕は慌てて呼び止める。
「ちょっとちょっと!」
「ど、どうしたんだい緒祈君?」
「まずはベースキャンプの更新をしないと!」
「「「あっ」」」
見事にスタートダッシュに失敗したDクラス一行であった。
080
今回の追加ルール、内容自体は非常にシンプルだ。時間内に占有したスポットは占有権永続でポイント3倍。1か所も占有できなかったら最後に貰えるボーナスポイントが半減。
たったそれだけなんだけど、求められる能力は意外と多い。
まずはクラスの方針を素早く固める能力。
積極的な意見と消極的な意見はどのクラスでもぶつかることだろう。
次に、スポットを狙いに行くのであれば森の中での探索能力が必要になる。
一口に探索能力と言っても、そこには森の中を歩き回る体力、森の中で迷子にならない空間把握力、スポットを見付ける注意力などなど複数の技能が含まれている。チームワークも大事だけど、ここは個々人のスキルが試されるところだ。
そして何より大事なのが情報伝達能力だ。
スポットを見付けただけでは意味が無い。全く無いわけでも無いけれど、肝心なのはそこをリーダーが占有することだ。複数のグループに分かれて捜索するのだろうけど、どの小隊が見付けてもすぐリーダーを呼べるよう布陣をよく考える必要がある。計画性、そしてチームワークが試されるところだ。
ベースキャンプでは時間に追われてその会議は出来なかったので、行軍中に話し合っていることだろう。僕としてはもう手出しも口出しも出来ないので、上手くいくことを祈るばかりだ。緒祈だけに。なんつって。
「……はぁ」
閑散としているDクラスのベースキャンプから少しだけ離れた場所で、僕は川に釣り糸を垂らしていた。かれこれ一時間以上じっと座ったままである。
「全然釣れない。真釣なのに」
空しい独り言が川のせせらぎに溶けていく。
父の趣味が釣りではあるんだけど、船が嫌いになったあの日から僕は川釣りすら一度もしていない。一時間の釣果がゼロってのはどうなんだ? 初心者ならこんなものか?
一人で黙々と作業するのは好きだけど、これは流石に退屈だ。釣り餌のミミズを集めていた時間の方がずっと楽しかった。でもそのミミズがまだまだいる以上、ここで投げ出すわけにもいかない。他にやることも無いし。
暇だし追加ルールのことをもう少し考えようか。今度はBクラスについてだ。
昨日聞いた話だと、BクラスはDクラス同様ベースキャンプ以外のスポットを一度も占有していないらしい。そしてこれも昨日言っていたけれど、最終日のリーダー当てに参加するつもりも無いそうだ。つまりボーナスポイントが半減されてもそこまで大きなダメージにはならない。
Bクラスが今日の午後8時までに1か所だけスポットの占有をした場合と1か所も占有しなかった場合で、得られるボーナスポイントはどれくらい変わるだろうか。
計算してみると前者は45ポイントで、後者は9ポイント。その差は36ポイントとなる。リタイアによるペナルティが30ポイントであることを考えると、これはそう簡単には無視できない数字だ。
しかし他クラスにリーダーを当てられたらボーナスポイントがゼロになるだけでなく、マイナス50ポイントというペナルティもある。そのリスクを背負ってまで獲得したい数字かというと、ちょっと微妙なところがある。
だから多分、Bクラスはスポットを狙わない。
ボーナスポイントの半減を甘んじて受け入れるだけでは一部の生徒が不満を抱えるだろう。口には出さずとも腹の内に溜め込むことだろう。とはいえその不満を解消させることは難しくない。
作戦内容は至ってシンプル。Bクラスの生徒が島中に散らばって、他のクラスを監視するのだ。リーダーを見抜くのは難しいだろうけど、「リーダーがバレるかも」という警戒心を与えて相手の動きを鈍らせることは出来る。
この作戦の良いところは、スポットの占有を完全に諦めることで情報伝達系の形成に労力を掛けなくて済む点だ。占有を狙うクラスに比べて広く、多く、自由に展開できる。
僕が今日Bクラスに行かなかったのは、つまりそういうことだ。向こうのキャンプにはきっと十人も残ってないんじゃないかな。連日僕が付きまとっている金田君も森に出ている可能性が高いし。
リーダーがリーダーとして働く場面が無いので、スパイ容疑の彼を同伴させても問題ないのだ。人の少ないキャンプに残すより、一緒に連れて行った方が安心だと思う。
そんなことを考えていると、人の少ないキャンプに残ったスパイ容疑の少女が僕の所にやって来た。
「お前、緒祈真釣だよな?」
……高圧的な身元確認をされた。初対面なのにお前呼ばわりされた。
あっれー? もうちょっと控えめな性格の印象だったんだけど、全然そんなことないぞー?
しかし予想外ではあったものの、これはCクラスの生徒と繋がりを作る絶好の機会だ。コミュ力モンスターの櫛田さんでも仲良くなれない相手みたいだから半ば諦めていたんだけど、まさか向こうから声を掛けてくれるとは。さては龍園君に何か聞いてるのかな?
ちょっくら探ってみるか。
「よく知ってるね。僕はクラス内でもそんなに名前を憶えられていないんだけど」
「龍園が言ってた。お前も災難だな、あんな奴に目を付けられるなんて」
「あっははー。君ほどじゃないよ、伊吹さん」
伊吹
Cクラスの生徒でありながら、無人島試験初日からずっとDクラスで過ごしているショートヘアの少女。クラスメイトと揉めて追い出されたと言っていたけれど、僕は彼女のことを龍園君が送り込んできたスパイだと断じている。
それを知ってか知らずか、伊吹さんは釣り竿を持って僕の隣にやって来た。
「暇つぶしに手伝ってやるよ。餌、貰っていいか?」
「好きなだけどーぞー」
僕の傍らには簡易トイレ用のビニール袋があって、こつこつ集めたミミズたちはその中で蠢いていた。伊吹さんは虫に触れるのに抵抗が無いようで、躊躇なく袋に手を入れて一匹摘み出した。
ミミズを針に刺す手つきにも淀みが無かった。経験があるのかもしれない。
二本目の釣り糸が川に垂れる。
「ところで伊吹さん」
「何?」
「他のCクラスのメンバーは皆リタイアして船に戻ったけど、君はどうしてまだ島に残ってるの?」
「……余所者は出て行けって言いたいわけ?」
「いやいや、純粋な疑問だよ。Dクラスにいる君も、Bクラスにいる金田君も、なんでさっさとリタイアしないのかなーって。
「そんな回りくどい言い方せずに、『お前はスパイなんだろ?』ってストレートに聞けば?」
「じゃあ聞こうか。スパイなの?」
「違うって答えたら信じてくれるわけ?」
「信じるって答えたら信じてくれるの?」
「……無駄な問答だな」
ため息のように零れたその言葉を最後に、伊吹さんは口を閉ざした。
「……」
「……」
再び訪れた独りの時間。それじゃあ次はBクラスについて考えてみようか。
昨日聞いた話だと、BクラスはDクラス同様ベースキャンプ以外のスポットを一度も占有して……あれ? これさっきも考えたよな?
いかんいかん。あまりに釣れなさ過ぎて、ちょっと眠くなってきた。
えーっと、次は伊吹さんが所属するCクラスについてだな。よし。
Cクラスの現状として考えられるのはざっくり5パターンだ。金田君が島に残っているのかいないのか、龍園君が残っているのかいないのか、この組み合わせで4通り。最後の一つは僕の知らない誰かが残っているパターンだ。
とりあえず一番有り得そうな龍園君、金田君、伊吹さんの三人が島に残っているパターンを想定しよう。
この場合、リーダーは間違いなく龍園君だ。そうでないなら彼が島に残る理由が無いし、五日程度ならゴキブリ並みの生命力で生き延びるだろう。で、気になるのは彼が今回の追加ルールを把握しているのか否かだ。
BクラスとDクラスにスパイを送り込んでリーダーを当てて、100ポイント獲得と同時に相手にペナルティを与えるというのが龍園君のプランだろう。
しかしもし追加ルールを知らないのであれば、上手くいっても得られるのは50ポイント止まりだ。
今更律儀に朝の点呼を受けているとは思えないけど、もしも先生から反則すれすれの助言が事前にあったなら可能性はゼロではない。その場合は多少無理をしてでもスポットを狙いに来るかな?
んー……要素が多すぎて複雑になってきたな。ここは一度龍園君の立場で試験を見てみよう。前提条件はCクラスのリーダーが龍園君であること。そして彼が今回の追加ルールを把握していること。
まず計画の根幹であるリーダー当てのためにも、伊吹さんと金田君はそれぞれが潜伏するクラスにスパイであることがバレてはならない。そのためには龍園君が島に残っていることもバレてはならない。彼の存在によって計画の全貌が芋づる式に導かれてしまうからね。
……あれ?
確かスポットの端末装置って、今どこのクラスが占有しているのか表示してたよね?
あっははー! つまり龍園君は追加ルールを知っていても占有は出来ないわけだ。自分が島にいることを教えてしまうから!
彼にとっては不都合なことに、制限時間内に獲得した占有権は試験終了まで永続される。午後8時の直前に占有すれば日が昇る前に占有権が消えるからバレるリスクは小さい――という手段も使えないわけだ!
可哀想になるくらい龍園君のプランと相性の悪いルールだな。いやほんと、どれだけ日頃の行いが悪いんだか。それともまさか、僕があげた『
「はっはっは!」
「な、何だよ急に……気持ち悪い」
幾つかある可能性の内の一つを検証したに過ぎないけれど、他のパターンでも大体似たようなものだろう。
Cクラス、恐れるに足らず!
というわけで最後はAクラスについて考えようか。
帆波さんから聞いた葛城君の性格を思えば、お人好しなBクラスやDクラスのようにCクラスの生徒を受け入れることはしないだろう。堅実なプランでポイントの消費を抑えているはずだ。
となると、考えるべき事は特に無いのかな?
既にトップに立っているAクラスには積極的に攻める理由があまり無い。多分今回の追加ルールでも、Bクラスと同じで他クラスの邪魔だけしてるんじゃないかな?
となると正面から取り組んでるのはDクラスだけか。こりゃ大変だぞー。
「はぁ……」
「急に笑ったと思ったら今度は溜め息かよ。お前、気味悪いな」
意識を一旦現実に戻す。僕が考え事をしている間に、伊吹さんは早くも二匹釣り上げていた。すっごーい!
でも餌に使ってるミミズは僕が集めたやつだからね、半分は僕の手柄みたいなものだろう。アシストあってのゴールだ。
「あっ、また釣れた」
「ええっ!?」
早い早い早い。マジかよ。もう三匹目かよ。ハットトリックかよ。僕なんて川にミミズを浸しているだけなのに。
……早いと言えば、伊吹さんが所属するCクラスは改めて考えると随分と早く撤収したなあ。
三日目の夕方にはいなかったから長くても二泊三日。ビーチを満喫するには十分な時間だ。しかしこれが高校生活最後の海かもしれないのだから、もう一泊所望するグループがいても良さそうじゃないか?
単純に飽きたのか、それとも
そういえば、Cクラスがポイントで購入した物資はどうなったんだ?
集団リタイア後に学校が回収したものと思っていたけれど、島にまだCクラスの生徒が残っている以上それはおかしくないか?
返却しますと言えば回収してくれるのかもしれないけど、考えられる回収先が他に無いわけでも無い。例えば――Aクラスとか。
「ねえねえ伊吹さん」
「何?」
「CクラスとAクラスって繋がってるの?」
「……なんで?」
「なんとなく」
もしそうであるならば、謎に包まれたAクラスの動きもある程度推測できる。
「悪いけど私は龍園の考えなんて知らないし、知りたくもない。お前も気を付けた方が良いよ。あいつはやる事為す事滅茶苦茶だから」
「心配してくれるのかい? 優しいね」
「心配なんかしてねーよ! ただ、Dクラスには世話になったからな。せめてもの忠告だ」
「そう。じゃあ、ありがたく受け取っておくよ」
上手いこと話を逸らされてしまったけど、それもまた一つの回答だ。得るものはあった。
まあ、得たところで使い道は無いんだけどね。たとえCクラスとAクラスの計画を完全に見抜いたところで、僕が何をするわけでもないし。
あーあ。途中の経過はともかくとして、
「ふぁ~あ」
集中して頭を使い過ぎたみたいだ。瞼が重くなってきた。船は嫌いな僕だけど、こっくりこっくり船を漕ぐ。
隣にスパイの女の子がいるけれど、別にいーよね。僕リーダーじゃないし。
ああ、もう無理です。
おやすみなさーい。
081
「おい、起きろ。クラスの連中が帰ってきたぞ」
「……あさ?」
「違う」
伊吹さんに体を揺すられて目が覚めた。
僕は大きな石の上で胡座をかいて、釣り竿を抱えていた。
「……腰が痛い」
「そんな姿勢で何時間も寝てたら、そりゃそうなるだろ」
「ふうん?」
学校に支給されたハイテク腕時計を見ると時刻は15時50分だった。結構寝ちゃったな。というか、よく寝られたな。
上流のキャンプからは、眠りに落ちる前には無かった話し声がたくさん聞こえていた。どうやらスポットを探しに行っていた人たちが帰って来たようだ。って、さっき伊吹さんが言ったっけ。
「んーっ!」
両手を高く上げて背筋を伸ばすと、体中がバキバキと鳴った。よし、目が覚めて来た。
傍らのビニール袋を見ると、釣りの餌にと集めたミミズが一匹もいなかった。伊吹さんが川の幸にグレードアップしてくれたようだ。彼女が抱えているバケツを覗き込むと、魚や蟹がうじゃうじゃしていた。
釣り竿を回収し、フィッシャー伊吹に「戻ろうか」と声をかける。餌は尽きたし、これ以上釣っても食べきれない。
足場が悪いからうっかり転んで川にダイブしないよう、寝起きの頭で精いっぱい注意深く歩く。
その時ふと気付いた。僕の中の『歪』が減っている気がする。よく分かんないけど、なんとなくそんな感じがする。
寝ている間に無意識に発散してたのかな? とりあえず周囲に被害らしい被害は見受けられないので良しとしよう。
1分ほど歩いてキャンプに戻ると、そこではDクラスの面々が明るく談笑していた。スポットの占有は上手くいったようだ。
「お、珍しい組み合わせだね」
伊吹さんと共に釣果を持って行くと、櫛田さんに遭遇した。食料置き場にはスポットの
わあすごい。でもこっちも負けてないぞー。
「わあすごい! 大漁だね!」
「全部伊吹さんが釣ったんだよ」
「へー! 伊吹さん、釣り得意なんだね!」
「……別に」
櫛田さんに褒められた伊吹さんは、なぜか眉間に皺を寄せて僕を睨んできた。え、なんで? そんな表情を向けられる覚えはないんだけど、寝ている間にやっぱり何かあったのかな?
まるで『釣り上げたのは私だけど魚が掛かったのは眠っている緒祈が抱えていた竿だった、ということが何回もあったから釣果の全てを私の手柄にされて微妙な気分だ』みたい顔をしているけど……。
結局その奥にある感情が何なのかさっぱり分からないまま伊吹さんとは別れた。それから釣り具を道具置き場に戻し、半ば定位置となっているキャンプの端に移動して腰を下ろした。
しばらくぼーっとしていると綾小路君がやって来て、僕の隣に座った。
「伊吹と仲良くなったのか?」
「全然だよ」
「一緒に釣りをしていたと聞いたが」
「あれは一緒にと言えるのかなあ……」
伊吹さんが来てからはほとんど寝てたからなあ。
「そっちはどうだったの? クラスの雰囲気を見るに上手くいったみたいだけど」
「ああ。ツリーハウスを見付けて無事占有できた」
「それは良かった」
そんな目立ちそうなものが今まで発見されていなかったことに驚くけど、まさか木の上にスポットがあるとは誰も思わないか。ちょっと蔦なんかでカモフラージュすれば気付くのは難しいのかな。
「そういえば途中神崎に会ったぞ」
「昨日も一昨日も会ってなかったっけ? 君たちこそ仲良いよね」
「ただの偶然だ。Bクラスはスポットの占有はせず、他クラスの妨害に専念しているそうだ」
「そっかそっか」
「……予想通りか?」
「うん。大方Dクラスもスポットは早い段階で見付けたけど、その後はBクラスの真似をしたんじゃないかな?」
「ご明察だ。ベースキャンプの更新のために一度戻ってきたが、何人かはまた森に入るつもりらしい」
「へえ」
それは随分と元気なことで。僕なんか川べりで寝てたってのに。
他クラスを含め多くの生徒が昨日までより活発に動いたであろう今日この日に、僕はむしろ今までで一番動かなかった。運動らしい運動といえばミミズを採取したことくらいだ。
言い訳をさせてもらうと、何を聞いても話を逸らしてくる伊吹さんがちょっと面倒になったんだよね。あと単純に眠かった。とにかく眠かった。面倒になったのも眠かったからだ。眠気が諸悪の根源なのだ。
でもまあ面識を持つことは出来たから、一先ず良しとしておこう。上手くいけば夏休み中に連絡先の交換くらいは出来るだろう。
そんな風にいつもの如く思考を巡らせていると、
「なんだろうね」
「行ってみるか」
僕たちが座っている場所からは木が邪魔で、皆が見ているものが見えなかった。綾小路君と共にキャンプの中央まで移動して、南西の空を見上げる。そこにあったのは――
「煙だね」
「煙だな」
煙だった。雲一つない青空に伸びる一本の灰色があった。
周りのクラスメイトはあれこれと憶測を並べているけど、山火事や噴火なら学校側から何らかのアナウンスやアラームがあるだろう。それが無いということは、差し迫った危険は無いということだ。
「Bクラスのキャンプがある方角だが、何か心当たりはあるか?」
「うーん……目印じゃない? 島中に散らばったBクラスの生徒がキャンプに無事帰って来られるための灯台代わりとか」
「そんな上手く機能するか?」
「上手く機能するように、事前に上手いこと指示を出してるんじゃない? あれが迷子対策の本命というわけでもないだろうし」
「それもそうだな」
帆波さんなら迷子になった時の対策だけでなく、そもそも迷子にならないための対策もしていることだろう。不安が残る状態でクラスメイトを森に放つことはしないはずだ。
まあ、あの煙が迷子対策と決まったわけでは無いけどね。
「焼き芋に興じているだけかもしれないし」
「こんな真夏に?」
「……無いね」
一番不愉快な可能性は金田君による放火なんだけど、それも流石に有り得ないだろう。メリットらしいメリットが無い割に、学校にバレたらプライベートポイントを全て没収されるレベルの悪行だ。
でも実行はそんなに難しくないのかな。マッチやライターが無くても、眼鏡を使えば
結局詳細は不明のまま、出所がBクラスのキャンプからなのかも定かではないまま、日没を前にその煙は姿を消した。
そして午後8時。点呼の時間。
「これ以降はスポットを占有しても通常通り8時間で占有権は消失し、得られるポイントも1ポイントずつとなる」
第三の追加ルールに踊らされた12時間が終わった。
各クラスがどれだけのポイントを、そしてどんな情報を得たのか。
あるいはどれだけのポイントを失い、どんな情報を奪われたのか。
真相は全てが終わった時、結果発表にて明らかになる。
無人島試験終了まで、残り63時間57分。