織斑姉弟(へ)の献身 作:足洗
アリーナの使用は催事等の特殊な場合を除き午後八時を区切りとしている。生徒個人がこれ以後の使用を望むならば、正当な理由を提示した上で教員および施設管理者の許諾を必要とする。
此度、その使用目的は完全に私的な――私闘である。
前回のクラス代表者選定の為の決闘とは訳が違う。馬鹿正直に使用目的など明かそうものなら、許可が下りないどころか相応の処分を下されるだろう。
「この時間によく許可取れたわね」
「千冬さんに口利きをお頼みしました」
「……そう」
彼方の職権に託つけて規則外の要求をしてしまった。そもそも彼女自身にしてからが、職務に身贔屓を差し挿むを好としない謹厳な御人である。
それだけに、いともあっさりとアリーナの時間外使用の許諾を請け負ってくださったことには、少なからぬ驚きがあった。
「眼中に無いってわけね……」
「?」
鈴さんは静かに独り言ちた。
聞き取ることは叶わなかった。もとより聞かせる心算もなかったようだが。
アリーナへの道行き、途中落ち合った少女と夜道を共に歩く。
「身体はもういいの?」
「御蔭様で、既に全快しております」
「嘘、あんな深手が一日二日で治るわけない……別日に回したって、私は」
「いえ、その必要はありません。ご存知の通り、自分は体内に特殊なISを内包しています。詳細は省きますが、“コレ”は通常のISとは異なり生体に深く根差すことでその機能を向上させます。取り分け自己治癒・再生能力の強化が著しく、先日の損傷程度であれば十時間ほどで復元が可能です」
「……」
「御配慮、ありがとうございます」
「別に」
この形、この構図にどこか懐かしさを覚えた。彼女と二人、家路を同道したことも一度や二度ではない。
その内実から目を逸らすなら、今この時間、この光景は、あの頃と何一つ変わっていない。
これより後、彼女と干戈を交えるなどとどうして思えよう。
「ねぇ、仁。念の為に言っとくけど」
「は」
「……手加減なんかしたら、私あんたを本当に一生許さない」
怒りや憎しみといった激しい感情は含まず、少女は努めて冷ややかにそう言った。それは絶対に覆らない決定事項であると。
「――了解しました。全力死力を尽くします」
言葉だけならば幾らでも騙ることができる。結局は行動によってしか彼女が望むものは示せない。
彼女の望むもの……この期に及んで未だ発見に至らぬ解。
あるいは、刃を交え、拳を交えたその末に、それは現れるのか。
その答えを今、己は切実に願望する。
『…………』
「
「
アリーナ中央。向かい合いながら互いのISを展開する。
夜空の下でさえより一層暗い色彩を放つ黒き魔神、提陀羅。この姿を間近に見るのは二度目になる。
学園を強襲した所属不明機を破壊した後、おそらくは単一仕様能力を使用したことで自壊していたあの様とはやはり全く違う。
異様なほどの存在感。そして脅威。この機体は普通じゃない。それが一目で分かる。
「行くよ」
「はい」
PICとスラスターによる急速上昇。重力という枷をほとんど感じない速度で一瞬にして地上50mに達する。
手には柄を連結させた双天牙月。デザインコンセプトは青龍刀らしいがこれは厚みも刃渡りも馬鹿げたスケールをしている。ISのパワーアシストを前提とした近接実体重武装。
私好みの。
対する仁の機体は、武装の軽い重い以前の常識外れ。近接戦の極致、肉弾、その拳がただ一つの武器。
「甲龍の格闘能力だって負けてない……!」
あの機体を制作した奴は頭がおかしい。幾らISが地上最高の機動力を持つ兵器でも、火器はおろかブレードの一振りすら帯びさせず、“殴る”以外に攻撃手段が無いなんて…………例外的な
「くぅっ、速い……!」
『流石です。飛翔技術と体捌きがよく噛み合っている』
「馬鹿にすんな! こちとら代表候補生だっての!」
エネルギーの放出だけで機体はおろか装甲内部の肉体にまでダメージを被るなんて、
それとも。
傷を負うことすら織り込み済みで、どんなにボロボロになっても、五体を喪失しても、命すら落としかけても、この男は止まらないってことを知っているから――その常軌を逸した再生能力を付与したのか。
「っ!! ふざけんな……!」
胸の内から黒々とした憎悪が湧いた。見たこともないその気狂い科学者に殺意を覚えた。
……でも、それは一つの真実で。
そうだ。止まらない。諦めなどしない。してはくれない。
半身が炭化していたのだ。皮肉が焦げ、骨が崩れていた。その臭いと感触を私は確かに味わった。その痛みを想像するだけで、背筋が凍る。
それでもこの男は、一夏を諦めない。
その姿を、私は尊いと思った。思って、しまったのだ。
「不可視の龍咆を……なんで躱せるの!?」
『イグニッション』
「ぐっ、あ!?」
自己犠牲、なんて下らないと思っていた。所詮それは当人の自己満足だ。周りのことなど何一つ考えていない。
その人が傷付いて、苦痛を飲み込む姿を見て、いや、それすら見せてくれないことが、どんなに、どんなにか辛いか。
だから、仁。
だから――あんたを許さない。
「シールドが……!」
『脚を止めるは命取り。貴機の性能と貴女の技はこの程度ではない筈です』
「っ、うっさい! 言われなくたってねぇ!!」
どうして迷わないの。躊躇を捨て去れるの。恐怖を、飲み込んで抱えて行けるの。
それが愛ってものなのかな。父が私と母にくれたもの。それをあんたは、一夏に。
ああ、それは、それはなんて素敵なことだろう。
『御無礼』
「っっ!? 牙月が砕けるなんて……!?」
純粋で、一条差す光のように真っ直ぐな、愛。
それを死力を尽くして貫く男が眩しかった。けれど一時も目を逸らしたくはなかった。
焼け付くように熱い想い。それに焦がれる自分を知った。
「強いね、仁は……」
出会った時から変わらない。それどころか、私なんかが出会うそのずっと前から、男は覚悟を
初恋の少年には、既に愛している人がいた。
現実はいつだって優しさから程遠い鋭さで心を刺す。その事実は悲しかった。悔しかった。世界の終わりめいて目の前が真っ暗になった。
ああ、そのまま男を憎めたなら、私の人生はとても安楽だったろう。もし私がそんな人間だったなら、無責任な、無知蒙昧な怒りを燃やせば満足できたのだろう。
その人を、憎めない。仁を
それがきっと一番の不幸だった。
「強い、ね……仁」
『鈴さん……?』
たとえその身を抉られても、どんな苦痛を甘受しても、たった一人を護り徹す。
男の生き方、存在が、私を病み付きにした。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
直向きな少年の勇気が愛おしかった。
そして、不退転の覚悟を以て少年を慈しむ男に、憧れた。
そうだ。そうだったんだ。
私は。
私は――――
「私は、そんな