織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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27話 再再会

 思い出すのは血の紅と子供の泣き声。

 強く色濃い残夢のような記憶。

 大きな、巌のような男がいる。開襟シャツを染める鮮やかな赤、朱、紅。滴る瑞々しさと糸引く粘つき、そんな血に塗れた男。

 そして、それに縋って泣き続ける小さな背中。

 思い出すのはいつも二つ。目に刺さる色と耳を貫く声。

 見て聞いてもなお、私には何もできない。伸ばそうとした手は鉛のように重く動かず、足を踏み出そうにも膝は笑い腰は砕ける寸前だった。

 何もできない。

 それだけを実感する。自分の無力を骨の髄から味わわされる。

 ただ、ただ、私はその光景に立ち竦んだ。

 そうして次に湧き上がってくるのは、ひたすら、どうしようもない、卑しい感情。

 

『なんであんたなの、仁』

 

 無意味な問いを叫ぶ。胸の内を木霊する。

 答えがないから無意味なんじゃない。結論(こたえ)は既にここにある。解り切っている。

 それでも。だからこそ、私は声もなく叫ぶ。

 

『なんで私は――――』

 

 醜い羨望という名の汚泥を私は延々と腹腔から喉笛から嘔吐する。

 

 

 

 

 

 

 

 白い翼は夕陽に染まり、彼は淡い茜を纏って羽撃(はばた)いた。

 舞うように柔らかな飛翔。空間の最短距離を最小限度の動作を経て零に――つまりは当機へと接敵する。手には一刃。変形太刀(ブレード)

 上段に執った剣を対手へ届かせんと欲するならば振り下ろすが定法。しかし、我らが纏うは空を翔る(IS)。通常の剣術、物理法則すら常の適用とは行かぬ。

 この儀、アリーナ内、地表30mにおいても戦闘術理は変容する。

 高速飛翔から斬撃を繰り出す時、必ずしも腕の運用は必要ではない。刀身をやや肩に担ぐように反らし、対手の懐下へ飛び込むだけで、瞬時にして亜音速を超える速力の乗った刃は装甲(シールドバリア)を容易く殺ぎ落とすだろう。

 況んや、あの“白式”の太刀はただの刃に非ず。強固なISのエネルギーシールドを物理的に切断せしめるエネルギーブレード――雪片弐型。

 一太刀でも受ければ莫大なエネルギー損耗を強いられ、加えて彼の剣筋……その精妙さあらば絶対防御の発動は必至。

 受けてはならぬ。

 顕現されたエネルギーブレードは触れるだけでこちらのシールドを食い破る。エネルギー放出機構たる実体の刀身ないし鍔、柄、それを握る手先を弾かねばならない。

 推進器に火を入れ、我方もまた前進。相対しての接近速度はISの知覚能力を易々と凌駕する。

 接触まで万分の一秒。弾くか去なすか、そうした選択肢を――この一刹那に捨てる。

 背部推進器噴射角を微調整。高速で前進飛行する機体が僅かに下降する。そしてその速度は対手が此方の懐を飛び抜けるより一拍分優越していた。

 やはり単純加速性能においては当機に分がある。

 そして下方を翔け降る当機に敵機の刃は届かない。

 

「ふふっ」

 

 ふと耳を打つ微かな笑声。通信によらぬ声を確かに聞き取った。

 小鳥の囀りめいて澄んだ少年の。

 白が動く。回転(ロール)する。空中を腹這いに飛翔していた機体の上下が入れ替わり、翼と刃先が地を差す。つまりは上段の太刀が下段の――下方を行く当機を捉えていた。

 

「!?」

「もらい!」

 

 回避運動。上体を捻り、同時に背部推進器出力を引き上げる。

 が、この間合では。

 右肩に衝撃、飛行体勢が崩れる。そして『右肩部に被撃。損傷軽微』と、どこまでも平淡なシステム音声が報告と機体状況(ステータス)を表示する。

 回避が功を奏したか斬撃は浅く、エネルギーの損耗も最小限度に留まった。

 

「機先を完全に読まれていました。御見事です」

『へへへ、結構器用だろ?』

「しかし」

『へ?』

 

 胸部および脚部推進剤噴射口を開放。最大出力。

 反転せず、機体は後退する。

 前進から()()()()後退運動。本来ならば不可能なこの機動をPICが可能にした。

 打ち込みの後、姿勢制御の暇もなかったろう。背泳ぎのまま飛翔する純白の天使。

 脚部推進器をさらに点火、途端に後方宙返りする身体と振り子の錘ように足先が翻り、足甲が白式を捉えた。

 打点は上下逆だが、所謂オーバーヘッドキックであった。

 

「のわぁ!?」

「御油断は禁物に」

 

 反撃には成功した。しかし、元より機を逸しており、且つ十分な勢力の乗らぬ一打。多少相手を驚かせる程度の効力しかない。

 まあ、それこそが目的であるので、思惑は実に完璧に達成されたと言っていい。

 推進翼をバタつかせ、慌てふためきながら空中で溺れる少年の姿に微笑する。

 

『もぅ、意地悪!』

「ふっ、申し訳もなく」

『あー! そういう態度とっちゃう!? ふんだっ、ジンの夕飯冷奴オンリーだから!』

「それはまた手厳しい」

 

 地上最強の機動兵器を身に纏い、刃の鎬を装甲の拳で削りながら、けれどひどく和やかに模擬戦闘は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾度となく交叉する黒と白の機影。

 アリーナ観戦席からその光景をうっとりと眺めやる少女が一人。セシリア・オルコットは自身の高揚を自覚する。

 

「やはり素晴らしいですわ」

 

 彼らにとって闘争が、内実は睦み合い以外の何ものでもないことを少女はよくよく理解した。ここ数日の放課後、ほんの数時間ほど行われる模擬戦闘を目の当たりにして。

 しかし、何も相思相愛する二人のその様にのみ感動を覚えている訳ではない。同じIS操縦者として驚嘆に値するほどの戦闘能力を日野仁と織斑一夏は有していた。

 超音速を乗りこなす動体視力。反射、反応の感度。何より、戦闘行為そのものに対する経験値(キャリア)才覚(センス)が桁違いなのだ。

 たとえ代表候補生であっても彼らに敵う者がどれほどいよう。それは自身への皮肉でもあるが。

 まあそれはこの際端に置くとして、自分は今相当に有意義な時間を過ごせている。

 

「織斑くんと日野くんやっぱやばくない?」

「うん! 同学年なの信じらんない」

「今度さ、実習あるしいろいろ教えてもらおうよ」

「それいい。そのままお近づきになっちゃう?」

「マジ? アッハハハめっちゃ肉食系じゃん」

 

「……」

 

 自分と同じように、観戦席から彼らの戦いを見物する人間も数人……いや数十人はいる。

 だが、純粋に彼らの優れた技術を学び取ろうとここへ足を運ぶ者が果たして幾人在るだろう。少なくとも聞き取った限り、そうした殊勝な心がけは微塵と感じない。

 学園にたった二人だけの男子生徒。珍しい異性に対する好奇と興味。それだけだ。

 蒼穹に舞う花二輪、その美しさと芳しさに集る小蠅共。

 

「目障りだこと」

 

 顎に手を添えて思案する。眼下の席で友人と談笑し戯れ合う女子生徒ら。

 一匹一匹焼いて潰せばいずれ綺麗にいなくなるだろうか?

 

「それとも燻して追い出しましょうか」

 

 オルコット家の財力と築き上げてきたコネクションを用いれば、彼女らに()()を促すことは容易だ。IS学園に所属する生徒が如何に超法規的庇護の下に在ろうとも――親兄弟、親類縁者、必要なら飼い犬にまで、相応の根回しをすればいい。

 晴れて小蠅は自らこの地を去るだろう。

 

「無駄ですわね」

 

 数の多さと目的達成の難度は別段どうでもいい。それ以前に、そんな配慮が不要なのだ。あの御二方には。

 身の程を知らない雌猫共がいくら盛って腰を振ろうと、あの方々はきっと見向きもしない。そう、唯一絶対の絆によって彼と彼は繋がっているのだから。

 

「ふふふふふ……あぁ、素敵ですわ。おとうさま、おかあさま」

 

 再び視線は空を仰ぐ。茜色に刻まれる黒と白の軌跡。愛という名の図形。

 自身が守るべきものを、瞳とこの心に改めて焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年と二人ピットへ帰還し、ISを除装する。

 

「ふぃ~、流石にくたびれたなー」

「お疲れ様です」

 

 額から流れる汗を少年は腕で拭う。高速機動戦闘の後ともなれば当然、筋肉は熱を持ち身体はそれを発散する為に多量に発汗する。ISスキンスーツは通気性と保温性を両立する優れた生地組織が採用されているが、ISとの接触面積を考慮され如何せん肌の露出が多い。それこそ汗をそのままにすれば思わぬ疾病を招く。

 

「更衣室へ急ぎましょう。タオルを」

「こちらをどうぞ。仁様、一夏様」

 

 声の方を見やるとそこにはオルコット嬢が佇んでいた。両腕には白いタオルを掛け、それらをこちらに差し出す。

 放課後のこうした自主トレーニング後、彼女は何かと我々の世話を買って出てくれている。

 

「いつもありがとうございます」

「サンキュ、セシリア」

「いえ、お安い御用ですわ。それどころか、お二人の技術を見学させていただけるのですから、この程度は当然のこと。どうかお気になさらないでくださいましね」

 

 そのように言われようともやはり、彼女の配慮には頭が下がる。

 

「アリーナの使用申請についても御口添えいただきました。礼をすべきはこちらの方です」

「代表候補生という肩書きを有効活用したまでですわ」

「セシリアも一緒にやればいいのに。というか、そっちの方が見てるだけよか身になるだろ。千冬姉風に言うと、闘法に幅が生まれる、ってやつ」

「は、全く以てその通りかと。セシリアさんがよろしければ是非に」

「ふふ、お誘いはとても嬉しいですわ。ですが、今のところは遠慮させていただきます……」

 

 不意に少女は少年の耳に唇を寄せた。

 

(空の高みでの逢瀬、愛し睦み合うお二人の邪魔などできませんわ)

「っ、セ、セシリアぁ……そういう言い方はちょっと、少し、その、恥ずいです……」

「ふふふ」

 

 火を入れたかのように赤く沸騰する少年に、少女は優しく微笑んだ。

 ここのところ、一夏少年とオルコットさんは何かとこうして声を潜め、内緒話をするようになった。内緒の話であるのだからして己にはその内容を知る由もないが。

 とはいえ、少年と少女が友人として仲を深めている。当初の険悪さを思えば、ただただ喜ばしいばかりだった。

 

「そ、そう! 夕飯! 夕飯の支度しないと。早く着替えようジン!」

「は。もうよろしいのですか、お話は」

「い・い・か・ら……!」

「ふふっ、一夏様は本当に可愛いらしいですわ」

 

 少年に背を押されながらピットを出て通路を行く。アリーナの更衣室は勿論女子生徒専用だが、今の時刻ならば我々以外に利用者はない。

 その筈だが。

 

「?」

「んんっ? どうしたんだよ?」

 

 立ち止まった己に少年が(つか)える。

 リノリウムの通路の先、更衣室の手前に人影を認めた。小柄な少女だ。当然といえば当然ながらIS学園の制服を着用している。

 女子生徒はこちらを向き、廊下の中心で仁王立つ。不意に、二つに結った栗色の髪が揺れ――矮躯が弾けた。

 

「!?」

 

 弾けた、と見違うほどの瞬発。少女は疾駆して我方との距離を一気に詰めた。

 衝突までもう二歩分、その二歩を少女は一歩で跨ぎ越す。いや、踏み抜いた。

 

 ――震脚

 

 床面を伝った震動の強さを足先から利き取る。

 少女は腰を落とし、踏み込んだ右脚と共に拳を打ち出していた。

 

 ――崩拳

 

 体重移動力並びに完璧な震脚による地面との反作用。少女が如何に矮躯であろうと、数十kgの重量を拳一点に乗せたその貫通力は脅威。

 退くことはできない。身を躱すこともできない。背後には一夏少年がいる。ならば受ける。

 思考が遅々と結論を導くよりも早く、肉体はさっさと行動を終えている。

 

「シ」

「くっ」

 

 右前腕、筋群の最も厚い部分に拳は突き刺さった。

 悪態の息遣いは、我方ではなく彼方より。不意打ちを防がれた。企図に至らぬ苛立ち。そのような意を感じる。

 

「! 貴女は」

 

 覚えがあった。荒々しく、時に少女らしからぬその雄雄しさ。

 

「っっ!」

 

 気息が乱れたのもほんの一瞬。少女は追撃した。

 中段への蹴り。半歩踏み込んでの肘打ち。上体を半転身しての裏拳。

 こちらも右半身になり、蹴り脚および肘鉄を捌く。さらに一歩踏み込んで、裏拳を見舞おうとする少女を肩口で押しやった。

 

「うわっ」

 

 驚いたように少女が踏鞴(たたら)を踏む。

 体格差は有体に言って歴然。単純に押合えばこうもなろう。

 そうしてよろけた先には既に彼が控えていた。

 背後から少女の脇の下へ手を入れて、一夏少年はその矮躯を抱き上げる。

 

「きゃぁあああ!? ちょっ、やめ、降ろしなさいよぉ!」

「やぁだよっとと。この御転婆中華娘。いきなりなにしてんだぁあよっと! ジンぱす」

「はい」

「んきゃぁあああ!?」

 

 その場で少年はぐるりと回転し、遠心力のままに少女を投げ寄越す。

 それをそっと受け取り、そのまま米俵よろしく肩に担ぎ上げた。

 少女はじたばたと暴れた。

 

「うわぁああ降ろせぇー!!」

「よろしいでしょうか?」

「殴りかかって来ないなら」

「だそうです。如何でしょう」

「うぅ……わかったわよぅ!」

 

 泣きの入った承諾を得、少女をそっと地面に降ろす。

 彼女は乱れた制服を整えると、改めて我々を睨み付けた。

 変わらぬその様に笑みを返す。

 

「ご無沙汰しておりました。鈴さん」

「久しぶりだな、鈴」

「…………うん」

 

 ぶすっと不機嫌を露にしてなお愛らしい顔立ち。不貞腐れた小さな返事だけをして、少女はそっぽを向く。

 (ファン)鈴音(リンイン)。それはⅠS学園を訪れてから実に二度目の、望外の再会だった。

 

 

 

 

 

 

 

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