織斑姉弟(へ)の献身 作:足洗
今年もちらほらと更新させていただきます。
どうか本年もよろしくお願いします。
晴天の午前、風も凪ぎ、気温湿度共に適性値。天候に恵まれ、屋外での活動――戦闘行動に最適な良い日和と言えよう。
今日この日、クラス対抗戦は始まった。
年中行事、それも新入生初披露目の場とあってか、アリーナの観戦席は超満員といった様相。そしてそれだけではなく、会場の一角には来賓席が設けられており、各国企業の重役・渉外他、政府関係者と思しき人間も少なからず窺える。
「どの国家、どの企業も、有望なIS操縦者を喉から手が出るほどに欲しております。今日の対抗戦も、彼らに向けた見本市といった意味合いが強いですわね。こちらではそう……青田買い、でしたかしら」
「は、最的確な表現かと」
一年一組に確保された観戦席、己の隣に優雅に座るセシリア嬢が実に分かり易く解説をくれる。
学園の掲げる生徒同士の実力競争による切磋琢磨と今彼女が示した裏側の主旨は対立しない。本音と建前、というよりは一挙両得といったところか。
「あら、仁様だってその有望な操縦者のお一人ですわよ」
「望外の御評価です」
「ふふふ、イギリス代表候補生であるわたくしに勝利されたのですからもっと胸を張ってください。ああ、それとも、わたくし程度では誇るには役不足でしたかしら。もしそうなら、セシリアは少し切ないですわ……」
「いえ、そのようなことは決して。今以て光栄の至りです。誰あろうセシリアさんからの御墨付ならばこれほど確かなものもありますまい」
「まあ……嬉しいです。とっても」
他人事のような内心を透かし見られたか、少々からかわれた感を否めない。
言葉通り、少女が嬉しげに顔を綻ばせているのだけが幸いだった。
そうして、セシリアさんの笑顔が朗らかであるほど……あの少女の泣き顔が脳裏を過る。あの決裂から二日。たったの二日だが、体感的な時間感覚は確実にその数倍にも及ぶ。
どうすることもできないまま今日を迎えた。何ができた訳でもあるまいが。
丹田に気を据える。彼女の宣戦布告を己は受託し、相争うはもはや決定事項。逃れる術も無論のことその心算もない。
しかし、それでも思索せずにはおれない。本当に他に術はなかったのかと。彼女の心、怒り憎しみ悲しみ、なにより苦痛を、ほんの僅かにでも和らげられなかったろうか。
日野仁にそんな能はない。ただその事実を再確認するだけの作業をここ48時間ほど繰り返している。この期に及んで本当に、情けない。
不意に、そっと肩に触れるものがある。柔く、労わるような手。セシリアさんの可憐な指が肩から二の腕をそっと撫で下ろす。
「どうかなさいましたか。あまり、お顔色がよろしくありません」
「いえ、体調は
「……なら、いいのです。けれど仁様」
撫でさするばかりの手が、ゆっくりと力を増していき、そのまま腕を鷲掴みにする。幸い、彼女は己の右側に居られた為、その手は生身の腕、延いては皮膚を掴んだ。
が、その指から伝わる握力は白く華奢なそれからは想像外のものがあった。
「他の女のことをそうまで深く思い悩まれるのは、わたくしあまり感心致しかねます」
「それはどういった」
「わかりませんか? 本当に?」
蒼い瞳がこちらを見上げる。一層深みを増した、それこそ深海の色彩を湛えて。
声色に詰問の風合いを感じた。彼女にその意図があるかは判らぬが。
何故、己の考え、あるいは“他の女性”の存在を彼女が関知しているのか……問いに問いを返すような愚行を自重できたことは、己にしてみれば出来過ぎた判断能力であったろう。
疑念を捨て置き、己は頷く。それは肯定の意に遠く。
「これは、現在自分が思案すべき最優先事項となっております」
「わたくしがお願いしても、やめてはいただけませんの……?」
「はい、申し訳ありません」
「一夏様が、悲しまれるとしても?」
「はい」
今度こそは凝然と、少女は目を見張った。信じられないものを見るかのように。
「彼女は自分にとって掛け替えのない友人です。
「……」
沈黙し、セシリアさんはそのまま自身の膝に目を落とす。表情は窺い知れない。しかし、豊かな金糸の髪間に薄紅の唇が見えた。
笑み。薄っすらとして淡い。
「…………羨ましい」
「?」
「一夏様を差し置いて、そんなにも仁様に想われているその方が、わたくしひどく羨ましいです。羨ましくて、羨ましくて、羨ましくて、えぇそれはもう――――」
語尾を弾ませ、少女はくすくすと笑った。口元を手の甲で隠し、優雅に、美麗に、一枚の絵画の如き
「――――焼いて潰してしまいたいくらい。ふ、ふふふ、ふふふふふふふっ」
華やぐように少女は笑う。まるで正反対の悪意を口にしながら。
歓声と喧騒の渦中にあって、それを耳にしたのは己だけだった。
「お、なになに? 楽しそうじゃーん。何の話してたの? ねぇ」
「あー! 私も聞きた――――」
セシリアさんのさらに右隣に座る女子生徒らが、こちらの様子を聞き取って話し
そして、それは叶わなかった。
セシリアさんは直近の少女の顎を指先で持ち上げ、ずいと顔を寄せ付けたのだ。それこそ頬と頬が触れ合うほどの距離。それをされた女子生徒にすれば、発しかけた言葉が喉奥へ蹴り返された心地だろう。
「ヒッ」
「今、とても大切なお話をしておりますの。少しだけ、お気遣いいただけますかしら?」
少女は無言のまま小刻みに首を縦に振る。
「どうもありがとう」
「っっ!」
姿勢を正面に戻すとそのまま少女は硬直した。微動すら許されない、そうした強迫観念が今の一瞬で植え付けられたのだ。
あれほど賑々しかった周囲の少女らも明確な蒼い威圧を感じ取り沈黙している。
セシリアさんが己を見据える。微笑は変わらず、その内実だけが変容と混交を繰り返す。
「仁様、もう一度、お尋ね致します」
「どうぞ」
「貴方が――」
少女の言を遮って、電子音が鳴った。左手首に巻かれた銀のブレスレット。待機状態のISは主に装飾品として身に着けられる。己の場合、この姿もまた
「……」
「……ふぅ、どうぞ。お出になって」
「失礼します」
席を立ち、観戦席から通路へ出る。超満員の評に偽りなく、他学年の生徒らも数多く訪れている。立ち見の観客の合間をこの図体で埋めるのは気が引け、エントランスまで退散した。
男子生徒の存在は未だこの学園において異質である。すれ違う少女らの好奇に満ちた視線を掻い潜り、ようやく人気の失せた出入口付近に到達する。
幸い呼出音は根気強く己の応答を待ってくれていた。
「もしもし、お待たせして申し訳ありません」
『いや別にいいよ。こっちこそごめんな。試合の直前に』
「いえ。しかし、如何されましたか」
それこそ、試合を行うのは彼自身なのだ。その僅かな時間は、コンディションを万全に整える為に使われるべきだろう。
それを押してでも彼が連絡を寄越したのは。
『鈴のこと』
「……は」
『一昨日の晩、結局連れ戻せないまま今日になっちゃっただろ? ジンもずっと何か引きずってるし』
当然の懸念。そして己の態度の変調もまた当然に彼は感じ取っていた。
「申し訳ありません、一夏さん」
『なんで仁が謝るんだよ。心配して当たり前じゃんか。鈴は、俺達の友達なんだから』
「はい、全くに」
一人無意識に、伝わることのない目礼をしていた。少年の迷いない言葉。ただ純粋な友愛に頭が下がる。
『それにさ、ジンが大事に想ってるものは俺だってなるべく大事にしたい。話してみるよ、鈴と』
「しかし、試合の最中では」
『なんとかなるって! 刃を交えてこそ初めて解り合えることがあるんだよ。うん……千冬姉の受け売りだけどさ。ふふっ』
おどけて言う少年の気遣いが随分と救いになった。無論、尽力するのが己自身であることは当然だが。
『あ、っと。そろそろ出撃だ』
「ありがとうございます。一夏さん、どうか御武運を」
『うん! いってきます』
朗らかにそう言い残し、少年との通信を終える。
彼のお陰で、朧げではあるが己のすべきことが解りかけてきた、そんな気がする。一夏少年の友愛をその一分でもかの少女に伝える方法。
必ずある筈だ。必ず見付け出す。見付けねばならぬ。
「……?」
決意を新たに、などと偉そうに胸を反らす分際でもない。しかし微かに和合の糸口を掴んだ心境に、再び呼出音が鳴り響いた。
網膜投影ディスプレイに発信者の名前はない。どころか端末のコードすら。
しかもこれはIS固有のコア・ネットワークを介した通信である。それはつまりこちら側の承認を受けず、
そんな真似ができる人物を己は彼女以外に知らない。
「……もしも――」
『お~っっそい!』
美しくも甘やかな
「申し訳ありません、篠ノ之博士」
『そんな程度じゃ足りないね! もっとちゃんと謝ってぇ……る時間なんて無いんだよ君には!』
「はい?」
『疑問質問反問一切受け付けませ~ん。制限時間は一分! さっさとアリーナの外に出る! ダッシュで! 急いで! Hurry up!』
彼女の行動は常日頃から唐突かつエキセントリックである。それはひとえに篠ノ之束という人物の思考回路が只人のそれを遥かに超えて複雑と精緻と深遠を極める故だが。
「了解しました」
『ふんっ、一言目にそれを言えばいいの!』
幾らかの疑問と困惑が浮かぼうと、己が恩人篠ノ之博士の要請に応じない理由は皆無。
踵を返して早足にエントランスを抜け、アリーナ正面の広場へ出る。網膜ディスプレイ下部、視界の隅には丁寧なことにタイムカウンターが表示されていた。
“00:14:45.32”
「?」
胸中に沈めた疑問が早々に再浮上する。先程博士は一分以内にアリーナを出るよう指示された。しかし、残り時間と思しきカウンターは未だ十四分強。
彼女のミス、それだけは絶対にありえないとして。その意図は。
『……所定の位置に着いたね。まったく、危うくタイミングを外すところだった』
上空80000フィートにエネルギー反応出現。急速接近。
「なに!?」
映像、音声を介さぬ神経伝達。意識下に直接ワンの“声”が響く。
“声”は可及的正確さと速度で対象の位置情報を己にフィードバックし、即座にハイパーセンサーがそれを捕捉した。
蒼穹の彼方で二回、発光。
ビーム兵装。
弾道はアリーナ直上を――――爆音と閃光を巻き散らし、ビームは防護シールドを直撃した。
そして肉体と直結したセンサーは、エネルギー光がシールドを突破、貫通した瞬間をしかと捉えていた。
走る。考えるよりも先に身体は動き出す。
『いいや。行かせない』
「!?」
我が身は再び“声”を聞く。先程以上の速度。拙速の極み。冗長な言語情報すら今この時は排された。
情報の質量は微細であったが、齎されたのは巨大な戦慄という警告。
その場を跳び退く。
半秒前に身を置いていた空間に何かが飛来し、
地面が抉れ、衝撃で石畳の基礎ごと捲れ弾け飛ぶ。一円のクレーターからさらに一歩退き、眼前のそれを意識野に収めた。
黒。漆黒の西洋甲冑。
「……ISだと」
それは正しく中世の騎士が纏う
脛、膝、腰、胸、両腕、肩と、身体の要所に装甲を配してはいるものの、その体躯は実にスマート。否、肢体と言い換えてもいい。本来は武骨であって然るべき鎧姿に、女性的な曲線が散見する。
翼を模した
右手に円錐形の
『“黒騎士壱型”。本日の君の対戦相手だよ』
事も無げに篠ノ之博士は言う。それが既にして決定事項であることは明白だった。
現状を動かすのはもはや不可能。戦闘は不可避だ。
懸念はそれではなくアリーナにある。そう、感知したエネルギー反応は二機。もう一機は。
『それはいっくんの分』
「一夏さんの……?」
『そ。あっちはいっくんの晴れ舞台用。だから君は気を散らしてないで黒ちゃんに集中するの。でないと――』
「!」
黒の機影が一歩踏み出す。半身立ち、長大な槍をまるでレイピアのように軽々と構え、重心を下げていく。
突撃姿勢。次の瞬間にもそれは弾けるのだろう。
『左腕と心臓、背骨だって半分以上が義体だ。残り少ない
冷ややかな皮肉を合図に、黒い騎士が地面を踏み抜く。PICによる慣性方向の限定と推進器点火による瞬間的加速。コンマゼロのさらに短い時間で敵機の初速は弾丸に匹敵する。
退く――否、論外の所業である。後方へ下がるという行為は死に体。攻撃能力の放棄を意味する。
回避行動――否、上記とほぼ同様の理由により却下。そも対手は正面からこちらの動向を捉えている。
以上を踏まえ、結論。
進む。
迫り来る敵機に進撃する。
先制攻撃を既に許した現在状況においてそのような真似が可能なのか――
「
間合が交わる一刹那。
踏み込んだのは
空を貫く突撃槍。鉾先が左頬を行き過ぎる。
空を走る右拳。拳先から瞬時にして外殻との生体癒着・結合が施され、今こそ右腕は兵器と成った。
先に到達するのは――――
「――――
過たず右拳が騎士冑へ突き刺さる。
肘部推進器の加速と対手自身が生み出した慣性力が想定以上の威力を発揮した。
黒い機影が飛ぶ。空中を奔り、そのまま
同時に、提陀羅との全身融合を果たす。
幾らか高さの増した視点。仮面の下から敵機が巻き上げた塵埃に視線を注ぐ。
『……ISの展開を後回しにして突っ込んできたISを正面から迎え撃つとか。頭おかしいね、君』
「恐縮です」
『褒めてる訳ないでしょバカなの? そういう人外プレイはちーちゃんだけの特権なんだから君なんかが真似しないで』
「配慮が足りず、分不相応を働きました。申し訳ありません」
『ふーんだ』
ご機嫌斜めに鼻を鳴らす。唇を尖らせる彼女の姿までも想像が付いた。
さて置き、次はアリーナへ向かわねばならない。
『はんっ、なに勘違いしてるのかな君は……まだ黒騎士のバトルフェイズは終了してないよ!』
「!?」
博士が高らかに宣言したその直後。
噴煙を黒い影が吹き飛ばす。鋭利な一本の槍と化して、騎士が襲来した。
「くっ」
手甲で受け、反らす。皮膜装甲越しであっても凄まじいこの衝撃。金属装甲が欠けんばかりの貫通力を維持したまま騎士は己の横合いを擦り抜けた。
飛翔する敵機を目で追いながら、推進器に火を入れ自身もまた飛び上がる。
内心では、軽々ならぬ驚愕が渦を描いていた。
「敵機の損傷は」
『シールドエネルギーに若干の損耗。装甲に対する物理的損傷は確認できません』
提陀羅の撃拳をまともに浴びた筈の
一撃で絶対防御を発動、あわよくば昏倒させる心算であったが……機体性能に驕ったか?
『不思議だねぇ~。確かにクリティカルヒットだったのに全然効いてないなんて』
「は、仰る通りです」
『言っとくけど提陀羅のパワーが不足してる訳じゃないよ。黒騎士はね、
敵機が反転し、我方へ急速接近する。突撃槍の構えは同じ。
ならばこちらも
『右肘部推進器スタンバイ』
右腕に充填される熱量を自覚しながら一気に間合を詰める。
相対し、飛行する今、体感速度は地上の比ではない。瞬きの間すらなく、接敵。
『――』
こちらの攻勢に対して、此度は黒騎士が合わせた。
突き出していた槍を引き、盾を構えたのだ。
闘法として理屈は通る。相手の攻撃を一度盾によって防ぎ、その瞬間の硬直を突く。後の先の機。
しかし双方が高速飛行する現状、音速に届く突進の勢力が乗った攻撃を完全に防ぎ切ることなどできない。PICを搭載したIS同士の戦闘であるならばそれは尚の事。
――押し徹す
内心を決する。
一発の弾丸と化した腕、弾頭たる拳を射出する。
「イグニッション」
大盾のほぼ中央に突き込む。そして接触と共に返ってくるであろう衝撃に備えた。
ぐにゃり、と。
「!?」
拳が
盾の装甲に歪みはなく、無論のこと拳はその表面に触れていた。
なんだ、この。
混乱が隙を生む。あまりにも瞭然極まるそれを黒い騎士は見逃さない。
自機から見て左から、射かけた
「ぎっ」
腹部装甲を掠めた。
彼我が擦れ違う。
後方へ遠ざかる敵影は綺麗な曲線を描きながら上昇した。
対してこちらは、バランスを崩して機体が下降する。即座に姿勢制御を行い墜落は免れたが、対比するまでもなく己の無様は理解できた。
しかし、理解できない。
盾を殴打した拳の、あの手応えの無さが。
『ふふ、んふふふふふふ! いやぁ愉快愉快。ようやく君のビックリ顔が見られたよ。私があれやこれやで脅かそうとしても全ッ然変わんないんだもんなーこの鉄面皮!』
「以後気を付けたく」
『そういうとこだよ!?』
彼女の期待に副えたのならそれは喜ばしいことであるが、さりとて全てを祝う気には毛頭なれない。
『クイズを引っ張るのは趣味じゃないからとっととネタバレね。黒騎士の実体装甲と盾には流体皮膜式
こちらの当惑を博士は十分に味わい堪能したようだ。その話しぶりは実に上機嫌であった。
『外骨格と人工筋肉に挟まれた1μ以下の間隙。そこに満たされた束さん印の特殊流体が外界からのあらゆる物理衝撃力を吸収、霧散させる。そしてあの盾はその極め付け。衝撃吸収率はなんと99%』
「……なるほど、打撃では決して」
『黒騎士は倒せない』
歌を口ずさむように篠ノ之博士は締め括った。
より高みへと昇り詰めた敵機が反転する。再度の攻勢。急速降下。対手は重力を味方に付け、今や戦場における騎乗兵同様に単純明快な速度優越を得ている。
迎え撃つ。推進器へのエネルギー供給量を一段階引き上げ、
接敵の瞬間、騎士は盾を前面へ押し出した。
『――』
想定通りに。
そしてそれを見越して展開させた胸部推進器の噴射により機体が
これは、対ブルー・ティアーズ戦において用いた奇策。間合が接する直前に上方へ跳躍することで敵機の捕捉を振り切り、死角より打ち下ろすというもの。
全身を覆い隠すほどの巨大な盾が仇となる。盾を跳び越えた先に、敵機の無防備な背があった。
捻り込むように、撃つ。
「っ!」
我が拳は確実に敵背面装甲を打った。だが、やはり。
黒い機影がぐらりと傾き、飛翔態勢を維持できないまま落下する。空中で二転三転と暴れ、しかしすぐに姿勢制御を為した。
敵機損傷程度は先の報告と大差ない。
『もー、無駄だって言ってるでしょ』
「……」
『あ、それともう一つ言っとくけど、打撃が通らないなら関節技で……なんて甘いこと考えないでよね。黒騎士の関節可動域は人間の三倍だから』
「なるほど……
『そう。無人機さ』
さらりと彼女は世紀の技術革新を口にした。
無人兵器の開発は、人類戦史上最大の目標とされてきた技術の一つ。それをあろうことか彼女はISで実現してしまったのだ。
『いつ気付いたの』
「最初の一合。あの騎士は攻撃を受けた際、自身の面を打つ拳ではなくこちらの顔を見ていた。自身に迫る武器に意識を向けず、標的だけを捕捉し続けた。極まった戦闘者であればそうした行動を取るのかもしれません。しかし自分は、そこにひどく非人間的な印象を覚えました」
『ふーん……』
興味があるのかないのか。彼女はただ吐息を零した。
博士の感興を得られなかったことを嘆くよりも、今は眼前の敵手を退ける方法を模索せねばならぬ。
『悩むのは勝手だけど、タイムリミットのことも忘れないでよ』
“00:07:34.28”
カウンターは相変わらず視界の隅で減少を続けている。設定されたこの時間制限の意味も、未だ解らない。
『早く黒騎士をどうにかしないと、この辺一帯が消し飛んじゃうよ?』
「――――今、なんと」
『ふふふ、ではではネタバレその2。うん? 無人機だってことも含めたらその3か。まあいいけど』
とっておきの冗句を開陳するかのような明るさだった。
『黒騎士には時限式の自爆装置が搭載されてる。残り七分少々で、半径100mを巻き込んだ大爆発を起こすよ』
「――」
背部推進器にエネルギーを叩き込む。急速接敵。
当然、敵機は迎撃態勢を取り、こちらの突進に槍の穂先を合わせた。
「ずぁっ!」
『――』
槍を手甲で弾き上げ、盾を押し退け懐へ潜る。急制動など叶わず、自機は敵機へ体当たりした。
委細構わず推力は緩めない。背部、脚部推進器へエネルギーを
このまま海上へ――――
『離れた方がいいよ~』
「!?」
緩やかな警告と、ワンからの激しい“声”が同時に響く。
視界の端で、騎士は槍を手繰っていた。
掴んでいた敵機を手放し、胸部装甲を蹴り付けて緊急離脱する。
槍が。その鉾先が、六つに割れている。まるで黒百合の花弁が如く。
鉾を為していた甲鉄は、内部機関を防護するシールドでもあったのだ。内部の、
幾重にも伸び折れる稲光。砲身から溢れ出るばかりのそれが収束し、花の中心から屹立した
一条の光が空を貫いた。
弾道は当機を大きく逸れ、島より西方5kmの近海へ着弾した。
「……荷電粒子砲」
『正解!』
悪戯好きの子供のように愛らしい。どうしようもない悪辣さ。
打撃を受け付けぬ装甲、近距離における格闘能力および運動性、推進器出力に見合った機動性、中・遠距離射程に対応した火器。
万事休すとはまさにこのことだった。事態を打開する術が、今の己には。
『あれを止める方法が一つだけある』
「……」
『それは、君もよく分かってるんじゃないの?』
声音は相も変わらず甘く美しいのに、内側には挑むような激しさを孕んでいる。
博士の問いに言い淀む。一秒が千金に代えがたいこの状況で。
『何を出し惜しんでるのか知らないけどさー。どうせ君は後悔するんでしょ? ずるずるずるずる。そうしてる間に、ほら――』
「がっ!?」
敵機の突撃を捌き損ねた。肩部装甲に刺突を食らう。
それはなんたる無様であろうか。
分際を弁えぬ愚か者は、遂に蒼穹から突き堕とされる。研究棟近くにある物資搬入用ヘリポートに着地し、アスファルトを削りながら制動する。
『左腕を使うといい。使い方を君はもう知ってる筈だよ』
「……」
全ては彼女の言う通りだった。己は、ワンを体内に宿したその日、この左腕を使った。
提陀羅という強化外骨格と合一することなく、生身でISを屠り去る力。
あの時は融合も完全ではなかった。では今は。
肉体と完全に定着し、外装を纏うことで飛躍的に性能を向上させた現状態で、この左腕を使ったなら。
どうなる。何が起こる。
たった一つの結果だけだ。
得られる結果がただ一つであるなら、後は己が選ぶ他ない。
覚悟せよ。覚悟せよ。覚悟せよ。
迷いに立ち竦む。どうか、この一刹那だけ、立ち止まらせて欲しい。そうしたなら、俺は。
俺は――――
「!」
ハイパーセンサーに感。自機より後背7m。研究棟から物資倉庫への渡り廊下に生体反応。
人間、IS学園指定の女子制服姿。生徒が何故ここに。
『あれ? 学園内の扉も隔壁も全部
無感動に無関心に博士がそう口にするや、今度は正面からの接近警報。
黒騎士が襲来する。
“00:01:56.44”
タイムリミットが2分を切った。
後退、回避は論外中の論外。背後には生身の人間が逃げ遅れている。それは一合目の焼き直し。
進むしかない。だが、こちらの攻撃は尽く無力化される。
ならば、為すべきことは一つ。
己はただ、為すべきを為す。
『左腕噴射口全開、第一から第四推進器エネルギー経絡接続』
銀の腕を引き絞る。長大重厚の極み、
拳を握り、重心を下げ、右肩を前方へ晒す。
黒い影が我が身を覆う。槍が、鉾先が、迫る。
「イグニッション」
銀閃。
音を置き捨てて光が奔る。それは真っ直ぐに空間を突き進み、対手の槍よりも速く、対手の間合に優る左腕のリーチによってより早く。
黒い騎士が押し出した大盾に到達した。
衝撃吸収機構の発動を感じる。発生した力を貪り、擂り潰し、無為に帰す虚の窯に――亀裂が走った。
単純な、理屈とさえ呼べぬ暴論だ。
右腕から放たれる撃拳が100の力を持つなら、その盾は内99を減殺するという。
では、左腕から放たれる撃拳が10000の力を持つのなら、その盾はどれほどの減殺能力を発揮できるというのか。
頭の悪い暴論である。
しかし、結果は既に現れた。我が左拳は、騎士の盾を粉砕する。
蜘蛛の巣状に花開いた亀裂、その中心が陥没し、大盾は砕けて散った。
そうしてその奥にある本体諸共に撃ち飛ばす。
「きゃぁあああ!?」
遅れて発生した衝撃波が周囲に拡散し、背後で少女の悲鳴が上がった。
地面を削って吹き飛ぶ敵機を後目に少女の元へ走る。
少女はその場にへたり込んでいた。浅葱色の髪にIS用サブセンサーと思しき髪留めが目を引く。
「もし、お怪我はありませんか」
「えっ……そのIS……貴方は」
「立てますか? ならば急ぎ退避してください。これより当機の固有武装にて敵機の殲滅を試みます」
彼女の困惑は無理もないことだった。しかしそれを解してやれるだけの時間が今は無い。
ふと、視界の隅にそれを見付けた。フレームレスの眼鏡。センサーが自動感知した情報によれば、その眼鏡は電子機器。HMDの一種なのだろう。
眼鏡を指先で拾い上げ、差し出す。ISの、提陀羅の精密動作性は折り紙付きだ。うっかりと握り潰すようなことは万に一つもありえない。
「どうぞ。驚かせてしまい申し訳ありません」
「ぁ、は、はい……」
「さあ、お行きください。急いで」
おずおずと眼鏡を受け取った少女はこちらの要請に素直に応じてくれた。遠ざかる背を一瞬だけ見送り、既に再起した騎士へと正対する。
盾のみならず、それを保持していた甲冑の左手が千切れ、今や内部の機械部品が覗いている。
『君が無駄なことに時間を使うからかなりの危険域に入ってるよ』
“00:00:40.02”
もはや一刻の猶予もない。そう、初めから己の感傷に浪費すべき時間など無かった。
強力な兵器。
あの姉弟を守り、その幸福を護る。
それだけが唯一
「敵機を滅する」
『了解。
構えは同一。右肩を前方へ晒す真半身。
弓を引き絞るように左腕を畳む。
『エネルギー経絡全基直結。
黒い騎士が動く。残った右手に握られた槍、それが再び散華する。
ハイパーセンサーに頼らずとも、荷電粒子砲のチャージが始まったのだと知れる。
『吸気・排熱弁全閉鎖。エネルギー強圧縮開始』
左腕に収束する熱量が限りを知らず高まっていく。
それはひどく懐かしい。あの、自身を焼き滅ぼすまでの力。
『圧縮臨界点』
「イグニッション」
『単一仕様能力、解放』
稲妻が指向性を持って砲身を奔る。荷電粒子の白光が今放たれた。彼我の空間を貫いて我が身に殺到する殺戮の炎。
見えている。
そして理解する。
これで終わりなのだと。
『「
左腕が奔る。空間を殴り付ける。
敵機との間合は遥か遠い。その行為に一体何の意味があるというのか。
拳は、腕の延長では完結しない。その殴打は
大気、塵埃、極限に加速された粒子、そして黒い騎士さえも全て。全て。
銀光は人工島を飛び出し、海面を削りながら彼方を目指す。それが通った後に、どのような存在も許さず、何一つ残さず。
“00:00:02.76”
停止したカウンターが視界の隅で点滅を繰り返す。いつしか彼女との通信も途絶えていた。
「……ぐ」
『全排熱弁開放』
全身から蒸気を吐き出し、その場に崩れ落ちる。左腕はやはり赤熱し、皮肉はもとより骨を焦がしていた。
それでも周辺探査を敢行、敵性兵器が存在しないことを確認する。
「……一夏さんの、もとへ」
推進器の尽くがオーバーヒートしている。PICの出力も上がらない。
委細構わぬ。パワーアシストが多少生きていればそれでいい。這って進むには十分だ。
「一夏さん……!」
それが己の責務なのだ。
それが己の。
「……」
暗い部屋の中で女は思う。認め難い感情、自身が唾棄すべきそれを、けれど抱いてしまうその男の有様を。
「……同情? ありえない。この私が?」
「認めない……君なんか、私は、私は……………………大ッ嫌いなんだから」
???「モンスターではない。神だ!」