織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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ヤンデレの形は一つではないと思うんです。
だからこんなデレ方もありなんじゃないかなーとか思ってたら筆が滑りました。
オルコッ党員さんすみません見逃してくださいなんでもしますから。


24話 決闘/父母 後

 

 これで幾度目になる。

 銃口から発射された熱光波が奔り抜け、狙い定めた標的ではなく、空を貫く手応え。そう手応えだ。直に触れる。あるいは鈍器、刃物を敵にぶつければ返ってくる相応の衝撃。それは飛道具であるところの銃砲火器にすら存在する感覚だ。

 命中と共にトリガーに触れた指先から腕、肩から全身へと伝播するような震え。いつもならば感じている筈のソレを、今日この日この時に限って一度として得られていない。

 ただ空虚だった。

 しかし、焦燥は胸を焼き続けた。苛立ちは止まるところを知らず、刻一刻と諦めへ傾こうとする精神を歯噛みして奮起させる。

 負けない。

 負けてなるものか。

 負ける訳には、いかないのに。

 来る。黒い魔神、獣、(オーガ)。あの男が――――

 真正面から迫る機影に必然としてライフルの照準を合わせ、撃つ。この間コンマ二秒にも満たない。今、自身でも驚くほどの集中力を発揮している。

 だのに。

 巨躯が錐揉み(ロール)する。レーザーそのものに()()()()かのようにして、体軸の一回転と僅かな上体の動きだけで回避運動を終えた。

 

(弾道が見えている……!?)

 

 接近警報。

 もう遅い。こちらも回避運動を。

 右拳。下方からの掬い上げるような打撃が、すり抜け様に背部推進翼(スラスター・フィン)の一枚を砕いた。

 

『一番推進器大破。推力25%ダウン』

 

 本体への直撃は免れたものの推進力(あし)を殺がれた。如何な遠・中距離射撃特化のブルー・ティアーズといえど機動力を失うことは間違いなく致命的。

 

(……もう後が無い)

 

 シールドエネルギーはあと僅か。

 徒手空拳という、ISにあるまじき原始的な戦闘方法と侮っていた。あの拳は脅威だ。現行兵器のあらゆる攻撃を凌ぐ堅牢な防御能力を誇るISを小細工抜きに破壊できるだけのパワーを秘めている。

 

(いえ、違う)

 

 それだけではない。

 それを振るうあの男の制御()()こそが異常であった。

 常軌を逸したあの加速を実行する為には当然、PICによる慣性減殺作用を必要とする。そうでなければ今頃強烈なG負荷によって肉体はボロボロになっているだろう。

 だというのに、あの男は拳を打ち出す(インパクトの)瞬間、PICを切って()()()()()()()()いるのだ。

 推進力と、圧倒的速度によって生み出された慣性力。それらを拳一点に収束して打ち出す……その威力がどれほどに恐ろしいものかは身を以て思い知った。

 あと一撃食らえば、終わる。

 

(……)

 

 四基のビットとライフルによる斉射を継続しつつ、敵機と一定の距離を保って旋回する。

 進退窮まった現状を前にして、しかし精神は意外なほど平静を取り戻していた。

 諦めの境地とはまた違う。選択の余地を尽く潰され、為し得る手立てが一つに絞られたのだ。

 まあ、そういった意味ではこれもある種の諦観ではあるけれど。

 

(まだやれることはある……!)

 

 機動性能の差は歴然。IS操縦の技量も……認めたくはないが彼方(あちら)が一枚二枚上手だ。

 残存シールドエネルギー量にしても、逆転を狙うにはその開きはあまりにも大きい。

 

 ――だからこそ有効な策が、一つだけ存在する。

 

 まず、敵機が最大の攻撃力を発揮する状況を作る。それはつまるところ、直進飛行(ストレイト)からの打撃攻勢。

 

「ティアーズ!」

 

 四基のビットを操り、敵機の進路を誘導する。言葉ほどに、容易なことではないが。

 ただでさえその高速移動を捉えられぬ現状況下、射撃だけでは牽制にすらならないだろう。

 だから。

 ()()する。

 ビットによるレーザー射撃ともう一手――――ビットそのものをぶつける!

 

『!?』

 

 驚愕の息遣いを聞いた気がした。

 三方向からの閃光を完璧に回避した敵機に、頭上から蒼の刃(ティアーズ)の一枚を降り下ろす。遠隔操作の剣、いや精々が鈍器だろう。

 まさかこちらがそのような暴挙に出るなどとは予想だにしていなかった筈だ。にも関わらず、体勢をやや崩す形でそれを躱して見せるのだから、その反応速度はやはり化物染みている。

 しかし目論見は見事達した。

 敵機が進路を変えた。一定距離を置いての直角旋回飛行から、接近、直進飛行へ。

 次で決着を付ける気なのだろう。それはこちらも望むところ。

 射撃とビットによる体当たりの合わせ技で一気呵成に敵機を追い込む。

 自機正面、射線上に敵機が――入った。

 来る。あの凶悪なる加速が。瞬きした次の刹那には眼前に魔神の巨影が現れているだろう。

 そうはさせない。先手はこちらが()()

 

「今!」

 

 腰部に装備(マウント)されている二門の発射機を立ち上げ、最後のブルー・ティアーズを射出する。

 実体誘導弾(ミサイル)

 アフターバーナーを滾らせ噴煙の尾を引きながら、寸分違わず敵機に殺到する二機。

 タイミングは完璧だった。敵方が速度に乗ったと同時に。

 ミサイルは――

 

 ――トリガーを引く――

 

 ――着弾する。

 閃光、遅れて爆音がアリーナ内に轟いた。

 爆風に機体を叩かれながら手に携えた“ソレ”を前方へ構える。

 

 敵機の急接近に合わせ、十分に引き寄せて誘導弾で迎え撃つ…………その程度の奇策が通じるならば初めから苦労はない。相手は、実体弾以上の弾速と精度を持つ筈のレーザーが掠めもしないほどの機動性を有しているのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 解り切った事実である。故に選んだ。射撃特化機体にあるまじき下策中の下策。しかしただ一つ、敵機に攻撃を届かせる方法を。

 

 セシリア・オルコットのブルー・ティアーズによる射撃能力では、日野仁が駆る提陀羅(だいだら)の超高速機動を止められない。

 突如として第二次移行(セカンド・シフト)のような劇的な性能強化でも成されぬ限り、今の自分ではあの敵を撃ち抜けない。

 故に、戦闘手法を変える。

 射撃では駄目なら、白兵戦を行うしかない。しかし、BT兵器の操法を追窮し続けてきた自分に、白兵戦闘の経験も技術もあろう筈がなかった。

 ブルー・ティアーズが保有する唯一の近接戦用武装『インターセプター』。刃渡り90cmほどのショートブレード。ISのマニピュレータに握られたその儚げな刃が、この瞬間に起死回生の一撃を担う。

 ブレードは正面に、刺突の形に置いた。

 高速の突進に対して、待ち受けるならばこの形しかない。打ち合う心算など初めからなく、敵機の速力、慣性力を、そのパワーを利用する。

 馬鹿正直にこんなものを構えれば、警戒した敵方は正面突破などしてくれなかっただろう。そして自分は、相手に覚られぬよう密かに『インターセプター』を展開するような真似ができない……これは単純な、近接武装に対する技量不足だ。

 だから、ミサイルをレーザーライフルで撃った。敵機へと着弾する直前に。

 目眩まし、こちらの動きを隠す煙幕として。

 

 ISによる思考の高速化がこれほど有り難く思えたことはない。そうでなければ、このような無茶な作戦を即実行などできなかったろう。

 煙幕を張ってコンマ何秒経った?

 もう、来る筈だ。あの黒き機影。恐ろしき異端の魔神。

 強烈無比の推進力、速力に乗って。

 来る。

 感覚が鋭敏化していく。

 今だろうか。

 次の一刹那。

 砂一粒の時の中で。

 今に。

 そろそろ。

 万分の一秒を超えて。

 今――――――

 

 ――――――来た。

 

 爆煙を突き破り蹴散らしながら突貫襲来してくる黒き姿。拡大するかのように接近と共に増していくその巨躯。

 見えている。

 心積もりを整えただ一点、その進路を正面に見据え、ハイパーセンサーを集中させた。

 捉えている。

 恐るべき速さ。自分の銃火ではどうあっても射抜くことの叶わない速度。

 でも、今この瞬間だけは。

 ブレードの刃先が。

 接近する黒、その薄い腹部装甲を。

 刺し――――

 

「――――え?」

 

 刺して。

 いない。

 敵機が、消えた。まるで陽炎のように。眼前から。

 そんな馬鹿な。自分は今の今まで幻影を相手取っていたとでもいうのか。

 混乱と不可解が渦を巻き頭の中で混交する。

 思考などという行儀の良い脳内活動がもはや不可能となった瞬間。

 自分はどうしてか、頭上を見上げていた。予感があった訳でも、まして自身の知覚が何かを捉えていた訳でもない。

 ただ、働かない脳髄にどうしようもなくなった身体が途方に暮れて空を仰ごうとしたのだろう。

 空は無かった。

 夜でもない癖に、そこには暗黒が広がっていた。

 

 暗黒の色彩(いろ)をした魔神“提陀羅”が。

 

 黒い身体に光が瞬いている。胸部装甲がスライドしてその中から覗いていたのは。

 

(胸部、スラスター?)

 

 噴射口から火を放ち、巨躯が前転(ピッチ)する。

 そのまま身体を捻り、横倒しに、右腕と拳が天頂を差す。

 ああ、それは、まるで。

 人道的処刑装置(ギロチン)が開発される遥か以前より幾多の貴族の首を刎ね、千切り、処断してきたもの。

 あれは(まさかり)だ。

 そして前腕の付け根でもう一基の噴射口――肘部推進器が開放される。

 今までの打撃はこの魔神にとって攻撃ですらなかった。これが、これこそが本当の。

 提陀羅(かみ)攻撃能力(いちげき)

 

「――――赫焚撃拳(イグニッション)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さま」

 

 なんだい、セシリア

 

「お父さまはどうしてお母さまを怒らないの?」

 

 怒る理由がないからさ

 

「でも、ひどいこともいっぱいいっぱい言われたでしょ?」

 

 それが怒る理由にはならないのさ

 彼女はいつも正しくて、同時にいつも悩んでる

 だからつい強い言い方をしてしまうんだ。悪気なんてなくても、そうなってしまう時が人にはあるんだ。誰にでもね

 そして幸いなことに、僕はそれを知ってる

 ほら、怒る理由がなくなった

 

「むぅ、それはお母さまのワガママですわ」

 

 そうかもしれない

 けれど僕は彼女の我儘ならどんなことでも聞いてあげたい

 セシリア、勿論キミの我儘もね

 

「わたくしはワガママなんて言わないもん!」

 

 えらいな、セシリアは

 

「……わたくし、ケンカはいやですわ。お父さまとお母さまが、いつも仲よしでいてくださればいいのに」

 

 ……お母さんはとても悩んでる。とてもとても深く

 彼女は真面目で、聡明で、優れた素晴らしい女性だよ

 優秀だからたくさんのお仕事ができるし、たくさんの人に慕われる

 でもその分だけ、たくさんの悩みを持ってる。たくさんの辛いことを抱えてる

 

「そんなの、やめちゃえばいいのに」

 

 そうだね

 そうして欲しいと、僕も思う時がある

 でも、大人には責任があるから、簡単には辞められないんだ……

 僕はね、その苦しさのほんの少しでも彼女の助けになりたいんだ

 何も出来ない木偶の坊でも、せめて

 せめて――彼女の為に

 

 

 父はそう言って寂しげに笑った。

 彼がどういう思いで娘の自分にそれを語って聞かせたのは分からない。もう二度と。

 ……本当は、母の癇癪を、何の抵抗もせずただ受け止め続ける父が、憐れでならなかった。

 母は優秀な人だった。けれど、完璧などではなかった。仕事の苛立ちと鬱憤を夫にぶつけるだけぶつけて憂さを晴らすような妻が、完璧である筈がない。

 父の言う通りそれは人として仕方のないことなのだろう。感情を持つ人ならば。

 けれど。

 それなら、母の吐き出す心の汚穢に晒されてそれでも笑顔を絶やさずに、母を慈み続けた父は。

 当主として経営者として社会人として母は優れていたのかもしれない、けれど。

 人として本当の意味で強かったのはどちらなのだろう。

 夫婦として、正しかったのは、どちらなのだろう。

 

 ISの台頭によって世界中の男性の社会的地位、権威が失墜して、元々女伊達らと揶揄されながらその地位を守り積み上げ続けていた母の自負、矜持は、傲慢というものへ変質して行ったように思う。

 それを認めたくなかった。尊敬する母の在り方は全く正しいものなのだと、信じたかった。

 だから、女尊男卑という思想にしがみ付いた。女の絶対的正しさを謳うその考えが、母の正義たるを何よりも証明するから。

 正しいのは母だ。だから間違っているのは父だ。

 ……どうしてそんな思い込みを抱えてしまったのだろう。絶対の正しさなんてありはしないのに。

 ただお母様が大好きだった。お父様が、大好きだった。

 大好きな二人に仲よくして欲しかっただけなのに。

 どうしてですか。

 お父様、お母様、あなた方は本当は、本当は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識の喪失は、ほんの数秒程度のことだった。

 絶対防御の発動と機体が具現維持限界(リミット・ダウン)の危険域にあるというアラートが、うるさく耳元で鳴り響いている。これでは気絶し続けることもできない。

 地面に横たわっている。割れ砕け、抉れた地表。半ばクレーターのようになったその中心に。

 ()とされた。

 ただ、それだけの事実。

 

「……っ」

 

 上空からエネルギー反応一機。

 黒い魔神。荒れた地表、自身の眼前に提陀羅は降り立った。

 それは蹲る自身を見下ろし、

 

「お怪我はありませんか?」

「え」

「絶対防御の発動は確認しています。しかし戦闘行動時、絶対の安全保障などありません。万が一という事態もあり得る。どうか、ご自身でも機体および身体の状況精査(サーチ)を行ってください」

「……っ!」

 

 至極尤もなことを男はのたまった。模擬戦を行った相手に対して、常識的な正しい対応だろう。

 だが、それが今は、今この時ばかりは許せなかった。

 

「貴方はっ、どうしてそうなのです!?」

「?」

「これほどの力を持っていながら、わたくしのこの無様を前にしながらっ……どうして何も言わないのですか!?」

 

 敗者に語る口などない。それが通例であり、決闘における作法だ。

 しかし、遠吠えは、戯言はこの口から溢れ続けた。堰を切ったように止め処なく流れ出てきた。

 

「貴方には権利がある筈です! わたくしが貴方をクラスメイトの前で侮辱し嘲弄し罵倒したように、貴方もわたくしを嗤いなさい! 様はないと、口ほどにもなかったと、所詮は惰弱な女なのだと……! 責め立てて同じだけの罵詈雑言で袋叩きにすればいい! そうしなければ、帳尻が合わない! 対等に、なれないっ……!」

「!」

「どうして……貴方は、あの人はこんなにも正しいのに……! どうして、解り合えないのですかっ……」

 

 お父様。貴方は正しい。貴方の慈愛は、正しい。

 間違っていたのは、人として、妻として愛がなかったのは――――お母様だった。

 

「ぅっ……くっ……!」

「……」

 

 胸がじくじくと痛みを発している。ただ幼児のように叫ぶばかりで呼吸すら忘れていた。心臓からの精一杯の抗議だった。

 纏まりとは程遠い思考の嵐。自分が何を言いたいのか、何を聞きたいのかもよく分からなかった。

 ただ、自分が間違えていたのだと気付かされた。否応も無く。

 

「解り合いたいと、思っています」

「ぇ……?」

 

 見上げれば、黒い装甲が歩み寄って来ている。

 そのまま、男は地面に正座した。

 座ってもその巨躯を見上げる形は変わらなかったが、少しだけ視線は近付いた。

 

「貴女が自分に何を求めておられたのか、己はそれを知りたかった。あれほどの意気、徒事ではありますまい。しかしそれを汲み取れるだけの思慮が己には無かった。恥ずかしく思います」

「……」

「対等と、仰ってくださった」

「!」

 

 不意にその分厚い仮面の下で、男が微笑んだような気がした。見えはしない、その笑みを感じた。

 

「お許し頂けるなら、そう在りたく思います。クラスメイトとして、どうか今後ともよろしくお願い致します。オルコットさん」

 

 巨大な甲冑はその場で一礼した。背筋は伸び、頭は低く、綺麗な辞儀だった。

 その真っ直ぐさが少し、眩しい。

 お父様、貴方も()()だったのですか。

 

「…………はい」

 

 小さくそのように応えるだけで精一杯だった。ただ自分が惨めで、情けなくて、虚しい。

 一生答えの出ない問いを思い出してしまった。目の前の、彼の所為(おかげ)で。

 

『第一試合の勝者は日野だな。続けて第二試合を行う。日野はその場に待機。オルコットは管制室へ来い』

「は、了解しました」

 

 ぼんやりと織斑教諭からの通信を聞き、結局返事すら出来なかった。咎められなかったのは幸いだが。

 案の定、彼はこちらにもう一歩進み出て、その大きな手を差し出した。

 

「立てますか、オルコットさん」

「え、ええ。大丈夫。一人で平気ですわ」

 

 差し出された手には掴まらず、PICで一旦浮遊し、体勢を改めてから跳躍する。

 今は、誰にも優しくされたくない。

 彼の気遣いに背を向けて、アリーナを後にした。

 

 

 

 

 

 ISを除装した後、とぼとぼと通路を歩いて管制室に着く頃には、既に次の試合は始まっていた。

 

「お疲れ様です、オルコットさん」

「あ、はい……」

 

 薄暗い管制室に入ると、山田教諭が用意していたバスタオルを肩に掛けてくれる。そのままソファへ導かれ、もう一人の女生徒の隣に座らされた。確か、篠ノ之箒さん、だったか。

 彼女はこちらに小さく会釈すると、また黙ってスクリーンに見入った。

 小型のシアターほどもある大きな画面の中で――黒と白が舞い踊っている。

 

「!?」

 

 黒は言わずもがな、日野仁が駆る提陀羅だ。

 白は、もう一人の男子生徒織斑一夏。見たことのない機種、おそらくは第三世代型の専用機だろう。純白の甲冑、純白の翼を背負う様はさながら天使であった。美しい少年を飾るに相応しい清廉さ。

 しかし、自身を驚愕させたのはそんな瑣末事ではない。

 黒い機体の動きは、連戦など問題にもならぬとばかり、いやむしろ一層鋭く(はや)くなったようにすら感じる。先の試合は損耗どころか、彼にとってはウォームアップの運動でしかなかったのだろう。

 対する、純白のIS。近接戦用ブレードを一振り構え、その場で無防備に滞空している。

 

(まさか)

 

 あの提陀羅を相手に、最初から接近戦を挑もうというの。

 当然、それを目掛けて激烈な加速で黒い機影は急接近した。

 その後に待ち受ける展開を想像する。削り取られるシールド、空へと投げ出される機体。もはやフラッシュバックの様相で。

 黒が白に迫り、拳を――――劈くような金属音が室内に響き渡った。ISの戦闘は爆音を伴う為、音量は相当に絞られている筈だ。それでも鋭く打ち鳴らされた衝突の音色。

 画面内に表示されている織斑機のシールドエネルギーは……変動なし。無傷だった。

 

「な」

「すごい……織斑くん、また」

「少々反応が遅れて派手にぶち当てたな。あのバカ、去なしは昔から下手糞でいかん」

「あはは、厳しいですね」

 

 いなし……あの弾丸のように襲来する提陀羅を、あんなブレード一本で受け流しているというのか。

 再度、黒が接近する。今度は直進ではなく、上下左右と攪乱機動を織り交ぜて。

 それに対して白が動いた。少年の機体、その機動性もなかなかに凄まじい。

 一切減速せずその勢力を維持したまま黒と白がぶつかる。衝突と同時に火花が散り、またしても甲高い調が奔った。

 擦れ違った両者は間髪入れず転身して攻勢へ、衝突し転身から攻勢へと、連撃に連撃を次いで行く。

 鋭角に飛行する黒に、円を描き飛翔する白。

 色彩も機動も対照的な両ISが、不可思議な調和を以て舞い、激しく争っている。

 

「ふっ、まったく。楽しそうに戯れ合いおって」

「あれがじゃれ合い、ですか……」

「そうとも。お互い手の内は知り尽くしている。一夏は、あいつのすることはなんでも真似したからな。自分のスタイルを持てといつも言ってるが聞きゃあしない」

 

 愚痴を零すような気安さを見せる織斑教諭の様に少し驚いた。ひどく優しげな微笑だった。

 黒と白はなおも舞い続ける。

 時を追う毎にその速度は確実に上がっていった。

 

「……」

 

 激しさを増す戦闘風景の中で、けれどどうしてか。

 刃を差し向ける少年を、黒き魔神は迎え入れる。何の躊躇もそこにはなく、一抹ほどの拒絶すら、無い。彼らは今相争っているのだ。ISという強力な兵器を用いて。それなのに。

 黒い機影を白の少年は追い掛ける。求めるように、(こいねが)うように。幼児が親の腕の中へ迷いなく飛び込んでいく様を、不意に幻視した。

 なんなのだろう。

 自分は一体何を見ているのだろう。

 闘争。そう、これは闘争の筈だ。冷たい刃と硬い拳が、最新テクノロジーの鎧で武装しぶつかり合っている。

 だのにどうして、どうしてこんなにも彼らは――暖かなのか。

 

「……ぁ」

 

 許しているからだ。黒は白の刃も、闘争心も、高揚も、何もかもを許し、受け入れている。

 白はそれを知っている。黒の慈愛も、優しさも、()()()()()()()()()()()というその意志も、言葉など要さず、心魂(こころ)で。

 

「ぁ、あぁ……」

 

 そして、自分も知っていた。

 この光景を、この睦み合いを、ずっと見てきた。ずっと、彼らは。

 

「あぁっ」

「オルコット……?」

 

 父と母は。

 許し合っていた。

 父は母の何もかもを許して、母は何もかもを許してくれる父だけを求めて。

 愛し合っていたんだ。

 ずっと、ずっと。

 

「あ、ぁ……! ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!」

「ど、どうしたんだ」

「オルコットさん!? どうしたんですか。どこか具合が」

「あっ、ぁ、ぁっ、セシリアは、ばかな子でした……ずっと、なにもわからずにっ……ずっと間違えて……!」

 

 絶対の正しさなどこの世には無い。そう気付いた。

 夫婦の形にも正解など無い。一つの正解がある筈と、ずっと思い込んでいた。それは自分にとっての理想でしかなかった。そんなものに囚われていた。

 あれが、あれこそが父と母の愛の形だったのだ。母は父の胸に甘えて、父もただそれを望んだ。

 愛はあった。わたくしの求めたものは、そこにあった。

 黒と白が舞い踊る。睦み愛し、互いを慈しむ。

 そう、なのですね。あの方達は。

 あの方達が。

 

「お父様と、お母様だぁ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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