織斑姉弟(へ)の献身 作:足洗
日野仁、および織斑一夏に対する周囲の評価は概ね良好なものだった。
高校一年生男子の平均的な体格を優に超越し、顔立ち、立ち振舞いどれ一つとっても日野仁のそれは実年齢に合致し得ない。しかし、人当たりは良く物腰も軟らか、ともすれば地面すれすれを行くほどの腰の低さをした彼を、外見を理由に厭う者は少なかった。
いや、それどころか彼の、同年代の幼い男子には無い異様とも思える包容力に気付いた女子生徒の中には……身の程知らずにも……
『将来性ありそうだよね、日野くん』
『頭いいよね。私授業で解らないところ教えてもらっちゃった。あ、それにチラッと見たんだけどさ、実技の成績。スゴかったよ』
『だってそもそも適性A+だよ? 最初からあたしらとレベル違うじゃ~ん』
『お、じゃあ今の内に声掛けとく? あの人、手堅い? 感じだし。あははは!』
『見た目はちょっと恐いけど、話してみたら優しいし……私は、その、アリかも』
『うわ、ガチの子がいる。や、わかるけどー。カレシにするにはちょっと真面目過ぎっていうか』
『そうだよねー。ひののんはねぇ~、うんとねー、ゾウさんって感じだしねー』
『いや「そうだよねー」から何がどう繋がってその感想に行き着くのよ……』
雑音だった。
織斑一夏もまた、多分に漏れずクラスメイトや他学級の生徒達からの注目度は高い。度合を比べれば、日野仁以上にである。
女の側が気後れを起こすような美貌。彼が男性であるという事実を忘れ去ってしまいそうになる。ジェンダーレス――この場合は社会参画機会の均等化ではなく、一個人の性的特徴に対しての意。この言葉は正しく織斑一夏にこそ相応しい形容だろう。
加えて、彼があの
入学早々に行われたクラス代表者選定の為の模擬決闘。そこで日野仁と織斑一夏の戦闘能力は如何なく証明された。
彼らの戦闘記録映像を学園の実技教材として使用するべき、という提案が教職員から挙げられた……などと真偽も定かではない噂が立つほどに彼らのレベルは常人を超えている。
こちらには、より一層色惚けた熱を向ける者が後を絶たない。盛りの付いた雌猫同然に。
彼女らは知る由もないだろう。迂闊に、世界でたった二人だけの男性IS適性保有者に浅い下心を持って近付いたことで、自分達がどのような処遇に晒されるか。
まず、その当人から三代は遡って出生、戸籍、家族構成、親類縁者の洗い出し。趣味趣向から性癖に至るまでありとあらゆる個人情報を調べ尽くされ、データベースに記録される。
日本、本国に限らず、政府機関が全力傾注して彼らの存在を扱う現世上、只中にあっては当然の措置と言えよう。
いずれにせよ興味がない。
関心事、もとい懸念すべきは彼および織斑一夏とクラスメイトという関係性以上に深く親交しようとする人物。
これは前述の色惚けとは少々毛色が違う。
筆頭の一人を挙げるとすればそれは――セシリア・オルコット。
イギリス代表候補生。由緒正しき貴顕オルコット家現頭首。
かの少女は入学当初、日野仁および織斑一夏に対して強い性差別的敵意を向けていた。現代価値観に照らして彼女のような思考・思想は別段珍しいものではない。
着目すべきは、強硬な男性差別者であった筈の彼女が、現在では日野仁および織斑一夏に対して只ならぬ好意……執着を顕し始めたということだ。
『仁様。一夏様。よければ御一緒に紅茶などいかがでしょうか? い、いえ、もちろん御用事がなければ、です……本当に? あっ……よかった! 嬉しいですわ。ええ、それはもう、とても嬉しいです。とても……ふふふ』
掌返しというにはあまりも凄まじい変わり様。
……忌々しいが、理解はできる。
どこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでも忌々しいが。
あれは要注意だ。放って置けばそれこそ、どこまでも、増長するだろう。
もう一つ。ごく最近になって、新たな因子が紛れ込んできた。
凰鈴音。
中国代表候補生。バックボーンに特筆すべきものはないが、気障りなのはこの女と織斑一夏、そして日野仁が同じ小学校中学校を出、また浅からぬ交流があったという事実。幼馴染だと……鬱陶しい。その程度の繋がりで大きな顔をするのか。
IS学園へ中途転入を果たし、当初は日野仁に対して敵対的な並ならぬ反応を見せていたが。
『いーちか! ちょっと付き合ってよ。何って、新作の味見! あんたに影響されたわ。料理、面白くってさ。あ、もちろん仁も一緒にね! ……ふふふっ』
今ではそれも鳴りを潜め、一クラスメイト然とした関係性を持っているように見える、いや、いや、
お前の所業は全て見ている。お前の悍ましい、身の毛も弥立つ、穢らわしい
この、変態性癖の、気狂いの、色情魔。どんな権利があってあの人に、この、この女は。
「…………ふぅ」
端末から顔を上げて一息。
コーヒーがすっかり冷めてしまった。
報告書……ともいえない日常記録を見返す度、やはり、間違いなく、寸分の狂いなく、自分の選択の正しさを知る。
報告書などというものは自分以外の構成員がせっせと作っては本社に送り奉っている。無味乾燥、私見と感情など混在し得ない事実と情報の羅列並列文字列。なので、そんなものを綴る必要はない。
記録し記憶に留め置くべきは常に一つ。たった一人だけでいい。
ここ二年間、毎朝毎日毎晩繰り返し絶え間なく常に考え見詰め集め続けた彼、彼一人のことだけを。
■年十一月二十二日午後六時、彼が夕食を食べていた。
■年二月二十日午後十時、彼が机に向かって勉強していた。
■年八月一日午前五時、彼が洗濯物を干していた。
■年四月十六日午後三時、中学指定の制服姿で彼が中庭で休憩していた。
■年十二月一日午後六時、彼がショッピングモールで買い物をしていた。
■年――――
彼が――彼が――彼が――彼が――彼が――彼が――彼が――――
■年■月■日、今日、彼が寮の部屋を出て、教室棟へ歩いていく。
「くっふ、ふふ、はははは、ふふっ……もうすぐ会えるね」
液晶ディスプレイに、彼の精悍な横顔がある。いつ見ても、初めて見た時から、ずっと変わらない顔。
引き締め、堅実、剛健な形なのに、その奥にどうしようもない慈愛を秘めている。それを知っている。貴方がどんなに優しく、暖かであるのかを、とてもとてもよく知っている。
楽しみだ。居ても立っても居られないくらい。本当なら今すぐにでも! ……でも我慢する。ちゃんと待てができる子だから。褒めてくれるよね。貴方なら。きっと。
ディスプレイの彼を指先で撫でる。何度も何度も、何度も。
「僕の」
そうだ。彼は、僕の。
唯一無二の、求め続けた理想の体現。彼こそ――――
例の僕っ娘がアップを始めたようです。
やっぱ王道ヤンデレたーのしー!