織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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原作読み込むほど思う。鈴ちゃんはめっちゃええ子やでぇ。




32話 憧れを踏み拉く覚悟

 

 

 

 

『お母さんたち、別れることになったわ』

 

 無色透明の貌で妈妈(おかあさん)はそう言った。

 表情も、生気も抜け落ちて、ただ重い疲労だけが影を落とす。たった一つだけ残された感情があるとしたら、それはきっと“諦め”と呼ばれるもの。

 無表情のままに、母は泣いた。ただその目からぽろぽろと涙を零れ落として。

 その姿があんまりにも痛ましくて、苦しかった。気付くと私も母に縋り付いて泣いていた。

 ある日突然、家族は二人になった。

 

 どうして。

 当たり前の疑問で頭はいっぱいになる。けれどそれを問い質す勇気が、私にはなかった。

 父は母に何も話してはくれなかったという。ただ『別れて欲しい』と繰り返すだけで取り付く島もなかったと。

 納得などできる訳がなかった。

 でも、理由を知ってどうなる。もしも父の口から、家族の不和を、鬱憤や嫌悪や憎悪を聞かされたとして、自分はそれに耐えられるのか。

 無理だ。

 そんなの、とても耐えられない。きっと私の中の何かが壊れてしまう。

 

 結局は諦めるしかない。不可解の蟠りと、それを解く術もなく。

 家族を一人失ったという事実を飲み下す。その痛みに心を殺しながら。

 

 ……本当にそれでいいの?

 

 迷いは消えてくれない。何かを、やらなければいけないことがある。漠然とした焦りだけが胸の奥で燻っていた。

 その思いに、見て見ぬふりをする日々が続いて――仁が事故に遭ったという報せが届いた。

 私の中国への帰国が決まってすぐのことだった。

 よりにもよって何故こんなタイミングで。不安定な精神状態に、すわトドメを刺されるような心地だった。

 

『俺の所為だ……』

 

 駆け付けた病院、集中治療室の外のベンチで一夏は呆然とそう言った。

 無表情に涙を滂沱する姿は、まるっきりあの日の母と同じだった。

 何もできない。すっかり馴染み深くなった無力感を私は噛み締める。何もできない……違う。何かをすべきだった。できるできないの線引きをしている暇があるなら、悲しむ一夏を抱き締めて、慰めて、一緒に泣き喚けばよかったんだ。その悲しみの深さに尻込みして何もしないより、何万倍もマシだったろう。

 仁なら。

 きっと、仁なら迷わないのに。

 私はそんな後悔を残し、仁の快復も見られないまま日本を後にした。

 けれど、あるいは、その後悔こそが私を衝き動かしたのかもしれない。

 

爸爸(おとうさん)と話をする』

 

 私と母が帰国したように、父もまた中国に戻っていた。父の実家の住所も知っている。

 蟠り、疑念を払拭する機会。しかし、それは帰国したばかりの今しかない。父の音信が途絶えて、そのまま住む場所まで移されてしまえばもうどうすることもできないのだから。

 すぐには動けなかった。迷いと、何よりも真実に対する怯えが、私の足を重くした。

 それでも、私にその一歩を踏み出させたのは。

 

『仁なら……』

 

 諦めない。

 立ちはだかる困難にも恐怖しない……なんて筈はない。

 

『暴力も悪意も、ひどく恐ろしく思います。しかし、己自ら定めた使命が既にこの身にはある』

 

 仁だって、人間なのだ。ただその恐怖を抱え込んででも為すべきことを為そうとする。

 自分でそう決めたから、それだけのことなのだと彼は言った。

 それは勇気とか果敢さとか都合のいいものじゃなくて、もっと厳しい、もっと冷徹なもの。自分に対する感傷や甘えを許さないこと。

 覚悟。

 私も仁のように――――

 

 何度も引き返そうとして、その度に仁の言葉を、仁の声を、仁の姿を思い浮かべた。それらは私に諦めることを許さなかった。

 それを数え切れないくらい繰り返した時、気付けば父の住む家が目の前にあった。

 扉の前に立つ私を見た父の驚き様はそれはそれは凄かった。それこそ、娘に対して用意していたであろう離婚の理由(ウソ)が全部真っ白に吹き飛ぶぐらい。

 真剣に詰め寄る娘に父はとうとう白状した。

 自分が癌であること。余命の宣告を受け、それがもう幾許もないこと。そしてその治療費が家の貯蓄ではどうやっても賄えないほど莫大であること。

 話し始めてしまえば滔々と、父は丁寧に事情を説明していった。

 

『すまない』

 

 最後にそう締め括り、父は頭を下げた。

 ああ、その姿、それは、諦めを飲み下してとぼとぼと日本を去る時の自分にとても良く似ていた。

 だから余計に、許せなかった。

 父の嘘を。独り善がりの優しい嘘を。黙って母と私の前から去る、そんな選択を自分勝手に決めたことを。

 

『ふざけんな』

 

 私は暴れた。父の嘘に対する怒りで、何も見えなくなるくらい激しく。手当たり次第に物を投げて、それで足りない分父を叩いて、叫んで、泣き喚いて。

 気が付くと日が暮れていた。

 ぐちゃぐちゃになった部屋の真ん中で父は私を抱き締めて、ひたすら謝り続けた。

 私は泣いた。声も上げずに、ただ泣いた。

 散々泣きに泣いて、父を許した。

 心から蟠りが消えて、同時にこれから自分が為すべきことをはっきりと見付けていた。

 

 観念した父は母にもまた事情を説明して、それを聞かされた母が自分と同じかそれ以上の激しさで暴れまくったのは言うまでもない。

 離婚は取り下げられ、父はきっちりと治療を受けることになった。

 費用は、店や家財を売り払い、足りない分は借金を当て込んだ。父はこの期に及んでまた渋ったが、私と母が聞く耳を持つ訳がない。

 幸いにして返済の当てはすぐに見付かる。私にISの操縦者適性があったのだ。

 IS操縦者、それも代表候補生ともなれば国から補助金が出るし、国家代表になり各企業からスポンサーが付けば一定以上の収入は約束される。

 斯くして私はIS学園へ進学することになった。家の借金返済の為というなんとも世知辛い理由で。初恋相手を追い掛けて……の方がもう少し可愛げもあったろうが。

 

 諦めず、父と話をしてよかった。

 その覚悟をさせてくれた友達に、深く感謝している。なんだか恥ずかしいので直接は言えないけど。

 

 ――――ありがとう、仁

 

 いつか、この言葉を伝えよう。

 仁が無事目を覚まし、退院したと弾のやつから連絡を受けた時、私は心の中でそう誓った。ついでに、退院の報告を怠った一夏と仁に鉄拳を食らわせてやろうなんてことも思いながら。

 

 ようやくあの日常が戻ってくる。

 そう、思ってたのに。

 

 仁は嘘を吐いた。独り善がりの嘘を。よりにもよって父と同じ。

 父と同じ優しさで、父と同じ慈しみで、父と同じ――一夏にも与えたその、無償の愛で。

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか蹲り、砂浜に膝を突いていた。両手で砂を握り締めて、それこそ砂を吐くように言葉が口をつく。

 

「許さない……」

 

 潮騒が響く。私を嘲笑うように。

 仁と自分の覚悟の差を、現実を思い知って、子供のように喚く私を。

 今、世界全部が私を嗤っている。そんな気さえする。

 それでも私は。

 

「私は、あんたを許さないっ……!」

 

 自分を見下ろす男を睨み上げた。

 悲しげに、悲痛に翳らせたその目は私を労わるようだった。

 

「鈴さん……」

「っ」

 

 差し伸べられた手を振り払い、立ち上がる。

 

「……明後日のクラス対抗戦、私は二組の代表として出場する」

「!」

「専用機もある。それで一夏を倒すわ……その後に、あんたとも戦う」

 

 至極一方的に、自分の中の決定事項を並べ立てる。反問も、意見も聞く気はない。

 

「一夏を倒して、あんたを下して、私はあんたから一夏を奪い取る!」

 

 それは歪な、それでも私の覚悟だった。

 驚愕の気配を一瞬だけ見せて、仁は目を閉じた。その一刹那だけで空気を静謐させる。

 ああ、それは完璧な、仁の覚悟だった。

 

「承知しました。日野仁は、凰鈴音の宣戦布告を拝受します」

 

 波が砕け、私と仁の間に飛沫を打つ。袂は、別たれた。

 もはや話すことなどない。私は踵を返してその場を後にする。

 ただ、私の背中に注がれる視線の気配だけは、一向に消えない。棘や険とは程遠い穏やかさ。最初から最後まで私を労わるだけの瞳。

 私の憧れは、結局今も変わらなかったんだ。

 仁は、変わっていなかった。

 どうしようもなく、残酷なくらい。

 

 

 

 

 

 

 

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