織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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18話 唯一絶対の方法

 授業は(つつが)無く消化されていった。

 一般的な高等教育とは比べ物にならぬその量と質には相応に苦労させられたが。

 事前に支給されていたISの総合教本を使って予習していた甲斐はあった。専門知識の嵐も、単語さえ把握していれば索引は容易であり、参考資料の選別も捗る。

 現在の授業はISに関連した基礎教養。IS技術の発表、開発、国内外おいて配備に至るまでの動き、法整備、我が国の憲法以下各種法令制定の流れ、禁止事項、罰則規定、学園生徒の権利・義務等々、細かな定め事となればそれこそ膨大であり多岐に及ぶ。

 

「国家の許諾を必要とするISの運用方法は32ページの一覧表の通りです。また、当初の予定とは逸脱した運用を求められる状況に陥ったとき、何処にどのような許可申請を行わなければいけないのか、操縦者志望の人は勿論、官職などを目指す人はその辺りもきちんと覚えましょうね」

 

 柔らかな口調で丁寧な授業を行ってくださる山田女史、もとい山田先生の手腕は流石の一言。しかしそれでもなお、総じてIS学は深淵で広範だった。

 

「ここまでで解らないところがある人はいますか? いつでも遠慮なく聞いてくださいね」

 

 無論のことクラス全体へ掛けられた言葉であろうが、それは特に我々男子生徒二名へ向けられていたように感じた。

 中学時、あるいはさらに以前からIS学園への入学を志していた女子生徒も数多かろう。そうした彼女らと比べれば、相当にイレギュラーな形で入学が決定した己や、中学三年の秋頃に適性が発覚した一夏さん、学習量に差が出ると考えるのは自明であった。

 

「う~ん……なぁジン、ここなんだけどさ」

「は」

 

 授業内容とは別方向へ飛んでいた思索を引き戻し、隣の少年の卓上、彼が指差すディスプレイの表面に視線を這わす。

 

「第一世代のISと第三世代のやつって法律上の扱いが違う、みたいなこと書いてあるんだけど……何が違うんだ」

「あっ、それはですね――――」

「性能の飛躍的向上と運用法の限定措置が同時期に進行していた為そのような扱いになったそうです。テキスト後半、279ページに関係法の制定時期が一覧されています。これともう一つ、学園内ネットワークにアップロードされているデータ資料のIS開発年表を比較参照すれば理解し易いかと」

「え、どこどこ」

「画面左端の学園のエンブレムを……そう、それがスタートメニューです。そこからネットワークに接続を。はい、そのファイルです」

「あ、これか。サンキュ」

「……」

 

 教本の他に、学園内のオンラインネットワーク上にはISに関する様々な資料が掲載されており、生徒はそれらを自由に閲覧できる。同時に、こうした参考資料を用いなければ自学自習すら儘ならない。

 少年は暫時教本と資料を見比べ、電子ノートに書き取っていく。

 

「ハイパーセンサーって単に目が良くなるだけじゃないんだな」

「そ、そうなんですよ! 五感全てに強力なアシストが掛かって――――」

「元来が、ISは人間の知覚を遥かに超えた高速機動を旨とする飛行機械。五感性能の強化に留まらず、動体視力、知覚反応速度等、操縦者の反射神経伝導(インパルス)を極限まで高めることでそれを可能としています。思考すら高速化するとか」

「へぇ~、すげぇー」

「うぅ……ひ、日野くぅ~ん……先生を、先生をもっと頼っていいんですよー……? 遠慮なんて要りませんからねー……ぐすん」

「はい?」

 

 幸い知識を詰め込む時間だけはあった。現役の学園生に比べれば浅学も甚だしいものだが。

 故に、何やらしょんぼりとした山田女史の切なげな申し出は無論のこと有り難く頂戴する。

 

「山田先生、ISの推進装置(スラスター)とコアとのエネルギーラインについて詳細を御教授願えますか」

「! は、はい! もちろんですっ。丁度次はISの基本構造の章でしたね。えっと、まずISの動力源、コアについて――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日とあって多少(健全な)緊張感の漂う授業を終えて、次でようやく最終ホームルームとなる。

 隣で少年が息を吐く。やはり僅かに疲労の色が見えた。

 

「本日はお疲れ様です」

「うん、疲れた……いろんな意味で……早く帰って夕飯の準備しなきゃ」

「無理をなさらず、今日は外食で済ませては」

「ダメ。ジンのご飯は俺が作んの」

 

 あっさりと切って捨てられる。

 物心付く頃には自宅の家事一切を取り仕切っていた彼であるが、料理の手腕に関しては特に秀でたものがある。それを口に出来る幸福に感謝しない日はない。

 であればこそ、少年の負担を軽減できないものかと考えたのだが。

 

「……ジンは嫌か? 俺の料理ばっかじゃ……」

「毎食を何時も心待ちにしています。ただ、舌が肥えてしまい、もはやこの身は粗食に耐えられないやもしれぬこと……それが少し気掛かりではあります」

「……えへへへ。それじゃあ仕方ない。俺がずぅっと作らなきゃ。ジンの健康の為にも、さ」

 

 机に突っ伏した少年が微笑してこちらを流し見る。穏やかな、安息を零すような声だった。己の卑しい本心とただの事実でしかない言葉に、そのような。

 彼の心配りに身が縮むばかりだった。

 

「えっ、織斑くんと日野くんって一緒に暮らしてるの?」

 

 不意に、少年の後方からそのような問いが投げ掛けられた。ショートボブの茶髪、縁無しの眼鏡が特徴的な少女。名は確か、岸原さん。

 

「はい。一夏さんの御実家、織斑家で現在も御厄介になっています」

「そ、そうなんだー。へー。ち、ちなみにどのくらいの期間?」

「そろそろ一年半にもなりましょうか……」

「まだそんなもんだっけ? まあ、ジンとは小学生の頃からずっと一緒だしなぁ。あんまり変わった感じはしないかも、ははは」

「ず、ずっと一緒……!?」

 

 一夏少年の言葉を聞くや否や、岸原さんは身体を反転させさらに後方の座席の女生徒らと何やら話し込み始めた。

 

(……幼馴染……家族、兄弟同然の二人……一つ屋根の下……)

(何も起きない筈も無く……キャー!)

(あんたらは変な本の読み過ぎだっての!)

(だって! 織斑くんってばあんっなに可愛いんだよ!? やっちゃうでしょ健全な男なら!)

(健全な男はそもそも男の子とそんなことしないわよ)

(だってさー、おりむーは絶対ひののんのこと大好きだよ?)

(朝のあれ見た? 頭撫でてもらってたんだよ、自分から!)

(休憩時間にさ、日野くん廊下で織斑くんのこと抱き締めてたよね)

(……あ、ダメ、思い出させないで……鼻血出てきた)

(変態だー!?)

(あたしナマモノはちょっと……)

(一回嵌ってみなって。抜け出せなくなるから)

(あ……ありのまま、今日起こったことを話すぜ! IS学園始まって以来初の男子生徒が二人も入ってくるー……って思ってたら二人は既にカップルだった。何を言ってるのかわからねぇと思うが、私も何を見せられてるのかわからなかった……)

(気持ちは分かるけどネタ古いわよ……)

 

 女生徒らの流石の姦しさ、賑やかさに圧倒される。十中八九こちらの噂話なのだろうが、せめて悪評でないことを願うばかり。

 その時、扉が開き、千冬嬢と山田女史の両人が入室した。

 

「いつまで無駄話をしている。さっさと席に着け馬鹿者共」

『は~い!』

 

 従順に喜びさえ滲ませて全員が即座に着席する。これも織斑千冬という大人物に宿った求心力の為せる業、であろうか。

 千冬嬢は教壇に登り、手元の操作盤に触れる。

 程なく、黒板型ディスプレイに『クラス代表およびクラス対抗戦』の文字が並んだ。

 

「さて。今からクラス代表を一人決めねばならない。代表者には今後、学級行事のまとめ役から委員会への出向までこのクラスの運営に携わってもらう。直近の行事としては、再来週に各クラスから選出された代表者によるIS対抗戦があるが。それも踏まえて、貴様らが決めろ」

 

 実に端的な説明の後、厳然と千冬嬢は締め括った。

 クラス代表と銘打たれているものの、役割自体は所謂学級委員のようなものという認識で相違あるまい。特筆すべき点はやはり、クラス対抗戦。相応のIS操縦技術を求められることだろう。

 ここはIS関連技能養成施設IS学園。一学級の代表者といえど、それが大きな選定基準になることは当然であった。

 

「はいは~い! 代表は織斑くんがいいと思います! 可愛いから!!」

「可愛いは正義!」

「単純にIS着てる織斑くんが見たい!」

「担ぐ神輿が美しいに越したことはないよね!」

 

 欲望に正直かつ忠実な意見による他薦票が複数、一夏さんに投じられた。

 

「あ、推薦ありなら、日野君に一票入れたいです」

「ああ私も。日野君なら仕事きっちりやってくれそう」

「なんかわかるー。ひののんがんば!」

 

 予期せぬ方向から己の名前が挙がる。いや一人それが名前かも疑わしいものもあったが、さて置き。無根拠とはいえ信頼を賜るは光栄だが、それはまたの名を他力本願とも言う。

 知らず、少年と二人顔を見合わせていた。

 

「ふむ、候補者は織斑と日野の二人か」

 

 あれよあれよと人選は捗る。当人らの意見は慮外に置いて。

 

(ど、どうしようジン。俺クラス代表とか自信ないんだけど)

(今からでも千冬さんに再考をお願いしては)

(無理無理。こういうとき千冬姉は決まったこと絶っ対曲げてくれないから)

(……確かに)

 

 職務に自信が有ろうが無かろうが『習わず慣れろ』と断言するのが彼女だ。余程の適性的不和でも起こらぬ限り。

 とはいえ、こうした学級運営に携わることも良い経験となろう。一夏少年が乗り気ではないというなら、自分がその御役目を拝任するに(やぶさ)かではない。

 そのように心積もりをした直後。

 

「納得できませんわ!」

 

 きん、と。室内の空気を切り裂くかのように、鋭い高音域の声が背後より差した。

 振り返る。しかし、その声を耳にした時点で人物それ自身にはすぐに思い至っていた。

 美しい金糸の髪をやや乱して、少女が一人席を立ち上がる。貴嬢(フロイライン)セシリア・オルコット。

 

「謂わばクラスの顔役。その身の実力と振る舞いによってクラスそのものの評価を体現しなければならない代表者に、ただ物珍しいという理由だけで男を抜擢するなど言語道断ですわ!」

 

 そう言って、少女は学習用デスクに握り締めた手を叩き落す。その打撃は、静まり返った教室では殊更大きく響いた。

 

「対抗戦に出場するというのなら尚のこと、IS操縦の実力が伴っていて然るべき。イギリス代表候補生として質量共に高度な訓練を積んできたわたくしこそ相応しい筈。そう、少なくとも……」

 

 屹度、蒼い瞳が己を睨み据える。その苛立ちを針のように尖らせながら。

 

「あのような惰弱な男の下でわたくしが付き従うなんて……虫唾が走る……!」

 

 汚泥のように濁った(おり)、不快なる想念を圧して固めたかのような言葉が己へと(なげう)たれた。

 私怨……そう呼ぶには、己と彼女の関わりはあまりにも浅く短い。それはもっと根深く、古い感情である筈だ。

 どうした経緯からか、少女は男性種というものを嫌悪し切っている。現世情に蔓延する『女尊男卑』なる思想に傾倒する故か。しかしどうにも、肯けない。

 そも、矛先に己が選ばれてしまったのは彼女の独断であろうが、己自身の不手際でもある。己が言動の舵取りを誤り、その何れかが彼女の逆鱗に触れ、どころかあの様子では()()()()()()しまった。

 もし誤解であるならば、それを(ほど)く努力をすべきだ。

 さりとて方法が即座浮かぶほどには、己の脳髄は理知的な柔軟性を欠く。

 埒も明かぬ思索に埋没しかけた時、右隣から肩を突かれた。少年が何やら、ずいと顔を近付けてくる。先程よりもさらに潜めた声で。

 

(なぁ、クラス代表、アレにやってもらおうよ)

(は、しかし)

(あんだけやりたがってるなら、やらせればいいじゃん。俺みたいなやる気が無い奴とか、ジンみたいに押し付けられてやらされるより万倍マシだろ)

(それは、まあ)

 

 自主性を以て職務を全うしようとする意志。持論はどうあれ、彼女にはそれがある。

 加えて、ISに対する技量も代表候補生ならばそれこそ申し分ない。

 少年の提案には一理があり、期せずして少女と己の見解も一致した。

 やはり、任せるべきか。

 

「ちなみに」

 

 今まさに動き掛けた我が内心を、まるで察知したかのようなタイミングで千冬嬢が口を開いた。

 

「クラス代表者に選ばれた者は、補佐役として副代表を一人選出してもらう。これは代表者の独断で構わん。代表および副代表は少なくとも一年間、あらゆる行事、催事、執行活動の別なく常に行動を共にする。常にだ」

「はい! 織斑一夏クラス代表やります! んで副代表はジ――日野君で!!」

 

 電光石火の勢いで、少年は立ち上がりながら一息に言い切った。そのあまりの元気溌剌ぶりで、少女の威勢により張り詰めていた空気がみるみる萎んでいくのを肌に感じる。

 

「ふ、ふざけないでください! そんな、身勝手な言い分が……!」

「では、候補者は織斑、日野、オルコットの三名だな」

「ちょっとぉ!?」

「いや千冬ねっ……ぉり斑先生! 推薦された俺がやるってことじゃダメなんすか!?」

「自薦他薦を問うた覚えはないな。そして私は多数決を好かん。それ以外なら、選定方法はお前達の好きにしろ」

 

 そんな豪快に過ぎる沙汰を下し、千冬嬢は腕組みして沈黙した。事の成り行きを静観する構えなのだろう。

 

「……」

 

 多数決や他薦者の意見は考慮されない。ならば弁論大会でも開き、学級への貢献、マニフェストの質を織斑教諭に判断願うのか。

 そうではないのだろう。かの御人の御気性を思えば、もっと単純な、最も明快な選定方法が――――ある。

 そしてそれは思いがけず、かの貴嬢との対話を為さしめる方法でもあった。

 この方法が果たして本当に正しいものなのか、今この場では判断のしようもない。ただ、他に術がないこともまた事実であった。

 ならば。

 

「織斑先生」

「なんだ、日野」

「一つ、提案をしたく思います」

「言ってみろ」

 

 表情にこそ出てはいないが、千冬嬢からは明らかに感興の色が窺えた。己が何を言う心算(つもり)か、半ば確信しながら続きを待っている。

 相変わらず、食えない人だ。

 苦笑を飲み下し、僅かに吸気する。

 

「現状、クラス代表者に求められている能力は一件、IS操縦技術。なるほどその意味で、イギリス代表候補生であられるオルコットさんは適任かと思われます」

「当然ですわ」

「しかし、それだけを判断材料に事を決しては、推薦くださったクラスの皆さんの御意見を無碍にせしめ、またそれが各個人の御意見、延いてはクラス全体の意向を反映した結論とは言い難いでしょう」

「えぇいっ、つまり何が言いたいんですのアナタは!?」

 

 先を促す少女の怒声は、むしろ助け舟となった。

 身体を反転し、背後へ、こちらを見上げる同級生らを。そしてこちらを睥睨し続けるオルコットへ向けて、我が結論を提示する。

 

「故に、我ら三名それぞれがISの操縦技術を示すべきです。最も簡易簡便なる方法……戦闘行動によって」

「な」

「おぉ、そっか」

「くくっ」

 

 その場で腰を折り、辞儀を送る。士、相対した。なればそれこそ唯一の礼法。

 

「お二方に、決闘を申し込ませていただく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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