織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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セシリアって可愛くね?(ノンケ並感)




17話 再会/対面/再解

 

 

 気が付くといつも一緒だった。

 それはひどく当たり前のことで、これから先もきっと変わらないと信じた。信じられた。

 少年との思い出。彼の笑顔。一夏の声。いつだって私の名前を呼んでくれた。

 小さな手の温もり。私を色とりどりの世界へ連れていってくれる。

 きっと変わらないと思っていた。変わらないものなどないけど。

 それでもきっとそれは素敵な変化に違いないと夢見た。

 夢は、夢でしかなかった。

 私と一夏だけの世界、ずっと続く筈だった幸福――――そんなものありはしない。なかった。それを思い知った。

 

 あの男が、私にそれを教えた。

 あの男が私の、私の――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「箒!」

「っ!?」

 

 少年の呼び掛けに、少女はひどく驚いた様子だった。席に座って何やら考えに耽っていたらしい。

 少女、篠ノ之箒は自身を見下ろす少年の存在を認め、半瞬ばかり言葉を失い……そして笑った。

 

「ひ、久しぶりだな、一夏……それに、仁」

「久しぶり! 何年ぶりだっけ?」

「もう五年にもなります」

 

 箒さんが転校されたのは小学四年時の冬頃。その“転校措置”が只ならぬ理由から為されたことを己は聞き及んでいた。家庭の事情と片付けるにはあまりに強硬な問題であり、それを仕方のないことだと受け入れるには少年も少女も幼過ぎた。

 今生の別れにも等しい。泣きじゃくる彼女を、嗚咽を堪えて慰める彼、二人の姿はひどく痛ましかった。

 そんな子供らが再会を果たした。それを見られただけで、この学園を訪れた価値はあったと言えよう。

 一人、筋の合わぬ喜びなど噛み締めている。

 

「御健勝の御様子、本当に何よりです。すっかり立派になられた」

「あはは、仁は相変わらずだな……私だってもう十五なんだぞ? 子供扱いはよしてくれ」

「失礼を。どうにも、お二人の頑是無(がんぜな)かった頃が懐かしく。とてもお綺麗になりましたね、箒さん」

 

 幼かった少女が、より一層凛然と美しい成長を遂げていた。彼女は着飾ることも、まして化粧気すら帯びていないが、女性的なたおやかさと清らかな華が目の前の齢若い娘からありありと見て取れる。

 

「うんうん。こう、ぴんと背筋が伸びてて綺麗だよなー、箒の姿勢って」

「お前はお前で相変わらず過ぎるなぁ!」

 

 だというのに、少年の目にはどうやら別の何かが見えているようだ。

 今更驚くに値しない。少年のこの、芸術的な回答は。

 怒りと悲しみを混交した少女の叫びに、一夏少年は小首を傾げた。

 

「な、なんだよ。俺なんか変なこと言ったか……?」

「いいえ、頓珍漢なことを言いました」

「ふんっ、まったくだ!」

 

 頬こそ膨らませていないが、そっぽを向いて怒る様はあの頃の少女と何一つ変わらぬ。そう、この少年と少女はよくこのようなやりとりをしていたものだ。それがひどく微笑ましかった。今もまた。

 

「飲物を買ってきます。何かご希望はありますか」

「え、今から? じゃあ俺も……」

「いえ、どうぞこのまま二人でお待ちを。すぐに戻ります」

「……」

 

 迷いなく付いて来ようとする少年にやや強引に言い置いて、その場を離れる。

 

 

 

「……要らぬ世話だったろうか」

 

 教室を出てから思い出したことであるが、今はまだ一時限目を終えて最初の小休憩。時間にしてほんの十五分ほどしかない。わざわざ下手な言い訳を繕って席を外したところで、満足に話をするだけの暇もなかろう。

 勇み足を踏んだ。望外の再会に、柄にもなく舞い上がっていたらしい。この重く陰鬱な男が。

 踵を返す。昼休み、また改めて時間を作ろう。

 そのように一人思索して。

 

「ちょっと、よろしくて」

 

 ふと教室への道すがら、廊下の前方に立つ人物がそのように声を掛けてきた。

 その容姿を認め、僅かに驚く。それも正極的な意味合いにおいて。

 美醜の観点で言えば間違いなく稀有な美貌であった。丸く、大きな目がこちらを見ている。切れ長な箒さんのものとは対照的な、やや垂れた目尻に長い睫がひどく艶然として見えた。

 豊かな金糸の髪が、流麗な曲線を描いて腰元まで落ちている。蒼地にフリルをあしらったカチューシャが印象的な……というより、それは今日この頃見る機会を得たばかり。具体的には凡そ一時間前、同級生達の自己紹介の際見知っていた。

 

「……セシリア・オルコットさん、でしたか」

「わたくし以外に“オルコット”を名乗る者がおりまして?」

「いえ、我がクラスにおいては貴女お一人かと」

「この学園で唯一ですわ。当然でしょう」

 

 当然のことであるらしい。

 

「まったく……どうやら知識が無いというのは謙遜でもなんでもないようですわね。このわたくしの名を耳にして、何の反応もできないだなんて」

「は、浅学まこと恥ずかしく思います」

 

 無知そのものを罪とする法はない。学ばず、識り得ようとせぬこと、無知に胡坐を掻き開き直るが如き真似こそ恥ずべき蒙昧だろう。

 しかし、人物に対する情報となるとまた話が変わってくる。彼女がある分野、この場合は間違いなくISに関連する領域において一廉の人物であるのなら、同領域にこれから携わろうとする己がその名声を知らぬと(のたま)うのは不勉強の烙印を押されたとて反駁の余地も無い。

 謝罪と、反省の意識で己は頭を下げた。

 

「……別に謝罪など求めておりませんわ。世界でたった二人のIS適性を持った男がどれほどのものかと声を掛けたまでのこと。ふっ、けれど、期待外れも甚だしいですわね」

「面目次第もありません」

「ここはサーカスの見世物小屋ではありません。将来、世界の第一線で活躍するエリートを選りすぐる為の場所です。そしてわたくしはイギリスの代表候補生。国の威信を背負って立つわたくしとただ数が少ないという理由だけでここに居るアナタが轡を並べるだなんて、身の程知らずとは思いませんの?」

「分際を弁えぬ発言でした。お詫び致します」

 

 代表候補生という単語には覚えがあった。字義の通り、最高のIS技術・能力を有する国家代表、その候補者として選出された若きエリート。

 当然、その選定は厳正厳格を極める。少女の言葉の端々に滲む自負心は、数々の試練を潜り抜けてきたという事実に立脚するものなのだろう。

 故にこそ、性別という特異性を取り沙汰され(それのみが理由でないにせよ)学園への入学が叶った己の有様に警めを与えんとする彼女の意向は(けだ)し理解できる。

 顔を上げて、今一度少女と正対した。

 少女は――その柳眉を歪めてこちらを睨み付けていた。

 

「っ! それが、経緯はどうあれ選ばれた人間の態度ですの!?」

「は……自分は特段、捜査され選ばれた人間ではありませんが」

 

 選んだ、とすればそれは他ならぬ篠ノ之束博士の意向。しかし、あの日あの時は状況がそのように転んでしまったとしか言いようがない。

 

「為るべくして為った。それだけです……いや、仮に()()為らずとも、それはそれで問題はないか」

 

 織斑一夏、かの少年が生きて。織斑千冬、姉君と幸福であってくれるなら。己が学園(ここ)に来る理由も、自己が生存している必要すら、無いということになるのだろう。

 ISそのものにも執着はなかった。

 

「なるべくして、ですって……問題はない……? ISを……いったいなんだと心得て……!」

「?」

 

 腹腔から溢れるように何事かを呟いている。少女は戦慄き、その小さな手を握り締めた。

 

「アナタは! この栄誉が理解できないのですか!? 本来ISとは女性だけが扱える最新にして最高のテクノロジー。それを男の身でありながら学び、触れ、操ることを許されたというのに……!」

 

 絹のようにしなやかな少女の声は、怒気を孕んで空気中を走り廊下へと響き渡った。近くを歩いていた者は何事かと足を止め、教室から顔を出してこちらを窺う者もある。

 委細構わぬと、眼前の少女はこちらを見据え、その瞳で己の目を射抜いた。

 

「女のわたくしにこれだけ言われて、なぜ何一つ言い返すこともできませんの? 身の程を知らずとも、分不相応であろうとも、アナタはISに関わる権利を得てここに立っているのでしょう!?」

 

 頬を紅潮させ捲くし立てる。

 少女のターコイズブルーの瞳に映るのは怒りと侮蔑……しかし、もう一つ、明確に表出する感情があった。

 失望。

 己はどうやら知らず知らず、彼女の期待を裏切っていた。

 理解不能と言うは易い。何せ初対面から十分と経っていない。この認識は誤りではない、が。

 

「男など……所詮はこんなものですのね。惰弱で、女に言われるがまま抗うこともしない……」

 

 何か、そう何かが。嘲り言い捨てる彼女から拭い難い諦観を覗える。

 己をただ嘲弄したいだけならこのような複雑な貌を作りはすまい。女権絶対主義者のような偏った思想の持ち主ならば男の己とは会話にすらならないだろう。

 この少女は、何かを求めたからこそ己と対話を図ったのだ。

 それは埒もない想像である。確かめるには、やはり対話を行うより他あるまい。

 

「オルコットさ――」

「ジぃン」

 

 その声は、思った以上に近く、耳に口付けるかのように近く近く頭蓋に響いた。

 右肩に寄り添うように、一夏少年が立っていた。

 

「そろそろ次の授業始まるよ。席、戻ろう?」

「は、いえ、しかし」

 

 柔らかく笑んで、少年が腕を引く。

 それを見て取って当然とばかり、少女は食って掛かった。

 

「まだ話は終わっていませんわっ。“もう一人”の方は後にしてくださるかしら? 日野仁! アナタは――」

 

 少女は言葉と共に迫る。それはこちらの応えを求めているようでもあった。

 伸ばされた手が己の左肩に触れ――――ぱしん、軽い破裂音が響いた。

 

「…………え?」

 

 戸惑いに声を漏らしたのはオルコット嬢であった。彼女は自身の手を見る。

 少年によって、叩き払われた手を。

 少女が事実の咀嚼を終えるのを待たず、少年はずいと少女に顔を近付けた。少女の顔を顎の下から少年の美貌が見上げている。

 美しい、能面の貌。無表情であり無感動であり無感情であり無慈悲であり無意味。

 色彩を持たぬ瞳は暗く深く何一つ映していない。眼前の少女すらその黒い湖面に沈んで消えた。

 

「ジンにさわるな」

「ぇ……ぁ……」

 

 人がましい体温を持たぬ声。無機質な、機械染みた硬質さで、少年は()()()()を口にした。

 

「――」

 

 少年が一歩踏み込む。何をする心算か、それは己の想像の外にある。

 しかし、すべきことは一つだった。

 

「一夏さん!」

「んひゃっ」

 

 両の手を伸ばし、進み出ようとする少年を背後から抱き竦めた。

 小さな身体を我が身に抱え込み、数歩後ずさる。体格と重量差を思えば当然なのだが、思いの外あっさりと少年はこちらの腕力に従ってくれた。

 赤らめられた顔が、逆しまにこちらを見上げてくる。

 

「ジ、ジン……う、嬉しいんだけど、その、人前だと恥ずかしいよ…………えへへへ」

「……」

 

 それはひどく今更な抗議とも思えるが。

 さて置くとして、オルコット嬢に視線を移す。彼女は数秒、時が止まってしまったかのように硬直していたが、不意にはっと我に返る。

 

「っ!」

 

 困惑と、隠し切れない怯えを湛えた瞳。そこに怒りを再燃させることで彼女は自我を保ったようだ。

 我々二人を屹度睨み、横合いを擦り抜ける。一先ず、これにて対話は終わった。

 

「んん……ふふふ」

 

 腕の中で少年がむずがる。むずがるふりをして、猫のように身体を擦り付けてくる。

 少女の存在などそれこそ、無かったことのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――私の、私の一夏をお前が奪ったんだ、仁。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








そしてやっぱり一番ヤンデレが似合うのはもっぴーなんやなって。

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