どうにか実力至上主義の教室へ   作:祭灯キャロット

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024 緒祈真釣

 024

 

 

 

 幕が一つ閉じたところで、それは区切りであって終わりではない。とびっきり大きな最期の緞帳幕が下りるまで、生活は、日々は続いていく。

 

 中間テストの結果が発表された月曜日の放課後、僕は帰りのホームルームを終えて職員室に戻ろうとする茶柱(ちゃばしら)先生を呼び止めた。

 

「お聞きしたいことが二つあるのですが」

「私もお前には聞きたいことがある。付いて来い」

「はい」

 

 案内されたのは職員室の隣、生徒指導室だった。

 扉を開けて中に入ると、そこには机と椅子と掛け時計と、奥にもう一つ扉があった。

 

「あれは?」

「給湯室だ。安心しろ聞き耳を立てている者はいない」

 

 ガチャリと開けて向こう側を見せてくれた。コンロと流し台とちょっとした棚のある普通の給湯室だった。

 

「聞かれて困るような話をするんですか?」

「それはお前次第だな」

 

 先生は給湯室に近い奥側の椅子に座り、僕は出入り口に近い手前に座った。

 

「なあ緒祈(おいのり)、お前はDクラスをどう見る?」

「どう、と言われましても……それは僕がクラスメイトにどんな感情を抱いているかってことですか?」

「いや。それも気になるところだが、もっと全体の話だ。とうに気付いているだろう? Dクラスには普通の入試でなら間違いなく落ちている不出来な生徒が沢山いると」

「そうですね。おかげで4月はフラストレーション溜まりまくって大変でした。でも今はそれっぽい解が見つかったので、そこまでムカつくことも無いですよ」

「ほう。どんな解だ?」

「普通の学校って、出来る人を拾ってさらに伸ばすというスタイルですよね。でもこの学校では――Dクラスでは、類稀(たぐいまれ)な才能や素質を持っていながら()()()()()()()()()()()()()()()を集めているんじゃないかと、まあそんな感じです。伸ばすというよりは磨く、ですかね」

「……存外よく見ているのだな」

「正解ですか?」

「満点ではないが及第点だ」

 

 須藤君の退学手続きに充てられる予定だったのであろう時間を使い、先生は僕に質問を続ける。

 

「どうだ? お前から見て、そんなDクラスはAクラスにまで上がれると思うか?」

堀北(ほりきた)さんが随分とやる気のようですし、そこに綾小路(あやのこうじ)君もくっ付いていますし、まあ不可能な話ではないでしょうね」

「具体的にはどれくらいの確率だと考える?」

「他のクラスのことをよく知らないのではっきりとは言えませんが、そうですね……卒業までに(いけ)君が櫛田(くしだ)さんと付き合えるのと同じくらいの確率じゃないですか?」

「ほぼ0か」

「酷いことを仰る。池君が聞いたら泣きますよ?」

「お前だってそのつもりで言っただろうが」

「ははは。どうでしょう」

「ふふっ」

 

 おっ、先生が笑ってくれた。

 こういう不意に零れてしまったという感じの笑みは、ひょっとすると初めて見たかもしれない。いつもは馬鹿にするような笑みばっかりなんだもん。

 

「そういえばお前は池や須藤(すどう)たちに勉強を教えていたな。あれは正直意外だったぞ?」

「意外って……確かに綾小路君にお願いされなかったら絶対協力してませんでしたけどね」

「それどころかむしろ積極的に潰そうとしただろう? ()()()()()()()()()()

 

 むむむ。

 

「知ったような口を利かないでください。僕だって傷付くんですよ?」

「しらばくれても無駄だ。お前の過去は調べてある」

「過去? 僕には知られて困るような過去なんてありませんよ。綾小路君には何かあるみたいですけど」

「今のは知られて困る過去がある人間の台詞だな」

「……」

「いやはや驚いたぞ? 小中学校の9年間でクラスメイトが転校した回数31回。年度中に担任が変わった回数7回。なんとまあ……」

「それがどうかしましたか?」

 

 確かに他の人に比べると少し多いかもしれないけれど、それぞれの理由は親の都合とか、そういうありふれた事情がほとんどだ。

 

「僕が何かしたってわけじゃありませんよ?」

「そうだな。だからこそ問題なんだ」

「はい?」

「暴力でクラスメイトを転校に追い込んだとか、暴言で担任を辞職に追い詰めたとか、それならまだなんとかできた。対策ができた。矯正ができた。教育ができた。しかしお前は何もせず、本当に()()()()()()()()()だった」

「その言い方だとまるで僕が疫病神みたいですけど、例えばサッカーの腕前が認められて有名なジュニアチームに招待されたことで転校したクラスメイトもいますし、担任の先生が変わった7回のうち2回は産休で1回は寿退社です。全部が全部そうではありませんが、そういう喜ばしい話もあるんですよ」

「そうだな」

 

 僕の反駁に、茶柱先生は教室でよく見せる冷笑を返した。

 

「もう一度言おう。()()()()()()()()()()

「……何を仰りたいのかよく分かりません」

「お前は本当に驚くほど何もしない。悪意があるわけでもない。それなのにお前の周囲やお前自身には、お前がいる所為で()()()()()()。先程の転校や担任の変更は数字として分かりやすいから挙げただけだ。他にも色々あっただろう?」

「確かに色々ありましたけど、それを僕の所為(せい)だと言われましても。根拠がないですよね? 僕は何もしていないんですから」

「根拠など要らん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだろう?」

「……じゃあ、まあ、仮にそうだとして。それならさっきの『緒祈真釣(まつり)は赤点組を積極的に潰そうとする人間だ』って話はおかしいですよね? 先生の仰る通り僕は何もしていないんですから」

「私は言ったはずだぞ? お前の過去は調べてある、と」

「ですから僕は何も――」

村衣(むらぎぬ)(ひょう)

「……」

 

 閉口して目を逸らす僕。

 あまりにも分かりやす過ぎる反応。

 

「転校した31人のうち唯一お前が行動を起こして、()()()()()()転校させた相手だ。基本的に何もしないお前の、数少ない例外の事件。一昨年の話だ。まさか忘れたわけじゃないだろう?」

「……さあて、どうでしょうね」

「ここからは私の推理だ。お前は自分がそこにいるだけで良いも悪いも様々な事態を呼び起こす存在だと、小学校を卒業する時点で気付いていた。そして中学校ではそれを意識的にできないかと試行錯誤し、一年半経ってようやく成功した。村衣豹をいじめの()()()にすることで転校させた。14歳の発想ではないな」

「村衣君は僕と会う前からいじめっ子でしたよ。僕が何かしたという証拠でもあるんですか?」

「証拠など要らん。さっきも言っただろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()。それで十分だ」

「……はぁ」

 

 溜息を吐いて両手を上げる。降参のポーズだ。

 そこまではっきりと言われては、白を切るのが馬鹿らしくなってくる。

 

 ちょっと先生に聞きたいことがあっただけなのに、なんでこうなるかな。僕は質問一つスムーズにできないのか。

 

「参りました。そうですよ。僕は村衣君を転校させました」

「ああ、そうだな」

「ちなみに、どうして僕がそんなことをしたのかも推測されていますか?」

「知りたかったんじゃないのか? どうして自分の周りでだけ変わったことがよく起こるのか。自分は一体何者なのか」

「そこまでお見通しですか……」

「だが結局分からなかった、だろ?」

「そうですね。中三の頃にもクラスメイトを一人不登校にしてみたんですけど、それでもやっぱり分かりませんでした。僕の中に何があるのか、こんな僕を構成して構築しているものは一体何なのか。地球外生命体かってくらい見つかりそうで見つからない」

「だろうな。お前は自分のことしか考えていないのだから、そりゃあそうだろ」

「……どういうことですか?」

「自分の正体を知りたいなら、まずは誰かにお前のことを理解してもらえ。独りの世界に(ひた)ったところで、いつまで経っても答えは見つからないぞ」

 

 誰かに理解してもらう、か。

 

「一先ずは堀北や綾小路と仲良くしておくんだな。あの二人もまた自分自身と向き合っている最中だ。お互い良い刺激になるだろう」

「言われなくても仲良くするつもりでしたよ。ただ、先生が期待しているほど近付くつもりはありませんけど」

「ふむ。理由は?」

「先生が言った通りですよ。僕がいる所為で何かが起きてしまう。中間テストに向けた勉強会についても、実はちょっと後悔しているんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。テスト範囲の変更にもう少し早く気付けたかもしれない。過去問をもっと有効に使えたかもしれない。須藤君が40点以上取れていたかもしれない」

「……本気でそう思っているのか?」

「ええ。まあ、7割くらい」

「ふっ」

 

 嘲笑された。

 

自惚(うぬぼ)れるな。都合が悪かったことは全て自分の所為なのか? 自意識過剰も甚だしいな」

「え、さっきと言ってること180度違うんですけど」

 

 僕は存在するだけで周囲が云々(うんぬん)言っていたような……。

 

「先程のは緒祈真釣という個体についての話だ。そして今言ったのは、一人の人間としての話だ」

「……よく分かりません」

「お前の所為で何かが起きるからと言って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけの話だ」

「はあ」

「自分の責任だと素直に認められることは美徳だが、だからと言って余計な物まで背負い込むな。世界はお前を中心に回っているわけじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからもっと肩の力を抜け」

「……先生みたいなことを言いますね」

「先生だからな」

「……ありがとうございます」

 

 別にその言葉で僕の気が楽になったとか、抱えている悩みが軽くなったとか、そんなことはない。ただここまで真正面から誰かと向き合ったのは初めてだったから、少し、なんだろう、まあ、悪くない気分だった。

 

 茶柱先生との会話の中である推測がふと浮かんだので、その正否を確かめてみる。

 

「あの、ひとつ気になったんですけど、いいですか?」

「なんだ?」

「入試の結果って、僕は最初不合格でしたよね?」

「そうだな。お前を入れるとクラスが崩壊するかもしれないと、そう判断されていた」

「え……まあいいですけど。それで、偶然枠が空いたからそこに僕が入ったんでしたよね?」

「そうだな」

「繰り上がり合格に僕を選んでくれたのは、もしかして茶柱先生ですか?」

「……それは私の立場では答えられないな」

「そうですか」

 

 ということは、恐らくそうなのだろう。

 

「それについては私からも聞きたいことがあるんだが」

「なんでしょう?」

「枠が空いたのは本当に偶然か?」

「はい? いや、そこら辺の事情は先生の方がご存じでしょう? 僕は何も聞かされていませんよ」

「では聞かせてやろう。本来入学予定だったのは大犬(おおいぬ)もゆりという女子だ」

「大犬もゆり……」

「聞き覚えがあるだろう?」

「ええ。元カノです」

「……は?」

「すみません冗談です」

 

 シリアスな空気が続いていたのでここらで一つ場を和ませようかと思ったのだけれど、普通に失敗した。

 

「小学5年生か6年生のときに転校した人が、もしかするとそんな名前だったかもしれません」

「大犬もゆりの入学が無くなったのは、彼女が合格発表後に未成年でありながら飲酒していたことが確認されたからだ。いくら特殊なこの学校でも、そのような新入生を迎え入れることはできない。よって合格取り消しとなった」

「アホですね、大犬もゆり」

「しかし、飲酒くらいなら割と簡単に()()できるとは思わんか?」

「え……」

 

 そういう話ですか。

 

「もう一度聞く。責めも罰しもしないから正直に答えろ。過去にお前のクラスメイトだった大犬もゆりが、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()合格を取り消されたのは、本当に偶然か?」

()()()()()()()。僕はここ3年間、彼女の名前を思い出したことも無い」

「本当だな」

「本当です」

 

 先生の瞳が真っ直ぐ俺に向けられる。それを僕は正面から受け止める。

 そのまま息の詰まる沈黙が体感で1時間経過した頃、嘘を吐いていないことがようやく伝わった。

 

「……そうか」

「そうですよ」

「嘘であってくれれば良かったんだがな……」

「え?」

「長くなって悪かったな。次はお前の質問を聞こうか」

 

 気になる言葉を残して先生は無理矢理話を変えた。しかしその真意を追及したところで、どうせ答えてはくれないだろう。

 

 では本来の目的であった質問を……えっと、僕が聞きたいことってなんだったっけ? 確かポイント関係で……あ、思い出した。

 

「では一つ目、Aクラスに移籍する権利は何ポイントで買えますか?」

「ほう。なぜそれがポイントで買えると思った?」

「テストの点が買えるならそういうものも買えるかなって」

「……ふっ。2000万だ」

 

 先生は目を細め、口角を僅かに上げる。僕がどう反応するのか楽しみにしているようだった。しかし――

 

「あ、()()()()()()()()

 

 別に驚くほどの額ではなかった。そんな僕のあっさりとした反応に、逆に先生の方が目を見開いた。

 

「反応が薄いな。今お前が所持しているポイントの300倍だぞ?」

「ついさっき3万ちょっと飛んだので、600倍ですよ」

「随分と余裕そうじゃないか。まさか、既に算段が立っているのか?」

()()()()()

 

 先生はもう一度、大きく目を見開いた。

 そんなに驚くことかな?

 

「大枠だけですけどね。細かい所は全然考えてないですし、考え付いたとしても実行・実現できるかは怪しいところです」

「しかし諦めるような数字ではないと」

「そうですね。確率的には、卒業までに堀北さんと綾小路君がお付き合いするのと同じくらいですかね。参考までに、今まで何人がそれでAに行きました?」

「……ゼロだ」

「ありゃ」

 

 一人二人はいると思ったんだけどなあ。今僕の頭にある方法だと確かにかなりの手間と運が必要になるから難しいけれど、そっかー、ゼロかー。

 

「クラス全体でAに上がろうとは思わないのか?」

「上がれるもんなら上がりたいってレベルですかね。でもまあ一人で上がる方が簡単そうならそちらでって感じです。もちろん無理をするつもりはありませんが」

「そうか……二つ目の質問は?」

「二つ目はですね、××××××××する権利はおいくらですか?」

「……」

 

 先生が口を半開きにして固まってしまった。

 

「茶柱先生?」

「……あ、ああ、すまない。まさかそんな突飛なことを聞かれるとは思わなかったのでな」

 

 うーん、突飛かなあ?

 ポイントで何でも買えるって分かれば、誰でも一回は考えることだと思うんだけど。

 

「もうちょっと細かく言うと×××の××××くらいでいいんですけど」

「そんな質問をしてきたのはお前が初めてなのでな。学校はまだそれの値段を決めていないし、私がここで勝手に決められるようなものでもない」

「はあ、そうですか」

「だが少なくとも9桁。おそらくは10桁だろうな」

「うーん、()()()()()()()()ウン十億は厳しいですね。まあどうせやらないとは思いますけど」

「お前は……」

「?」

「いや、なんでもない」

「えー? なんですか? 気になるじゃないですか」

「なんでもない。話は終わりだ。そら、さっさと出て行け。私にも仕事がある」

 

 時計を見るともう30分近く話し込んでいた。先生自身にも目的があったとはいえ、よくこれだけの時間を()いてくれたものだ。

 

「では失礼します。ありがとうございました」

 

 こうして。

 僕が「行けたらラッキー」くらいの軽いノリと薄いやる気でAクラスを目指す日々が、前途遼遠に前途多難を重ねたような道のりを何となく予感しながら、これといった決意も宣誓もなく幕を上げた。

 

 

 

<続>

 




ここまで読んでいただきありがとうございました。

これにて一つ区切りがつきましたので、評価・感想をいただけると大変嬉しく思います。

評価バーが透明だった頃から評価・感想・お気に入りをくださった方々には格別の感謝を。大変励みになりました。

活動報告に創作こぼれ話的なものを載せるかもしれません。もしよろしければそちらも是非。
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