織斑姉弟(へ)の献身 作:足洗
凰鈴音、彼女との出会いは約四年前。箒さんが我々の前を去って間もない春の頃、入れ替わるように鈴さんは転入してきた。
当時、別室登校を行っていた己が彼女と親交を持つのは少しばかり後のことであるが。
初対面……とも呼べぬ、その出会いは良い思い出とはとても言い難いものだった。けれど、あの出来事が有ったればこそ、今の彼女がある。
一夏さん、あの少年が守り抜いた。明るく快活な、本来の彼女を。
「……とりあえず」
床に降り立った鈴さんは、己の肩口の向こうをじろりと睨む。
自身もまた後背へ振り返った。無論、己はハイパーセンサーによってソレを見るまでもなく捉えていたが。
「その物騒なの、仕舞ってくんない。誤射されて消炭になるのは御免だから」
「あら、これは失敬をば」
声色を低くする鈴さんとは裏腹に、セシリア嬢は軽快に言った――――その手に、大口径レーザーライフルを構えながら。
機材・物資の搬送を考慮され十二分に広々としたアリーナの通路が今や実に狭々しい。それほどに、ISの武装は生身の人間には巨大に過ぎる。
彼女が量子変換によって“スターライトmkⅢ”を顕現させたのは感知していた。その砲門が寸分違わず鈴さんを捕捉していたことも。
故にこそ、己は鈴さんの進路上から、射線上から離れることができなかった。
「セシリアさん……」
「申し訳ございません。とんだ粗相をしてしまいました……お許しください、仁様」
「いえ、自分は問題ありません。しかし」
「ですが、仁様、一夏様も。お二人の御身柄は今やこの世界にとって掛け替えのないもの。学園内であろうと
セシリア嬢の手中からライフルが光の粒子となって消失する。同時に、傍らの少女の臨戦態勢も僅かに和らいだ。
その様を見下ろすように、蒼い少女は微笑する。
「貴女も、あまり軽率な真似はしないことです。本当に撃たれてしまってからでは遅いでしょう?」
「ふん、身内同士の他愛ない挨拶よ。あんたには関係ない」
「ごめんあそばせ。他国の文化にはまだまだ疎いもので。チャイニーズの挨拶がこんなにも野卑な……いえ、ユニークだとは存じ上げませんでしたわ」
「もしかして喧嘩売ってる?」
「そのように聞こえるのはそちらに心当たりがあるからではなくて?」
険と棘ばかりが尖る会話に、文字通りこの身で割り込む。同じく、様子を見守っていた少年もまた動いた。
「セシリアさん、我が身の軽挙を謝罪致します。そして御配慮に心より感謝を。しかし、どうかこの儀はこれにて御寛恕願います」
「鈴も抑えろ。お前がいきなり殴り掛かってきたからセシリアも驚いたんだよ」
「勝手にビビッて銃まで抜かれちゃ堪んないわよ。なによ、あんたはそいつの味方するわけ!?」
「味方とか敵とかじゃなくて、せっかく久しぶりに会えたんだからさ。積もる話もあるんだし、こんなところで立ち往生とか勿体無いだろ? な?」
少女は少年の諌めにも完全には納得しなかった。鈴さんの目にあるそれは、もはや敵意と表して不足無い。
その時、ふ、と脱力するようにセシリア嬢は息を吐いた。
「そうですね、失礼な物言いでした。申し訳ありません。お許しいただけますかしら」
「……些細なことよ。問題にもならない、ね」
「それはなによりですわ」
短く言葉少なに応酬し、話は終わったとばかり。セシリア嬢は己と一夏少年を見止め、その場で
「わたくし、本日はこの辺りでお先に失礼致します。お友達との久方ぶりの再会に水を差すわけには参りませんから」
「は、お気遣い有り難く」
「ごめん。今日もありがとなセシリア」
「ふふ、ではまた明日」
微笑し、小さく手を振って少女は歩き出す。
擦れ違うその横顔はやはり美しかった。
……しかし彼女が鈴さんを見る瞳は、最後まで凍て付いて見えた。
アリーナ入り口のエントランスホール。少年らは手近なベンチに腰掛けている。
人数分の飲物を抱え、その場に歩み寄る。
「どうぞ」
「お、ありがとジン」
「ん……」
少年にスポーツ飲料、少女にはココアを差し出し、己もまたベンチに着く。
鈴さんは胡坐を掻いて膝に頬杖を突いている。機嫌の良し悪しは、確かめるまでもあるまい。
「改めて、お久しうございます。鈴さん」
「力一杯元気そうで安心した」
「……うっさい」
聞く耳は持たぬとばかり。けんもほろろとはこのことか。
ともあれ、尋ねるべきことはある。
「いつ頃こちらへ来られたのですか」
「転入ってことだよな」
「……手続きとかは結構前に終わってた。学園に着いたのは、ついさっき」
プルタブを起こし、少女は缶を呷った。
「ってか、いきなり殴りかかってきたのはなんなんだよ。小坊の頃だってあんなアグレッシブな挨拶してなかったろ」
「…………」
少年のおどけた問いに、しかし少女は即座返答はしなかった。
自分としても理由を詳らかにするのは本意である。彼女は時に激しい気性を露にすることはあっても、他者に理不尽な暴力を振るうような無頼では断じてない。
「お聞かせいただけませんか。あるいは自分に何か、不徳があったなら」
己はそれを糺され、正さねばならない。
押し黙っていたのもほんの数秒のこと。まず、空気に消え入るような掠れ声がした。
「……なんで……」
「はい」
「退院したんなら、連絡の一つくらい寄越しなさいよ!!」
続いて響いた
しかしその痛みを厭う心持ちは微塵とて湧かぬ。
――ああ、そうか
すとんと、彼女の行動が合理した。
そして、少女の隣で俯く少年の様を見る。その心中の悲痛を察して、心臓に
立ち上がり、少女の前に正対する。迷いなく、それ以外の方法すら浮かばぬまま、腰を折り頭を垂れた。
「申し訳ありませんでした」
「っ……」
入院の原因や、退院前、そうして退院してからもなお様々なことがあった。ISという強烈なファクターが我々の日常を激動に変えていった。
時期も悪かった。己が昏睡状態に陥ってから半年目。中学二年の三学期、御両親と共に鈴さんは帰国、日本を離れてしまった。
――だが、それが一体何の言い訳になるという。それらは彼女の思慮、憂慮に対して何程の意味も持たぬ。
頭上に在る、友人という存在が己にとってどれほどに得難く、貴いものかを忘れる筈がない。誠意も何もかも足りなかった。己の無思慮がただ恥ずかしかった。
「……」
不意に、右手の人差し指を握られる。小柄な彼女の手は、己の図体からすればあまりにも小さく儚い。しかし、指から伝わる力強さはそのようなイメージを吹き飛ばす。
それはまるで、赤子の握力に生命の強さを実感するかのようだった。
少女は己と、一夏少年の腕を抱き寄せ……程なく、鼻水を啜った。
「っ、ふ、く、ぅ」
ぽろぽろと零れ落ちた涙が、彼女の膝小僧に当たっては滑り落ちる。
「ぶじで、よがったぁ……!」