どうにか実力至上主義の教室へ   作:祭灯キャロット

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018-020 勉強会

 018

 

 

 

「こうやって話すのは初めてだね。緒祈(おいのり)真釣(まつり)です。よろしく」

堀北(ほりきた)鈴音(すずね)よ」

 

 今朝は綾小路(あやのこうじ)君から少し早めに登校するよう言われていたので、いつもより10分ほど早く教室に入った。てっきり勉強会について説明を受けるもんだと思っていたのだけれど、この時間は僕と堀北さんの顔合わせだけらしい。

 というかそもそもまだ勉強会開催の目途が立っていないらしい。考えはあるみたいだけど、大丈夫か?

 

 それと綾小路君は事前にどういう話をしたのか、堀北さんの僕を見る目はあまり好意的なものではなかった。僕の参加を快く思っていないような、あるいは僕の存在自体を不快に感じているような、そんな視線だ。

 

「協力してもらえるのはありがたいけれど、その前に一つ確認したいことがあるの」

「なんなりと」

「あなたは入学初日、女子の制服を着ていたわよね? あれは何?」

 

 あー、そのことか。まさかまだ覚えられているとは。いや、覚えている人は他にもいるだろうけど、まさか今更聞かれるとは思わなかった。

 

「家に届いたのがあれだったんだよ。別に好きで着ていたわけじゃない」

「それだけでは女装をする理由にはならないはずよ。私服で来るとか中学校の制服で来るとか、他にも手はあったはずでしょう?」

「そんなんで校内うろついてたら目立っちゃうじゃん」

「一日目と二日目で性別が変わる方が目立つでしょう」

「始業前に職員室で男子の制服を貰う予定だったんだよ。迷子になって間に合わなかっただけで」

「……そう。一応筋は通っているわね」

 

 そりゃ正直に話してるからね。

 

「では最後にもう一つ」

「うん」

「あの日、教室に遅れて入って来たあなたは先生に怒られると思って正座したわよね」

「そんなこともあったね。一瞬だけど」

「その時とてもナチュラルに座っていたように見えたのだけれど、あれはどういうことかしら?」

「……というと?」

「スカートで座ることに慣れているように見えたと、そう言っているのよ」

 

 ははー、よくそんなところまで観察してるね。そこまで人のことを見ているタイプだとは思わなかった。

 

「ほら、僕って中性的な(こんな)顔立ちだからさ、母親によく女物の服を着させられていたんだよ。娘が欲しかったとか言って」

「あなたの趣味ではない、と?」

「そうだね。でも、たとえ僕に女装趣味があったとしても、それで堀北さんを困らせることはないと思うよ?」

「……それもそうね」

 

 どうやら納得していただけたらしい。

 彼女を包む空気が少し柔らかくなった。

 

「ずっと気になっていたのだけれど、ようやく得心がいったわ」

「それはなによりだ」

「それじゃあ昼休みに須藤(すどう)くんたちを説得するから、そのとき一緒に来てちょうだい」

「はーい」

「当然あなたにも来てもらうわよ、綾小路くん」

 

 そろりそろり、二歩三歩と下がってフェードアウトを企んでいた彼が「うっ」と立ち止まる。お前、なに逃げようとしてんだよ……。

 

「いや、緒祈が協力してくれるんだし、オレはもういいんじゃないか?」

「何を言っているのかしら。あなたは私と契約したでしょう? Aクラスに上がるまで私に従って馬車馬の如く働くって」

「綾小路君、契約書はハンコを押す前に何が書かれているのかよく読まないと」

「待て。そんな契約をした覚えはないぞ」

「ここに契約書があるわ」

「あるんだってさ」

「わぁ本当だ。って偽造じゃねえか」

 

 綾小路君は堀北さんの手からその契約書(偽)を奪い取り、びりびりと破り捨てた。

 こうやって近くで見てみると、思っていた以上に二人の仲は良いようだ。

 

 朝はそれくらいの軽い会話だけで、勉強会に関する話は特になかった。

 

 そして午前の授業を終えて昼休み。

 赤点組を勉強会に呼び戻すには櫛田(くしだ)さんの協力が必要不可欠なのだけれど、堀北さんとはなにやら確執があるらしい。だからてっきり綾小路君が遣わされるもんだと思っていたら、意外なことに堀北さん自身が櫛田さんに声をかけていた。

 やはり人間関係というのは人伝に聞いただけでは十分に理解できないものだ。百聞は一見に如かず。

 

 誘った女子と誘われた女子、そしてそれを傍観していた男子二人。この四人で学校でも随一の人気を誇るカフェパレットに行くこととなった。

 外から見たことはあったけど、中に入るのはこれが初めてだった。堀北さんと綾小路君にもあまりこういうお店に来るイメージがないんだけど、どうなんだろう? 案外二人で来てたりして。

 

 注文カウンターでは、堀北さんが奢ると言って櫛田さんのドリンクも注文していた。それを見て僕も綾小路君に「奢ってよ」と言ったのだけれど、「え、嫌だけど」と断られてしまった。僕を生贄にして勉強会から逃げようとしたくせに。

 

 席に着いてからは基本的に女子二人が花のないガールズトークを繰り広げている。堀北さんが櫛田さんに勉強会への協力を要請していたはずが、いつの間にか櫛田さんの方からAクラスを目指す仲間に入れてくれというお願いをしていた。どういうこっちゃ。

 僕はアップルティーをちびちびと飲みながらその様子を眺めていて、隣の綾小路君はアイスコーヒーをちびちびと飲んでいた。

 

 特に話を振られることもないのでぼーっとしていると、赤点三人衆が現れた。

 櫛田さんに呼ばれてやって来た彼らはまさか僕がいるとは思わなかったのだろう。こちらにちらちらと視線を向けてきた。

 僕は昨夜の綾小路君との会話を思い出し、できるだけ人当たりの良い感じで「やあ」と声をかけた。

 

「「「お、おう……」」」

 

 なんだその反応は。堀北さんもそんな驚いた顔でこっち見なくていいから。

 

 それからの話し合いは順調に、おそらくは堀北さんの想定通りに進んだ。

 赤点組のストレスも考慮して、放課後の勉強会は止めになった。代わりにまずは授業を真面目に受けること、そして休み時間に前の授業の確認をするための小さな勉強会を開くこと。この二つを約束させた。

 一夜漬けを妄信する三人に多少手古摺(てこず)りはしたものの最後には綾小路君の機転もあって、話し合いは上手い具合にまとまった。まとまったはいいんだけど……

 

「ねえ綾小路君、これ僕が来る必要あった?」

 

 20分近い話し合いの中で、僕の口から出たのは「やあ」の2文字だけだった。「なんでこいつがここに!」とか言ってくれればもう少し発言量も増えたんだけど。まあそうなったところで僕があの場にいる意味はやっぱり無かっただろう。

 僕を誘った犯人である綾小路君は、こちらの質問にふざけた答えを返してくれた。

 

「いやー、緒祈がいてくれて助かったよ。さすがクラスのムードメーカー」

「何言ってんだこいつ」

 

 

 

 019

 

 

 

 勉強会は思いの(ほか)上手くいっていた。退学だけは何としてでも回避するという強い意志がようやく彼らに芽生えたようで、授業態度も以前とはまるで別人だった。

 小テストで特に成績の悪かった三人がやる気になったことでプライドが刺激されたのか、あいつらに負けてはいられないと他の生徒たちもより一層励むようになった。クラス全体がかなり良い空気になっている。

 

 そして何より驚いたのが、僕と須藤君たちが普通に話せるようになったことだ。

 

「なあ緒祈、これはどう解けばいいんだ?」

「問題文の書き方が違うだけで、解き方自体は前回やったのと同じだよ」

「ん? あー、確かに。言われてみればその通りだ」

 

 少し前までは目を合わせたことすらなかったのに、今ではこんなにも自然に勉強を教えている。これはもう友達と言っても過言ではないだろう――()()()()()()()

 

「あ、池君そこ違うよ。上の式をよく見て」

「え……ほんとだ! サンキュー緒祈!」

 

 この調子で行けば本当に退学者0が実現できるかもしれない。僕も、堀北さんも、櫛田さんも、もちろん本人たちも、そう思い始めていた。綾小路君は分からないけど。

 

 昼食前、集中力が切れてくる四時間目の授業でも三人はよく頑張っている。うんうん偉いぞ!

 そして昼休み。昼食を済ませた後で図書館に集合し、20分ほど勉強することになっていた。

 

「……始めましょうか」

 

 約束の時間になっても綾小路君と櫛田さんがいなかったけど、とりあえず5人で始めておく。すると1分ほど経って二人が一緒に現れた。

 

「遅いわよ」

「悪い、ちょっと店が混んでて時間がかかった」

 

 どうやら二人で一緒に食事をしていたようだ。

 

「早くして」

「……はい」

 

 この時間はそれぞれで分からないところを確認するというよりも、問題を出し合って分かっているかを確認する作業がメインになった。楽しそうにフランシス・ベーコンとかルネ・デカルトとか聞こえてくる。

 でもここ図書館だからね。テスト前で周りも多少ざわついているとはいえ、もう少し声のボリュームを落とそうか。

 そう思っていると案の定隣の席からクレームが来た。

 

「おい、ちょっとは静かにしろよ。ぎゃーぎゃーうるせえんだよ」

「悪い悪い。問題が解けたのが嬉しくってさ~。帰納法を提唱したのは誰か知ってるか? フランシス・ベーコンだぜ? ベーコンだぜ?」

 

 池君がへらへらと笑いながらそんなことを言う。

 

「あ? ……お前らひょっとしてDクラスの生徒か?」

 

 うーん、これはちょっとまずいかなあ。

 隣の席の彼はCクラスの山脇(やまわき)と名乗り、なぜか――本当になぜだろうか――安い挑発をしてきた。

 長髪は大好物だけど挑発はちょっと……などと下らないことを考えていると、その挑発に須藤君があっさりと噛み付いてしまった。こら赤短髪。

 

「上等だコノ――おわっ!」

「落ち着きなよ。ここはリングの上じゃない。図書館だ」

 

 立ち上がろうとする彼の肩をそっと押さえて椅子に戻す。

 おおー。半ば無意識にやったけど、体格の良い須藤君を僕の細腕一本で座らせるなんて、まるで武術の達人だな。運動は苦手なんだけど、相手の体勢が不安定ならこれくらいはできるのか。極めてみるのも面白いかもしれないな……などと適当なことを考えていると、今度は堀北さんが挑発に乗っていた。おい黒髪ロング。

 

「私たちのことを悪く言うのは構わないけれど、あなたもCクラスでしょう? 正直自慢できるようなクラスではないわね」

 

 あーもー何やってんのよ。

 綾小路君は傍観者を気取ってるし櫛田さんはおろおろしてるし。僕が動くしかないのかなあ。

 

「大体なにがフランシス・ベーコンだよ。テスト範囲外の勉強なんかして――」

「図書館で騒ぐとどれくらい減らされるんだろうね、クラスポイント」

「あ? 誰だよおめえ」

「いくら減点されるにしてもDクラス(こっち)は元より0だからノーダメージだけど、Cクラス(そっち)は大丈夫?」

「はあ? 何が言いてえん――」

「こんなところで不用意に減点されたら、()()()()()()()()は怒ったりしないのかなあって」

「――っ!」

「はい、ストップストップ!」

 

 後ろから声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。振り向くとそこには俗世に迷い込んだ天使が立っていた。最近あまり姿を見かけなかったBクラスの美髪少女、一之瀬(いちのせ)さんだった。

 

「もう、なにやってるの緒祈くん! こんなところで喧嘩しちゃダメでしょ!」

 

 え、僕はむしろこの中で唯一止めようとしていた人間なんですけど……でもまあ一之瀬さんに言われちゃあ反駁できないね。

 

「ごめんなさい」

「そっちの君たちも、挑発が過ぎるんじゃないかな?」

「わ、悪い。そんなつもりはないんだよ、一之瀬」

 

 そう言うと山脇君たちは荷物をまとめてそそくさと帰ってしまった。彼は一之瀬さんの名前を知っていたけれど、それは彼女が有名人だからだろうか。それともクラスの問題だろうか。

 BクラスとCクラスはクラスポイントの差が160しかない、現在最も競り合っているクラスだ。小さい衝突が既に何度かあったらしい。

 

 一之瀬さんからはCクラスの龍園(りゅうえん)という生徒がヤバいと聞いていたので、さっきはその存在を臭わせることで山脇君らの撃退を試みたのだけれど、最後は一之瀬さんに持っていかれた。まあその方が僕としてもありがたいし、()としても締まるだろう。

 

「君たちもここで勉強を続けるなら、大人しくやろうね。以上っ」

 

 そう言って颯爽と去って行った彼女の揺れる薄苺色の髪がとても綺麗で、自然と手を伸ばしそうになる。おおっと危ない。演歌歌手じゃないんだから。

 

「知り合いか?」

「そうだよ。Bクラスの一之瀬さん」

「へえ……」

 

 自分から聞いたくせに興味なさげな綾小路君だった。

 

「でも、少し意外だったな。お前はああいう場では前に出てこないタイプだと思っていたが」

「君が傍観を決め込んでいたからね。堀北さんは戦う気満々だったし」

「私はただ本当のことを言っただけよ」

 

 言わなくていいことを言ったんだよ、って言ったら今度は僕に噛み付いてきそうなので黙っておこう。髪は綺麗でも性格はキツいなー。

 

「それよりさっき、テスト範囲外って……言ってた、よね?」

 

 櫛田さんが不安そうに溢す。

 僕たちが茶柱先生から聞いたテスト範囲にはばっちり入っているフランシス・ベーコンを、山脇君は確かにテスト範囲外だと言った。まあそれを僕が遮ってしまったんだけど。

 

 失敗したなあ。

 口を挟むのが()()()()()()()()()()――

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

 堀北さんに、櫛田さんに、須藤君に、池君に、山内君に、そして綾小路君に。一斉に、見られた。

 

「うん? みんなどうしたの?」

「……いえ、何でもないわ」

 

 堀北さんはそう言ってくれて、他の人も概ね無かったことにしてくれた。ただ綾小路君だけは、ずっとじっとこちらを見ている。その情熱的な視線に僕はウインクを返してあげる。ぱちーん☆

 あ、目を逸らされた。

 

「えっと、とりあえず教室に戻ろっか」

「そうだね」

 

 ナイスです櫛田さん。

 

「……」

 

 …………あっぶねー!

 

 いやもうマジであっぶねー!

 マジもうめっちゃ焦ったわ!

 

 久しぶりに一之瀬さんの髪を見られたせいで気が緩んでしまったようだ。うっかり『こいつら退学になればいいのに』モードになっちゃったよ。なんとかすぐに『目指せ退学者0』モードに戻したけど、いやーギリギリだった。

 自分ではよく分からないんだけど、あんな反応をされるってことは僕ってよっぽど分かりやすいんだね。モードとか言ってみたところで、結局はただの心持ちの話なのに。

 

 後で綾小路君に何か言われそうだなー。面倒だなー。少し印象を上書きしておくか。

 

「教室より職員室に行った方がいいんじゃない? テスト範囲のこと聞かないと」

「あっ、そうだね! 先生の所行かなきゃ!」

 

 みんなの意識をテスト範囲から外させたのは僕だ。完全に事故だったけど、僕に10割の責任があった。そして今僕はテスト範囲のことをみんなに思い出させてあげることで点数を稼ぎ、さらに先程の失態も忘れてもらおうとした。

 

 我ながら酷いマッチポンプだ。

 

 

 

 020

 

 

 

 テスト範囲は変更になっていた。そして、それをDクラスだけが知らされていなかった。

 

「悪いな、お前たちに伝えるのを失念していたようだ」

 

 教師としては重大な失態のはずなのに、茶柱先生はさして気にした様子もなかった。この人も髪は綺麗だけど内面に中々の問題があるみたいだ。

 

 新しく教えてもらった本当のテスト範囲は櫛田さんによってDクラス全体に共有された。絶望する生徒が量産されるかと思っていたのだけれど、赤点三人衆をはじめとして「ナメやがって! 見返してやる!」とやる気を爆発させる生徒が意外にも多くいた。

 そのお陰で今日の放課後の勉強会ではこれまで別々でやっていた平田チームと堀北チームが合流し、Dクラス全体が一致団結してかなり(はかど)っていた。

 

 しかしそうは言っても試験まであと一週間。告げられた新しい範囲は須藤君たちがほとんど勉強していない部分で、正直このままでは間に合うかどうか微妙なところだ。

 

 このままでは、ね。

 

 ピーンポーン。

 寮の自室でお昼のことを一之瀬さんとチャットしていると、実家と同じ音のインターホンが鳴った。ドアを開けるとそこには予想通り綾小路君がいた。

 

「いらっしゃい米麹(こめこうじ)君。来ると思っていたよ」

「オレはそんな甘酒が作れそうな名前で呼ばれるとは思ってなかったぞ」

「ごめんね。人の名前を覚えるの苦手でさ」

「このくだり、いつまでやるんだよ……」

 

 なにやらぶつくさ言っている綾小路君を招き入れ、一昨日の夜と同じように座る。

 

「来るのは予想できたけど、その要件までは候補が多すぎて絞れなかったんだよね。なんの話をしに来たの?」

「単刀直入に聞くが、お前は須藤たちをどうするつもりだ?」

 

 どうする、と言われましても……。僕は別に彼らの身柄を拘束しているわけでもないしなあ。というかそんなことしようとしたら非力な僕じゃ返り討ちに遭っちゃうよ。

 冗談はさて置き、なるほど、そっちの話か。

 

「お昼のあれは本当にただの事故だよ。僕の意図したものじゃない」

「意図的だろうが事故的だろうが、お前の中には須藤たちを退学させる道がまだ残ってるってことだろ?」

「それはそうだけど、実行するつもりは毛頭ないよ。君は多分もう赤点回避させる方法を思いついてるんでしょ? それがどういう策かは分からないけれど、邪魔するつもりはない」

「……本当か?」

「僕としては正直もうどっちでもいいんだよね。赤点組を潰そうと決意した矢先に君が来て協力しろとか言うし、そんでいざ勉強会が始まったら今度はテスト範囲が違うという大事件」

 

 これがジグソーパズルならまだ楽しめるんだけど、そんな小さな話じゃないんだよなあ。やれやれだぜと肩を竦めてみせたけれど、綾小路君は「いや、そうじゃなくて」と言った。

 え、違うの?

 

「本当に赤点回避の方法を思い付いていないのか?」

「あー、そっちか」

 

 なんだよ。聞かれてもない事をたらたら喋っちゃったじゃん。

 

「本当だよ。本当にさっぱり分からない。5万ポイント賭けてもいい」

「……そうか」

 

 納得していない様子だけれど、君、僕のことちょっと高く買い過ぎじゃない? 浮かばないものは浮かばないよ。

 

「じゃあ須藤たちを落とす策は?」

「そんなこと聞いてどうするの?」

「今後の参考にする」

 

 小テストのときの茶柱先生みたいなことを言い出した。まあ事前に知っていれば余裕で防げる計画だし、これを正直に教えることで多少なりとも綾小路君の信頼を得られるのなら安いものかな?

 

「学校にバレたら僕が罰せられそうなものを除くと、今の所浮かんでいるのは二つだけだね。ざっくり言うと実力を発揮させないか、実力を付けさせないか」

「ほう。発揮させないってのは?」

「試験当日の午前3時くらいに電話をかけてあげるんだよ。寝不足で試験に集中させないってわけ。タイマーを深夜に鳴るようセットして鞄に仕込むのもいいね。実行は簡単だけど、効果が出るかは微妙なところだね。あっ、インターホンを鳴らす方が確実かな? まあ、そんなところだよ」

「……実力を付けさせないってのは?」

「本番に出なさそうな問題を集めて()()()()()を作る。それを先輩から貰ったとか言って平田君か櫛田さんに渡して、クラス全体で共有させるんだ。準備は大変だけれど、これなら過去問に(すが)るしかないような連中を一掃できる。ただ、バレると少し危ないかな?」

「……」

「……?」

 

 なんだなんだ。そんな黙ってじっと見つめられても反応に困るぞ? またウインクしてあげようか?

 1分間の沈黙の後、綾小路君は溜息とともに口を開いた。

 

「はぁ……そういうことは考えられるのに、救う方法は本当に浮かんでないのか?」

「うん。非現実的なものでよければ試験官とか採点する先生を買収するって方法があるけど、そういう話じゃないんでしょ?」

「買収、ね」

「?」

「ありがとな。中々参考になったわ」

「そう? それはよかった」

 

 綾小路君は椅子から立ち上がり、そそくさと玄関まで行ってしまう。靴を履いてドアノブ握ったところで一時停止し、見送りに来た僕の方を振り返ることなく、背を向けたまま口を開いた。

 

「なあ緒祈」

「なんだい綾小路君」

「平等ってなんだと思う?」

 

 急にどうしたとツッコみたくなるがそれを何とか抑える。

 この質問はきっと今まで聞いてきた彼の言葉のどれよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「国境みたいなものだと思うよ」

「国境?」

「うん。海上の国境だとより分かりやすいかな。平等も国境も、言ってしまえば所詮は()()()()()()()()()()()だけれど、でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。社会を上手く回すために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だけどみんなが必死に維持しようとしているのに、中にはそれを侵そうとする連中や、自分に都合のいいように勝手な解釈をする人もいる」

「……なるほど。面白い意見だな」

「気に入ってもらえたようでなによりだよ」

「じゃあ、またな」

「うん。またね」

 

 ドアを開けて、彼は出て行った。

 ドアが閉まり、自動で施錠された。

 

「なんだったんだろう?」

 

 綾小路君が何を思ってあんなことを聞いてきたのかは分からない。過去に何かがあったんだろうけど、それを詮索されることを彼はきっと嫌がる。

 いつかその秘密を知ることになったとして、その時の僕と彼はどういう関係だろうか。味方なのか、敵なのか。

 

「……」

 

 来るかも分からない未来のことは一先ず置いておくか。

 僕はベッドに寝転がり、改めてどうすれば赤点組を救えるか考える。しかし――

 

「試験前日に勉強させない手なら、偽のラブレターで遠くに呼び出して放置するのもありだな。須藤君はちょっと分からないけど、池君や山内君なら簡単に引っ掛かってくれそうだ」

 

 思い付くのは潰す方法(そんなこと)ばかりだった。

 

 

 

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