どうにか実力至上主義の教室へ   作:祭灯キャロット

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015-017 5月1日

 015

 

 

 

 5月1日、ポイント支給日。

 始業のチャイムと同時に教室に入って来た茶柱(ちゃばしら)先生は、脇になにか細長い筒を抱えていた。一方の僕はとんでもなく嫌な予感を抱えていた。

 

「これより朝のホームルームを始める。が、その前に何か質問はあるか?」

 

 あるに決まっているじゃないか。昨日の夜と今日の朝で、所持ポイントがぴくりとも動いていないのだから。

 

 ベッドの上でそれに気付いた僕はすぐに綾小路(あやのこうじ)君にメールを送り、これが僕だけに起きた現象ではないことを確認した。

 そして次に神崎(かんざき)君と一之瀬(いちのせ)さんにメールを送り、これがDクラスだけに起きた事態であることを確信した。

 

 いち早く手を挙げたナントカとかいう男子生徒が「ポイントが振り込まれてなかったですよ?」と言うと、先生は「問題なく振り込まれている」と返した。まだ確認していなかった生徒が一斉に携帯を操作して事態を把握し、その顔に驚きや困惑を浮かべる。

 

「……お前らは本当に愚かな生徒だな」

 

 自分たちが落とし穴の底にいて、先生に上から見下ろされているような、そんな錯覚を覚えた。

 

 未だに事態を呑み込めていない生徒に対して、茶柱先生は今月のポイントが()()()()()()()()()()()()()をこれでもかと強調する。

 

「ははは、なるほど、そういうことだねティーチャー」

 

 高円寺(こうえんじ)という男子生徒が高らかに笑い、その答えを偉そうに口にした。

 

「つまり私たちDクラスには()()()()()()()()()()()、ということだね」

「はぁ? なんだよそれ。毎月10万ポイントって……」

 

 そんなことは言われていない。

 

「全く、これだけヒントをやって自分で気付いたのが数人だけとはな。嘆かわしいことだ」

 

 一向に収まる気配のないざわめきの中、クラスの中心的イケメン平田(ひらた)君が手を上げて、なぜ支給ポイントが0だったのか尋ねる。それは自分が()()()()()()という個人的な理由ではなく、自分が()()()()()()()()()()という使命感によるものに見えた。なんともまあ見事なリーダーシップではあるけれど、茶柱先生は呆れたように答えた。

 

 遅刻欠席、合わせて98回。

 授業中の私語や携帯を触った回数391回。

 

 それはあんまりにもあんまりな、4月の授業態度だった。

 個人個人がどうこうではなく、Dクラス全体での話だった。

 

「この学校では()()()()()()()()()()()()()()()()()。その結果お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイント全てを吐き出した。それだけのことだ」

 

 これが僕にとっては想定外だった。成績がポイントに影響することは予想していたが、それがまさかクラス全体で一括(ひとくく)りにされるとは……ちくしょう。

 

 茶柱先生は「そろそろ本題に移ろう」と言って、筒から白い厚手の紙を取り出して広げ、それを黒板に貼り付けた。

 

 Aクラス:940

 Bクラス:650

 Cクラス:490

 Dクラス:  0

 

「これは……各クラスの成績、ということ?」

 

 堀北(ほりきた)さんの呟きが聞こえた。おそらく正解だ。

 神崎君は6万5千ポイント振り込まれたと言っていたので、クラス成績値の100倍のポイントが支給されるとみて間違いないだろう。

 

 それにしても、見事なまでに綺麗な降順だな。Bクラスの人達と接してもしかしてとは思っていたけれど……

 

「この学校では優秀な生徒たちの順にクラス分けされるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスへ。ダメな生徒はDクラスへ」

 

 やはりそうなのか。繰り上がりでの棚ぼた合格だった僕は当然Dクラスってわけだ。

 

「つまりお前たちは最悪の不良品ということだ。実に不良品らしい結果だな」

 

 教師が生徒に向ける言葉とはとても思えないな。不良品たちを奮起させようという狙いなのかもしれないけど、この学校でなければ教育委員会とモンスターペアレントがすっ飛んできただろう。

 

 それから先生はクラスの成績値、すなわちクラスポイントがそのままクラスのランクに反映されると言った。つまり今回491ポイント以上残していれば、僕たちはCクラスにランクアップしていたということだ。

 しかしどうだろうな。いくら発破をかけられたところで、このクラスが上に行けるとは正直思えない。

 

「さて、もう一つお前たちに伝えなけえればならない残念な知らせがある」

 

 黒板にもう一枚紙が貼られた。そこにはこのクラス全員の名前と、その横にそれぞれ二桁の数字が並んでいた。

 

「先日やった小テストの結果だ。お前ら一体、中学校で何を勉強してたんだ?」

 

 うっわ……。

 あの日クラス内で聞こえた会話からある程度予想はしていたが、まさかこれほど悲惨とは。平均点は64前後か?

 

「良かったな、これが本番だったら7人は退学になっていたぞ」

「た、退学!?」

 

 誰か知らんが何を驚いているんだ。クラスポイントのことを考えると、さっさと退学になってほしい。

 先生が言うには中間テスト、期末テストで1科目でも赤点を取ったら退学決定らしい。

 へえ。ふーん……。

 

「それからもう一つ付け加えておこう。この学校は全国屈指の進学率・就職率を誇っている」

 

 それはこの場の誰でも知っている。この学校の最大の売りなのだから。

 

「しかし希望する将来への援助が受けられるのはAクラスの生徒のみだ。Bクラス以下の生徒には、この学校は何一つ保証することはないだろう」

「はあ!? 聞いてないですよそんな話!」

 

 おいおい。この学校、詐欺まがいのことをしてるじゃないか。

 

 まだ理解も納得もできていない生徒は大勢いたけれど、茶柱先生は「中間テスト、楽しみにしてるぞ」と言って出て行ってしまった。

 

 僕は椅子を少し引いて、左を見る。

 驚愕の新事実が幾つも告げられたというのに、綾小路君はやっぱり無表情だった。

 

 

 

 016

 

 

 

緒祈(おいのり)くん、少しいいかな?」

 

 先月とは打って変わって落ち着いた、というよりは元気のない1時間目の授業が終わっての休み時間。僕に声をかけてきたのは平田君だった。

 

「今日の放課後、クラスポイントを増やすためにどうしていくべきか話し合いたいんだけど、君も参加してくれないかな?」

「えっと……なんで僕に?」

「他のみんなには1時間目が始まる前に声をかけたんだけど、君は席をはずしていたから」

 

 教室が荒れることは目に見えていたからさっきはトイレに逃げたけど、その間にも彼はクラスの為に動いていたらしい。立派なものだ。

 

「無理に発言しなくてもいい。その場にいてくれるだけでいいんだけど、どうかな?」

「うん、いいよ」

「本当!? ありがとう!」

 

 クラスメイトのことなんてどうでもいいと思っていたけれど、毎月支給されるポイントにクラス全体の成績が関わっているというなら話は別だ。()()()()()()()()()()()()()、このクラスがどう動くのかは把握しておいた方がいい。

 しかし僕みたいな爪弾き者の参加をそんなに喜ぶとはね。クラスのリーダーとしてかなり苦労をしているようだ。だからといって優しくしてあげるわけでもないけどね。

 

 時計の針はさらさらと進み、放課後。

 平田君が対策会議の準備を終える頃には、不参加組は全員出て行った。名前を憶えているところだと綾小路君と堀北さん、佐倉さん、それから高円寺君の姿が見えない。

 

 全体の参加率は8割ほどだろうか。しかし小テストでこのクラス最高の90点を記録した3人のうち、少なくとも2人が不在だ。幸村という生徒も帰ったのなら全滅だな。

 点数を取れる人間がいれば解決する問題かというと、決してそんなことはないけれど。

 

 僕?

 僕は簡単な方の問題でミスをしてしまったようで、4位タイの85点だった。不可解なほどに簡単だとか思ってたくせに間違えてしまうとは、いやあ恥ずかしい。

 どれがバツだったのか小テストの問題を思い返していると、綾小路君が校内放送で職員室に呼び出された。可哀想に。

 

「それじゃあ始めようか」

 

 そして幕を開けたクラスポイント獲得に向けた作戦会議。結論から言ってしまうと、別に不参加でも問題ない内容だった。

 日々の授業を真面目に受けて減点を抑えようとか、勉強会を開いて中間テストで退学者が出ないようにしようとか。そういう容易に想像できた結論を全員に共有させようという時間だった。

 

 平田君と櫛田(くしだ)さんのリーダーシップとコミュニケーション力は見事なものだったけれど、特筆すべきことはそれくらいかな。

 作戦会議は20分ほどで終了し、僕は結局一言も喋らなかった。

 

 寮に帰ると綾小路君からメールが来ていた。話し合いの内容を聞かれたので、あの場で行われた議論をできるだけ簡潔にまとめ、僕の感想は入れずに送っておいた。

 逆に僕からもどうして職員室に呼び出されたのか聞いたけれど、「失くしてた腕時計が職員室に届いていたのでそれを受け取りに行った」とバレバレの嘘を吐かれたので、なるほどねと納得しておいた。詮索されたくないことがあったらしい。

 

 気にならないと言えば嘘になる。しかし下手に踏み込んで虎の尾を踏んだんじゃあ笑えないから。

 良い距離を保ちましょうよ。ね、綾小路君。

 

 

 

 017

 

 

 

 僕が高度育成高校を第一志望として選んだ理由は大きく二つある。

 

 一つは授業料だ。

 国が運営しているこの学校は授業料の全額を国庫が負担してくれる。緒祈家は決して裕福な家庭ではないので、これは素直に有り難い。

 

 もう一つは卒業後を見据えてだ。

 この学校は希望する進学先・就職先にはほぼ100パーセント応えると、そう謳っている。僕が大学を卒業する時の就職事情がどうなっているか分からないから、手厚い支援が受けられるならそれを存分に使って高卒だろうがさっさと就職した方がいいだろう。と、母が言っていた。だからこの学校に来たのだけれど、まんまと騙されてしまったらしい。

 

 学校が将来をサポートするのはAクラスの生徒だけ。しかし僕の所属しているDクラスがそこまで上がれるとは今のところ思えない。

 この学校のネームバリューを考えれば卒業したというだけでも社会ではそれなりの価値があると思うのだけれど、これは楽観視が過ぎるかな?

 

 生活のためにDクラスのクラスポイントを増やすのは当然として、さてどうしようか。

 クラスのランクを気にしないならそれだけでいい。しかしAクラスを目指すのであれば、それに加えて他を蹴落とすという作業が必要になる。勝てば得るものは大きいけれど、返り討ちに遭う危険性もある。

 

 要するにロウリスク・ロウリターンを採るかハイリスク・ハイリターンを採るかなんだけど、クラスの一員としての僕は、まだ自分がどちらの方針で行くべきか決めかねていた。

 

 ただ、すぐそこの未来については一つ決めていることがある。

 小テストで赤点だったくせに危機感のない連中には、早々に()()()()()()()()()()。下手に残られても足を引っ張られるだけだ。特に赤い短髪の須藤とかいう男子。

 退学か残留かの瀬戸際だと言うのに、彼は相変わらず授業中に居眠りをしている。Aクラスを目指すにせよ目指さないにせよ、彼の存在は害でしかない。

 

 そんなことを考えていた5月13日の夜。綾小路君が僕の部屋に来た。

 

「やあ勘解由小路(かでのこうじ)君。どうしたんだい、こんな時間に」

「突然悪いな。だがオレの名字はそこまで難易度高くないぞ」

「ごめんね。人の名前を覚えるの苦手でさ」

「メールでは普通に呼んでただろ……」

 

 とりあえず中に招き入れて椅子に座ってもらい、僕は二人分の麦茶を用意してその片方を渡し、ベッドに腰掛けた。

 綾小路君は一口啜って、早速本題に入った。

 

「今度の中間テストで退学者が出ないよう協力してほしい」

「……ふうん」

 

 話を聞くと、勉強会を開くからそこに教える側として参加してほしいとのことだった。絶世の美黒髪少女堀北(ほりきた)さんと話しているのを最近よく見かけていたけれど、そんな話をしてたのね。でも――

 

「勉強会なら平田君もやってるよね?」

「そこに参加しない連中だから困ってるんだ」

「困るくらいなら切ればいいのに」

「……やはりお前もそういう考えか」

「も、と言うことは堀北さんもそうなんだね」

「ああ。だがそれは過去の話だ。堀北は須藤たちの面倒を見ることに決めたぞ」

「君が()()()()()んじゃないの?」

「まさか。あいつはオレの言うことを聞くようなヤツじゃない」

「ふふっ、どうだか」

 

 このまま堀北さんの話を続ければ嫌がって帰るかな? でも監視カメラのないこの場所で彼の機嫌を損ねるのも怖いな。プールの時に見たけど、相当鍛えているようだったし。

 本題に戻すか。

 

「とりあえずその赤点組をクラスに残すメリットか、あるいは君に協力することで得られるメリットを示してくれないと。僕としては首を縦に振りかねるよ」

「退学者が出たクラスにどんなペナルティがあるか分からないだろ?」

「……なるほどね」

 

 彼が言ったのは赤点組を切った場合のデメリットだったけど、一理ある。

 この学校では遅刻や欠席、授業中の私語などでクラスの成績が容赦なく減点されていく。退学者が出たとなれば、例えばクラスポイントがマイナスになるなんて事態もひょっとしたらあるかもしれない。

 でもそんな憶測だけで協力を決めるというのもなあ。

 

「それから緒祈にとってもっと直接的なメリットを挙げるなら」

「挙げるなら?」

「堀北とお近付きになれるぞ」

「しょーがないなー。ま、友達の頼みだし聞いてやるか!」

「……ちょろい」

 

 冗談はさて置いて。

 綾小路君と堀北さんがクラスの()()になることはないと思うけど、()()には十分なりえるだろう。であればここで仲良くしておくのも将来的なことを考えれば悪くない手かな。

 でもまあ一応、これだけは言っておくか。

 

「もし赤点回避の見込みがないと判断したら、その時は容赦なく潰させてもらうよ」

「それは恐ろしいな。何か策でもあるのか?」

「あると言えば嘘になるかな」

「ないのかよ……」

 

 今の段階では本当にない。

 しかし勉強会を通して堀北さんだけなく赤点組とも距離を縮められたなら、あるいは。

 

「それで、明日の放課後でいいのかな? 場所は?」

「いや、まだ勉強会ができるかは分からない」

「……はい?」

「堀北と須藤達の間でちょっとあってな。堀北と櫛田も確執があるみたいだし。でもそれ以外堀北には手がないから、まず間違いなく勉強会は開かれる」

 

 こいつ、未定の予定に誘いやがったのか。

 あれ? てことは――

 

「もしかして僕を誘ったのは綾小路君の独断で、堀北さんの了承はまだ得てないとか?」

「そうだな」

「おいおい大丈夫かよ。今更だけど、僕のクラスでの扱いを知らないわけじゃないだろう?」

「なんかヤバい奴」

「ストレートに言ってくれやがったね!」

 

 事実は事実として受け止めるけど、正直に言うと腑に落ちない。

 初日の制服問題があるとはいえ、ここまで避けられるものだろうか? あれからもう一か月以上経ったのだし、コミュニケーションに積極的な人からなら何かしら声をかけられてもおかしくないはずなんだけど。

 僕に話しかけるのは目の前の綾小路君と、あとはクラスみんなで仲良くしましょうって感じの櫛田さんと平田君だけだ。

 

 僕は堀北さんみたいに近寄りがたいオーラを出してはいないし、佐倉さんとは違って話しかけられればそれなりに対応できる。なのにどうして?

 Dクラスには担任の茶柱先生に「生理でも止まりましたー?」なんて聞けるデリカシーの無い生徒もいると言うのに。

 

「一応言っておくが、勉強会ではあの空気は出すなよ?」

「……ん?」

「まさか無自覚なのか? お前が須藤たちを見る時に出してる、あの『隙があれば潰してやろう』みたいな空気だ」

「……そんなの出てた?」

「ああ。それも結構頻繁に」

 

 なるほど、そういうことだったのか。

 

「別にそんなことは()()()()()()()()()()()()()()()()考えてないんだけど、意図せず不愉快な気分にさせてしまったのならそれは大変に申し訳ないね。誰にでもぐいぐい行くように見える彼らが僕の所に来ないのは、それが原因か」

 

 自分ではポーカーフェイスができているつもりだったんだけどなあ。

 

「ちなみに綾小路君自身は、それを向けられていると感じた事はある?」

「いや、オレはあくまで(はた)から見ていただけだ。今も特に何も感じていない」

「傍から見て分かるほどなのか……。まあいいや。じゃあ勉強会では綾小路君と喋っているときのテンションで彼らに接するよ。それで多分大丈夫だろう」

「よろしく頼む」

 

 そう言って彼は軽く頭を下げた。それが何だか彼の空気に全然合ってなくて、僕は笑ってしまいそうになる。誤魔化すように質問をした。

 

「それにしても、どうして僕を誘ったんだい? 僕が君の立場なら、僕だけは絶対に誘わないけど」

「他に声をかけられる相手がいないんだよ」

「……君、友達少ないもんね」

「お互い様だ」

 

 

 

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