織斑姉弟(へ)の献身 作:足洗
戦闘訓練。
すわ、織斑教諭自ら甲龍とブルー・ティアーズを相手取られる御心算か……そのような危惧を一瞬抱きはしたが、杞憂であった。
実際に模擬戦闘を行ったのは甲龍とブルー・ティアーズ。制限時間および制限シールドエネルギー残量を設定し、グラウンド上空へ生成したエネルギー防御膜内部にて相争う運びとなった。
そして結果から言えば、勝敗は決せず。
「決め手に欠くな」
「エネルギー残量も100分の1単位まで同数です」
「引き分けってこと?」
首を傾げる一夏少年に頷く。
制限時間を迎えた段階で両機の数値的損害はほぼ同様。ならば戦闘の過程、互いの威勢、技量や工夫、手練手管の優劣によって判定を下すのが打倒なのであろうが。それは織斑教諭の言葉通り、甲乙付け難い。
両者は互いに一切譲らず、また退かず、全く以て互角の闘争を繰り広げた。
両機体が地上へ降りる。土を踏み散らし巻き上げながら相対して立つ。
「……」
「……」
牙月、巨剣の切先を真っ直ぐに突き付ける甲龍。長大かつ大口径の砲を寸分違わず射し向けるブルー・ティアーズ。
意気、否、鬼気とすら呼ばわる気迫を漲らせ、完全なる戦闘態勢を見せる二機。
「終了だ。武装解除、ISを除装せよ。これはIS技能教導者としての命令である」
厳然と織斑教諭は言い放つ。反駁も拒否も躊躇すら許さない決定事項の通告であった。
そしておそらくこの厳命が下らねば、かの少女らはここから何時間でも戦い続けたことだろう。
燐光を放散しながら、武骨な装甲から少女らが解放される。こちらに歩み寄ってくる間も、互いに互いを視線で刺し貫くことは忘れずに。
「専用機持ちの代表候補生としてまずまず妥当な戦闘能力と言っておこう。織斑、日野、二名の戦いぶりをそれぞれ評価してみろ」
「えぇ!? いきなりそんなこと言われても……」
「お前はただぼんやり観客気分で観戦を楽しんでいたのか、戯け。思い出しながらでいい。何が印象付いたかを言語化し改めて己自身で咀嚼しろ。特にお前は今この場にいる専用機持ちの中で群を
「うぅ……はぁい」
それこそISに直接触れてからまだ日も浅い少年には酷なことだが、教諭の言は徹頭徹尾厳しくも正しい。
そして、それは己とて同じ。挙手し、先に回答するを教諭に願う。
「よし、では日野。この馬鹿に回答例を見せてやれ」
「それはまた、僭越ですが……」
まず一人目、セシリア嬢に向き直る。
「BT特殊兵装の運用における是非は無論自分如きに判断は不可能ですが、対手の機動と進路を先読みした狙撃と偏差射撃の精確さはやはり卓越したものがありました。また、前回行った自分との戦闘時より
この場合の“稼働率”とは、
繰り返しに思う。ほんの二週間にも満たぬ短期間で叩き出すには、二割という数値は破格だった。
「まあ……お恥ずかしいです。けれど……嬉しゅうございます。仁様」
ほう、と熱の篭った吐息を零す。やや淡く頬を朱に染めて、セシリア嬢は微笑んだ。
同時に軽い破裂音を聞く。音源は、
「甲龍の運動性は今更語るまでもないことでしょう。元来、鈴さんは優れた拳法使いでも在られる。それを、ISの装甲を纏い、また身体強化による身体感覚の差異すら完全に
「ふんっ……」
「お、ジン。これはわりと本気で嬉しいときの顰めっ面だぞ」
「なんでこんな時だけ敏感なのよこの鈍感!!」
「どっちだよ!?」
バッシバッシと少女は少年の背中を叩く。叩きながらも口端にニヤケた笑みが上る姿は、微笑ましいと感ずるべきだろう。
「……」
絶対零度、凍て付いた視線で横目に鈴さんを見据える蒼い瞳。
それさえ見付けなければ、己はこの場の風景をただ朗らかな一場面として、何も考えず脳内に据わる記憶の戸棚へ仕舞い込めたのだろう。
「……少々良点に偏った意見だな。織斑、お前は改善点を挙げてみろ」
「うぇ!? は、はい……えぇーっと~」
唸りながら、少年は記憶を反芻するように空を見上げる。
その彼に二方向から注がれる槍の如き視線を直視しないよう配慮しながら。
「セシリアは……なんというか、真っ直ぐ過ぎ? 正直に狙い過ぎっていうのかな。当ててやるって気迫が強すぎて逆に躱し易いように感じた、かな……もう少し
「……なるほど。確かにそのような気負いが多少は」
少女は腕を組み、笑む。
「鈴はー……逆に『裏を掻いてやろう!』みたいな魂胆が見え過ぎ。相手を引き付けて、注意を目一杯向けさせて、それをスカッと外させてから最後は必ず剣でぶった斬りたい! っていう……一連の流れ? みたいなのができちゃってたな。ワンパターンだからあのままだと嵌めにくい、と思う」
「ふーん……ま、参考程度にはしたげる」
少女は腰に両手を当て、笑む。
少女二人は笑みを絶やさない。そしてそれは怒りや苛立ちに端を発するものではなく、決意。純粋な目標設定。
次戦の機会を得た暁には、かの少女らは必ずや今齎された意見を基に、“情報”を貪り、戦術的弱点を克服し敵機を撃滅せんとする。
熱した鉄のような柔軟性で、冷えた戦意を研ぎ澄ませている。
「良かろう。他の者も今の戦闘から考えられ得る戦術的、機体性能的改善点を二件以上レポートにまとめて提出しろ。期限は本日から三日間だ」
思わぬタイミングで発生した課題に、しかし不満の声を上げる生徒はいなかった。
織斑教諭に対してそのような態度を取れよう筈もないが、もう一つ。依然としてこの場の雰囲気は重力的、硬度的な意味合いで良心的とは言い難い。
セシリア・オルコット。凰鈴音。怒鳴り掴み合うような喧嘩であればまだ対応のしようもあったろう。現実は、刃先だけが見え隠れする険悪さばかりが、実体なき気配となって場を充満するのだ。
事情を知らぬ一般生徒らはひたすらに憐れであった。
「さて、そろそろか」
「?」
不意に、腕時計を確かめながらに織斑教諭が呟いた。
その意味を尋ねるより早く、提陀羅のセンサーが反応を感知する。機影。一機のISがこちらへ接近している。
「ど、どどどどどいてくださぁ~~ぁぁあいぃい!!!」
「総員散れ!」
上空、遥か彼方から飛来する。小さな黒点でしかなかったそれが徐々に大きく、像を結び、正体を見せた。
ISである。
『ラファール・リヴァイヴ。射撃武装の一部追加換装有り。学園許認可装着者「山田真耶」の教導者IDを確認――推進器への
「落下予測地点をマークしろ。受け止める」
『了解』
他の生徒らがめいめいに逃げ散っていく。落下地点は人気の失せたグラウンドほぼ中央。
一歩でその場へ到達し、待ち構える。程なく、ダークグレーの機体が大気を突き破って振り来る。
PIC、および
腕の中へ収まったリヴァイヴ、山田副担任を抱え、落下荷重と加速による推力を受け止め――止めず、刹那自機もまたそれに身を任せ、反転。
ぐるりとその場を一回転して山田女史が蓄えた慣性力を外部へと放り捨てた。
無論のこと、その本体たる彼女は腕に残し、足先の
横抱きにした山田女史は、閉じていた目を開け、暫時ぱちくりと瞬きを繰り返す。そうして己の
「すすすみましぇん! 日野くんっ、あの、お、重いですよね!? あぁあぁあぁ私ったらもうまたこんなこと!!」
「仔犬を抱き上げるほどの労苦もありません。山田先生。どうか落ち着かれませ」
「で、でもぉ」
「かなり、緊張なさっておられる御様子」
「うぅ、そ、そうなんです……一年生は初めての実習なので、わ、私がしっかりしないとって……思えば思うほど、なんというか舞い上がってしまって……スラスター出力の調整ミスなんて普段なら絶対しないのに! あっ、いえ、言い訳です。うぅ、本当にすみませんすみませんっ……!」
しゅんと縮こまり、このまま腕の中で消え入ってしまいそうな少女に、失礼ながら微笑が漏れる。
その直向きさは好感に値した。
「無理からぬことです。ひとえに我々生徒を慮ってのこと、有り難う存じます。ですがどうか、御一人で気負われずに、周囲を頼ってください。ここには織斑教諭も、代表候補生を立派に務める御二人も居られます。自分も微力を尽くすに否やなどありません」
「日野くん……」
ぽやんとした表情、潤んだ瞳でこちらを見詰める山田女史の様はいつにも増して少女のよう。
そんな彼女をそっと地上へ降ろす。いつまでも抱えられては如何に寛大なこの女性とて不快感を覚えることだろう。
「ぁ……ふみゅん……」
何やら名残惜しげに、奇妙な声を山田女史は上げた。無論のこと己の幻聴であろうが。
「……お父様は昔、よくそうして抱き上げながらに、セシリアのことを褒めてくださいましたわ」
唇に指を当てて、なんとも物欲しそうな顔でこちらを見ながらセシリア嬢がぽつりと呟いた。
独り言の体であるのに、それは要求や
「乳か……!? やっぱり男は乳なんか……!? …………糞が」
こちらに背を向けて聞こえよがしに、いや本当は聞きたくはないのだが、何やら過激な発言を繰り返す鈴さん。
その問題は古今東西を問わず根深く、深淵を極める。迂闊に手を触れるべき領域ではない。ないので、そっとして置くことにする。
その時。
左脚部、丁度向う脛に当たる部分に感触を覚える。見れば、傍には少年が佇み。
無言でこちらの脛を蹴っていた。
「……」
「……あの、一夏さん」
「なに」
「自分はどうして脛を蹴られているのでしょうか」
「……知らないっ」
そう言いつつ、彼は蹴り脚を止めない。いやむしろより一層勢いを増して的確に向う脛を蹴り続ける。
装甲が無ければ相応の激痛を味わっていたことだろう。
「阿呆共、今は授業中だ。遊びたいなら休憩時間を使え」
『は~い』
織斑教諭の言葉に一同仲良く返事をする。先程までの空気感が嘘か幻の如き一致団結ぶり。
「あぁ、それと」
「ぐっ!」
右脚部、少年とは逆側から
「っ……織斑先生」
「なんだ」
「自分はどうして、脛を強打されたのでしょうか」
「知らん」
ぷい、とそっぽを向き、そのまま散った生徒らの招集を始めてしまう千冬さん。
今一つ納得ができぬまま、実技訓練は再開された。
『右脚部装甲に亀裂』
「!?」
織斑先生はもっっと可愛い(真理)