織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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34話 失意

 

 

 大気を貫き、翔け抜ける。狙うのはただ一機。眼前の敵。

 太刀(ブレード)は下段に取った。脇腹から斬り上げる。

 

「シィィッッ!」

『――』

 

 巨大な両腕がこちらに向く。白式のセンサーもまた、敵機が自機を捕捉(ロックオン)したことを自分に報せてくる。

 ――構うものか。

 突っ込む。両翼(スラスター・フィン)を全開にして出力は最大。最高速で接近する。

 黒い腕の、前腕部に空いた砲門が光る。エネルギーチャージの予兆。知っている。もうタイミングは掴んだ。

 3、2、1……今!

 大口径ビーム砲。紫の光輝が一直線に自身に迫る。

 同時に天地を回す。機体を錐揉み(ロール)し、ビームの弾道に()()()()()()()最小限度の回避行動。ジンほど上手くできた自信はないが、距離は詰められた。今はそれだけでいい。

 

 単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)“零落白夜”

 

 白式、延いては白式唯一の武装たるエネルギー構築式ブレード“雪片・弐型”の刀身に備わる特性。効果は単純にして強烈、この太刀の刃はISのエネルギーバリアを食い破る。

 現代兵器を無用の品へと追いやった堅牢な防壁はもはや無いも同じ。この刃を刺し入れさえすれば。

 

 そうすれば、ジンのところへ行ける

 

 間合に達する。

 その長大な腕が仇だ。懐に入ればそれがどれほどのパワーを発揮できようと無意味。届きはしない。

 斬り上げ。逆袈裟。

 

「っ!?」

 

 黒いスキンスーツに食い込んだ光刃は、内部骨格(フレーム)に阻まれ停止した。

 何故。

 

「ちぃ……!」

 

 最小射程内とはいえ、それでも敵の攻撃は来る。

 腹への膝蹴りをこちらから踏み付け、半端に食い込んだ刃を引き抜きながら飛び退く。

 追い撃ちのビームをさらに回避。被撃はゼロ。しかしこちらもまた有効打はゼロ。

 どころか、せっかく詰めた間合をまたしても空けられてしまった。

 何度目だ。この攻防。この焼き直しは。

 

「邪魔だ。邪魔だ。邪魔だ。邪魔だ。邪魔だ。ジンが待ってるんだ。ジンのところへ行くんだ。ジンがまた一人で戦ってるんだ。ジン、ジン、ジン、今行くから。すぐに。すぐ。こいつを。この屑鉄を刻んですぐ…………邪魔なんだよオマエ」

 

 スラスター最大出力。

 同時にエネルギーの吸入圧縮から再放出へ。瞬時加速(イグニッション・ブースト)と呼ばれる技法をいつしか体得していた。

 別段自慢にもならない。所詮は姉の真似事だ。

 しかし現状有効な手段はこれしかない。敵機の火力は実際に脅威だった。白式は近接格闘特化。機動性と運動効率を追求した機体は必然として装甲の耐久性、防御能力に劣る。この場合の防御能力とはつまるところシールドエネルギーの削られ易さだ。

 加えて、零落白夜を発動させるには自機のシールドエネルギーを消費しなければならない。返す返すも継続戦闘能力に見放された機体……それが白式だった。

 だからこうする。

 瞬時加速と元来の加速性によって作り出した速力を破壊力へ転化。そして接触の瞬機に顕現させた“刃”にて対敵を膾斬りにする。

 策と言うのも憚られる力業だが、自分ならやってやれないことはない。驕りや慢心ではなく、その程度の鍛錬はジンと共に(こな)してきた。自身の技量を鑑みた上でのどんぶり勘定。

 ……やっぱり力業だな。

 

「はぁ!」

『――』

 

 再三の接触。

 今度は上段、順当の袈裟懸け。鎖骨から脇腹までを斬り断つ心算で打ち下ろした――そうして、再三の通りそれは堅い骨格の表層で止まる。

 

「っ、また……!」

 

 太刀を対手へ届かせることはできる。なのに()()()()()()

 自機に照準が合わされた。

 回避――

 

『バカ一夏! 左に!』

「!」

 

 耳を貫く甲高い声。

 それに従って左に跳躍した。PICとスラスターの軽い発破で自分でも驚くほど軽やかにその場から離脱する。

 次の瞬間、黒い敵機の腕が弾けた。目に見えない何かが連続して敵機を袋叩きにしている。

 龍咆(りゅうほう)。鈴の専用機“甲龍(シェンロン)”に搭載された衝撃砲の斉射だった。有効射程や威力は敵機のビームに劣るが、その速射性は桁違いと言っていい。

 

「助かった」

『礼なんてどうでもいいわよ! 少しは落ち着いて――』

 

 太刀を取り直し、反転。

 再度の攻勢に出る。

 また耳元で怒声が響くが、構っていられない。

 

(俺が未熟だから?)

 

 それも大いにある。千冬姉に言わせれば自分など孵化すらまだの雛鳥か、良くて巣立ち前の仔鳥だろうから。

 けれど、それだけではない。

 絶好の斬り間と過去最高の運剣と思われた斬撃が何度無為に終わったか。

 刃筋は確かに立っている。しかし、それを明らかに、意図的に()()()()()いる。

 打ち込みの“機”を予測された上で備えられ、回避運動を許してしまっている。

 それでも刃だけが届いているのは速力という一点で自機が敵機より優っているからだろう。

 

 

 ――一夏は知る由もないことだった。

 

 

 巨大長大なビーム砲を内蔵する両腕と黒く無機質な全身装甲(フルスキン)という異様なる所属不明機(アンノウン)……『ゴーレムⅠ』。

 人知れず篠ノ之束の手によって開発・製造されたこの機体。当初、期待値として算出された機体性能は彼女の満足行く完成度とは程遠かった。

 特に、出力維持の為に腕そのものをビーム兵装としたことで運動性、近接格闘能力が著しく落ちてしまった。如何にPICによって力学的な形状の制約が軽減されるとはいえ、肥大した両腕は折角のパワーを肉弾戦で十全に発揮できない。

 その構造的欠陥を解決したのが、提陀羅の運用・戦闘データだった。

 不均整極まる機体形状。多重かつ局所的に配置された超常出力の推進器。半歩の誤りも許されない技巧を要する常軌を逸したモンスターマシンを、しかして装着者日野仁は実戦において使い熟して見せた。

 理論値に血の通った現実のデータが集積され、それらはふんだんに戦闘AIへと流し込まれ……そうしてゴーレムのマシンポテンシャルは格段に向上した。

 初期性能のゴーレムⅠであれば、一夏が駆る白式は苦も無く一刀の下に破壊できただろう。

 しかし日野仁が駆る提陀羅の戦闘を学習したゴーレムⅠは、白式の高速機動に対応できる。

 

 

 ――少年が知る由もない皮肉。彼を阻んでいるのは、誰あろう日野仁の技そのものだった。

 

 

 壊す

 

 その一念が今脳内の全領域を席巻している。

 

 壊す

 

 自分と彼とを阻む全ては尽く斬り刻み擂り潰し壊し尽くす。絶対に許さない。憤怒では生温い。一刀へ鍛え上げた憎悪で完膚なく滅する。

 

 壊す

 

 相手が何者であろうとそれは関わりない。老若男女、生命非生命の別すら問わず、その()()を否定する。

 その意味で、今現在相手取っている所属不明機は良い例だ。

 アレの中身が空であることは一目で看破できた。人間のような動作を巧く模倣してはいるが、それだけでは不完全。

 自分が発した殺意、“気当て”に対してあまりにも無反応が過ぎるのだ。

 別段、殺気に当てられて怯え竦むことを期待した訳ではない。しかし、どんなに無感情に、機械的に振舞おうと何かしらの反応を示してしまうのが“人”なのだ。

 返るものが絶無。つまりはアレに中身など無い。

 伽藍洞の人形。無人機だ。

 ならば『殺す』ではなく『壊す』こそ正答だろう。

 

「壊れろよ」

 

 上昇接近する敵機へ落下攻勢を仕掛ける。

 太刀は上段に取り、目指すは対手の懐下。

 両断できないというなら、頭から斬り割ってやる。

 スラスター出力と垂直落下重力の加勢。単純なパワーで押し切る。

 接敵――

 

『躱せ、一夏!!』

「!?」

 

 耳を貫く喝声に思わず身体は反応した。

 一直線に落ちるばかりだった機体を捻り、軌道から身を投げるように逸れる。

 それとほぼ同時に、刀身を衝撃が伝った。

 

「な」

 

 見れば敵機がこちらへ腕を伸ばしている。こちらが急に進路を変えた為、敵の手は自機ではなく雪片に触れたのだろう。それ自体は別段不思議なことではない。

 問題は、敵の速度。明らかに接近が先程よりも速くなった。

 

『火砲へ割いていたエネルギーを推進器へ過剰過給(オーバーブースト)させたんだろう。珍しい手法ではないが、完全に先の先を取られたな』

「くっ……」

 

 冷厳な事実を美しいアルトの声音が告げる。千冬ははっきりと弟の油断を(たしな)めていた。

 今の一合、回避運動があと一瞬遅れていたなら、自分は敵機に捕まり直にあのビームを食らっていただろう。

 

『一夏』

「ごめん……千冬姉」

『いいさ。お前の気持ちは分かる。痛いほど。私も管制室を動けない。現場責任者の務め、というやつでな。本当なら、いの一番にジンのところへ飛んでいって敵を八つ裂きにしてやりたい』

 

 同じ気持ち。

 姉と自分の心はいつだって同じ方を向いている。

 あの人を想っている。

 

『我慢できるか?』

「…………うん」

『そうか。いい子だ……後事は凰他、学園の警護班に任せろ。もう五分ほどで格納庫のクラッキングが終わる』

「わかった。じゃあ仕留めるよ」

 

 PICを切り、地上へ降り立った。

 

『ちょっ、なにしてんのよ!?』

 

 鈴が慌てた様子で声を上げる。

 敵機は今もまた上昇し高度を得ている。飛び道具は高所から低所を狙う方が圧倒的に有利なのだから、これが甚だ自殺行為なのは十分理解できた。

 

「鈴」

『ロックされてるわ! 早くその場から離脱しなさい!』

「ジンのこと、頼むな」

『え?』

 

 太刀を取り直し、構える。

 両の手で握った柄は脇に引き、刀身を寝かせる。通常の諸手突きではありえないほど深い引付。これでは打ち込みは限定され、他の型へ移行するにも余計なモーションを要する。

 刺突。これはただそれだけを行う為の構え。

 無論のこと無防備に足を止めた愚か者を敵機が見逃す道理はない。大砲門にエネルギーの収束を感知。白式はけたたましく警告音を鳴らす。

 

『一夏!? こんのぉ!』

 

 一定距離を維持して飛んでいた鈴の甲龍が、砲撃準備に入った敵機を衝撃砲で撃ちまくる。しかし、あの火力ではシールドエネルギーを多少削っても敵機を破壊するまでには至らない。

 もとより敵の主たる狙いは自分である。行動の妨げにならぬ限り鈴に矛先を変えることはないと踏んでいたが、幸い当たりだ。

 敵は自分だけを見ている。甲龍からの火勢に晒されながらそれを意にも介さず、高度優勢に(かこつ)けて空中で静止したままチャージを続けている。

 何せこちらの武装は近接ブレード一本。この間合ではどう足掻いても敵機の攻撃の方が早い――と、敵は判断した。その優秀なAIは疑うことすらしないだろう。

 まさかこの距離で、白式の攻撃が届く筈などないと。

 白式にはもはや有効な攻撃手段など残っていないと。

 

「篠ノ之流居合術突ノ一“松葉”……我流変型(アレンジ)

 

 ありがとう。AI(オマエ)が馬鹿で助かった。

 右足を踏み込む。引き付けていた諸手を前へ、上空からこちらを見下ろす、無防備な敵機へ。

 切先を突き刺す。

 しかしこの刃渡りでは届かない。遥か遠く高みに居座る敵を突き殺すには、たったこれだけの刃では足りない。

 足りない。足りないから……。

 雪片・弐型の刀身、それはエネルギーブレード。それは本来非実体、不定形の光輝だ。

 刀長によって取り回しを限定される実体の太刀とは違う。エネルギー供給量を絞れば小太刀にも、野太刀にも姿を変えられる。収納、顕現は自由自在。その形すら変幻自在。ならば。

 ()()いうこともできる。

 

『――』

 

 光輝が、伸びる。

 一条の流星のように、真っ直ぐ。

 空間を細く奔る刀身。それは雪片・弐型という太刀にて繰り出した刺突そのもの。

 そして刀身には、白式の単一仕様能力“零落白夜”の戦化粧が施された。防御不能、それは絶死の針だった。

 針は過たず、黒い機体の中心を射抜く。

 分かる。知っている。オマエの心臓(コア)はそこだ。

 

『kikikikikikigigigigigigigigigi!?』

 

 刃を引き抜く。同時に刀身は消え去った。

 奇怪な音を内部から響かせ、敵機はガタガタと全身を震わせている。火花とオイルとも血液とも解らない物体を巻き散らして、それは突然ぴたりと停止した。そして、当然の理、重力は奴を捕まえ地上へと引き下ろす。

 それは真実鉄屑となった。

 

「っ!」

 

 自機がバランスを崩す。太刀を取り落とし、直立すら維持できない。

 パワーアシストが切れたのだ。同時に今機体が具現維持限界寸前であるという警告が鳴り響く。

 エネルギーの枯渇。今の白式には戦闘能力はおろか飛行、活動能力すら残っていない。

 当然の結果だった。

 エネルギーの刃を数十メートル単位で伸ばし、それにアビリティまで付与させたのだから。ただでさえ燃費の良さと縁遠い白式のエネルギーは根こそぎ使い果たされていた。

 

「一夏!?」

 

 傍らに甲龍が着陸し、肩に手を掛けられる。

 その手を逆に取り返し、鈴を引き寄せた。戸惑う少女に自分はただ懇願する。

 

「鈴、早く、ジンを!」

「で、でも」

「お願いだからっ、ジン、を……頼むよ、鈴……!」

 

 自分にはもう何もできない。ISはISでしか止められない。こうなることが解っていたから、今の今まで手をこまねいていた。

 でも諦める。俺はジンを助けに行けない。その事実を飲み下す。

 ただ、願うことしかできない。ただ祈るだけ。

 俺はまた、ジンを助けられない。

 

「ごめん……ごめんな……ジン……ジンっ!」

「……分かった。行ってくる。あんたはここで待ってて」

「うん……」

「大丈夫。必ず助けるから。仁は――私の友達なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い所属不明機を一夏が機能停止にさせてすぐ、アリーナの遮断シールドが開放された。

 示し合わせたようなタイミングの良さ。技術班のクラッキングが偶々早く成功したのか、それともあの機体を送り込んだ奴の差し金か。

 今はどっちも考えるだけ無駄だ。

 学園のマップと学園内監視装置からの情報をトレースする。もう一機の所属不明機の位置、そして何より仁の機体・提陀羅の位置とステータスが表示される。

 

「機体ダメージ30%……」

 

 苦戦してる。あの仁が。

 あいつの強さは知っている。この学園に来てからの戦闘データにも目を通した。それを追い詰める敵。

 急がないと。

 広大なIS学園といってもISで飛翔すれば一息も掛からない。ハイパーセンサーなら機影はすぐに見える――――光が、弾けた。

 

「な!?」

 

 弾けた光は暴流となって溢れ出し、学園の外へと流れ出ていく。いつかテレビで見た土石流、いや火砕流にも似た光の奔流。天象、自然災害に等しい何かだった。

 光は空間を飲み下しながら遥か海の向こうへ消えていく。水平線の向こう、強化された視覚のその限界のさらに向こうへ。

 光は、そう長くは続かず徐々に勢いを弱めていく。その発生源。それこそは提陀羅の居所だった。

 

「!」

 

 飛び込むように地表へ下降すると、そこには。

 何も無かった。

 ヘリポートの中心から学園外までの空間。敷き詰められていたであろう強化アスファルトも、地盤を補強する基礎鉄骨も、海を臨める崖も。

 人工島を形作る土砂や建材、その全てが()()()()。巨人が掬い取ってしまったかのように、そこには何一つ存在しなかったのだ。

 消失した島の縁、その発端に一機のISを捕捉する。

 それは異様な姿だった。

 全身から蒸気を吐き出す黒い偉容。膝を突き、蹲っていたそれが不意に動き出す。ぎちぎちと何かが千切れ、軋み、砕ける音。それは間違いなくそのISから、仁から響く音だった。

 

「仁!!」

 

 仁は立ち上がることもできず、その場に倒れ伏した。

 急いで近寄る。近寄ろうとして、途端にISから警告が鳴った。

 

「表面温度……3600℃!?」

 

 装甲が比喩でもなく一部融解していた。

 左腕は特に酷い。今も赤く、白く、どろりとした色味を発して周辺大気ごと焼き焦がしている。

 あんなものを装着して、中の人間が無事で済む訳がない。

 

「仁! あぁっ、もうなんで……!」

 

 強制除装……ダメだ。今こんな場所でISを外せばそれこそ仁の身体が消し炭になる。

 今は一刻も早く装甲の冷却が必要だ。

 直近の水道管の位置をセンサーが拾う。いや、一番近い海水でも。

 慌てふためく思考の渦をどうにか抑え付けていた矢先、黒い機体が身動ぎした。

 

「仁? 意識があるの!? 仁! しっかり――」

「行か、ねば……」

「へ?」

 

 比較的無事な右腕を地面に突き立て、あろうことか仁は上体を起こした。

 エネルギー残量は雀の涙。ろくなパワーアシストすら無いこんな状態で。

 

「い、ちかさんの、もとへ……」

「――――」

 

 意識混濁の中、傍にいる自分の存在すら認識できないでいる。

 肉体と精神が焼き切れる寸前にある男が、それでも呼ぶのは。自分自身の全てを無視して、それでもあんたは。

 

「バカよ、あんた」

 

 男の大きな身体をそっと抱き締める。IS越しにも分かる高熱。環境適応装備(マルチフォーム・スーツ)であるISのシールドにすらダメージを与える熱量。何より提陀羅本体が放つ強烈なエネルギー波。

 構うものか。

 こうでもしなければ、この男は止まらない。止まってなど、くれない。

 

「バカっ、仁のバカ……!」

 

 溢れ出たものが、黒い装甲に落ちては蒸発、霧散する。止め処なく流れ落ちる涙くらいで、男の熱を冷ますことはできない。

 私なんかじゃ、あんたの愛情は消せない。

 

「どうしよう、私、どうしたらいいかな……どうすれば」

 

 仮面の下の男の顔を想像する。

 ああ、やっぱり、湧き出てくるのは、嫌悪でも、憎悪でも、怒りでもなくて。

 

「私……私どうすればあんたのこと、嫌いになれるのかなぁ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その手を放しなさいな」

 

 蒼穹の高みから蒼が降り立った。ブルー・ティアーズ。イギリス産BT兵装特化専用機。

 セシリア・オルコットの機体。

 少女はこちらを睥睨し、顎で自分に指図した。その悪意を、嫌悪を、隠そうともせず。

 

「間もなく救護班が来ます。ここに貴女の役目はありません」

「……あんたにも、でしょう。偉そうに命令しないで」

「汚らわしい」

 

 こちらの言葉を、いや私という存在を女は唾棄した。唾を吐き捨てるという習慣がこの女には無いだけで、内実では確かに私を。

 

「ただの横恋慕なら憐れむだけでしたのに、身の程を違えましたわね」

「あんたに弁えるものなんて何一つ無いだけよ」

「あら? わたくしは、お二人の邪魔をするなと申し上げているだけですわ。散々思い知ったんではなくて?」

「……るさい」

 

 女の口端が引き上がる。逆月のような笑み。侮蔑と嘲弄の悪意に満ちた。

 

「貴女の、恋は、絶っっ対に、実らないって」

「うるさいっ!!」

 

 双天牙月、片刃の青龍刀を顕現させる。ほぼ無意識に、自分の戦意にISが反応したのだ。

 ――鼻先に砲口があった。

 刃を向ける暇もなく、詰み(チェック)。態勢の悪さを差し引いても、凄まじい展開速度。セシリア・オルコットは無手の状態からライフルを顕現させ、こちらに照準を合わせたのだ。

 

「お望みなら今ここで焼き潰して差し上げる」

「っ……!」

 

 それは圧倒的な敗北感。

 噛み締めた歯が砕ける感触。

 

「さあ、仁様から離れなさい」

「絶対に嫌」

「そ。ではさようなら」

 

 しなやかなマニピュレータがトリガーを引き――

 砲身を、黒い手が掴む。

 

「!」

「っ!? じ、仁、様!?」

 

 黒く太い、提陀羅の腕。

 起き上がった仁が、セシリアのライフルを掴み砲身を持ち上げていた。

 そしてそれきり、黒の魔神は静止する。

 

「……」

「……仁様……本当に、貴方って人は……」

 

 救護班が大挙して仁を搬送するまで、私も、セシリアも、身動き一つできなかった。

 きっと彼はそれを許さない。決して許してはくれない。

 ぼろぼろの死に体になってもなお、動き出した男を、私達は畏れた。

 恐怖とか戦慄(おのの)きとか大袈裟なものではなく、ただ。

 

 

 ただ、仁に叱られるのが堪らなく恐かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





???「射殺せ、神鎗」

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