織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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14話 IS起動実験

 

 

 

 

 ――どこへもいかないで

 

 どうすれば傍に居てくれるだろう。

 

 ――いっしょじゃなきゃいやだ

 

 離れるなんて考えられない。

 

 ――ずっとずっと

 

 これから先も、未来も、永遠に。

 その方法を探そうと思う。

 彼が、自分と姉の元にいてくれるには。

 

「脚、切ればいいのかな」

 

 思い出すのは幸福だった日々。病室のベッドで安らかに眠る彼の世話を焼く事は、一抹の寂しさはあっても無上の喜びだった。

 自分の所為で彼が失ってしまった左腕を思うと、全身の皮膚を掻き毟るような罪悪感が襲う。けれど――けれど同時に、自分の為に彼がその代償を許容したのだと思うと、胸を焼くような多幸感に目眩がする。

 あの頃に戻れるなら。

 腕の中に彼を閉じ込めておけるなら。

 看護に必要な薬品・器具・機材等の用意、医療的知識と技術の習得。一月もあればそれらを準備することは十分可能だ。

 

「ダメ、だよな」

 

 ジンが辛い思いをするなら意味はない。自分の欲深さは分かってる。

 オレが欲しいのは彼自身と、彼の声と、彼の笑顔と――彼の心だから。

 

「他の誰もいない場所」

 

 同じように、然るべき場所に然るべき道具で閉じ込めるのもダメだ。ジンの意志を封じ込めたその段階で、オレの欲しいそれはもう手に入らないということ。

 ひどく閉じた場所が欲しかった。けれどそれらを実現するのは難しいらしい。現代社会では特に。

 発想を変えよう。

 ジンを一つの場所に留めて置けないのなら、オレがジンの傍を離れないようにする。ジンの向かう場所、ジンが住まう場所、全部に。

 無理だ。

 

「ISがある」

 

 IS。それが最大のファクター。オレとジンを別つ理由。共に居させないもの。今の社会構造の中心に間違いなく据えられているテクノロジー。

 そうしてこの思考の迷路はいつも一つの終着点に至る。

 ISの使えない自分は、ジンと一緒になれない。

 ISが使えない自分から、ジンは離れていってしまう。

 ISさえ無ければ……自分にISさえ使えれば。

 ISさえ。

 ISさえ。

 

「……」

 

 端末を手に取る。リダイヤルでコールしたのは唯一の肉親。

 気の進まないことをしようとしている。けれど、もう自分の心持ちの好悪などどうでもいいことだ。

 

「……もしもし。ごめん、仕事中に……うん……あの、さ……頼みたいことが、あるんだ」

 

 模索し得るあらゆる手段の内の、これもその一つ。

 

「ISの適性検査を受けさせて欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮設試験場として用意されたのは海に面した野球場だった。

 測定機器か記録機材なのだろう。雑多に持ち込まれたそれらから無数のコードが河川のように四方八方へ伸びている。

 日も落ちて久しいとあって照明塔が点灯している。中でもスタジアムの中心に据えられたソレは、一際強くスポットを当てられていた。

 ISである。

 その姿を端的に表現するなら、兜を持たぬ武者鎧といったところ。装着者のいない現在それは待機状態にあるが、肩部から上腕を護る装甲兼スラスターである大袖と腰部に回す草摺を畳まれ、両腕部・脚部装甲もまたきちんと揃えられ、それはいよいよ甲冑の展示物である。

 実物を見るのはこれが初めてとなる。自己の体内に植えられたものを別とするなら、だが。

 

「日野仁くん、ですね?」

「は」

 

 名を呼ばれ、そちらへ振り返る。

 想定よりも低い位置にその女性の頭部はあった。深緑のショートヘア、赤いフレームの眼鏡が目を引き、その奥にある面差しの身形に合わぬ幼さに驚く。(さなが)らタイトスカートタイプのスーツを着込む少女である。奇妙なギャップだった。

 己の不遜に過ぎる内心を知る由もなく、対する女性は愛くるしい柔和な笑顔を見せる。

 

「はじめまして、IS学園で教員を務めています。山田真耶です」

「これは御丁寧に。改めまして日野仁と申します」

「その、今日は私、監修というか現場サポートで試験に参加するので、えっと……な、何か分からないことがあったらなんでも聞いてくださいね!」

「御配慮痛み入ります。本日はどうぞ、よろしくお願い致します」

「あっ、いえいえこちらこそ! ……ぅ、う~ん、なんだかどっちが年上だか分からなくなっちゃいます……」

 

 全くである。

 外見的な意味合いはもとより、内実に至っては彼女の感想は正鵠を深々と射貫いている。

 

「うぅ、私ホントに昔からこんなので……学校の生徒達にも年下扱いされちゃうし……」

「それは、また」

 

 一人どんよりと気落ちする少女、もとい山田女史。存外に根深い思い悩みであるようだ。

 

「生徒の方々からの信頼と親愛、その証ではないでしょうか」

「は、はい。勿論それは解っているんです。とても嬉しく思うんですけど、やっぱり、一人の大人としてきちんと生徒を指導できているか不安があって……」

 

 はにかみ、そして気負いの綯い交ぜになった表情を浮かべ、彼女は僅かに目を伏せる。

 思いの外に率直な悩みの吐露だった。世間話からの盛大な転がりっぷりに驚く。そしてそれに対して面を食らうのは些かならず無礼千万というもの。

 次は慎重に口内で言葉を選んだ。

 

「……己の浅薄な見立てでも、貴女は立派に勤めを果たされているように思えます。今もこのように、被験者のメンタルケアを自然に行おうとしている」

「メ、メンタルケアだなんてそんな! ただ、私が同じ立場だったら、きっと一人で不安だろうなって」

「なるほど。ならば一層、貴女は教職者として素晴らしい素質をお持ちだ」

「そう、でしょうか……えへへ、ありがとうございます」

 

 途端、恥ずかしげに顔を朱に染める。彼女が生徒から親しみ愛される理由がよく分かる。

 

「容姿は持って生まれるもの。(よそお)うも努力次第といはいえ、分相応を知ってこそでありましょう」

「あはは、私もよく子供が背伸びしてるみたいって言われます」

「外見の印象と身形との落差は往々にして付き纏うものかと。しかしそういったものを含めて見ても、貴女はとても魅力的な女性です」

「ふぇ?」

 

 ぽかんとこちらを見上げて山田女史が停止する。数秒待ってみても再稼動する気配はない。

 不用意なことを口にした。なるほど、女性の容姿云々への言及は間違いなくセクシャルハラスメントに抵触する案件であろう。

 

「失礼。御気分を害されたのなら謝罪致します。どうか今の発言はお忘れいただければ幸いです」

「――――へ? い、いえ、そんな、そんなことないですよっ。ただ、おと、いえ突然でびっくりしちゃって! あははははは」

 

 手をぶんぶんと振って彼女はぎこちなく笑った。しかしそうしている内に、首筋から顔まで全面が綺麗に赤く染まっていく。

 快不快の別はさて置くとして、要らぬ動揺を彼女に与えてしまった。

 

「…………えへへっ」

 

 

 

 

 ふと、球場の入り口に目を向ける。慌しく出入りするスタッフを尻目に、千冬嬢は携帯端末で通話の最中にあった。

 注視を意識した為か、意図せずハイパーセンサーによる視覚強化が施された。彼女の姿形、微細な表情の変化、果ては瞳孔の散大・縮小すら見て取れる。

 悪趣味な。

 視線を逸らせ、瞑目する。しかし、その直前に垣間見たものをどうしてか己の脳は反芻した。

 

「?」

 

 彼女の微笑、相も変わらぬ美しいその笑みの中に――何かを感じた。

 

「えと、その、ひ、日野くん……?」

「は」

「……あ、織斑せんぱ……じゃないや、織斑先生はまだお電話中ですね」

「そのようで」

「ふふ、やっぱり親しい人が近くに居る方が緊張しませんよね」

「恥ずかしながら、そういった嫌いを否めません。何分にもこのような機会に廻り合うのは初めてのことで」

「ホントにそうですよ。私も初めてです。男の人のIS起動実験なんて」

 

 千冬嬢からIS学園進学の報を受けてより早半月後の今日、己は学園主導のIS起動実験に参加している。

 いや、ある意味において、これは紛れもなく己の入学試験と言えよう。この実験でISを起動できなければ、学園側は日野仁という人間を取り込む意義を半ば失う。

 自己の在るかも疑わしい価値など想像を廻らせるだけ惨めだが、体内を席巻しているモノによって間違いなく付加価値は生まれた。それを活かすも殺すもまた、己次第。

 

「すまない。待たせた」

「いえ」

 

 電話を終えて千冬嬢が戻る。

 そうして己と山田女史を見比べ、小さく笑む。

 

「早速若い燕を捕まえたか。山田君もなかなか手が早い」

「ななななな、なにを仰ってるんでしゅか!?」

「冗談だ。ジン、この娘はこの通りのおぼこだ。口説くならお手柔らかにな。なに、私は一夏よりその辺り寛容なつもりだ」

「御戯れを」

「くどっ、かれてなんていませんよ!?」

「……おい、言いよどんだぞ。これも冗談のつもりだったんだが、どういうことだ? えぇ?」

 

 寛容という彼女の言も、どうやら冗句の一つであったらしい。千冬嬢は片目を見開き下方からこちらを睨め上げてくる。眼光の鋭さは折り紙付き、これだけで彼女は小動物程度なら威殺せる。

 

「あーあー! そ、それにしても! 男性のIS操縦者候補が織斑先生のお知り合いだなんて、すごい偶然ですよね~!」

「……ふん、確かにそうだな。とんだ()()もあったものだ。なぁ? ジン」

「は」

 

 彼女と知己であったが故に、篠ノ之束博士との、ある種のコネクションを築くことが出来た。そのような見方も可能ではある。

 偶然にせよ必然にせよ、命を拾い今この場に立っているのなら、己は己に与えられた奇跡と奇貨の責めを取るべきだろう。

 

 

 ――――少年の涙を、この身に受けながら。

 それでも。

 

 

「……」

「弟さんの同級生なんですよね、日野くん。お二人が知り合ったのもやっぱりそのご縁で?」

「いや、こいつとはもっと旧い。それこそ私が小娘だった頃からの……それはもう深い仲だ」

「へ?」

 

 山田女史の無邪気な問いに、千冬嬢は意味ありげな笑みで以て応えた。

 苦言を呈すべきか迷い、迷う内にその暇を失う。

 定刻だった。

 

「さあ、配置に付け。出番だぞ、ジン」

 

 

 

 

 

 

 

 





仕事忙しすぎてゲロ吐きそう。でもボーナスは美味しいです。
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