織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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22話 決闘/新型 前

 第三アリーナ格納庫。A番整備所(ピット)

 高耐久クリート打ち放しの広い空間には現在、整備士は勿論待機するISすらない。塵埃の流入が命取りの精密機械を扱う場とあって明り取りの窓もないが、室内灯は必要十分な光量を齎してくれる。

 壁に埋められたデジタル時計を見る。もうあと五分ほどで決闘の刻限であった。

 がしかし、今以てこの場には、やはりISの一機すら顕現してはいない。

 

「……一夏さんの専用機は、間に合いませんか」

「そのようだな」

「あらー」

「いやあらーじゃないだろう! 仁も織斑先生も一夏もなんでそんな冷静なんだ!」

 

 焦燥を露に、箒さんは声を上げた。彼女の声は良く通る。この場が空間として広大であることとなにより、彼女の腹式呼吸と肺活がよくよく鍛えられている証左であろう。

 傍から見れば泰然とした織斑姉弟、そして悠長を晒す己に少女は怪訝な顔をした。

 彼女の焦りは尤もだ。相手は代表候補生、操縦技術において並ならぬ練達を重ねている。加えてかの少女が駆る機体は現行最新鋭の第三世代型IS“ブルー・ティアーズ”。機体性能もまた折り紙付きと言っていい。

 習熟度と経験値ではどうあっても敵わぬならば、せめて機体だけでも量産機を凌ぐ性能を有したものを使って欲しい。少年に対する少女の思いやりを感じた。

 

「仕様もあるまい。初戦はジン、お前から行ってくれ」

「はっ」

「つってもジンだって専用機持ってないんだろ。やっぱり俺もウチガネ……だっけ? その量産機使うからさ」

「いや、しかしだな」

「ぐだぐだ喚くな。心配せんでもジンの専用機は既に用意されている」

「え」

「そうなのか?」

 

 物問いにこちらを見やる一夏少年に頷き返す。

 受け取ったのはほんの十四時間前だが。

 途端、千冬嬢の怜悧な面差しがうんざりとばかり顰められる。

 

「……起き抜けにあのアホのテンションは堪えたぞ。その上新型ISを譲渡済だと? 相変わらず好き勝手し腐っているらしいな、天災(あれ)は」

「はい、御息災かつ明朗赫然の様子で」

「元気過ぎるわ。それから、お前の無断外出の件は既に密告(たれこみ)が来ている。というかまあそのアホからだが。懲罰は追って沙汰するからその積もりでいろ」

「……お手柔らかに」

「さあ、どうかな。くくくっ」

 

 意趣返し。そういったニュアンスを覚えずにはおられない、そんな笑みだった。

 耳聡くそれを聞き取ったのはやはりというか一夏少年である。

 

「無断外出ってどういうこと」

「昨夜、いえ今朝の三時頃に少し」

「……ふーん」

「何分にも急な召喚だった為、事前にお伝えしておくことができませんでした。申し訳ありません」

「別に…………起こしてくれれば一緒に行ったのに」

「よく眠っておられましたので、忍びなく」

「次は絶対付いて行く。絶っ対」

 

 への字に曲がった口と半眼、可愛らしく立腹する少年はそのまま頬でも膨らませそうな勢いである。

 袖口をぐいぐいと引っ張られながらも、己には為す術などなかった。

 

「…………」

 

 刻限が近い。

 やんわりと少年の手を放し、後ろへ退がるよう示す。少年は素直にそれに従い、箒さんもまた我が身から距離を取る。

 ちらと見れば、千冬嬢が一つ頷きをくれた。

 最後の許しを得て、もう一歩前へ踏み出す。肩幅に脚を開き、両手はだらりと下げ落とす。

 ソレを呼び出す上で固有のコールやコマンド、ルーティンは不要である。ただその意図を以て念ずればいい。

 

 ――提陀羅(だいだら)

 

 虚空より出でる黒い人型。それは己の背後、まるで滲み空間を染め上げるように形を成す。ソレの()()()に亀裂が走り、開くや否や後背から一挙に己の身体を呑み込んだ。

 右肩、右腕、脚、腹、胸、そうして頭部、終には顔面および口部。

 現実には一刹那にも満たぬ瞬時。真実光の閃きと同等の間に変化を終えていた。

 この左腕もまた。

 

『内皮強制変異開始――外殻擬似神経との癒着完了』

 

 この“装甲”にIS用パイロットスーツは用を為さぬ。優れた筋肉活動電位の伝導効率化作用を齎す人工皮膚技術の結晶が、己とコレにとっては全くの無意味。否、障壁でさえあった。

 最たる理由は一つ。

 

『筋組織再編成開始――外殻擬似筋肉との結合完了』

 

 これは、厳密には着装する為のものですらないのだ。(よろ)わず、纏わぬ。

 装甲であって装甲に非ぬもの。

 我が第二の皮膚(かわ)であり、筋肉(にく)であり、そして外骨格(ほね)

 

『外骨格並びに内骨格同期。物理アンカー埋設――固定パイル入射』

「がっ……!」

 

 外殻表面に生えていた無数の棘が瞬時に収納する。

 両手足胴首、それら五体の主要な関節十六ヶ所へIS特殊合金製の棘――杭が直接打ち込まれたのだ。

 筆舌に尽くし難い激烈な電気信号が神経をズタズタに掻き乱しながら全身を走り抜ける。視界は惑乱し、肉体の在処をあたかも見失う――錯覚である。身体は、機体は微動だにせず、痛覚は既に我が統制下にあった。

 その時、右後背より接近する、一人。視線を向けるまでもなく、起動したハイパーセンサーは360°全てが有効視界。

 だからとて、動かず相手を待つが如き真似は無精この上ない。歩み寄ってきた千冬嬢に振り返り、正対する。

 体高のさらに増した自身を見上げ、彼女はそのまま己の顔、面頬に触れた。冷えたその指先とは裏腹な彼女の心根が、あるいは生身のそれ以上に伝わってくる。

 真っ直ぐな瞳、漆黒の水面が僅かに揺れていた。

 

「問題ありません」

「ない訳があるか! 私がその機体の特性を知らないとでも……!」

「千冬姉?」

 

 語気を強める姉君の様子に、当然ながら少年は異変を覚る。

 これ以上、彼に心配を掛けたくはない。彼女にも、掛けたくなどなかった。

 

「行きます」

「……ああ、行け。行ってしまえ。後でたっぷり締め上げてやる」

「ふっ、それは恐ろしい」

「ばか」

 

 ブラウザを立ち上げ、アリーナ内PCネットワークにアクセス。事前に使用者として登録していたアカウント権限により、A番整備所のIS発進用オーバードアを開く。

 重い機械音を響かせ、視線の先、やや上り勾配のトンネルの向こうで左右に収納される扉の影。外界の光が白む。

 慣性制御機構(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を発動。機体の静止状態を解除し、そのまま床を蹴って跳躍する。この時、推進器(スラスター)はあえて用いなかった。

 だが爆発的推力を得ずとも、パワーアシストを受けた脚力にPICによる慣性力増強効果が合わさり、たった一蹴りの前進で機体は発進口を潜り、カタパルトすら跳び越えた。

 中空に身を躍らせる。地表までの5mを滑空し、均された地面を足下歯止(アイゼン)で削りながらに停止する。

 晴天、空は澄み、西に傾き始めた陽光も眩い。

 その青空の只中に、穿つかのように鮮烈な蒼の機影が一。既に彼女は戦装束に身を包み、己を待っていた。

 ハイパーセンサーによる視覚強化。滞空する敵影を自動的に捕捉する。望遠倍率が上がり、こちらを見下ろす貴嬢の表情すら見て取れた。

 少女は、まるで検分するが如く本機の様に目を細めている。

 

「……それが貴方の専用機、ですか」

「はい」

「はっ、なんという歪さかしら。その有様で畏くもISの名を冠するなど、恥を知りなさいな」

 

 鼻を鳴らし、少女は嗤う。

 歪。その忌憚を排した批評は正鵠を射ている。

 この身は整然とは程遠い。欠けた身体を補う為に、身に過ぎた稀物を抱え込んだ。無理が出るのが道理というもの。

 しかし。

 

「知るべき恥など、ありません」

「……なんと、仰いまして」

 

 その言葉にただ肯くことはできなかった。彼女の今の評、己一身に納め切るには些かならず()()()いる。

 

「今、恥を知るべきは己ではなく貴女だ。セシリア・オルコット」

「大言を吐きましたわね。惰弱な男が」

「訂正を求めます。歪なるは己一身のみ。当機“提陀羅”を構築する理念に(ゆがみ)は絶無」

 

 かの大天才謹製の作。あの御方が丹精を込め、心血を注ぎ、愛を以て創り上げた468番目の御子。その()()姿()こそがこの提陀羅なのだ。

 博士の慈愛、その結晶を否定する少女の言を認められよう筈がない。

 面頬に穿たれた眼窩より彼方を見上げる。対して、こちらを見下ろす少女は表情を歪め、僅かにたじろいだ様子。

 

「……なら、正させて御覧なさい。大言壮語に見合うだけの強さで!」

「承知。御相手仕る」

 

 重心を落とし、浅く半身立ち。右肩、右脚をやや前へ出す。

 上空では、蒼の機体は既にその手に武器を構えていた。身の丈ほどもあろう長銃身。火砲の名に恥じぬ長物。

 

『敵機固有武装「スターライトmkⅢ」と断定。当機を捕捉しました』

 

 無機質な、それでいて清澄なソプラノの機械音声が告げる。

 提陀羅という発声器を通して、己は初めて言葉を交わしたことになるのだろう。我が身に宿る、その存在と。

 

「接敵する」

『了解。エネルギー経絡(ライン)確保。圧縮率95%。背部推進器(スラスター)スタンバイ』

 

 無感情に、だが最速を極めて、生体ISワンは己の求める最適解を提示した。

 最後の一工程。火を撃つのは己だ。

 最初の一合。意を放つのは己だ。

 

「せめて無様に踊りなさい! わたくしとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で――――」

「イグニッション」

 

 囁くように、唱えるように、あるいは口ずさむような軽やかさで突進の発破を打ち掛けた。

 瞬間、世界が消失し――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――気付けば転身し、蒼い少女の()()()()()()()

 アリーナの遮蔽シールドに足を付け、上下が90°ばかりずれ込んだ視界の中、程なくゆっくりとこちらへ振り返ったオルコットさんと目が合う。

 言葉も無く、少女はただ愕然と当方を見詰めていた。

 内実を言えば、驚愕しているのは何も彼女だけではない。己自身にしてからが、現状の把握にすら窮している。

 ただ言葉で表現するのは容易い。推進器で推力を得て、少女の横合いを擦り抜けてアリーナのシールドに着地した。

 想定を遥かに超えた加速によって。

 

「95%?」

『95%です』

「先程の、供給エネルギーを圧した値を……」

『95%です』

「……5%ではなく?」

『エネルギー圧縮率95%による加速性能です』

 

 まるで噛んで含めるようにしっかりとワンは己に言って聞かせた。

 それこそ、いい加減に認めろと言わんばかりの、人間味に溢れた調子で。

 供給したエネルギーを圧縮し、その解放・放出力を利して爆発的推力を得る……瞬時加速(イグニッション・ブースト)と呼ばれる加速技術が存在する。

 ワンの言を信ずるならば、先の加速は100のエネルギーを95に圧し、解放されたパワーで以て推進力を得たことになる。

 単純計算を当て嵌めるならば、その数値の伸び代(ポテンシャル)は考えるだに――無駄なことだ。皮算用など。

 今はただ、彼女の言葉に納得するより他あるまい。

 

「っ、ティアーズ!」

 

 少女の声に呼応して、花弁が舞い散るが如く推進翼(スラスター・フィン)の刃先が分離し、蒼い雫が飛翔する。その数計四基。

 

『自律機動兵装「ビット」。当機を捕捉しました』

「回避……いや、攪乱機動に移る。推力現状維持(そのまま)

『了解。背部及び脚部推進器スタンバイ』

 

 惑いも驚きも喉奥へ蹴り戻し、直面している現状を突破する術策のみ思考を許す。

 まず手始めに、提陀羅(おのれ)を知るとしよう。闘争はまだ始まったばかりなのだから。

 

「――――イグニッション」

 

 

 

 

 

 

 




次回30日零時予定

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