013
何が目的なんだかさっぱり分からない不可解な小テストから3日が過ぎた。
5月がもうすぐそこまで迫り、今日は4月最後の土曜日だ。
学校がない日の僕は、基本的には『寮にいる僕』『目的もなくふらふら散策している僕』『生活に必要な物を買いに出ている僕』の三種の僕で構成されている。しかし今日の僕は珍しく、この中のどれでもない僕だった。
友達と遊びに行く僕?――Non-Non.
今の僕にとって友達と呼べそうな存在は
彼女とデートする僕?――HAHAHA!
友達すら一人しかいない僕に彼女がいるとでも? 面白い冗談だ。
正解は何の面白みも無くて恐縮なんだけど、『生活に必要というわけでもない物を買いに行く僕』だ。要するに娯楽品を買いに出ているのだ。
ポイントはいつどこで必要になるか分からないから出来るだけ貯めておくというのが僕の基本方針なんだけど、今回はちょっと特別だ。
きっかけは
そんな自分へのご褒美になら少しくらいポイントを使ってもいいよね? というわけで僕は朝から家電量販店を目指していた。あそこは家電以外にも色々売ってある。
普段はあまり近付かないショッピングエリアに入ったところで、どこかで見たような見てないような、青みがかった黒髪の少年を発見した。向こうも僕に気付いた。目が合うと彼の方から近付いてきたので、やはりどこかで会っているらしい。クラスメイトかな?
「奇遇だな、こんなところで」
「そうだね。こんにちは」
「ああ。こんにちは」
「……」
「……そういえばまだ名乗っていなかったな。俺はBクラスの
「ああ、食堂で
「
なるほどなるほど。『神』の一文字は強いね。『おいのり』とも『まつり』とも結びつく。ただ、他はちょっと弱いかな。すぐには覚えられなさそうだ。
それにしてもBクラスか……ふふふ。
「それじゃあ神崎君。ここで会ったのも何かの縁だし、連絡先交換しない?」
「あ、ああ。それは構わないが」
「んん? 迷惑だったら全然断ってくれてもいいんだよ?」
「いや、迷惑ではない。ただ前に食堂で見たときは、そこまで積極的なタイプには見えなかったのでな。少し驚いた」
「ああ、そゆことね」
確かに少し前までの僕なら多少の雑談はすれど、連絡先までは求めなかっただろう。他クラスの生徒とのコネクションはそれほど重視していなかった。
しかし今は違う。彼と仲良くなっておきたい理由ができたというか――
「色々と思うところがあってね」
「ふむ、そうか」
「うん」
自然な流れで友達ができればそれでいいし、できないならそれはそれで構わない――というのが中学時代からの僕のスタンスだったのだけれど、それをこの学校で貫くことは危険かもしれないとここ数日で感じていた。
これもきっかけはやはりあの小テストだ。
終了直後の休み時間、僕は衝撃的な会話を耳にしてしまった。
「ちょームズかったわ! あたし半分も取れてないかも」
「だよねー。私も8問くらい空欄で出しちゃった!」
「「あはははは!」」
「1問目から分からんくてマジ焦ったわ」
「俺も! あんなの習った覚えないよな」
「「わはははは!」」
笑えない。
全然笑えない。
あのテストに関して話すべきなのは17問の異様な簡単さと、異様に難しいラスト3問だけだ。17問の詳しい内容はどうでもいいし、点数はケアレスミスがあったとしても70点以上は確実なはずだ。こいつら本当にこの高校の生徒なのか?
忘れられないように何度でも言っておくけれど、僕は繰り上がりでこの学校に合格している。つまり最初は不合格だったのだ。
しかしどうだろうか。こんな連中に入試で負けたとはとても思えない。
これっぽっちも納得できないけど、まあいい。入試については終わったことだと一先ず脇に置いておこう。それより問題なのは彼らの授業態度だ。
皆さん頭がとってもよろしくて、だから授業も聞かずに寝てたり喋ってたりしているんだと思っていた。余裕だからこそのあの態度だと、結構本気でそう信じていた。
しかし小テストの感想を聞くに笑止千万。彼らはただただ不真面目で馬鹿な生徒だった。そして恐ろしいことに、この学校ではクラス替えがない。彼らと3年間同じ教室なのだ。
それはキツい!
もちろん真面目に授業を受けているクラスメイトもたくさんいるし、なんならそっちの方が多数派だ。しかしやはり不真面目な生徒の方がどうしても目立ってしまう。そしてもしも彼らが何か問題を起こした時、それが個人的なものだったとしても、同じクラスだからというだけで僕にまでとばっちりが来る可能性がある。
だからその万が一というか百が一くらいの『もしも』に備え、僕は自分のスタンスを変えた。作ろうと思って作るようなものじゃないとか、そんなことを言っている場合ではない。
他のクラスに信頼できる友達を作る。
それが今の僕の目標だ。
だからちょっといきなりではあったけれど、神崎君と連絡先を交換しておきたかったのだ。ここを逃すと、次のチャンスがいつ訪れるか分からないから。他のクラスの人と話す機会なんてそうそうないから。
「神崎君は一人で買い物? それともお友達とお出かけ?」
「後者だな。映画館前で10時に待ち合わせだ」
「あ、ごめんね。足止めさせちゃって」
「気にしなくていい。時間にはまだ余裕がある。緒祈の方は大丈夫か?」
「うん、僕は前者だから。映画館に行くなら同じ方向だし、一緒に行こうよ」
「ああ」
休日に男二人で街を歩く。これはもう友達と言っても差し支えないのでは?
「ちなみに何を買いに行くんだ?」
「ジグソーパズルだよー」
「ほう。一人で黙々と作業するのが好きなタイプか」
「ご名答。さては君、名探偵だね?」
「ふふっ。買い被りだ」
ほとんど今日が初対面みたいなものだけど、中々話しやすい人だ。
パズルを買いに行くと言っている相手に「パズル好きなの?」みたいな安直な質問をせず、一歩進んで性格面の話ができるあたり、彼の聡明さが窺える。
「水曜日に小テストがあったでしょ? あれで自分なりに結構頑張れたから、今日はそのご褒美ってことでね」
「なるほど。そういえば最後の数学を解いたらしいな」
「よく知ってるね。一之瀬さんから?」
「ああ」
『他クラスに友達を作ろう』作戦の一環で、前まではほとんどなかった一之瀬さんとのメールのやり取りを不審がられない程度に少しずつ増やしている。
ただ彼女がクラスメイトに僕のことを話しているというのは意外で、というか全然考えてもいなかったので、神崎君が知っていることに驚いてしまった。
「あれは二年生で習う内容だったらしいが、そんな先まで予習しているのか?」
「いやいや、予習はまだ一年生でやる内容の8割くらいしか終わってないよ。でもあれは応用に応用を重ねればなんとかなる問題だったから、まあなんとかなったんだよ。時間はギリギリだったけどね」
「それでも見事なものだろう。自分にご褒美をあげたくなるのも頷ける」
「ありがとう。そう言う神崎君はどうだったの?」
「俺はその最後の数学だけがどうしても解けなかった」
「わお! ということは英語と古文はできたんだね。僕は手も足も出なかったんだけど、そっかあ。すごいなあ」
「あれは知っていたから解けたというだけの話だ。それより未知の問題に対して自分が持っている知識を組み合わせることで答えを導き出した緒祈の方がすごいと、俺は思うぞ」
「へへへ。褒めても何も出ないよ?」
「思ったことをそのまま言っただけだ」
「……へへへ」
なんだこれ。滅茶苦茶気分が良いぞ?
神崎君の口が上手いのか、それとも僕がちょろいだけなのか。1万ポイントくらいあげてもいいかなって4割本気で思っている。じゃあ4千ポイントか。違う、そうじゃない。
行ったことないから分からないけど、キャバクラとかホストクラブってこんな感じなのかな? いや、仮にそうだとしても高校生に喜ばれる例えではないか。
「もうすぐ映画館だが、こっちで良いのか?」
「うん。僕はその近くに用があるからね」
「……ジグソーパズルだったよな?」
「そうだよ」
気分が良くなっている僕は自分でも分かるくらいに弾んだ声で喋っているけど、一方の神崎君は疑問が上手く氷解しないご様子で、ぶつぶつと何かを呟いていた。
「どうかした?」
「いや、映画館の近くにあってジグソーパズルが売っていそうな店に心当たりがなくてな」
「あれ? カメラシティっていう家電量販店に行きたいんだけど、映画館のすぐ側じゃなかった?」
「え? カメラシティって、それは――」
「おーい!」
僕にとってすごく重要なことを言おうとしたのであろう神崎君の台詞は、お茶のCMにでも使われそうな溌剌とした呼びかけに遮られた。なんだなんだとそちらを見ると、ストロベリーブロンドの美髪少女がこちらに手を振っていた。一之瀬さんだった。
映画館の前にいた彼女は一人ではなく、おそらくBクラスであろう数人と一緒にいた。
「あれれっ、緒祈くんもいる! 二人って仲良かったの?」
「さっき偶然会ったんだよ。こんにちは、一之瀬さん」
「こんにちは! そっかそっか。一緒に来たってことは、緒祈くんも映画?」
「いやいや、今日はちょっと買いたいものがあってね」
この近くにあるはずの青い看板を首をあっちに振ってこっちに振って探す。あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろ。
……あれ、ないぞ?
「あー、それなんだが」
「どうしたの? 神崎くん」
「緒祈が行きたいと言っていたカメラシティは、ずっと向こうの方だぞ」
「……え?」
向こうと言って彼が指差したのは、今しがた僕たちが歩いてきた道だった。
「うんんんん?」
どんな一流の画家にも描けない一之瀬さんの美しい髪のその上、映画館の壁面にはMarvelous Film Theaterとあった。
誰もが知っている全国チェーンの映画館で、一般的にはMFシアターやMFと略されている。僕も中学時代に何度か利用させてもらったのでその節はどうもありがとうございましたけど、これは僕の想定していた映画館ではないぞ?
「もしかしてこの学校、映画館二つもあるの?」
「ええっ? そんなことないと思うけど、どうだろう神崎君?」
「そうだな。映画館はここだけのはずだ」
「あっれー? じゃあ僕が地図で見たシネマガーデンっていうのは、あれは一体……」
映画館でもないのに店名にシネマなんて普通入れないよね? 騙されたー。完全に騙されたわー。映画館なら目立つだろうと思って、それを目印に来たっていうのに。
そして神崎君が映画館に向かうと言った時も、まさかこの敷地内に映画館が二つもあるとは思わなかったから……あ、実際に一つしかないんだっけ? で、その一つを僕が間違えたのか。
うわー、やられたわー。
「シネマガーデン?」
「一之瀬さん聞いたことある? 映画関係のお店なのかガーデニングショップなのか知らないけど、紛らわしい名前だよね」
「……あのね、緒祈くん」
「うん?」
「それ多分
……What?
「映画も庭も関係ない、島根県のアンテナショップだよ」
……Nandatte?
「……」
「……」
情報ヲ処理シテイマス。情報ヲ処理シテイマス。
ピピピ、ガガガ、チチチ――
「だ、大丈夫!? 耳が茹でダコみたいに真っ赤だよ!?」
「言わないで!」
思わず両手で顔を覆ってしまう。このまま走って逃げ去りたいけど、それをなんとか我慢する。
シネマじゃなくてシマネって……嘘やん。
なんでこの学校に島根のアンテナショップがあるんよ。島根て。よりにもよって島根て。出雲大社と石見銀山と世界最大の砂時計くらいしかないやん。
「…………ぷ」
「ちょっ! 千尋ちゃん!」
「ごめんなさい! で、でも……ふふっ」
笑われた。
シマネとシネマを見間違えて、見ず知らずの女の子に笑われた。
「緒祈。そのー、なんだ。そういう間違いは誰にでもあるから、な? あまり気にするな」
「……うん」
神崎君、君はどうしてそんなに優しいんだ。うっかり求婚しちゃうところだったぞ。
しかしその優しさに甘えてばかりもいられない。彼らにもこの後の予定がある。深呼吸を二回して、なんとか心を落ち着かる。
「……よし、もう大丈夫」
いないいないばあのいないいない状態を解除して顔を上げる。
「あ、あの……ごめんなさい」
「ううん。こちらこそ醜態をさらしてしまって申し訳ない」
謝ってきたのはおそらく『千尋ちゃん』だろう。ボーイッシュなショートカットだったので、明日の朝には名前を忘れているはずだ。
よし、いつもの調子が戻って来た。
「本当にごめんね。皆さんこれから映画だってのに」
「気にしないで! どうする? 緒祈くんも一緒に行く?」
「ありがたいお誘いではあるけれど、僕はこれから自分の間抜けさを受け止めるのに忙しくなりそうでね。是非また今度お願いするよ」
「ふふふ。それじゃあまた今度ね!」
「うん。じゃあ、また」
「またな」
「ばいばーい!」
一之瀬さんが顔の高さで手を振ってくれたので僕も同じものを返して、Bクラスの皆さんとお別れした。
顔の火照りが冷めない状態で買い物に行くのも嫌なので、今日はこのまま寮に帰ることにした。
当初の目的は達成できずとんだ赤っ恥までかいてしまったけど、神崎君と仲良くなれたことを思えば安いものだろう。
それにあそこにいた他のBクラスの人達は、羞恥に悶える僕の姿にドン引きせず笑ってくれた。であればそう悪い印象は与えていないはずだ。
全くもって狙った状況ではなかったけど、『他クラスに友達を作ろう』作戦はどうやら上手い具合に前進したようだった。
013’
「なあ一之瀬、本当にあいつが
「そうだよね。私も全くの同意見だよ。シマネとシネマを間違えてあんなに恥ずかしがっていた彼が、
「しかし万が一噂が本当だった場合を考えると、本人に直接確認するのは危険だな。下手に刺激して牙を向けられるのは勘弁だ」
「なんの他意もなく普通に仲良くできれば、それが一番なんだけどね」
「ああ。まったくだ」
014
日曜日。
昨日は行けなかったカメラシティに、今日はちゃんと迷うことなくやって来た。例の勘違いのおかげでシマネガーデンの方が頭に強く残っているけれど、本来の目的地はこちらの家電量販店だ。
4階のゲーム・玩具フロアをうろついていると、ほどなくしてお目当ての物を発見した。
ジグソーパズル。
一般的にその魅力として語られるのは、完成したときに得られる達成感、完成品をインテリアとして飾れること、そして集中力が鍛えられること。この3つが主なところだろう。
では僕もそういう理由で趣味にしているのかと言えば、そうではない。集中力は鍛えられているかもしれないが、それは目的ではなくただの副産物だ。そして前の2つに関して言えば、これはもう全くの見当外れだ。
なぜなら僕は、今まで一度だって
どうにもスムーズに事が進まないという僕の性質だか生態だかのおかげで、完成に近付くといつも何かが起きる。完成に全然近付いてなくても何かが起きる。
部屋の中になぜか飼った覚えのない猫がいてそいつに荒らされたり、寝落ちしたときは寝相が酷かったのか自分の手で台無しにしていたり、大いなる地震の力で揺られて
だから僕は達成感を味わったことはないし、インテリアとして飾ったこともない。実家の自室には5年以上未完成の物が放置されたままだ。
普通ならそんな踏んだり蹴ったりが続けば、嫌になって辞めてしまうだろう。ではどうして僕はジグソーパズルを趣味にしているのか。
面白いのだ。
どう頑張っても完成しないという呪いのような現象が面白くて可笑しくて、楽しくて愉しくて仕方がないのだ。
ちょっと進んではふりだしに戻り、すごく進んでもふりだしに戻る。賽の河原の石積みのようなそれは、一周回って一回転して僕の娯楽となったのだ。
だから自分へのご褒美にジグソーパズルを選び、卒業まで向き合うことになる
自然の風景やアニメ・漫画、それから有名絵画、動物など、それぞれ結構な種類が用意されていた。
うーん、どれにしようかな?
あ、これなんかいいかもしれない。
なんというか、この学校の雰囲気に合ってる気がする。
僕は有名絵画のエリアから一箱抜き出し、すぐそばに置いてあったジグソーパズル組み立てマットも手に取った。10000ポイントくらい使っちゃったけど、まあいいか。明日はポイント支給日だし。
レジで支払いを済ませて商品と共に受け取ったレシートには、ご丁寧にその絵画の題名がフルで印字されていた。
フランスの画家ポール・ゴーギャン作『我々はどこから来たのか 我々は何者なのか 我々はどこへ行くのか』