織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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29話 蕾

 己が思慮深い人間だなどと思えたことは一度もない。

 

「そういえば、さ」

 

 だからこそ、誤った。

 

「仁の怪我ってまだ、その……良くなってないの?」

「は……そのようなことは。皆さんの多大な御援けを賜り、この通り完全に恢復しております」

 

 おずおずと問いを重ねる少女の、その躊躇いを単なる気遣いと片付けた。それが最たる愚考であった。

 包み隠すべきではなかったのだ。浅はかな思慮を働かせ、瑣末な嘘を少女に吐き寄越した。真実がどれほど無情でも、傷を放置すればいずれ膿み()えてしまうのだから、一時の痛みを己は彼女と共に甘受すべきだった。

 

「そっか。ならいいけど。てっきり治り切ってなかったり、あとほら……後遺症とか残ってんのかと思ったから」

「? 何故、そう思われたのですか」

「だって私が仕掛けたとき、あんた――――」

 

 誤った。

 凰鈴音が抱く想いの深淵(ふか)さを。

 完全に、完璧に、日野仁は見誤った。

 

「――――左手、庇ってたじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――妙な癖が付いてしまったようです。重ね重ねご心配をお掛け致します」

 

 馬鹿丁寧にそう言って会釈する男を、溜息混じりに見上げた。

 相変わらず山みたいに大きくて、その身長と反比例するようにやたらに低姿勢で、糞真面目で、他人の心配ばかりする。どうせ今の変な間も、こっちに気を遣って何かを誤魔化したに違いない。

 徹底的に突っ込んで詰問してやろうか……なんて。

 

「ま、今日のところは勘弁したげる」

「ありがとうございます」

「ぷっ、ふふ、ばーか。ホントに全ッ然変わってないわね」

「お前も人のこと言えないだろ」

 

 横合いから茶々が入る。思っていたよりずっと近くに少年の顔があった。

 途端、心臓が跳ねて顔が火を吹く。

 悪戯っぽい笑みを浮かべる、まだ少しだけあどけない形。女の自分から見ても憎らしいくらい綺麗な容貌。ひどく危うい美しさ。

 けれど、自分は知っている。彼の、その容姿とはかけ離れた勇ましさを、猛々しさを。差し伸べてくれた手の頼もしさを。

 

「? どうしたんだ。顔、赤いぞ」

「う、ぅうっさい! なんでもないわよ!」

「変なやつ」

 

 人の気も知らないで少年は笑う。その笑顔さえ眩しく見えて、自分はどうしようもないくらいこいつに()()()()んだって自覚する。

 あの頃から何も変わってない。少年も、少年に対する自分の想いも。

 

「さってと、そんじゃあ今日も夕飯は四人分か」

「え?」

「さっき言ったろ。積もりに積もった話を開陳するんだよ」

 

 ベンチを立って少年は高らかに宣言する。

 もともと寮部屋は訪ねるつもりでいたし、正直その提案は願ってもないことだけど。

 

「はは、なんか夕飯に誰かを誘うのが日課みたいになってきたな」

「確かに、この頃は。なれば客人を招くという点においては、あの部屋構えも重宝でしたね」

「あー、まあ豪華さだけは学園一かもだし」

「……誘うって誰を」

「ん? ほら、さっき会った金髪の子だよ。最近仲良くなってさ。あと篠ノ之箒っていう俺の幼馴染。鈴にも話したことあったよな」

 

 あっけらかんとのたまうその可愛らしい顔が怨めしい。どうやら危惧していた通り、少年のこの“悪癖”もまた頭に来るほど変わらない。

 セシリア、とか言ったか。あの金髪女がこちらを露骨に敵視してきた理由も想像が付く。目を付けていた見目麗しい少年に馴れ馴れしく絡む見知らぬ女。

 まあ、気に入らないからといってISまで持ち出すのは過剰というか異常だが。

 

(? あれ? あいつ、なんで)

 

 不意に疑問が浮かぶ。

 砲口を突きつけて来たあの女。見知らぬ、初対面の筈のあの女は。

 

(私の出身国を知ってた……?)

 

 自分の外見が殊更人種的特徴に富んだものとは思えない。それこそアジア人種の顔の違いなど、白人は、アジア圏外の人間は頓着しないだろう。

 一夏や仁は自分を鈴と呼んだ。フルネームを口にしたならまだしも、これも国籍を特定するには不十分だ。

 

「…………」

 

 不気味だった。恐怖感も多少覚えている。しかし、それ以上に湧き上がるのは苛立ちと怒りだ。

 既に喧嘩は売られていた。それを瞬時に察知できなかったことに無性に腹が立つ。

 

「うーん、やっぱ中華かな? 調味料買い足さないと」

「ではこのまま学内スーパーへ向かいましょう。鈴さんはどうなさいますか。一度部屋に?」

「……いいわよ。私も付いてく。この私に中華料理を振舞おうなんていい度胸じゃない。食材の目利きから、お手並み拝見させてもらうから」

「なんだよその料理バトル漫画みたいなノリ……ま、いいけど。絶対美味いって唸らせてやるよ」

「あ~ら生意気! ふふふ!」

 

 安い脅しなんて踏み潰すだけ。

 一夏は渡さない。渡すもんか。

 そうだ。あんなぽっと出の女に構っていられるか。

 

「行こう」

「は」

「……」

 

 連れ立って歩く二人、その背中を追い掛ける。

 いつものように。

 いつかのように。

 気付いた時には()()だった。

 変わらない光景。変わらない関係性。変わらない嫉妬。変わらない羨望。

 泣きたくなるほどの不変があった。

 小学五年の春。少年と出会い、そしてあの男と出会った。

 少年への想いが募り深まるほど、彼らの絆の強さを思い知らされた。自分が割り込む余地など微塵もないほどの、深淵(ふか)さ。

 証を見た。真実の“ソレ”を男は示した。

 

 

 ――血の紅と子供の喘鳴が

 

 

(……違う)

 

 それでも、どうあっても、必ず振り向かせてみせる。その為にも、私はここに来たんだから。

 諦め。その賢明さを私に捨てさせたのは、誰あろう(アイツ)なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園内の無駄に大きなスーパーで一通りの買い物を済ませて、一夏達の部屋に案内された。

 

「……えっと、参考までに聞くけど……いくら積めばこんな部屋に住めるの?」

「誤解です」

「人聞き悪いこと言うな! ……いや、まあ言いたいことは解るけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






展開激遅かつ遅筆で本当に申し訳ない。
でも徐々に病要素散りばめるの愉しすぎぃ!
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