織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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こういうラブコメもある











といいなぁ(願望)


39話 少女は深みを想いねがいを知る

 

 龍咆の広範囲一斉射。

 単発の威力を抑え、面制圧的に敵機の進路を覆う。

 それがハイパーセンサーの捕捉を振り切るほどの速度であろうと回避する為の空隙が無ければ弾丸は必ず命中する。理屈とも言えない屁理屈だけど。

 必然、不可視の弾雨は敵機“提陀羅”に降り注いだ。

 ――――だのに、止まらない。そんなもの構いはしないとばかり、敵機は真っ直ぐ突っ込んでくる。

 より正確には、自機の姿勢制御に影響する弾道上の砲撃だけを叩き払っている。

 空間に直接歪曲作用を掛けて生成した視認不可能の砲身と砲弾をどうして弾けるのか。

 

「ずっと後悔してた。あの時、一夏が私を助けに来てくれた時……どうして、逃げろって言ってあげられなかったんだろ」

 

 音……。

 光学、熱源、電波探知の類が無意味なら、速度を約束された感知方法はやはり音響、ということになる。

 音を聞いて、躱してるってこと。

 

「そうだよ。本当に一夏が好きで好きで好きで好きで好きで好きなら、愛してるなら、ここは危ない早く逃げろって言う筈。大切な人を危険な目に合わせるくらいなら、傷付けるくらいなら、自分一人がどうなったっていい……そう言うべきだった。そう言わなきゃいけなかった。なのに、私は……馬鹿みたいに喜んでっ……! 助けに来てくれたことをただ嬉しがってた……!!」

 

 牙月、巨大な青龍刀を上段から振り下ろす。

 直下から黒い機影。仁は右腕を掬い上げるように振り上げた。

 衝突。

 衝撃。

 刃が――砕けた。

 

「仁、あんたなら迷わずそう言ったよね!? ううん、仁なら一夏を危険に近付けることだってしなかった!」

『いいえ』

 

 龍咆の再歪曲、砲弾の細分化、疑似的な散弾を形成。エネルギー消費量は倍増するが、単発射撃では威嚇にもならない。

 速力が違い過ぎる。何よりもその反応速度が。

 超鋭角の軌跡を刻み、黒の魔神が飛来する。

 

『己が無力によって何度もあの子を生命の危機に晒しました。二年前に一度、そして四年前のあの時も』

「あれは私がっ!!」

『はい。鈴さん、貴女のことも御護りすることができなかった。我が身の無能を憎悪します』

 

 一合、右からの鉤打(フック)を刀身の腹で去なす。

 擦れ違う……しかし、敵機は即座に反転、脚部スラスターが発火し、体軸を半回転させ中段を蹴り脚が薙ぎ払う。

 急降下。スラスターで上体を無理矢理引き下げ、頭上に躱す。回避が間に合わなければ脇腹を抉られていただろう。

 

「……そっか。仁は、そう言ってのけちゃうんだね」

 

 垂直下降しながら上空を仰ぐ。高度優勢にある敵機へ龍咆を連射する。

 

「あぁ、やっぱり、あんたは私の理想だった!」

 

 欠けた牙月のその一振りを投擲。それは高速回転しながら敵機へ迫る。

 当然、提陀羅の機動性ならば回避はこれ以上なく容易だろう。

 

「あの時から、一夏を好きになって、より深くより多くを知れば知るほど思い知った。私じゃ()()()()んだってことを。一夏を満たせるだけのものを私は与えられない……仁だけが」

 

 武器の投擲は目眩まし。牙月に身を隠し、ほんの一瞬でも敵機の捕捉から逃がれる。

 しかし、こちらが反撃に打って出る暇もなく、敵機は遮蔽物を最小限度の動きで回り込み直線コースへ躍り出た。あのスラスター出力と速度、そしてこの距離では、敵機の猪突は確実にこちらを捉える。

 逃げられない――――否、逃げる必要などない。

 

「仁だけが一夏を満たせる。それはそうよね。だってあんたは自分自身の全部を使うんだから」

『……自分にはそれ以外に術がありませんでした』

「でも選んだのはあんたじゃない」

 

 龍咆を撃ち出す。しかし目標は敵機ではなく、半欠けの青龍刀。

 衝撃そのものの砲弾がぶち当たり、牙月が弾けた。本来の軌道から、すぐ傍を通過しようとする敵機へ。

 曲芸のような手妻に、やはり対手は反応して見せた。スラスターの瞬間発破で飛翔姿勢の微調整、半回転分の錐揉み(バレルロール)で凶刃を躱した。

 

『!』

「傷付くのも傷付けるのも恐いって言う癖に、躊躇も迷いもしない。それに、左腕だけじゃないでしょ? 臓器も骨も大部分がIS化してる。能力行使で自壊しかけたあんたに触れた時、解析したから知ってるよ……本当に、身も心も使い尽くしたんだ、一夏の為に」

 

 牙月を躱す為に態勢を変えた一瞬の減速、そこに突っ込む。もう一振りの牙月で刺突を狙ったが切先を打ち弾かれた。

 でも、推進する勢力までは殺せない。機体の正面衝突、互いの装甲がぶつかり金属の音が夜空に響く。

 スラスター全力噴射。黒い巨体を捕まえたまま飛ぶ。

 

「本当はさ、嫉妬して、怨んで、嫌って憎むべきだったと思う。恋敵ってそういうものでしょ? でもできなかった」

 

 遮断シールドに相手諸共突っ込む。

 接触の直前に敵機が背面スラスターを強噴射した為、衝突によるダメージは思いの外少ない。

 

「これでも努力したんだから。仁を嫌う為に必死で仁のことを考えて考えて考えて、考えるほど……その分だけ憧れが強くなっていった。一夏のことを好きなればなるほど、あんたを求める一夏の気持ちに共感した。可笑しいよね。私が好きなのは一夏一人の筈なのに……いつの間にか一夏の向こう側に仁を見てた…………」

 

 距離を取ろうとする対手の腕を取り、自分の腕を絡み付かせ脇へ抱え込む。

 

「…………あぁ、違うわ。ちょっと正確じゃない」

 

 再びスラスターの全力稼働。今度は押すのではなく、引く。重力の手に従い、地表へ。

 

「……そう、そうだ。一夏の向こう側にじゃない。寄り添ってるわけでもない。一夏の()()仁があった」

『一夏さんの……?』

「うん、うんっ、うん!」

 

 落ちる。墜ちる。堕ちる。

 エネルギーの過剰供給がスラスターの許容量を超えた。翼が内部から爆発を起こす。

 しかし同時に、間に合った。自機と敵機は地面へ激突を遂げた。

 

「そうだったんだ。()()だったんだ! 一夏と仁は同じだった。不可分の、絶対に切り離せない、一心同体の……絆」

 

 噴煙、土砂を巻き上げ、地面に小規模なクレーターを作る。けれどこの程度の高度から落下したところでISは傷一つ付かない。幾らかのシールドエネルギーを失うだけ。

 自機も敵機も瞬時に体勢を立て直し、こちらは進み、あちらは退がった。

 斬り上げた刃は空を走り、甲龍のマシンスケール及び牙月の刃長が網羅する間合よりも正確に半歩外側へ提陀羅は退避した。

 

「知ってる! その絆を私見たよ。それもつい最近。離れ離れになりかけた私の家族。両親に」

 

 追い縋る。内部機構を損壊したスラスターは最大出力の二割もその性能を発揮しないが、PICとパワーアシストの乗った脚力は10mをコンマ一秒で踏破できる。

 

爸爸(おとうさん)はね、自分の死と引き換えに私と妈妈(おかあさん)の未来を創ろうとした。でも私も、そして妈妈もそれを許さなかった……許すわけないじゃない。お金が要るなら何をしてでも私が用意する。相手が何であれ爸爸を殺すものは、たとえ病気だろうと、その方法をどこまでも探し出して妈妈が殺す。妈妈はもう爸爸を一生許さないし、――――離さない。ほら、同じ」

『鈴さんの御両親と、一夏さんと自分が……』

「うん。仁が自分の命で一夏の命を繋ごうとするように、一夏は仁の死を許さないよ。絶対に。だって、一夏の命は仁で構成されてる。腕と臓物、肉と血と骨――仁の命を使って一夏は今この瞬間を生きてる。それを一夏は心の深い部分で理解してるよ…………私に、そう言ったの」

 

 牙月を振り下ろす。

 提陀羅、仁は、回避行動を取らなかった。その銀に輝く長大な腕で直接刃を受ける。

 硬質な、痛みすら感じる音響。鼓膜に杭を刺されるような激しさで金属装甲が鳴く。

 

「あんたの言った通りだね、仁。()()()()()()()()!」

 

 刃は左腕を斬るどころか、弾かれ、刃先の一部が中空に飛散した。

 でも打つ。二度、三度、四度、五度六度七度――――破損し続け悲鳴を上げる刀剣に一切構わず、牙月を振るい続けた。

 夜空を劈き、舞い散る剣戟の刃鳴(はな)

 仁は動かなかった。スラスターは当然健在である筈なのに、飛行を捨て、夜天を降りて地に足を留めて。

 男は、打ち込まれ続ける我武者羅の剣を律義に、丁寧に、全て余さず残さず受け止めるのだ。

 

()()()、あんたを倒す」

『……一夏さんの為に』

「はっ、何言ってんの。私がそんな一途で清廉な女じゃないってもうそろそろ分かるでしょ?」

 

 数十合目の打ち下ろし――と、見せかけた空の動作。刃を下方へ振り抜き、体軸を回す。遠心力に乗って上体を捻り、後ろ回し蹴りを対手の懐へ突き刺した。

 腹を足底のスパイクが噛んだ感触。でも浅い。いや薄い。相手の構えがいつの間にか真半身に変わっている。体向を反らしたことで衝撃力を殺された。

 まだ。

 PIC発動。慣性力を減殺、空中で転身。蹴り上げた右足と左足が入れ替わる。宙を踊るような回転蹴り。顔面を狙って。

 

「一夏を生存させる命が仁なら、仁を倒して屈服させることで、一夏の命脈を私は奪える。掠め取れる。ついでに、あんたのことも好きにさせてもらうから」

『己の敗北とあの子の生命が等価値であるとは、自分は認められません。鈴さん、貴女の願いは、如何とも成就し難い』

「朴念仁。あんたも一夏に負けてないわね」

 

 右手甲で蹴り脚を防がれた。どころか脚を掴まれ、ぐるりと空中で引き回される。

 そのまま地面へと投げ捨てられる前に、地表へ牙月を突き立て、それを支えに無理矢理相手を蹴り付けた。

 

『っ』

「私はね、あんた達一夏と仁(ひとつ)が欲しいのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから私に倒されてよ、仁!!」

 

 笑みを刻んで少女は叫ぶ。

 悲痛な、迷い子のような頑是無さで。

 甲龍の、何より彼女自身の格闘能力は健在を通り越し、己が知る過去最高の冴えを発揮していた。

 それがどれほどの葛藤とその末に辿り着いた覚悟によって為されるものか、愚劣なる己には計り知れない。

 

 ――どうすればいい

 

 この期に及び至り果ててなお、己は自問する。(こたえ)を、彼女の(こたえ)を、探し続けて。

 

 ――どうすれば、この少女に応えられる

 

 彼女の心底の願い、想いに、何を以て応える。生半なことでは断じて少女は止まらない。彼女自身ですら止められないところまで来てしまったのだ。

 

 ――……

 

 ならば、こたえは既に出ている。

 愚劣、蒙昧の地平を歩む己にできることなど。

 日野仁(おのれ)に許された手段など、結局コレだけだ。

 

 ――使い潰すだけが取り柄ならば

 

 そうするまで。

 

融合基(ユーザー)(オーダー)を確認』

 

 ひどく耳慣れない。“少女”の声を聞いた。

 

『あなたのねがいをかなえよう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裂帛の気合いが眼前に迫る。踏み込みは深く、重い。地を踏み砕く震脚と真っ直ぐに空間を走る、貫手。装甲の鋭利な指先が、過たず顔面を目指して飛翔する。

 受けず、避けず、退かず。

 銀の拳を打ち放つ。少女に最大の敬意と、親愛を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

「…………っ」

 

 久方ぶりに静けさを取り戻したアリーナの中心に、ここへ足を踏み入れた時同様彼女と対面している。

 特筆すべき相違点を挙げるとすれば、それはやはり彼女の貌。

 戦気を漲らせ、一人の闘争者として立っていた彼女は居らず、それはただの一人の少女だった。

 怯え、竦み、震える。恐怖を張り付け、凍り付いた表情。

 それに己は()()()()()の笑みを送る。

 

「御見事、です……鈴さ、ん……」

「――ぁ、あぁ、なんで」

 

 彼女の震えを感じ取る。その貫手が射抜いた……右の眼球、眼窩、頭蓋を伝って。

 右側面全域が闇に沈んだ視界の向こう。濁流となって落ちる血液の生暖かさ。

 甲龍の手甲が穢れている。それを厭う心地で、僅かに身を引いた。すると、ずぶ、ずぶ、ずぶ……と彼女の細い指先が内部から抜き取られるような音を感じた。

 おそらくは激痛の中で奔ったただの錯覚だろう。

 

「装甲、貫通し、ぜ、絶対防御がなんで、発動しなかった。発動しな、なんでなんで、なん、血が、血、仁の、あったかい、仁の、命の、ダメ、ダメよ、ダメなの、ダメなのに、ダメっ、ダメダメダメダメだめだめだめだめだめ!!」

 

 引き抜かれた爪の先に、異物が付着している。

 もとは白く、滑らかだったらしい。今は赤く、黒く、ぐずぐずと型崩れした球体の成り損ない。

 

「あぁぁぁああああああああ!!? ダメ!! これは、仁の身体は全部、一夏の為に使われなきゃいけないの!! 血は一夏の為に流されなきゃいけないの! 肉は一夏の為に燃やされなきゃいけないの! 骨は一夏の為に折れなきゃいけないの! 目は、仁の目はっ、一夏だけを見てなきゃ、いけないのに!!!」

 

 少女が狂乱する。認め難い現実を拒絶するかのように。

 ()()なり果てる前に、彼女の手から死骸を拭い取り、手の中へ握り込む。単一仕様能力の応用――局所的エネルギー放出によって、それは跡形もなく消し去られた。

 

「っっ!? な、にを」

「コレに価値などありません」

「?? だって、仁の目だよ……? 仁の、目なんだよ??」

「この程度の体積であれば、既に」

 

 右眼窩に異物感。いや、本来あるべきものが戻った。

 眼球の再構成は既に完了していた。

 

「へっ? 目、が」

「価値など、ないのです。失せればまた生える。蜥蜴の尾と同等の、捨てるばかりがこの肉体の使い道です。断じて、貴女の涙ほどの価値などない」

 

 右手の装甲を解き、素手で少女の涙を拭う。

 呆然自失に色を失った瞳が、労しかった。そのような貌を彼女にさせた我が身が呪わしかった。

 

「鈴さん」

「……」

「貴女の想いは、確とこの身を貫いた。貴女は自分に勝利された。自分は貴女に敗北した」

「私の、勝ち……?」

「はい。故に、この身は如何様にでも貴女の意のままになさってください。貴女の心痛に、こんなものがどれほどの贖いになるかは判りませんが」

「……」

 

 暫時、沈黙が辺りを満たす。虫の声さえない夜の静謐。

 その静音の中に、目まぐるしい思索と心の変容を感じる。少女は今、ひたすら事実を受け止め、理解しようと尽力していた。

 そうして、月の軌跡を目で追えるほどに時を数えた頃。

 新たな右目と共に少女を見据える。

 泣き崩れそうな幼い顔立ち、しかしその瞳に理性の灯が戻りつつあった。不意に、少女は微笑んだ。

 

「…………無理言っちゃって。そんなの、一夏が許す訳ないじゃん」

「お許しをいただけるよう長期的な対話を試みる心算です」

「うーん、たぶんその前に私が斬り殺されると思うけど?」

「…………」

「ぷっ、ふふふふ、あははははは! そんな深刻な顔しなくてもいいわよ」

 

 これもまた久方ぶりに思える。

 少女の、とてもとても快活なこの笑顔は。

 こつんと、少女が額をこちらの胸板へ押し当てた。

 

「ありがと、仁……今はそれで充分」

「…………申し訳ありません」

「バカ……あんたも一夏も、ほーんとバカよ」

 

 少女は血で穢れた手を握り、もう片手でその手を包み込む。

 決して手放してはならぬ宝石が、まるでその手中に収まっているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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