織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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※CAUTIONという名の予防線※

・ちょい濃いめの同性愛、BL描写
・R15相当の性描写

苦手な人はブラウザバックだ。



35話 刻むことでしかⅡ

 

 

 

 目を開いた時、最初に捉えたのは子供の寝顔だった。

 

 いや……出会ったあの日から今まで、ずっと子供扱いを辞められなかった。ただ、大切で。ただ愛おしくて。

 その想いが彼の望むものとは僅かに異なっていることを、半ば理解しながらそれでも。

 それでも俺にとって一夏さんは、我が子同然の、唯一無二だった。

 今、その少年はすぐ傍に在る。

 周囲を見回せば、ここが学園の医療棟であること。己が現在横たわっているのは医務室のベッドなのだと知れる。

 流石は先端技術の粋を結集して建造された教育機関。医務室一つとっても、以前自身が世話になった国立病院のICUと遜色ない、どころか随所を上回る医療器具、機材の充実ぶりである。

 それら充実の医療器械に、己はまたぞろ世話を焼かれるような状態だったらしい。

 

「……また」

 

 枕元に突っ伏した少年の寝顔はとても安らかに見えた。その目尻に赤い涙痕さえ残っていなければ、己は愚かにもその感想を疑いもしなかっただろう。

 また、泣かせてしまった。

 そっと少年の髪に触れる。細くしなやかな絹の手触り。す、す、と何の抵抗も覚えない滑らかな指通り。撫でては梳きを繰り返す。それで何が許される訳でもないが、今はどうしようもなく彼が労わしい。

 彼の心の痛みに、己如きが報いる術など果たしてあるのか。

 

「ん……」

 

 吐息と共に、ゆっくりとその目が開かれる。長い睫毛が数回上下し、ぼやけていた焦点が合っていく。

 黒い宝石のような瞳に、己の姿が映されていた。

 

「ジ、ン……?」

「おはようございます、一夏さん」

 

 姿が像を結び、認識と理解が及び、呆けていた少年の顔が途端にくしゃりと泣き崩れた。

 

「っ……!」

 

 伸ばされたその細い手に身を任せる。療養衣の裾を握り締めて少年がすがり付いてくる。

 強く、決して離れぬように。

 

「どうしてだろ……こんなのばっかりだ……」

「……」

「ジンが無理をして、大怪我負って、ずっと目を覚まさなくて、その寝顔を俺はずっと眺めてる。眺めることしかできない。また助けられなかった。また……何も、できなかった」

「……申し訳ありません」

「なんでジンが謝るんだよ……謝んないでよ。そんな風に言われたら俺、オレ、ホントにどうしたらいいか、わかんなくなる、から……ぅ、くっ」

 

 顔を埋められた胸に熱が灯る。それは少年の目から溢れた熱だった。まるで、焼けるように熱い、彼の涙は。

 

「イヤだよぉ……やっぱり、オレ怖いよっ……ジンが、もし目を覚まさなかったら、オレも千冬姉も――」

 

 胸の奥底から抉り出すかのような苦しみに満ちた声音。真実彼の声は、彼の言葉は己の胸を抉った。

 

「――生きてる理由、無くなっちゃうよ」

「!」

 

 少年の肩に置いた手に知らず力が篭った。放してはならぬと。手を放せば最後、少年は跡形も無く消え去ってしまうのではないかと……埒もない妄想だった。

 しかしそんな考えに至ってしまうほど、彼の言葉は重かった。

 

「自分如きの為にそのようなことを考えてはなりません」

「……考えるとかじゃないよ。もう()()()()()()()。今のオレと千冬姉が生きてる理由。ジンと出会った日――初めて誰かを欲しいって思った。オレにはこの人が絶対に必要で、絶対に離れない、放したくないって。一緒にいる時間が増えていくほど強く強く強く思うようになった。頭でちゃんと自覚できるようになった頃には、もうオレの根っこのところにはジンがあって……ううん違う。随分前から織斑一夏(オレ)の一部はもうジンで出来てた」

 

 泣き腫らした目を細め、少年が笑う。在りし日の、幼い童子(わらし)。小さかった頃の一夏少年の笑顔。

 

「きっと千冬姉も同じ気持ちだ。いや、絶対そうだよ。えへへへ」

「しかし、それでは……それは、枷です。貴方方の未来を制約する。束縛し、限界を定めてしまう。こんな」

 

 己のような無価値な男が、彼の、彼女の在り方に害悪を及ぼすなど考えるだに(おぞ)ましい。そんなことはあってはならぬ。

 自らも愛に飢餓しながら、ただ孤独にのた打つばかりだったこんな男に、情を施してくださったこの姉弟にどうしてそのような仕打ちが許されよう。

 貴方に相応しいのは、直向きな、純粋な愛だ。凰鈴音や篠ノ之箒という少女らがその胸に秘め、温めているソレ……。

 

「束縛? ジンが? オレ達を?」

 

 するりと少年はベッドに上る。程よく鍛えられた肢体が蛇のような躍動で己の両腿に乗った。

 上体を起こした己と、それに騎乗する形の少年。己の首に腕を絡め、顎の下から上目遣いにこちらを見上げる。

 涙によって濡れた瞳に妖しげな光を見た。まるで皮膚を裏側から舐め上げられるような、あり得ぬ感覚を起こす。

 

「ふふ、ふふふふふふ……それ、すっ、ごくうれしい……」

 

 淡い頬紅が差し込む。上気した顔に艶やかな笑みを湛えて、言葉通り、少年は心底から悦びを口にした。

 それでは駄目なのだと理解している。彼の感情がひどく危ういものなのだと、とうの昔から分かっていた。

 だのに。

 柔らかな頬に触れ、また髪を梳く。形の良い頭のその輪郭を確かめるように撫でる。

 だのに、やはり、どうしようもなく――――俺は彼が愛おしかった。

 

「っ、っ、は、ん……あの、さ。ジン……お願いが、あるんだ」

「……なんでしょうか」

「……」

 

 それきり暫く少年は押し黙った。口をもごもごとさせ、文言を決めては止めてを繰り返しているようだ。

 

「どうぞ、遠慮なく仰ってください。自分の能力が及ぶ限り、どのようなことでも」

「……ホントに?」

「はい」

「じゃあ」

 

 朗らかに笑む。

 

「印、付けて」

「印?」

「うん、ここに」

 

 そう言って少年は自身の首筋を指さした。

 数秒、その意図を判じかねる。しかし理解はすぐに及んだ。

 印とはつまり、以前は己の首筋を常に飾っていた――

 

「千冬姉がジンにするみたいに……オレが、ジンにしたみたいに……」

「しかし」

「どんなことでも、って言った」

「……」

 

 舌の根も乾かぬ内に、こうも易々と前言を覆すは不誠実の誹りを受けて然るべきであろう。

 だが、それを甘受してでもやはり、この要求は拒否せねばならない。体面や他者の目の云々などは些事。

 問題は、彼の肌に傷を付けるという点にある。

 

「己の再生能力こそ異常なのです。加減を誤れば消えない傷跡を残す」

「だからだよ。一生消えないくらいのが欲しい。ジンの印……オレはジン“の”なんだっていう印……」

 

 首に絡んだ腕に力が篭められ、全身が密着する。放さない……己が先程抱いた思考を、少年の肌身から感じ取った。

 

「お願い……お願いだから……ジンはいなくならないって、安心したいんだ。だから……」

 

 沈黙が室内に降りる。けれど、逡巡は自分自身呆れるほどに長くは続かなかった。

 少年の背と後頭部に手を回す。

 こちらの了承の意を過不足なく一夏さんは理解したようだ。力を抜き、もはや己に身を委ねている。

 

「ありがと、ジン」

「……」

 

 カッターシャツのボタンを外し、肩を(はだ)ける。惚と、流し目にこちらを見詰める様が、ひどく煽情的だった。

 白い首、そこからやや下って、肩との境界面に狙いを定める。滑らかな流線を描く頸の、所謂胸鎖乳突筋あたり。

 顔を近付けたことで息が掛かったか、少年はぴくりと微かに震えた。やはり、少し緊張しているようだ。

 背中を擦ると、さらに二度三度ぴくぴくと少年は身体を震わせた。

 そうして遂に己は顎を開き、口腔内へと頸を迎え入れる。

 傍から見れば吸血鬼か、獣が美姫を貪っているようにしか見えまい。いや、ほぼ事実だ。

 今より己は、この美しい少年を喰らうのだから。

 顎を閉じ、歯で頸を噛む。

 

「んぁっ」

 

 程よい弾力を感じた。心地よい噛み応え。絞め立て新鮮な生の肉を頬張ったような。

 必然、口中で唾液が分泌される。口に含んだものを咀嚼し、溶かすという生理反応。口の端から溢れそうになったそれを反射的に吸い込む。同時に、舌が軽く頸の皮膚に触れた。

 

「ぁ、ひ……ぃ、っっ」

 

 吐息と、それに混ざる甘い声。平素の少年からは想像外の、蠱惑。

 耳にするこちらの脳を溶かされそうだった。

 

「ジ、ン……もっと強く、噛んで……」

「――」

「跡だけじゃなく、て……破れるくらい、深く…………ね」

 

 耳元に唇が寄せられた。鼓膜どころか骨の髄を揺さぶるような熱と吐息。

 

「……来て」

 

 酒精同然の囁きに酩酊する。

 犬歯が皮膚を食い破り、少年の肉を貫いた。

 

「あぁうっ! きひ……ん゛ぅ、んぁ、ふ……ふぅ、ふぅ……!」

 

 一段上がった声音と体温、乱れる呼吸。密着した胸の奥で早鐘を打つ心臓の鼓動を感じる。

 抱き付く手に、さらに力が入った。

 当然だ。皮肉を噛み破られたのだから。痛みに悶え苦しむのは道理。

 それを為したのは誰あろう己である。乞われたからとて、少年を傷付けるような真似を働いた。その罪深さに慄いた。

 

「ぁ、は、はぁ、はぁ……ごめん、ね」

「……」

 

 肩口に落ちる雫を感じた。少年は涙を流していた。

 ごめん、少年は謝罪を繰り返す。一体何を詫び入ることなどあろうか。

 

「ホントはオレ、罰が欲しかったんだ……あの日、ジンを見殺しにして逃げたこと。昨日、オレの未熟でジンを助けに行けなかったこと……ジンの痛みのほんの少しでも分け合えればって思った」

 

 全ては独善である。

 己が少年の生存を望み、少年の平穏を危ぶむ存在の排除を実行したこと。全ては我が私心、私欲の結果でしかない。

 貴方が罪悪を感じる必要性は絶無であるのに。

 

「でも、ダメだった……こんなに、嬉しくてうれしくてうれしくてうれしくてうれしくてうれしくて、んひっ、頭がどうにかなっちゃいそうなくらい、あっ、ぁん、うれしさでいっぱいなんだ……」

 

 少年は身体を擦り付けてくる。自身と己との境界を無くさんとするように。

 

「もっと、して」

 

 入ったのは犬歯の先端でしかない。彼はそれ以上を望んでいた。

 ぐい、とそれを自ら招き入れる。押し付けられた頸に歯はさらに深く食い込み、肉の千切れる感触と純血の鉄錆の味を口内へ(もたら)した。

 

「っっっ、はぁあ、んっ……!!」

 

 少年の背中に伝う痺れを手先から感じ取る。そのまま反り返りそうになる背筋をしっかりと支えた。

 今や唾液は口の端を零れ出て、少年の素肌を汚している。それに混ざり流出しようとする血潮をどうにか防ごうと、傷口に舌を這わせた。

 

「ひゃんっ!? あ、ぃ、ひっ、んんっ」

 

 少年の汗と血の混交した体液。それがどうしてか甘い。

 赤子の体臭に近い。まるでミルクのような。

 それこそ、彼の愛らしさのあまり己がそのような錯覚を得ているだけなのかもしれない。

 

「ぁ、ん、は、あっ、だ、め……ジンっ……!」

 

 体の熱は限りを知らず上がっていく。汗で張り付いたシャツの下、桜色の肌が透けて見える気がした。

 傷を労わるように舐め上げ、舌先で擦り、時には舌全体で丹念に撫でる。その度に少年は身体を震わせる。時には痙攣するように激しく。

 何かの高まりを感じた。少年の中で、どろどろとした熱の塊のようなものを。

 浅く、速く、呼吸には鼻に掛かった媚声が常に伴った。自分の意思ではもはや堪えることができないのだろう。

 

「ぃんっ、ひ……や、んん、あぁっ、は、はっ、はぁ、あん……!!」

 

 気付けば皮膚がふやけてしまうまで舐め、擦り続けていた。

 赤く染まった耳に指先を這わす。そしてもう片方の手は背骨をすっと撫で下ろす。少年はいずれも敏感に反応した。

 頸を一旦解放する。唇と頸とに唾液が糸を引き、橋を架けた。

 ふと見れば、とろけた顔で少年は自失している。目の焦点は再び惑い、目尻には涙が溢れ、上気した顔には笑み。艶やかに、妖しく、少年の媚態は今こそ危うい美しさで満ちた。

 

「ジ……ン……」

 

 目尻の涙を指で拭い取る。頬に触れた掌に、少年は自ら頬を押し付けてくる。

 首筋に一筋、血の紅が滴った。

 唇を寄せる。傷を広めない程度に弱く、血の滴りを逃さないほどに強く。

 

「ぁ……」

 

 そっと、傷口を吸い上げた。

 

「っっっ!! ぁあっ、ジンっ! ジンんんっっあぁぁあっ……!!」

 

 おそらくは今まででもっとも高く、激しく声を上げて、少年の身体が跳ね上がる。

 小刻みな痙攣を何度も何度も繰り返す。

 縋り付いてくる小さな身体を抱き締めた。何処へも行かないと、彼に伝える為に。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁはぁ、はぁ、は、ぁ……」

「……辛くはありませんか」

「……うん、はぁはぁ、もぅ、大丈夫……はぁ、はぁ」

 

 安堵と共に吐息を零す彼の姿に、心底安堵を抱いたのは己自身だった。

 

「これでもう、オレはジンのものだから」

 

 幸せそうに口ずさむ。

 少年はどこまでも美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ

 『だって男のコだもの』

 

 

「ジン」

「は」

「言いにくいんだけどさ」

「?」

「……ここ、下着の替えとかあるかな」

「……おそらく全て女性物かと」

「…………」

「…………」

「どうしよう」

「千冬さんに着替えを持ってきていただいては?」

「うわぁぁあああああああ!! 絶っっっっ対笑われるぅぅう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 





あれ、もしかして微エロってガチエロよりむずいんじゃね……?
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