織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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息抜きという名の逃げ。
他にも書いてるくせになにしとんねんというお話で。
よろしければ御暇潰しの種にでも。


誰が為の献身

 

 

 

 

 

 夕刻。

 放課後の帰路。

 逢魔ヶ刻などとよくぞ言ったもの。

 

「っっ!!」

「足を押さえろ」

「早くしろ。見られると面倒だ――――」

 

 行き会うたその“魔”は、幸いにして己を害するものではなかったがしかし、不幸にも見過ごすには目に余る所業であった。

 今、少年が大型のワゴン車に引き込まれようとしている。己と同じ黒い学生服は間違いなく同窓のそれ。なにより、ほんの僅かに覗いた顔は見間違えよう筈もない。ほんの小一時間前、教室で別れたばかりなのだ。同じ学び舎、同じ学級において勉学を共にする“織斑一夏”少年その人だった。

 級友が誘拐(かどわか)されようとしている。

 己の眼球から浸透した映像を脳が咀嚼、理解するまでに半秒と掛からなかった。その思考に反して未だ現実を受け入れぬ鈍間な精神など置き捨てて、我が肉体は既に行動を起こしている。

 疾走する。

 前傾姿勢。空気抵抗の削減というより、こちらの発見を一瞬でも遅らせたかった。

 表通りから一本裏に入った路地、雑居ビルと空き家に挟まれたその死角にワゴンは停車していた。

 こちらからは車体の右後方側面が見えている。ならば。

 

「あ?」

 

 運転席側のパワーウィンドウ、その向こう側に座る運転手の男の口がおそらくはそのような音を発した。

 スモークの張られたそれに拳を突き入れる。強化ガラスを粉砕し、中で居座る男諸共に殴打した。そのまま襟首を掴み上げ、車外へ投げる。

 代わりの運転手が来る前に、片を付けねばならない。

 

「!?」

「――! 始末しろ! 許可は下りている」

 

 耳のインカムを押さえた男が指示するや、ワゴンから三人飛び出してくる。服装は雑多で統一性を感じない。街中で擦れ違ったとして何の印象も残らない風貌。つまりはそれを企図した変装か。

 男の一人が右手に何かを握っている。柄と鍔がある全長四十センチメートルほどの黒い棒。一見して警棒のようだが、先端に二本金属の()が出ている。スタンガンの一種であろう。鈍器としても格別不足はない。

 男は一気にこちらへ踏み込み、スタンロッドを突き刺してくる。

 その手首を掴み、引き寄せ、勢い頭突きを見舞う。

 軽くはない衝撃に男が身を仰け反る。掴んだ手首を捻り、スタンロッドを男の腹に突き刺す。バチッ、嫌に鋭い音と化学繊維の焼ける臭い。

 顔を顰める間を惜しみ、男の身体を蹴り上げた。

 その後ろから向かってきたもう一人に意識を失ったスタンガン男の身柄を返却する。

 

「うおっ」

「そちらも」

 

 背後から忍び寄っていた男に、振り向き様上段の蹴りを入れる。軸足を基点に上体の回転力が乗った足甲が対手の米神に過たず収まった。

 再度、前方に転身。返却した荷物を押し退け、再度男がこちらに襲い掛かってくる。手には、ナイフ。

 刺すのではなく、斬り付けてくる。

 顔や腕を狙ったかと思えば、下方から掬い上げるように脇腹を刺しに掛かる。短刀、ナイフ術特有の動き。

 

 恐ろしい。

 

 今更にそのような感慨を抱く。殺人の為の技術、彼らのその如何にも手馴れた様に我が身は戦慄する。

 突きつけられた刃先を避け、ナイフを持つ腕を捕えた。脇に抱え込み、腕で梃子を使って男の肘を逆しまにへし折った。

 

「ぎっっ――――」

 

 苦悶が絶叫に変わる前に、男を電柱に叩き付ける。

 車にはもう一人、おそらくはこの場における指揮者が居る。

 この三十秒ほどの間、彼が車による逃走を試みなかったのは幸運であった。あるいは、部下達への信頼が彼の判断を鈍らせたのか。

 

「お前は、いったい」

「その少年の身柄、御返しいただく」

「ぐおっ!?」

 

 当身をくれ、昏倒した男を車外へ引き下ろした。車中へ踏み入るとそこにはやはり。

 

「一夏さん」

「んん!」

 

 猿轡を解くや、少年は大きくを息を吸い込んで叫んだ。

 

「ジン! お前、なんで」

「話は後ほど。今はこの場を離れるべきでしょう」

 

 少年の手首を縛っているのは結束バンドのようだ。手近に転がっていたナイフを失敬し、拘束を解く。

 そこらに転がる男達を跳び越え、走る。今は時間が惜しかった。

 

「ははっ! 相変わらずすげぇな、ジン」

「一夏さん、どうかお急ぎを。おそらく追手はまだ」

「え」

 

 無邪気なことを(のたま)う少年に構ってやれるだけの(いとま)が圧倒的に不足している。

 急ぎ走り出した己に、少年は随った。級友一同が認めるほどの鈍感さを持つ彼ではあるが、その能力は恋愛面にのみ適用されるもの。

 現在我々が瀕する危機を彼は把握してくれたようだ。

 

「まだ来るのかよ……!」

「自分の不手際です。通信している指揮者を先に無力化すべきでした」

「ジンの所為じゃねぇよ。けどどこに逃げるか」

 

 闇雲に逃げても、徒走では稼げる距離も高が知れている。あちらが車両を用いるならば侵入できない小路に逃げ込むという手もあるが……。

 

「……千冬姉の試合」

 

 ぽつりと少年の口から零れた名。織斑千冬。彼、織斑一夏の姉君。そして現社会情勢においてその名は只ならぬ意味と意義を持つ。

 IS<インフィニット・ストラトス>と呼ばわるオーバーテクノロジー、その最初の――最強の担い手こそが彼女だ。

 現在彼女は、IS競技世界大会、第二回モンド・グロッソに出場しており、近日その優勝決定戦が行われようとしている。

 その晴れの舞台に立つ姉君を応援する為、今日この少年もまた日本を発つ予定だった。

 

「やっぱり、俺を誘拐する理由って言ったら」

「おそらくは、あの方に対する脅迫が目的かと」

「っ!」

 

 声ならぬ呻きを少年は噛み締めた。それはきっと無力感と呼び習わされているもの。

 

「一夏さん」

「……」

「今は、御身が無事にここを切り抜けることが先決です」

「……ああ」

「貴方の姉君の為にも」

「うん、ありがとな。ジン」

 

 そのようなことは彼自身十分に理解しているだろう。故に己の言葉は余計な節介でしかない。

 感謝など過分である。

 不意に少年がポケットをまさぐり携帯端末を取り出した。

 

「くっそ、こんな街中で圏外ってなんだよ!?」

「妨害電波、というものでしょうか」

「ただの誘拐犯がこの念の入れ様……異常だよな」

「はい、明らかに」

「警察に直接駆け込むしかねぇか」

「人混みに乗じましょう。衆人環視の中では敵方も無茶はできぬ筈」

「了解!」

 

 裏通りから表通りへ。閑静な住宅街を抜ければ駅近くの商店街に出る。

 道中の異様な静けさにはすぐに気付いた。人払いが為されている。いよいよ以てただの誘拐犯の手腕ではない。

 

「この公園突っ切ろう。向こうに確か交番があった!」

「はっ」

 

 そこは、幼少の頃よく訪れた公園である。そういえばいつからか、ブランコや回転遊具の類が無くなっていた。時勢か、時代そのものの移り変わりにノスタルジーなど抱いている場合ではないが。

 そう、そんな暇はない。

 眼前に佇む一つの影が、明らかに我々の行く手を阻んでいた。

 灰色のスーツに身を包んだ女。僅かにウェーブしたライトブラウンの長髪。目鼻立ちは整っており、吊りがちの目が女をよりキャリアウーマン然とさせていた。

 

「こんばんは。はじめまして、織斑一夏くん」

「! 誰だ、あんた」

 

 少年の誰何に、その女はにっこりと笑みを湛えた。それだけだ。問いに対する応えはなく、またその意志もない。

 あれは嘲笑だ。猜疑と不安を滲ませる少年を嘲り楽しんでいる。

 

「大人しく付いてきてくれない? 面倒は嫌いなの」

「誰が!」

「あのカス共がガキの柄浚う程度のこともできねぇぐらいのゴミ、だなんて思わなかったの。その尻拭いにわざわざ出てこさせられた私の苛立ち、分かるでしょ? だからお願い」

 

 一瞬、女の顔が歪んだ。貼り付けたような笑顔の中に、黒い棘のような悪意が表出した。

 もとより隠す心算も無かったのだろう。仮面の笑みで細められていた目、その奥から覗く瞳が全てを物語っている。彼の女の本性。これから為される暴挙を。

 無造作に女が前進する。そうしてこちらに近付きながら、女は自身の後ろ腰に手を伸ばし――――

 

「シッ」

「あ?」

 

 腕が動いた時点で、こちらもまた前進、否、跳躍(・・)していた。

 接近し、腰に回されていた腕を捕える。手には、黒光りする鉄器が握られていた。

 先ほどの無頼達が携行武器を手に手に襲い掛かってきたことから、この女もまた所持していて然るべきであろう。

 拳銃。

 有り難くもないことに、予想は的中した。より悪い方向へ。

 手首を捻り、外側へ返す。まずはこの、危険過ぎるものを手放させなければならない。

 

「っ」

 

 舌打ちと共に、女は捕られた手を引き寄せ体勢を大きく変える。逆にこちらの腕を捕えて、肘を打ち出してきたのだ。

 それを、女の横合いを跳び抜けるように躱す。しかして、掴んだ手はそのまま。

 両手で無理矢理に手繰り寄せた手を膝で打ち上げた。軽い音を立てながら銃が地面に転がる。

 武装解除。

 胸中で安堵など零れたろうか。それを隙と呼ばず何という。

 間髪入れず、女の左掌底が己の顔面を捉えた。

 

「――」

「糞ガキィ!!」

 

 汚泥のような怨嗟が耳を打つ。

 腹に衝撃。視線をやや下げるとそこには足刀が刺さっていた。

 呼気と、それ以外の流出を口内に自覚する。歯噛みして、それを体内へ押し戻す。

 今にも散り乱れんとする呼吸を御する。気管と心臓何れかに相応の過負荷を自覚した。

 右脚を地面に打ち込み、後ろに流れた身体を止める。女は、当然とばかり追い討ちに来た。

 

「死ね」

「それは」

「できない相談だ!!」

 

 女の横合いから少年が飛び出した。手にはスタンロッドが握られている。

 上段からの打ち下ろし。

 

糞が(Fuck)!」

「外した!?」

 

 獣染みた挙動で女は一夏少年の打ち込みを回避した。

 再び距離が空く。一足飛びの間合だが、女は制止した。

 己の呼吸は既に回復している。そして隣では少年がロッドを正眼に取り構えた。

 なるほど、攻めあぐねたか。

 

「手癖が、あまり」

「緊急事態だから」

「なるほど」

 

 いつの間に拝借したのか。少年共々薄く笑う。

 少年のその強かさが今は有り難い。

 そんな己と少年との長閑なやりとりが、対手には大層気に食わぬらしい。遠目にも分かるほど米神に青筋が浮かんでいる。だというのに、口元には笑み。怒りが過ぎれば人は笑うのだ。

 

「ケッ、ククカカ。ガキの分際で、頑張るじゃねぇかよ。あぁ? クハハハ……」

「なら、頑張ったご褒美に俺達のこと見逃してくれないっすかね?」

「銃砲等不法所持についてはどうか自首なさることをお勧めします」

「そいつは……できない相談だ(・・・・・・・)なぁ!!」

 

 女の、哄笑混じりの叫びが夕空へ木霊した、その瞬間。光が女の身体を包み込んだ。

 

「!?」

「なんだ!?」

 

 土煙を竜巻のように巻上げなら、その内部でなおも光は増幅する。時間にして一秒半。たったそれだけで、あらゆるものが一変した。

 舞い上がった土砂が晴れ、直径二メートルほどが十センチばかり刳り貫かれたその中心にそれは佇んでいた。

 巨体。近頃180半ばに届こうかという己の不必要な体格を悠然と見下ろすほどの。

 赤黒いスキンスーツに身を包む女性的な肢体、そこから八方へ伸びた長大な脚。脚だ。蜘蛛の多脚。尖端には何れも砲門。

 黄と黒のストライプに彩られた、見るだに生理的嫌悪と危機感を齎す丸い腹――円球形のスラスター。

 紅いヘルメットに設えられた無数のセンサーは複眼を模したものだろう。

 金属で組み上げられた女郎蜘蛛が、生体とは対極の機械工学の粋が、インフィニット・ストラトスが眼前に立った。

 

「うそ、だろ」

「一夏さん」

「なんで、こんなところに」

「一夏さん!」

 

 呆然と、現実の咀嚼に失敗した少年はうわ言を続ける。

 そんな彼を抱えて跳ぶ。そうして我々が地面に倒れこむより先に、背後で空間が消し飛んだ(・・・・・・・・)

 右肩から地面を削って止まる。急ぎ振り返ると、女郎蜘蛛はその場から一歩たりと動いてはいなかった。

 ただその巨大な手を無造作に振ったのだろう。

 それだけで地面は削れ地盤は捲れ上がっていた。

 

「ハハ、逃げるなよ。殺し難いだろうが」

 

 IS。今やその存在は全世界が認知するところとなった。とある一人の天才によって造り生み落とされた超常の技術。

 そのISの最大の特徴がこれだ。いや、己は今正に、それを思い知ったと言える。

 超能。装着者にこの世ならざる力を齎す。その金剛力は人間を羽虫以下に擂り潰して余りある。

 触れられれば五体が消し飛ぶ。そんな事実を暢気に再確認した。鈍間な精神が功を奏するとは、皮肉なこと。

 

「“織斑一夏”くんは安心しとけ。お前は殺さず持ち帰れとのお達しだからよ。いや、本当は諸共バラバラにしてやりてぇんだが、そっちの木偶の坊だけで我慢してやるさ」

「……っざっけんな」

 

 身震いを堪えるような声で、少年は唸った。

 そんな彼の前に出る。庇い立つ。

 

「おいっ、ジン?」

「あちらの心算は言葉通りかと。この儀、この場においてはこれが最上」

「何、言ってんだよ、お前」

 

 逃げられない。敵は、世界最強の高機動兵装。ジェット戦闘機と駆け比べなどしたところで意味はない。

 ならば、付け入る隙は一つ。装着する“人間”の性情を利用する。

 

「ククク、いいねぇ。友情ってやつだ? ぷっ、ククハハハハハ!」

「走ってください。急いで。振り返らず」

「待てよ。意味わかんねぇ。なんでだよ。なんでそんな」

「ハハハハハハハハハ!!」

 

 堪え切れぬとばかり女は高々と嗤った。

 委細構わぬ。少年の肩を押し出し、噛んで含めるように繰り返す。

 

「走ってください」

「できる訳ねぇだろ! お前一人置いてなんて!」

「一夏さん、どうか」

「ダメだ!」

「なげぇ」

 

 視線は対手に固定していた。しかし、瞬きすら許さなかった我が眼は敵を見失う。

 それでも身体は稼動した。それだけが幸い。

 強く、少年を背後へと押しやる。

 再び、赤黒い敵影が視界を掠めた。反射的に左腕を構え――――

 

「はんっ」

「――――」

 

 女は鼻を鳴らして、巨大な爪の先で左腕(それ)を千切り取った。

 茜の空に一筋、血の紅が奔る。くるくると回り、周囲を汚しながら、己の一部だったものが地面に落ちる。

 失くした上腕から血が滂沱していく。徐々に喪失されていく生命が、溜まりとなって己の周りに池を作った。

 

「ジ、ン」

 

 知らず、膝を付いていた。生暖かな液体を学生ズボンが吸い上げ、純粋な黒を穢れた黒に変えていく。

 

「ジン……?」

 

 ノイズのような激痛が体内で暴れ回っては千切り取られた腕に収束する。

 

「――――――――ぅ、うぉぉぉおあああぁぁあああああああ!!」

 

 痛覚に支配された脳が、そのフィルター越しに外部情報を受信した。音声。絶叫。誰の、声だったか。

 忘れるものか。忘れはしない。これから先も。最期であっても。

 そう、これから。彼には未来があるのだから。

 

「ジン!! ジンッッ! くっそ! 糞!! クソぉ!!」

 

 少年の激昂を背中に聞く。それはひどく、痛ましかった。

 

「一夏」

「っ! ジン……!」

「走れ」

「――――」

 

 己の声は、彼に届いたろうか。混濁し始めた意識、失われ始めた感覚の中にあっては、そればかりが不安だ。

 永遠にも似た一秒間の後……遠ざかる足音に安堵する。

 

「あーらら。友情ごっこは終わり? 見捨てられちゃったねぇボクぅ」

「……」

 

 眼前に佇む化生は、侮蔑という哀れみをこちらに寄越した。

 その視線が不意に明後日の方を向く。見ればそこには、己の左腕が落ちている。

 女はゆったりとした足取りでそちらに歩を進めた。そうして腕を拾い上げ、再びこちらに近寄ってくる。

 ずいと、己の節くれ立った腕を差し出される。受け取ろうと残りの手を伸ばした。

 ぐちゃり、水風船と軽石を潰すより、おそらくは容易に、左腕は圧潰(あっかい)された。

 

「ごめーん。ちょっとだけ力が入り過ぎちゃった。残念だったねー。急いで繋げばまだ動かせたかもしれないのにー」

「……お気に、なさらず」

「そ、なら気にしないわ。クッフフフフ……!」

 

 手甲に付いた肉塊を女は払った。そして興味は失せたとばかり、己の横をすり抜ける。また獲物を追う為に。

 そうはいかぬ。

 今のやりとりだけで一分ほども稼いだろうか。まだ今少し、欲張りたい。幸い、死ぬにはまだ僅かな暇がある。

 膝を伸ばし、足を立ち上げ、身を起こす。その一挙動で、血液の流出が一段増す。

 痛みが遠ざかり、その分だけ死が一歩近付いてくる。

 

「御婦人」

「あ?」

 

 スタンロッド、少年の置き土産を手に、言葉を投げた。

 女は振り返る。死に損ないの半死人が今更何を。好奇心か気紛れか、どちらでもいい。こちらに気を向けてくれさえすれば。

 

「なんだ、楽にして欲しいなら――」

 

 女の言葉を聞き流し、一歩踏み込む。ロッドの尖端を、女目掛けて突き込む。

 当然とばかり、それは金属の爪によって容易く払われた。

 凄まじい力。うっかり走行する車に当てられたかのような衝撃に身体が跳ね返る。

 なんと、なんと、なんとも好都合なことに!

 回転する。反時計回り。身体を主軸にロッドを持つ腕が遠心回転する。

 失われた腕一本分の軽量化により、予想外の速度を伴って。

 再び、スタンロッドの尖端が女の顔面へ突き刺さった。

 

「キヒッ」

「……」

 

 ――セラミックが砕け、内部の金属部品が四散する。接触と同時にロッドは粉砕した。

 

「満足したかなぁ? いやぁお前ら(オス)共の無駄な足掻きってのはいつ見ても」

 

 べちゃり、女の声が途切れる。水よりも粘り、夕日より紅いその液体。

 今なお己が垂れ流す血、手に掬い取ったそれをISのヘルメットに擦り付けた。我ながら随分と綺麗な手形が付いた。

 そんな愚昧な思考に苦笑する。

 

「これは、失敬――――」

 

 巨大な爪が己を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中にいる。

 音もなく、また肉体の実在すら疑わしい。

 これが死なのだろうか。

 ひどく、穏やかだ。

 

『――――』

 

 ノイズが走る。ノイズとしか表現のしようのないもの。何らかの情報。感覚受容器官が脳へ伝達しようとする信号。しかし、己にはもはやそれを正しく認識するだけの()が残っていない。

 

『――――』

 

 受容できない。

 しかし、ならば。

 発信を試みる。

 死を目前に、どころか傍らに寄り添いながら、なお往生際も悪く賢しい思考を続けるこの魂。

 そこに残った使命を果たす為に。

 

 

 ――織斑一夏を助けて欲しい

 

 

 それが届いたかどうか、その結果を己が知るのは暫らく後のことになる。

 

 

 

 

 

 

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