どうにか実力至上主義の教室へ   作:祭灯キャロット

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085-086 試験がひとつ終わっただけの今日

 085

 

 

 

 無人島試験七日目。

 雨は夜のうちに止んだらしく、今朝の空には太陽が輝いていた。地面はまだぬかるんでいるけれど、夏の陽射しがすぐに乾かすことだろう。

 僕のクラス内での扱いも『雨降って地固まる』となってくれたら嬉しいんだけどね。どうなるんだろうね。

 

 僕たちDクラスは一週間お世話になったベースキャンプを片付け、今は砂浜へと移動している。この島に着いて最初に降り立ち、特別試験の開幕を唐突に告げられたあの砂浜だ。

 僕は列の最後尾で佐倉さんと並んで歩いていた。と言ってもそこに何かの意図や思惑があるわけではない。クラスメイトから逃げるように下がった僕と、単純に歩くペースが遅い佐倉さんが、ごくごく必然的に合流しただけのことだった。

 

「えっと……色々大変だね、緒祈(おいのり)くん」

「あはは。悪いね、気を遣わせちゃって。でもその口振りからすると、佐倉さんは僕のことを下着泥棒だとは疑っていないみたいだね」

「うん。緒祈くんはそんなことしない。下着を盗んだのもマニュアルを燃やしたのも、真犯人は別にいる」

 

 おやおや、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。照れちゃうなあ。どうやら僕は自分でも気付かないうちに、佐倉さんの信頼を得ていたらしい。

 と思ったのも束の間、佐倉さんの言葉は続いた。

 

「――って、綾小路くんが言ってた」

「ぎゃふん」

 

 信頼されているのは僕ではなくて綾小路君だった。なんと罪深い語順だろうか。その華麗なフェイントに、ものの見事に引っ掛かってしまった。いやー、お恥ずかしい!

 そこに悪意がないとはいえ地味にショックを受けていると、どうやらそれが顔に出てしまったらしい。佐倉さんは慌てて言葉を足した。

 

「も、もちろん私自身も、緒祈くんはそんな人じゃないって思ってるよ?」

「ああ、うん。今こうやって僕と話をしてくれている時点で、それはなんとなく伝わってるよ」

 

 ぶっちゃけ佐倉さんの内心がどうであれ、髪の長い女の子と平和的に会話できるだけで僕は簡単に癒されるのだった。我ながらちょろいな。たったこれだけのことで、こうも容易(たやす)く機嫌が良くなるのだから。

 

 視線を前に向けると、クラスメイトの背中が先程より小さく見えた。

 

「少しペースを上げようか。皆との距離が開いてきてる」

「ごめんね? 私が歩くの遅いせいで……」

「ふふっ。僕は自分のペースで歩いているだけだよ。佐倉さんが一人にならないよう付き添っているというわけでもないし、気に病む必要はないさ」

「あっ、そうなんだ」

 

 冤罪の件が無かったとしても、きっと僕はこの位置を歩いていただろう。この道を逆向きに歩いた、特別試験初日のように。

 とはいえ今の台詞は、ひょっとすると僕が意図しない冷たさを含んでいたかもしれない。勘違いされないよう、フォローをしておく。

 

「だからって別に、佐倉さんを軽んじているわけじゃないからね? この僕がロングヘアの可愛い女の子を蔑ろにするなんて、そんなことは有り得ない」

「か、可愛いって……」

 

 恥ずかしそうに髪をうりうりといじる佐倉さん。さらっと流してくれると思ったフレーズが、思いもよらず拾われてしまった。

 ……僕の記憶が正しければ、彼女は少し前までアイドル活動をしていたはずだ。ネットを中心としながら、時には雑誌に載ることもあったとか。それなのに今さらこの程度で照れられては、なんというか、こっちが反応に困る。

 

 そんなこんなで互いに丁度良い距離感を探りつつ、細々と雑談をしながら15分ほど歩いた頃だろうか。視界がパッと広がった。目的地である砂浜に到着したのだ。

 

 足場の悪い森の中をもう歩かなくて済むのは大変喜ばしいことなのだけれど、視界の端にテンションの下がるオブジェクトを発見してしまった。

 僕たちをこの島に運んできた豪華客船との、7日振りの再会。海抜0メートルから見上げる真っ白な船体はどこか不気味で、顔を顰めたくなる迫力があった。きっと船に対する苦手意識が、僕にそう感じさせるのだろう。

 

「やっと、ちゃんとしたベッドで寝られるね」

「……そうだね」

 

 佐倉さんの嬉しそうな声音とは対照的に、僕の同意の声はどんよりとしたものだった。

 

 願わくはベッドだけでなく、ちゃんとした陸地も欲しいものだ。

 

 

 

 086

 

 

 

「只今をもちまして特別試験を終了します。生徒の皆さんは試験開始時に配布された腕時計と鞄を返却してください。担任の先生方は支給品の回収と並行して、各クラスの点呼を行ってください」

 

 砂浜に響いたそのアナウンスに、僕は大きく息を吐いた。肺の中の空気だけでなく、心に積もっていた疲労感も一緒に吐き出された気がした。

 

 左の手首に巻かれたハイテク腕時計を6日振りに外す。メラニンが生成されず、周りより数段白い肌が(あらわ)になった。ちょっと間抜けな感じがして気になるけれど、同じ現象はほとんどの生徒の身に起きていた。こういう日焼け跡は何日くらいで治るものなのだろう?

 なんとなく落ち着かない手首を(さす)りながら、支給品の返却と点呼を済ませる。

 

「試験結果を集計しています。もう(しばら)くお待ちください。休憩所には椅子と飲み物と、軽食も用意してあります。ポイントは請求しませんので、皆さん心置きなくご利用ください」

 

 燦々と陽光が降り注ぐ砂浜の一画には、運動会や体育祭などでよく見る6本足の白いテントが5張ほど並んでいた。

 日陰と椅子とドリンクを求め、多くの生徒が休憩所に殺到する。それでもCクラスの生徒が全員船に戻っている為か、意外と余裕があるみたいだった。途中棄権組は船に待機しているようで、浜辺に降りてくる気配はない。

 

 僕もひと休みさせてもらおうと体の向きを変えたところで、視界の端に予想外の人物を見付ける。木々の間から、一人の男子生徒が。

 

 ……へえ。まだいたんだ。

 

 森の中から出て来た『彼』のもとに、Cクラス担任の坂上先生が駆け寄る。先生は『彼』と何かを話し、腕時計と鞄を受け取り、他の先生方が集まっているテントに戻った。残された『彼』は一直線に休憩所へと向かい、用意されていた椅子にどかりと座った。

 

 『彼』――龍園翔の有り様を一言で表すなら、満身創痍だ。

 服のあちこちが破けていて、髪は無秩序に乱れていて、腕にも足にも擦りむいたり切ったりした跡がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おい、あれ見ろよ……」

「なんかヤバくない?」

 

 そんな会話がどこからか聞こえてきた。

 学年一の要注意人物の、その思わぬ姿での登場に、砂浜にいた生徒たちは騒めきを抑えられない。それでも誰一人として彼に近付こうとはしなかった。

 龍園君は全身傷だらけだけれど、今すぐ医務室に行った方が良さそうな有り様だけれど、それでも決して『弱そう』には見えなかった。彼の双眸には、飢えた肉食獣のごとき獰猛な光があった。

 

 ()()()()()、僕は行く。

 彼の威圧感が皆を遠ざけたことで出現したエアポケットに、気負うことなく足を踏み入れた。

 

「やあ龍園君。夏休み満喫してる?」

「うるせえ黙れ死ね」

「あっははー」

 

 冷め切った歓迎を受けつつ、僕は彼の横に座った。

 そんなことをすれば当然衆目を集めてしまうけれど、それこそが僕の狙いだ。興味津々にこちらを観察している同級生諸君に、『緒祈真釣』という存在を見せつけてやる。

 

 一応言っておくけれど、僕は目立ちたがり屋ではない。断じて違う。では何故こんな人目を引くパフォーマンスをしたのかといえば、それは綾小路君のプランに乗るためだ。

 彼は今回の無人島試験でDクラスを1位にするつもりだ。まだ結果は出ていないけれど、その目標は十中八九達成されているだろう。そして僕以上に目立つことを嫌う彼は、Dクラスを1位に導いた功績を僕と堀北さんに譲る(押し付ける)と言っていた。

 体を動かす仕事については堀北さんに、頭を使うパートについては僕に、という振り分けをしたいらしい。

 

 しかし実際にクラスのリーダーを務めていた堀北さんはいいとして、何の成果も出していない僕が急に『Dクラス優勝の立役者』と言われても、そう簡単には騙せないはずだ。「緒祈って誰だ?」となってしまう。だから今更感もあるけれど、その下地を作っておく。

 ちなみに、Dクラスのリーダーが堀北さんだったことを僕が知ったのは、昨日の夜のことだ。知ったというか、状況から察した。

 

 さて、というわけで。

 『触らぬ神に祟りなし』という(ことわざ)がこれ以上なくドンピシャに当てはまるこの状況で、躊躇(ためら)うことなく龍園君に話しかける僕がいる。自分で言うのもなんだけど、誰がどう見てどう考えても――只者じゃないだろう?

 観客の関心を一身に集めながら、龍園君との談笑を試みる。

 

「一体何があったんだい? 全身ボロボロじゃないか」

「クソッタレ……お前、何しやがった?」

「やだなあ。僕は何もしてないよ」

「……ちっ。まあいい。計画通りとはいかなかったが、それでも試験は俺の勝ちだ」

 

 龍園君は紙コップにジンジャエールを注ぎ、それを一息に呷った。

 僕はそんな彼の神経を逆撫でるように目を緩く細め、口角をわざとらしく上げ、ずっとニヤニヤと笑っている。

 

「計画って、どんな計画?」

「白々しいこと言ってんじゃねえよ。お前が全部見抜いてることは伊吹から聞いてる」

「あっははー。そういえば伊吹さんには話したっけ」

「おいクソ野郎、一つ教えろ。なぜ金田の方は邪魔をしながら、伊吹のことは見逃した?」

「んん? あー……」

 

 なんのことか一瞬分からなかったけど、すぐに合点がいった。リーダー当ての話だ。

 なるほど。龍園君からは、僕が伊吹さんを見逃したように見えるのか。実際は綾小路君に丸投げしただけなんだけどね。好都合にも僕の意図が絡んでいると錯覚してるみたいだし、ここはそれっぽい嘘を吐いておこう。

 

「伊吹さんを泳がせたのはDクラスの実力を計るためだよ」

「50ポイント以上損することになっても、か?」

「リーダーの情報くらいは流石のDクラスでも死守できると思ったんだよ。でも……君の口振りからすると、どうやらバレちゃったみたいだね。あっははー」

「そうだな。だがBクラスのリーダーは見抜けなかった。お前、金田に何をした? あいつの説明はどうも要領を得なかったが」

「思い付いた嫌がらせは何でもしたよ。はてさて、そのどれが効いたんだろうね」

 

 伊吹さんについては嘘を吐いたけど、金田君の話は本当だ。『歪』の投与も含め、彼には色々ちょっかいを出していた。Bクラスの皆さんの目がある以上、そんなに大それたことは出来なかったけど。

 とはいえ皆さんご存知の通り僕はとってもとっても心優しい人間なので、金田君のために逃げ道も用意してあげた。「もしBクラスのリーダーが見抜けなくても、(緒祈真釣)に邪魔されたって言えば龍園君は許してくれるよ」とか、なんかそんな感じのことを言ってあげた。半分以上冗談だったんだけど、案外これが一番効いたのかもしれない。

 

「ふんっ、まあいい……。ところでクソ野郎、鈴音はどこだ?」

 

 二人のスパイについてはそこまで深堀りすることが無いのか、龍園君は砂浜を見渡してそう言った。僕はオーディエンスの視線も意識しつつ、ヘラヘラした態度で適当に返す。

 

「堀北さんなら、図書館で借りていた本の返却期限が迫ってるからって、昨日学校に帰ったよ」

「お前はムカつく嘘しか吐かねえな」

 

 龍園君がこちらをギロリと睨む。それと同時に視界の外で、拡声器もまた聞く者を威嚇するように、高くキィンと鳴った。あまりに綺麗なタイミングだったので、驚きに肩がびくりと震えてしまう。

 音の発信源に目をやると、Aクラス担任の真嶋先生が立っていた。

 

「そのまま、リラックスした状態で構わない」

 

 生徒の注目が集まったことを確認し、真嶋先生は話を始めた。

 

「これより特別試験の結果を発表する。結果に関しての質問は一切受け付けない。自分たちで受け止め、分析し、次の試験へと活かしてもらいたい」

「さあ、お楽しみの時間だぜ」

「全く同じ言葉を返させてもらうよ」

 

 彼は獰猛に笑って、僕は小馬鹿にする笑みを返した。

 左手に持った白い紙に記されているのであろう特別試験の結果を、真嶋先生が読み上げる。

 

「まず最下位は――0ポイントでCクラスだ」

「……は?」

 

 告げられた結果に龍園君の表情は一瞬固まり、見る見るうちに険しいものに変化していく。どこからか、須藤君の「ぶははは!」といういかにも楽しげな笑い声が聞こえて来た。

 現実が受け止めきれていない様子の龍園君を、僕もまた思いっきり笑ってやった。

 

「あっははー! こいつは度肝を抜かれたよ! あんなにも自信満々に構えているもんだから、てっきり僕には及びもつかない秘策でもあったのかと危惧していたんだけど……まさかここまで綺麗に負けてくれるなんて!」

「この野郎……!」

 

 いやはや、綾小路君がしくじる可能性もゼロとは言い切れないからやっぱり不安もゼロではなかったけれど、なんだ、杞憂だったか。流石だぜ、綾小路君。

 生徒個々人の心中など気にすることなく、結果発表は淡々と続く。

 

「3位は120ポイントでAクラス。2位は199ポイントでBクラスだ」

 

 砂浜がどよめいた。読み上げられた結果に――いや、()()()()()()()()()()()()()()()

 誰も、予想していなかった展開なのだろう。

 

「そして――」

 

 真嶋先生はここで一呼吸おいて、これが真実であることを強調するような口調で、その紙に記された最後の一行を拡声器に通す。

 

「1位は252ポイントでDクラスだ。以上で結果発表を終わる」

 

 そう言って、生徒のリアクションになんか見向きもしないで、真嶋先生は職員用のテントに帰って行った。

 

 あっちにもこっちにも騒いでいる生徒ばかりだけれど、中でも特に荒れているのはAクラスだった。

 

「どういうことだよ葛城!」

「なんで俺たちが3位なんだよ!」

「話が違うじゃねえか!」

 

 クラスメイトに詰め寄られているスキンヘッドの男子がいた。ふむ、あれが噂の葛城君か。覚えておこう。

 Aクラスとは対照的に、我らがDクラスは歓喜に沸いている。

 

「よっしゃああああああ!」

「はっはっは! ざまあみろ!」

 

 クラスメイトの皆さんは、この島であった諸々の苦難が全て吹き飛んで行ったような、そんな晴れ晴れとした笑顔を見せていた。

 予想以上の最終ポイントに疑問を抱く人もいたことだろう。ただ、経過はどうであれ最高の結果を得られたのだ。難しいことは考えず、仲間たちと素直に喜びを表現していた。

 

 一方、予想を大きく下回る結果に終わってしまった龍園君は、苛立ちを隠すことなく僕を睨んできた。やーん、もう、さっきから睨まれてばっかりー。

 

「緒祈。お前、何しやがった」

「その質問はさっきも聞いたけど……あっ! 初めて名前で呼んでくれたね!」

「うるせえ。いいから早く答えろ」

「んー? そう言われても……なんでもかんでも解説してあげるほど、僕は心優しい人間じゃあないんでね。今回の結果は自分で受け止めて、分析して、次回に活かすといいさ」

「……最後までふざけやがって」

 

 真相は実にシンプルで、Dクラスは昨日の夜にリーダーを変更しているのだ。堀北さんの体調不良を理由に、正当な手段で手続きをした。ゆえにその堀北さんをリーダーであると解答したCクラスは、ポイントを獲得することが出来なかった。Dクラスのポイントが減ることもなかった。

 龍園君ならこれくらい、落ち着いて考えれば気付けるだろう。『今この砂浜に堀北さんがいない』という大きなヒントもあることだし。

 

 事の詳細を彼に教えてあげようかとも考えた。しかし僕は、実際にはDクラスの勝利に何一つ貢献していないのだ。あれこれ喋ってしまうとどこかでボロが出るかもしれない。綾小路君(本物の黒幕)の存在を察知されるかもしれない。それは困るというか、彼に申し訳ない。

 だからここでは中途半端にヒントを与えることも無く、何も語らないことにした。それに、なんというか、その方が黒幕っぽいじゃん? 知らんけど。

 

「あ、そうだ。これだけは教えておこうか。君がそんな姿になった件について。思い通りに森の中を歩けなかっただろう?」

「ちっ。やっぱりてめえが何かしたのか」

「そうだよ。催眠術の一種でね」

 

 僕は嘘を吐く。ただそれは、真実よりもいくらか信憑性のある嘘だった。

 

「催眠術……だと?」

「あんまりフェアでもリーガルないから、本当は使いたくないんだけどね」

 

 僕の『手に負えない逆説《ウルトラロジカル》』は、催眠術とは全くの別物だ。北極とゴーヤチャンプルーくらい無関係だ。でも正直に話しても、ぶっちゃけ意味分かんないでしょ。それに催眠術って言った方が分かりやすいし、なんか強そうじゃん? 知らんけど。

 

「もし君が僕個人に突っかかって来るなら、普通に相手をしてあげよう。でも、僕の大事な人たちに手を出されるとね、今回みたいにグレーな武器を使わざるを得なくなるんだよ」

「……けっ。それで脅してるつもりか?」

()()()()()()()()。君が正面から来ないなら、僕も手段は選ばないよ、と。そう言ってるんだよ」

 

 偉そうなことを言いつつも、『出来れば正面からも来てほしくない』というのが僕の本心だった。だって嫌じゃん。面倒じゃん。

 しかし当然というべきか、龍園君が僕の心中を汲み取ってくれるはずもなく、好戦的な言葉が投げつけられる。そして僕もそれに、今さら腰の引けた返答は出来ないのだった。

 

「いつか絶対に潰してやる」

「返り討ちにしてやんよ」

 

 やれやれ。これでまた、これまで以上に目を付けられてしまったけれど、まあ、仕方ないのかな。今後も綾小路君との協力関係を続けるためのお駄賃みたいなものだろう。

 

 言いたいことは全て吐き出したのか、それとも僕と話すのが嫌になったのか、龍園君は別れの挨拶も無く船に帰った。タラップを上る彼の背に、皆の視線が注がれる。わあ龍園君、大人気!

 それはつまり先程まで龍園君と共に視線を受けていた僕から注目が外れたということで、綾小路君はその隙を狙って僕の後ろに現れた。

 

「助かる」

「注目を集めたことかな?」

「ああ。これで『緒祈真釣がDクラスを勝利に導いた』というシナリオの信憑性が増した」

「あはは。どういたしまして」

「それから、悪いな」

「ん?」

「DクラスがBクラスに勝ったことだ」

「……あー」

 

 そういえば僕は『BクラスがDクラスに負けるのは避けたい』とか言ってたっけ。でもあれは僕がスパイ容疑を掛けられるのが嫌って話だから、うん、今回は大丈夫じゃないかな。

 

「これくらいなら問題ないよ。Bクラスだって堅実なプレイであれだけのポイントを残せたんだ。十分だろう」

「……それもそうだな。じゃあ、オレは先に船に戻るぞ」

「うん。おつかれさまー」

「おつかれ」

 

 僕と話しているところを、それも試験が終わったばかりのこのタイミングで、()()()()()()()()()()()()()()()話しているところを、あまり見られたくはないのだろう。綾小路君は必要最低限のことだけ話して、ささっと去ってしまった。

 僕はその背を眺めつつ、紙コップに注いだスポーツドリンクを一気に呷った。

 

「ぷはぁ!」

 

 こうして。

 振り返ってみれば僕が能動的に何かをするということはほとんどないままに、流れに流されるままに、初めての特別試験は幕を閉じた。

 

 閉じた幕の向こうでは――次の舞台の準備が、もう既に始まっている。

 

 

 

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