僕の個性はサービスマン   作:ちみっコぐらし335号

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 誤字報告ありがとうございます。初めて報告受けました。やっぱりこの機能便利ですね。

 元々は前話と合わせて一話の予定だったので難産でした(タイトル的な意味で)
 というか想定より文字数増えすぎィ!? だって無計画だもんげ!!((ざる)

※have a lofty ideal:理想が高い、の意。強調するためにf●ckin'を付けるのはさすがに自重しました()




03.妹の理想はベリーロフティ

 

 梅雨も明け、もう夏休みに入ろうかといった時分のことだ。

 

「――――――え、何だって?」

 

「ですから! 兄さんには動体視力的な物が足りないと思うんです!」

 

 家族が揃った食卓で大声を上げたのは、我が親愛なる妹の召慈衣(めじえ)だった。

 僕の難聴系主人公にありがちな反応に、頭に血が上っている感がある。

 

 とはいえ、あまりにも話題が唐突だったのだ。

 聞き返すぐらいのことは許してほしい。

 

 …………まあ、もしかしなくともあの(・・)話題な気がするが。

 

「姉さんが兄さんの特訓をしているのは知っています。ですが、聞けば身体作りのトレーニングばかりではありませんか!」

 

 ああ、うん、やっぱりヒーロー(それ)関係ね。

 

 箸でご飯を摘みながら、僕は嘆息した。

 

 (召慈衣)はヒーローに憧れるばかりか、どうもヒーロー科を志望しているようなのだ。

 つまり、本当にヒーローになろうとしている。

 

 まあ、召慈衣の『個性』は僕の『個性(サービス)』よりもよっぽど有能で、比較的(・・・)一般受けもしそうなのでそこはいい。

 あとは本人の努力次第だ。…………主に勉強方面の。

 

 今回、問題があるとすればそれは――――

 

『なんだ、何が言いたい』

 

 ――――絵利覚(えりざ)との主張の違いである。

 

 召慈衣はヒーローに対する憧憬と情熱の強い、言うなればロマンチストタイプだ。

 理想を熱く語り、それを実現せんと邁進する理想主義者。

 

 対して絵利覚は物欲にまみれ、穿った物の見方をする、どちらかと言えばリアリストタイプだ。

 ヒーローだ名誉職だと言おうが「結局物事は金」と切り捨ててしまう。

 綺麗事なんてフィクションだけ、と理想を鼻で笑う現実主義者。「世界はこんなにも汚いのさ」と最も汚泥の多い場所で叫ぶのが彼女である。

 

 まあ、とどのつまり『お金にガメツいひねくれ者』ということなのだが…………。

 

「姉さんの特訓だけでは兄さんはヒーローになれない、と言っているんです!」

 

『なんだと』

 

 いや、僕としてはヒーローになれなくても全く問題ないんですが。

 当然そんな風に口を挟める訳もなく。

 

 予想通り、すぐに二人は喧嘩腰になった。

 

『ヒーローは結局のところ歩合(ぶあい)制。最後にはどれだけ動けるかで決まる』

 

「なっ――――姉さんはまたお金の話ですか!」

 

 声を荒げた召慈衣。

 その憤慨たるや白い布が真っ赤になるほどだ。

 

 …………召慈衣の()って、父や兄姉(僕ら)と違って身体の一部でも何でもないはずなんだけど、何故赤く染まってるんだろうか。不思議だ。

 

英雄(ヒーロー)とは本来、人々からの賞賛の言葉! だというのに、最近は『やれ人気商売だ、金儲けだ』なんだという(やから)が多すぎます!」

 

 召慈衣はテーブルを叩きながら、そう声高々に叫んだ。

 

 何やら原作のどこかで聞いたような台詞である。

 こう…………具体的にはヒーローがバッタバッタと斬り殺される辺りのお話で。

 

 僕はそっと目を逸らした。

 

 絵利覚と召慈衣。

 普段の姉妹仲は決して悪くないのだが、ことヒーローの話題に関してだけはお互いに相容れないのである。

 

 下手に介入すると被害を(こうむ)るのはこちらの方なので、こういう時は気配を押し殺して台風(言い争い)が過ぎ去るのを待つに限る。

 

「如何にして迅速に(ヴィラン)などの万難を排し、人々を救うか。ヒーローの役目はこの二点に集約されます! そのためには周囲の状況を的確に見極める()が必要なのです!」

 

 そこまで言い切ると召慈衣は僕に視線を向けた。

 

 あ、ここで僕に話が戻ってきちゃうんですね。わかりたくありません。

 

 どうやら僕は撤退するタイミングを逃していたようだ。

 尤も、撤退しようとしても無事完遂できていたかどうかは(はなは)だ疑問だが…………。

 

「微力ながら、私が兄さんの()を養う手伝いをします」

 

 召慈衣はどこか得意気に胸を張っている。「ワクワク」といったオノマトペが聞こえてきそうだ。

 

 僕は全く同調出来ないけどな。厄介事の気配しかないし。

 

 一方で、絵利覚()は見るからに不機嫌そうになった。

 

『コイツはわたしが鍛えてるんだぞ』

 

 姉は召慈衣に向かって、思いっきりガンを飛ばしている。

 

 まあ本人的には面白くないだろう。

 このままだと、修行にかこつけて玩具(オモチャ)にしているであろう僕を召慈衣に取られることになるんだし。

 

 僕としては姉の暴力から一刻も早く解放されたいところだが…………この場合だと亡命先も危険地帯(デンジャラスゾーン)の可能性ががが。

 

『第一、お前にそんな時間はないだろう』

 

「そんなことはありません! もうすぐ夏休みです、時間はタップリあります!」

 

 ――――おおう、夏休みめ。余計なトラブルを招きおってからに。

 僕は思わず天を仰いだ。

 

 確かに、あと二日もすれば夏休みだ。

 

 当たり前の話だが、僕と召慈衣は同一学区なので、同じ公立中学校に通っている。

 そのため夏休みに入るタイミングも全く同じだ。

 

 どちらかが私立中学にでも通っていれば、あるいは多少前後していたのかもしれないが。

 

 …………いや、それぐらいで逃れることはできないか。

 せいぜい開始日が数日ズレるくらいが関の山だろう。

 

 二人はお互いに視線をぶつけ合い、バチバチと火花を飛び散らせている。

 特に姉など鬼が裸足で逃げ出しそうな形相だ。

 

 怖い怖い、二人共怖いって!

 

 僕は漏れ出そうな悲鳴を押し止めながら、会話に加わっていない両親の方を見やった。

 

 一緒に食事していた柩太郎(父親)はとっくに食器を片付けていたし、ドラ子(母親)は姉妹を見てあらあら微笑んでいるだけだ。

 助けは期待できそうにない。

 

 基本的にこの二人は放任主義だから…………ダメだこりゃ。

 いや、これもまあ予想の範囲内か。

 

「私が兄さんを特訓します!」

 

『いや、わたしだ』

 

 二人の諍いはヒートアップしたまま、(とど)まるところを知らない。

 

 このままだと殴り合いに発展するまである。というか、姉さんはかなり短気だから可能性は高い。

 

 そんなことになったら家の中がメチャクチャになるぞ!?

 

 誰かこの子供()の取り合いを止める名奉行はいないのか!?

 

 そんな時だ。

 

「うーん、少し聞いていたのだけれど」

 

 不意に、デッドヒートに割り込む暢気(のんき)な声が響いた。母、ドラ子だ。

 ――――って、マジでか!? あの母さんが、か!?

 

 意外すぎる割り込み相手に姉妹二人も目を丸くしている。

 先ほどまでの喧騒はどこへやら、リビングに静寂が訪れていた。

 

 これはチャンスだ。

 水を差されたようで、二人とも勢いが削がれている。

 

 今ならばさして労せずして間に介入できるだろう。…………いや、その前に母さんか。

 

 母さんが何をしたいのかは不明だが、あの二人よりも突飛なことを言い出したりはしないだろう。

 果たして、この状況の救世主(メシア)となるか――――?

 

二人とも(・・・・)やってしまえばいいんじゃないかしら?」

 

 ………………………………ホワッツ?

 

 ほら、名案でしょ? と言わんばかりの母の顔を横目に、僕は顎が外れそうになっていた。

 

 つ、つ、つ、つまり。それは、つまりは――――――!?

 

『む!?』

 

「そ、それは!」

 

 姉妹は二人揃って雷にでも打たれたように固まっている。

 

 しかし、絶望に打ち(ひし)がれている様子はなく、むしろその目には強い輝きがあった。

 

 …………ああ、気づいたな! やっぱり気づくよな! フ●ック!!

 

「だって二人とも、奉仕郎の手伝い(・・・)をしたいんでしょう? だったら二人ともやっちゃえばいいじゃない」

 

「で、ですが…………」

 

『二人で一緒に仲良しこよし、なんてムリだし……』

 

「何言ってるの? 一緒(・・)にやる必要なんてないわ」

 

 そこまで言って、母は指を立てた――――――いや、母さんの手には指なんてないが、立てるような仕草をした。

 

「一日は二十四時間あるのよ。だから、二人で十二時間ずつ分けて奉仕郎を手伝えばいいの」

 

「――――それです!!」

 

『それだ!』

 

 いやいや! 「それだ!」じゃないよ!?

 二人して何で十二時間ずつ丸々やる気になってんの!?

 

 確かに一日は二十四時間だけど、僕が起きて活動できる時間はそんなに長くないんだぞ!?

 

 そんな大前提すら置き去りに、話はとんとん拍子で進んでいく。

 

「では午前中は私が兄さんを連れて――――」

 

『いや、毎回同じだとヤツもダレてくるハズ。たまに順番を入れかえよう』

 

 さっきまで喧嘩していたはずなのに、姉妹の打ち合わせは実にスムーズだった。

 

 こういう時こそ盛大にバトってくれればいいのに!

 そして共倒れにでもなってくれれば言うことはないのに!

 

 今回の件の功労者(戦犯)に視線をやった。

 

 母のいつもと変わらぬマイペースな笑みが、今だけはすこぶる腹立たしい。

 余計な入れ知恵をしやがって…………!

 

 母さんの意図した通り、確かに姉妹仲は雨降って地固まったよ。

 僕の方は大洪水だけどな!

 

 …………嗚呼(ああ)、学校生活よカムバック。

 

 先生、夏期休暇のクーリングオフはどうすればできますか?

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――――さあ! 夏休みですよ兄さん!」

 

「ああ、うん、ソウダネ」

 

 ついに来てしまった夏休み。

 

 大多数の学生にとって待望の長期休暇だが、僕にとっては地獄の始まりを告げる合図に他ならない。

 見る人が見れば僕の顔は真っ青だろう。

 

 だがしかし、僕の絶望感は召慈衣()には伝わっていないらしい。

 妹のテンションはまさにアゲアゲといった様子。兄妹間のこの落差である。

 …………あらゆる状況が当人置いてきぼりって酷くない?

 

 あれから、僕の人権やら学業やらを盾に、『一日二十四時間を三等分する』という話まで何とか持っていくことができた。

 つまり、僕は一日あたり八時間を確保したのだ。

 これは直近の僕史上、最大の戦果といっても過言ではないと思う。

 

 …………まあ、僕の時間(取り分)の大半は睡眠時間に消えるんですがね。

 普通起きてる時間から三等分するだろ常考。

 

 現状、余暇を捻出しようとすると、睡眠時間を削るしかない。

 勉強時間を増やそうとしても同じく、だ。

 

 明らかにブラックすぎるだろ…………!

 

「では! 早速行きましょう!」

 

「行く――――って、どこにさ?」

 

 朝食、身支度まで終えて、朝六時半に家の外で集合。

 僕が昨日の内に聞かされていたのはこれだけだ。

 

 どうせ僕の望まざる修行だろうからと動きやすい服装にはしたものの、詳しいことは何もわからない。

 今日やる内容は(おろ)か、今からどこに行くのかすら不明だ。

 

 一応、姉さんの自称トレーニングより酷いことにはならないと思うけれども………………世の中には『絶対』なんてことはないし。

 今までの経験上、召慈衣もやる時は盛大にやっちゃうし。

 

 玄関から外に飛び出してきた召慈衣が背負っている、登山家(クライマー)背嚢(バックパック)と見紛うばかりのデカいリュックサックに、今現在の僕は不安を掻き立てられまくっているのだが。

 一体何をどれだけ詰め込んだらそんなパンパンになるんですかね、召慈衣さんや。

 

 …………兎にも角にも、目的地ぐらいは聞いておきたい。

 

 不安を払拭できるなんて思っちゃいないけど、特定の持ち物がないと致命的、なんて事態だけは避けたいし。

 

 召慈衣の返答はこうだった。

 

「『個性』を合法的に使える場所です!」

 

 ――――うん。それ、答えとしては不十分だよね。

 違法性がないと判明した分まだマシだが、それがどこなのかさっぱりなんだよね。

 

 しかし召慈衣は「これ以上は着いてからのお楽しみです」と思いの外(かたく)なだ。

 口を割りそうにない。

 

 僕は全然楽しみじゃないんだけど、その辺考慮してくれない?

 無理か、ですよね。

 

 …………せめて、雪山や海中などの極限環境下でないことを祈っておこう。

 

 

 

 

 

「ここです!」

 

 召慈衣の案内で着いた場所。

 そこは鬱蒼(うっそう)とした森林を抜けた奥の、採石場のような空間だった。

 

 採石場、といっても本物ではないだろう。

 岩肌が露出している面積は狭いし、この辺りに採石場があったなんて話は聞かないし。

 だから、あくまでも『採石場()の場所』と呼ぶのが相応しい。

 

 とはいえ、なかなかのスペースだ。

 

 何をする――――いや、させられるにしても、これだけの広さがあればできないことの方が少ないと思わせるほどに。

 

 間違っても一介の中学生が用意できるものではない。

 

 一体全体、どうやってこんなところを確保したのだろう。

 

 僕の疑問を知ってか知らずか、召慈衣はふふんと鼻を鳴らした。

 

「『個性』を使いたいと言ったら姉さんが教えてくれたのです! 知り合いでうってつけの場所を持ってる奴がいるとか何とかで――――」

 

 どうも話を聞くに、姉さんの知り合いの私有地らしい。『個性』使用可の私有地の持ち主と姉さんがオハナシ(・・・・)したところ、快く提供してくれたんだとか。

 …………肉体的言語(OHANASHI)じゃないといいけど。

 

 何でも、持ち主は昔の特撮ヒーローに憧れて、森の一部を採石場風(このような形)に作り替えたのだという。

 まあ確かに、こういう採石場っぽい場所で戦ってるイメージあるよね。

 

 で、その人は時々煙幕(スモーク)やら発破やらを用いた『大人のごっこ遊び』をしている、と。

 

 …………すごいな姉さん。

 相変わらず姉さんの交友関係はぶっ飛んでいて意味不明だ。

 

「――――さて兄さん、食事の時に私が言ってたことを覚えてますか?」

 

 随分と漠然とした質問が来た。

 

 多分、今回の元凶(きっかけ)となったあの時のことだろうけど。

 

「目が大切とか言ってた奴か?」

 

「はい、その通りです!」

 

 召慈衣は満足そうに頷いた。

 

「姉さんは拝金主義者で、尚且(なおか)つあのヒーロー観はいただけないですが、基礎体力が大事だというのは確かに真理。ですので、そちらは姉さんにお任せするとして」

 

 説明しながらリュックサックを下ろした召慈衣。

 そのままゴソゴソと中を(いじ)くっている。

 

 そして出てくるわ出てくるわレジ袋の山。

 本当に何を持ってきたのやら。

 

「いいですか? ヒーローは瞬時に、かつ的確に状況を見定め、即座に最適な行動に移せなければいけないのです! 例えば、出現したヴィランの標的は何か、地震の時倒壊しそうな建造物はないか、どこから避難誘導すべきか、搬送を最優先すべき怪我人は誰か、などです!」

 

 召慈衣は片手の指を一つ一つ折り曲げながら、ハキハキと喋っている。

 

 もう片方の手で未だにリュックの中を弄っているが、話しながら僕の方を見ているため、探し物は(はかど)っていないらしい。

 …………全部見つけてから説明すればいいのになぁ。

 

「そのために必要なのは『目の良さ』! 正確な『認識力』! そして、咄嗟の『判断力』! なので、私がこれから行う特訓は――――――――あっ、ありました」

 

 そして彼女が引っ張り出したのは、太陽光を受けて鈍く輝く金属バットだった。

 

 随分と使い込まれた一品だ。

 アトランダムに広がる、擦れたようなダメージ加工(戦闘痕)が歴史を感じさせる。

 所々に赤錆色の水玉(血痕のような)模様が付いているのがチャームポイントだろう。

 

 む、昔姉さんが大暴れした時に使ってた得物(ヤツ)にそっくりダナー…………。

 

「これから私は兄さんに向けて、とにかく物を飛ばしていきます。兄さんは飛んでくる物を見極めて、有効打とならないよう適切な対処をしてください」

 

 近くに飛来物が来たら、普通は避けるか叩き落とすかの二択だけど…………ああ、そういうことか。

 段々と読めてきたぞ。

 

 多分、種類によって対処方法を変えろ、ということでも言いたいのだろう。

 それでいつだったかの「動体視力が云々」の話に繋がる訳か。

 

 状況やら危険やらの把握能力の諸々をひっくるめて、言いやすい単語で表現していたんだろう。

 

「基本的には私の『個性』で空き缶を飛ばしますが、中には中身(・・)がまだ入ったものもあります。当たると痛いですので気を付けてください。そして『大当たり』は――――」

 

 ――――中身がまだ入ってる…………って、まさか未開封品を使おうとしているのか?

 そんな、訓練なんかで食べ物を粗末にしたらいけないだろうに。

 

 そんなことを考えていた矢先、召慈衣が取り出したのは何重ものポリ袋に覆われた大きな缶詰らしきものだった。

 

 見慣れた缶詰よりも一回りも二回りもデカい。

 そして、平面部分が弧を描くように膨らんでいた。

 

 具体性は何一つないが、猛烈に嫌な予感がする――――!

 

「こちらのシュールストレミング(・・・・・・・・・・)缶です!」

 

「なん……だと…………ッ!?」

 

 そのあまりの恐ろしさに僕は硬直した。

 

 ――――シュールストレミング缶。

 

 それは、日本では知る人ぞ知るネタ食品。『酸っぱい(sur)バルト海産のニシン(strömming)』の名が示す通り、魚を原料にした北欧の発酵食品である。

 

 発酵食品なら世界中に腐るほど種類がある。

 が、コイツは他の発酵食品とは比べ物にならないほどの危険度を誇る兵器(・・)だ。

 

 コイツのヤバさの原因は『世界で一番臭い』とまで言われる臭気と、缶詰でありながら殺菌処理がされていない点にある。

 

 まず、その臭いの強さは納豆のおよそ十八倍。

 魚を使った臭い食べ物という意味での同族、日本の発酵食品・くさやと比較しても臭さはなんと六倍以上。それもくさやが最も臭う焼きたて(タイミング)と比べてである。

 

 あまりの強烈な臭気には「室内で開けてはいけない」と注意喚起がなされるほど。

 もしその臭いを表現してくれと言われれば、「鼻がひん曲がる」や「腐った生ゴミの臭い」などなど、およそ食べ物と結びつかないであろう形容詞ばかりが立ち並ぶこと請け合いだ。

 

 そして、殺菌されていないことによって、そのヤバさは更に加速する。

 

 そもそも発酵とは菌によって引き起こされる現象だ。例えば大豆は納豆菌がうまく働くことで発酵し、納豆になる。

 当然、シュールストレミングも腐敗防止目的の塩と細菌とが作用した結果生まれたものだ。

 

 しかし、殺菌されていないということは細菌が元気な状態で残っているということであり、密閉された缶詰状態でも発酵し続けていることを示す。

 

 で、発酵が続くということは、それに伴うガスも発生し続けるということであって…………。

 

 シュールストレミング缶は缶詰でありながら、ラグビーボールのような楕円形(・・・)に膨らむことが多々あるのだ。

 …………ちょうど、召慈衣が持ってきた物のように。

 

 その状態で衝撃を与えれば高確率で爆発。

 撒き散る汁が衣服に付着すれば、その異臭は決して取れない。

 

 まさに食べられる『最()兵器』。

 それがシュールストレミング缶なのである。

 

 …………ちなみに、だ。「食べられる」と言っても『可食』であるだけで、決して美味ではない。

 そのままでは塩辛過ぎるとのことで、本場では牛乳や酒で臭みを多少洗い落とした上で、パンなどと共に食す…………らしい。

 

「えーっと………………召慈衣、さん?」

 

「? 何ですか、兄さん?」

 

 こてっと小首を傾げる召慈衣。

 同時に「質問があれば答えますよ?」と続けた。

 

 …………うん、じゃあ遠慮なくさせてもらおう。

 

「その、シュールストレミング缶なんだけどさ」

 

「はい」

 

「もちろん、その袋に入れたまま使うんだよね?」

 

「何を言っているんですか? 兄さん」

 

 やや呆れたようなニュアンスを含んだ召慈衣の声に、僕は己の敗北を悟った。

 

「もちろん、袋から出して使うに決まってるじゃないですか」

 

「………………そっかー」

 

 例の汁が衣類に付いたら臭いは取れないと先程言ったが、それは布地全般に言えることだ。

 

 そして僕の身体を覆っている白い物体の正体は、『布の性質を持った皮』である。

 まあ、髪の毛のように少しずつ伸びて生え替わっている以外は、ほぼほぼただの布だが。

 

 つまり、だ。

 

 もしも僕がシュールストレミング缶に被弾してしまうと、洗っても取れない吐き気を催すような異臭を(少なくとも数ヶ月間は)身体中から放つことになるわけで。

 

 結論、真面目にやらなければ社会的に死ぬ。

 確実に鼻つまみ者(物理)になる。

 

 僕が青ざめていると、召慈衣は少々ムッとしたような表情を浮かべた。

 

「もう、今からそんな腑抜けていてどうするんですか? シュールストレミング缶(大当たり)は一つしかないとはいえ、しゃんとやってもらわないと――――」

 

「あ、一個だけなんだ」

 

「はい。私の身銭を切ったとはいえ、元から雀の涙程度しか残っていなかったので………………まさかあれほど高いとは」

 

 こんなことならお年玉をもう少し残しておくべきでした。

 そんなことを呟く召慈衣。頭の上の耳モドキもへにゃりと(しお)れて見える。

 

 ブツが一つしかないのは朗報――――いや、不幸中の幸いだ。

 あんなのを自分に向けて飛ばされる時点で、状況は最悪に近いけどさ。

 

 というかやっぱり高価なのね、シュールストレミング缶。

 

 この世界の科学技術は前世よりも進んでる様子だが、さすがにあの劇物(・・)を空輸できるほど豪胆ではなかったらしい。

 となると船舶でえっちらおっちら運送してきて、()つ一年あたりの輸入数が決まっていたはずだから………………多分、一つでも五、六千円はしたんだろうなぁ。

 

 何もそんなところで金をかけなくてもいいのに。

 完全に余計なお世話だ。

 

「…………この反省は次に生かすとしましょう!」

 

 召慈衣は反省モードから早々に回帰した様子。

 へたれていた耳モドキも元通り、元気にピコピコと動いている。

 

 ――――ああ、うん。その反省は、僕に被害が及ばないところでなら存分に生かしていいよ。頼むから本当に。

 

「では、大体の説明ができたところで始めていきましょう!」

 

 早速か…………!

 このままだらだら説明が続けば――――なんて都合が良すぎたか。

 

 眼前には縛り口が緩められた大量のレジ袋。

 訓練の()に使う用だろう。

 中には無数の空き缶が入っていた。

 

 先程の言葉を信じるならば、中身入り(当たり)も複数紛れ込んでいるのだろうが………………普通の状態であっても、あの量では全く判別がつかない。

 

 それを運んできた当人はというと、金属バットを片手で持ち、先端を地面に向けていた。

 

 個性を使うと言っていたのでバットを振り回すわけではないと思っていたが、予想通り個性の補助用具として準備していたようだ。

 

「時間はとりあえず一時間! それでは――――――行きますッ!」

 

 召慈衣はバットで地面をコンと叩いた。

 

 目標地点のマーキング――――――彼女の『個性』発動の合図だ。

 

 周囲の缶がゆらりと浮き上がる。

 

 二、三メートルほどの高さに達すると、見た目のぼやけた(・・・・)物体群が一直線にカッ飛んできた。

 

「だぁぁぁぁぁああッ! こ、のッ!!」

 

 間一髪、正中線に向かってきた缶であろう何か(・・)を回避。

 

 続く第二波、第三波も身体を(よじ)ることでやり過ごした。

 

 ――――は、反応できた? 反応できたぞ!?

 動きが見えただけでなく、不思議と身体も動いていた。

 

 ものすっごく、大変誠に遺憾なのだが、これも絵利覚式強制訓練(トレーニング)のおかげ、なのか…………?

 

 召慈衣は、外した()の個性を解いているようだ。

 

 地面に点々と穿たれた跡。

 その奥にめり込む缶がハッキリと視認できる。

 

 折り返し、缶を再利用してくることも覚悟していたが、この分だと残弾の回復は考慮しなくても良さそうだ。

 

「まだまだです!!」

 

 地面をノックする鈍い音が連続して響く。

 

 缶の輪郭が淡く宙に解け、ふわりと上昇。

 一拍置いて、こちらに吶喊してきた。

 

 ――――多い!

 

「さっきより数増えてないか!?」

 

 その場でじっとしていても被弾するだけなので、とにかく走り出す。

 

 命中コースの物は避け、それでいて安全なエリアを見つけなければならない。

 

 何度も回避先で流れ弾に当たりそうになりつつも、森の中の広い空間を疾走し続けた。

 

()けぇいッ!!」

 

 途中、僕は周りを確認するために足を僅かに止めた。

 

 そこを狙うようにして召慈衣の『弾丸』が殺到。

 

 気付き、すぐさま回避行動に移ったがどうしても一つだけ避けられない…………!

 

「――――ええい! ままよ!」

 

 見様見真似の偽裏拳。

 咄嗟に突き出した手の甲には衝撃が走る。

 

 一帯には乾いた高音が弾けていった。

 

 軌道は逸れ、カランコロンと何かが地面を転がっていく。

 

 音から察するに、今のは空き缶だったようだ。

 それでも痛い。かなり痛い。当たった部分がヒリヒリする。

 

 これが中身入りであれば、重量と内部密度の分だけ威力は上回る。

 失敗すれば打ち身か、打撲か。

 

 何にせよ、突貫生兵法なんか通用するまい。

 物理で軌道を変えるのは最終手段だ。

 

 …………え、大当たり(シュールストレミング)? んなもん当たった時点で大爆死だよ!!

 もしも見つけられたならば回避一択!!

 

「ふふふ…………それでこそ兄さんです! 私もギアを上げていきましょう!!」

 

 僕の苦し紛れの攻防は召慈衣的には十分『アリ』だったらしい。

 更にテンションが上がっている。

 今までのはウォーミングアップだとでも言わんばかりだ。

 

 召慈衣は張り切って個性を発動した。

 

 すると、(おびただ)しい数の(もや)がかかったような物体が――――ああ、もう! 取り繕うのは止めだ!

 

 つまり、モザイク処理(・・・・・・)された群れが雨霰と降ってくる――――!

 

「本っ当、わっかんないなぁ! クソっ!」

 

 ――――召慈衣には個性が複数存在する。

 

 一つが『召衣生成』。

 彼女が普段身に纏っている白い布を作り出す個性だ。

 

 袋皮(うち)の家系の身体的特徴が変異・発現したと思われ、作り出す個数等の制限は特にないらしい。

 

 作る際にはカロリーか何かを消費している。…………が、そこまで大量に布を出したところは見たことがないので、この個性で疲弊した状態は未確認だ。

 そのため、あくまでも本人の申告と同系統個性の特徴からの推測になる。

 …………体内の何某(なにがし)かを変換しているのは間違いないだろうが。

 

 そして、彼女がこの訓練で用いている個性。

 それが『不可視付与』と『誘導射撃』だ。

 

 缶の外見が不明瞭になっているのが『不可視付与』、缶を射出しているのが『誘導射撃』によるもの。

 

 不可視なんて格好良く言ってはいるが、要は『何にでもモザイクをかけられる個性』である。

 もしくは『自主規制ができる個性』か。

 

 袋皮(うち)の家系に代々発現しているのが不可視系の個性であり、父もこの系統の個性を持っているし、僕の個性にも混ざっている。

 

 認識の阻害か何かをしているようだが、詳しい仕組みは明らかでない。

 …………これはまあ、ただ単に調べた人がいないだけとも言えるな、うん。

 

 あと残念ながらどんなに頑張っても透明にはならない。

 どう考えても透明系個性の下位互換なんだが…………。

 

 一方、誘導射撃の仕組みは大まかにならわかっている。

 

 まず、手から電気信号のようなものを発し、目標地点を設定。

 次に、飛ばしたい物体を浮遊させる。

 最後に、設定したポイントまで物を誘導、乃至(ないし)引きつける形で移動させる。

 

 絶縁体や生き物はうまく扱えないが、それ以外に動かせる物の制限はないようだ。

 大きさや重さの限界はあるかもしれないが、それは鍛えれば改善できる項目だと思われる。

 

 個人的にはかなりの良個性だと思う。

 攻撃は勿論のこと、瓦礫の撤去作業なんかも可能だろうし。

 点と点を結ぶ一方通行の直線移動しかできないという課題はあるが、そこさえ何とかすればいくらでも応用が効く個性だ。

 

 現状でもこの通り、僕はひいこら(・・・・)してるし。

 人に向ける個性(もの)じゃないよ、これ。

 

 僕の個性とは大違いだな。どうしてこうなった。

 ガチャか。母の腹の中で重課金でもしたのか、妹よ。

 

 さて、召慈衣の誘導射撃だが、親戚一同を洗い出しても似た個性は見つけられなかった。

 故に、家系の中で前例がない、個性の『突然変異(ミュータント)』だと周りは結論付けた。

 

 だが僕は、母のイマイチ目立たない電気系個性『静電気』が驚異の発展進化を遂げたのではないか、と睨んでいる。

 

 召慈衣の個性は、手から電気信号的な物を出していたり、絶縁体が上手に扱えなかったりと電気的な特徴を兼ね備えているからだ。

 母の個性範囲は主に手の周辺だったので、範囲も一致しているし。

 

 尤も、本当に電気単体(電磁石)で物を動かしているなら、電磁誘導やらで物体は相当の熱量を持つ。

 あと精密機器や磁気カードなどはイかれる。

 

 だが、召慈衣の個性にその様子はない。

 そのため、念動力(サイコキネシス)系も大いに混ざっていると思われる。

 やっぱり突然変異要素高いな!

 

 なお、『不可視付与』も『誘導射撃』も命名したのは僕である。

 この二つ、元々は一つの個性として登録されていたが、あまりにも名前が…………その…………微妙というか、うん。あんまりな感じだったので、僕が命名し直したのだ。

 

 …………家族はみんな疑問符を浮かべてたけど。

 我が家のセンスェ。

 

「うおおおおおおおおぉぉぉ!?」

 

 避ける。避ける。とにかく避ける。

 

 時にジャンプし、時に転がってでも回避する。

 

 ただのモザイクと侮ること無かれ。

 本当に何が出てくるかわからないのだ。

 

 闇鍋、びっくり箱、何でもいい。

 そういった内容物が不明な『何か(アンノウン)』がかなりの速度で飛来してくる。

 

 意外と恐ろしいんだぞ、これは。

 

 牛乳を拭いた雑巾だとか、一日中履いていた靴下だとか、物騒なところだと包丁や爆弾なんかがこっそり投入されていても気づけないのだ。

 どれも似たようなモザイクにしか見えないからな。

 

 何が出てくるかわからない。

 この状況には相当の心理的負担(ストレス)が掛かる。

 つまり、召慈衣の攻撃は精神的にかなり『クる』のだ。

 

 ぶっちゃけ、僕はもう疲れた…………!

 

 ――――まだ時間にはならないのか!?

 

 チラリと攻撃側(めじえ)の方を窺うと、バットを握ったまま身をもぞもぞと蠢かせている。

 

 あ、これはもしや…………?

 

「――――ああ、もう! 煩わしい! 邪魔です!」

 

 叫ぶや否や、召慈衣は被っていた白い布をガバッと脱ぎ捨てた。

 

 そして、露わになる召慈衣の真の姿。

 

 濃い小麦色の肌に、意思の強そうな表情を浮かべている顔。

 青みがかった髪は長く、腰ほどはあろうか。

 頭部には見慣れた一対の房。耳か触角のごとく動き、元気にその存在を主張している。

 

 どうせ見られぬからと気を抜いたのやら。

 服装は無地のタンクトップにパーカー、ジーンズと『没個性』だが、それで不思議と決まっているのだからズルいものだ。

 

 まあ、どこからどう見ても私服な某女ファラオ(ニト●リス)なんですがね。

 どうしてこう、うちの家族は揃いも揃って…………。

 

 それにしても、随分と久々に召慈衣の素顔を見た気がする。

 

 恥ずかしいだのと理由付けて、普段は全くと言っていいほど見せてくれないのだ。

 …………メジェド様カバーしている方がよっぽど恥ずかしいと思うけど。 

 

 そんな、ある意味レアな召慈衣の姿。

 それが現れる時は、決まって個性の使用直後だ。

 

 母親の個性(静電気)が超絶進化を遂げ、受け継がれた弊害か。

 召慈衣の個性(シュート)には、とある『デメリット』が存在する。

 

 それは『撃てば撃つほど肌が敏感になる』というもの。

 どうも電気信号が漏れ伝わっているらしく、肌が刺激され、触感周りがエラーを起こすようだ。

 

 他にも若干脳波が乱れたりするらしいが、症状としてはほんの軽いもの。

 

 僕のなんか………………いや、皆まで言うまい。あれを思い出すぐらいなら、自分の首を掻き切る方が百倍マシである。

 だから触れてくれるなよ、OK?

 

 それにしても、個性の影響でやや気分がハイになっているとはいえ、実に豪快な脱衣芸(キャストオフ)

 マントが翻っているみたいで、ちょっとカッコいいと思ってしまったじゃないか。

 

 召慈衣はフーッと一息ついている。

 

 多分、個性使用中もむず痒かったんだろうな。

 あとは構造的に熱も籠もっていただろうし。

 

 わかる、わかるぞ。蒸れるとツラいよな、うん。

 僕は脱げないけれども。ズルいぞ召慈衣。

 

 彼女は、集中力を乱していたと思われる原因を取り払った。

 本当に、本気を出すのだろう。

 

 僕は唾を飲み込んだ。

 

 召慈衣が地面を叩く。

 

 缶だと思われる物が浮遊。

 

 空中で静止したモザイクには多数の(ハエ)(たか)っていた。

 うっすらと羽音も聞こえる。

 

 ……………………うん?

 

 見間違いかと思い数度瞬きしたが、見える景色は変わらない。

 

 つまり目の前には変わらず、空飛ぶモザイクとそれに集う蠅たち。

 そして、どこからか漂う腐臭に似た不快な臭い。

 

 ――――これただの汚物じゃないかッ!!

 

 …………ではなくて。

 

「召慈衣。それ、大当たりだよな」

 

「………………………………………………………………」

 

「だからさ、それがシュールスト――――」

 

「では! 参ります!」

 

「いや、だからさあ!!」

 

 もはや態度で白状しているようなものである。

 

 つまり、あの三百六十度汚物感百パーセント(どう見たってウ●コの仲間)さえ乗り切れば――――!

 

「いざ、我が必殺の『不可視誘導(モザイクシュート)』ッ!!」

 

「それ旧名ーっ!?」

 

 何故わざわざ変えた名前を持ち出すのか。

 

 疑問を呈したいが、まずは差し迫る危機だ。

 

 ガチ感たっぷりのモザイクを、全力で地面に飛び込み回避した。

 

 よし、これで一安心。

 

 思わず口角が上がる。

 あの臭気爆弾(シュールストレミング)さえなければ怖いものはあるまい。

 

 まだトレーニングは終わっていないが、僕は己の勝利条件の達成を確認していた。

 

 それは、決して油断なんかではなかった。

 確信、だったのだ。

 

 そのままモザイクが地面に衝突する――――――――その時、今日飽きるほど聞かされた地面のノック音(・・・・・・・)を耳に捉えた。

 

「…………………………………………え?」

 

 ピタリ、と。

 それ(・・)は地面から十センチほどの高さで停止していた。

 

 何匹かの蠅が、そのモザイクに吸い寄せられるように飛んでいく。

 

「おいおい…………!」

 

 最臭兵器は健在だった。

 

 ウッソダロ、オイ。

 

 心臓が狂ったように早鐘を打つ中、召慈衣の得意げな顔が横目に映った。

 

「ふふっ、どうですか兄さん?」

 

「…………………………ウン。スゴイト思ウヨ?」

 

 前は不可能だった個性の途中停止ができるようになったとか、すごい進歩だよね。

 そこは凄いと思うよ、純粋に。

 

 でもさ! 何もシュールストレミング缶で成功させなくてもさ!! いいじゃないか!!

 タイミングを考えてくれ!! タイミングを!!

 

「さあ、残り三十分! まだまだ全力で行きますよ!!」

 

 うげっ!? まだ半分もあるのか!?

 

「てぇい! 必っ殺! 『モッシュート』!!」

 

「ちょ、そんなボッシュートみたいな略し方ー!?」

 

 

 

 

 

 当初の予定時間を迎えたことを確認してから、僕は膝をついた。

 

 …………濃い、あまりにも濃すぎる一時間だった。

 

 その後、(くだん)の缶に直撃こそしなかったものの、うまく距離を取れなかったことと召慈衣のコントロール失敗とが重なり、アレ(・・)は地面に激突。

 見事、破裂と相成った。

 

 その際、避けきれずに腐汁が僕の『布』の裾にかかってしまったのだ。

 不覚…………!

 

 幸いにも、召慈衣が用意していたハサミがあったため、該当部位をザクザクと切り落として何とか事なきを得た。

 

 雑な仕上がりだが、社会的死の危機は乗り越えたと言っていい。綱渡り感が強かったけどな。

 ハサミ氏、グッジョブ。

 

 僕は精神的死闘を繰り広げた舞台を見渡した。

 

 デコボコになった地面に点在する空き缶。

 

 そして、えもいわれぬ臭いを振りまき、蠅を魅了し続けている物体X。

 またの名を、シュールストレミング。

 

 散乱した可食爆弾の中身(シュールストレミング)を、そのまま放置しておくのは拙かろう。

 この土地は自分たちの所有物ではないのだから。

 

 同じ考えに至った僕らは、鼻を摘まみながら頷き合った。

 

 ――――臭い物には蓋をするに限る。

 

 用意周到なことに、召慈衣は小さなシャベルを持ってきていた。

 …………こういう事態も想定していたのだろうか?

 

 二人で協力して二十センチ程度の深さまで穴を掘り、身と汁がグチャグチャに溶け合った『ブツ』をかき集め、埋葬した。

 来世はもっと食べやすくて美味しい物になるんだぞー。見た目も臭いも味もなー。

 

 気分的にも臭気的にももっと地中深く封印してやりたいが、あまり穴が深すぎても残ってしまう(・・・・・・)可能性が高い。

 

 微生物が多く存在するのは地表からおよそ三十センチまでのため、それより下だと埋めても分解されにくいのである。

 全くされないわけではないが…………やはり夏場なので、微生物(彼ら)にさっさと処分してもらおう。

 

 …………缶の部分(ガワ)はさすがに埋められないので、何重にも重ねたレジ袋に突っ込んだ上で、中に土を詰め込んだ。

 ゴミの分別を考えると気が重いが、あの強烈な臭いを撒き散らしている方が問題である。

 

「これで、もう………………いいだろ…………」

 

 ようやっと、生物(ナマモノ)兵器の後処理も終わった。

 

 太陽も高く昇ってきており、徐々に気温も上がってきている。

 

 僕は土だらけの手で額を布越しに拭った。

 汚れとかもう知ったことか。どうせもう泥だらけなんだ。今更(いと)ったところでどうにもなるまい。

 

 訓練が行われた場所を改めて検分する。

 

 目立った残留物などもなく、臭みもだいぶ薄れてきたようだ。

 地面の部分は穴ぼこだらけで元通りとはいかないが、これ以上のことを今やるのはキツい。

 というか、岩石が破壊されていないのは奇跡だな。

 

 被害が出ていない近くの草むらにゴロンと寝転んだ。

 

 木陰だからだろうか。そよ風も気持ちいい。

 

 心身共に疲れたが、今回特に酷使したのは間違いなく足だ。

 鉛を流し込んだかのように重い。

 

 これをしっかりケアしなければ、待っているのはドギツい筋肉痛。

 

 ただでさえ毎日が艱難辛苦の連続なのだ。

 乗り切るためにも、ストレッチやマッサージは欠かせない。

 

 あと、湿布も忘れずに貼っておこう。

 湿布は友達(使い捨て)。

 

「疲れ、ました…………」

 

 カサリと草を揺らす音がした。

 

 息を切らせて、僕の隣に横たわったのは召慈衣だ。

 

 ほぼ一時間、個性を使い通しだったのだ。それは疲れるだろう。

 

 個性疲れに運動量の差は関係ない。

 

 個性の反動は千差万別だが、緻密(ちみつ)な制御を求めれば求めるほど脳を使うのは共通だろう。

 

「それにしても……………………ふふふっ」

 

「召慈衣?」

 

「あ、いえ、さすがは兄さんだなと思いまして…………」

 

 笑ってしまったのが恥ずかしいのか、それともばつが悪いのか。召慈衣はふいとそっぽを向いた。

 素顔を晒したままで、だ。ある意味、貴重な光景である。

 

 前々から感じ取っていたが、彼女の僕に対する評価がやけに高いのは何故だ?

 

 良くも悪くも僕は前世からの一般人(モブキャラ)気質なので、ここまで尊敬される覚えがないのだが…………。

 

「こうして夏場に二人で外にいると、あの時のことを思い出します」

 

「あの時…………?」

 

 ――――何かあったっけ?

 

 これまた覚えがない話題だ。

 僕は首を捻った。

 

 幼少期はあれやこれやと絶望したり、姉さんに振り回されたりといった記憶ばかり。

 召慈衣が成長してからもずっとその調子だった。

 

 もしや、僕が忘れた『何か(エピソード)』にその原因があるのか…………?

 

 召慈衣は寝返りを打つように身体の向きを変えた。

 僕らの視線が交差する。

 

「覚えてませんか? 小さい頃、夏に二人だけで外出して犬に襲われた時のこと」

 

「犬?」

 

 野犬、か?

 そんな『事件』があったなら印象に残っているはずだけど…………。

 

「はい、それはそれは恐ろしい犬でした…………。白くて二本足で立っていて、大きな触角のような物があって」

 

「……………………………………んん?」

 

 何だ…………この引っかかる感じは…………!?

 

「前足に太い棒か何かを持っていて、形容し難い唸り声を上げながら迫ってきたのです。『クエーッ!』やら『ノラーッ!』やら………………私はもうダメだと思いました」

 

 召慈衣は身体をブルッと震わせた。

 

「――――その時です! 兄さんが私の前に立ち、『個性』で犬を追い払ったのです! 犬は『デンガクゥ……』などとおかしな声で鳴き(わめ)きながら、どこかに逃げ去っていきました」

 

「あっ――――――――――――ああぁぁっ!?」

 

 思い、出したっ…………!

 一つだけ、思い当たる節がある。

 

 ある夏の日のこと。

 

 妹とおつかいに行った途中、ボーボボの田楽マン(イロモノキャラ)としか思えない『何か』と遭遇したことがあった。

 

 妹が怖がっているのにソイツは『田楽を喰え』としつこかったので、僕は思わず『個性(サービス)』を使ったのだ。

 

 内容があまりにもバカバカしかったので、猛暑や鬱状態が見せた幻覚の(たぐい)だと言い聞かせ、忘却していたのだが…………。

 

 まさかアレ、本当に見たまんまだったのか!?

 僕だけに見えた幻じゃなかったの!?

 

「あの時、兄さんは誰よりも輝いてました!」

 

 そりゃ個性(サービス)で物理的に光ってたしな!

 

「その姿を見て、私は誓ったのです! 兄さんのように、困っている人を助けられるヒーローになりたい、と!」

 

 ただの露出狂(ヘンタイ)個性なだけなのに、そんな高尚な決意に結びつけないでくれ!

 

 というか、召慈衣からの尊敬の正体(根源)はこれかよ!?

 

 知らない方が良かった真実に打ちのめされていると、召慈衣は頬をパチパチと叩いた。

 気合いでも注入しているようである。

 

 そして、フンスと鼻息を荒げながら立ち上がった。

 手にはお馴染み、金属バット。

 

 ま、まさか………………いや、嘘だろ…………?

 

「――――さあ、兄さん! お昼まではまだ時間があります。休憩も取ったのでもう少し続き(・・)をやりましょうか!」

 

 第二ラウンドもあるんかい――――!?

 

 

 





 主人公の修行なんだか家族の掘り下げなんだかよくわからないエピソードはこれにて終了。
 ただの主人公の背景だったはずなのに、何で家族(コイツら)がこんなに出張ってきてるの?(困惑)

 次こそは雄英高校受験の話になる…………はず。

 ん、田楽マン? ああ、あいつは良いヤツだったよ……。
 動物だったのか、はたまたそれっぽい見た目の人間だったのかは、神(失笑)のみぞ知る。


袋皮(ふくろがわ)召慈衣(めじえ)
■ 個性:召衣生成・不可視付与・誘導射撃
 召衣生成は身に纏っている白い布を作り出す個性。メジェド様的な顔が描かれているが、何故か表情が変化する。数に制限はないが、作る度に若干のカロリーを消費しているらしい。作り続けると疲れてくるぞ!
 不可視付与は一定範囲内の物体に不可視化を掛ける個性。不可視化されるとその物体を視認できなくなる…………が、「何かがある」ことはわかるので、全体的にモザイクや謎の黒い太線が入ったような状態になるぞ! 物の種類は隠せるが、存在の有無は隠せない個性だ!
 誘導射撃は物体を誘導し射出する個性。手から電気信号のようなものを発し目標点をマーキング、その後目標に向けて物体を高速移動させる。生き物が飛ばせない他、絶縁体はうまく扱えない。デメリットは使いすぎると肌が敏感になってしまうこと。使えば使うほどくすぐったくなってきて、被っている白い布が邪魔になるぞ!

※不可視付与と誘導射撃は元々一つの個性として登録されていたが、奉仕郎により別々に命名し直された。「『不可視誘導』と書いて『モザイクシュート』という命名はさすがにヒドすぎると思うんだ」とは奉仕郎談。
 なお、本人はそこまで気にしていない模様。

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