織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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ラウラちゃんはただ素直で純粋で心に正直なだけなんやなって。
陰湿さから遠い分、とても苦しむことでしょう(愉)可哀想ですね(歓喜)



47話 転校生がやってきた

 

 

 

 人の口に戸は立てられぬ。それは至言であり、また通俗的な事実でもある。

 況してや花の盛りの女子十代、姦しさにおいても最も盛んな時期の彼女らの情報収集能力は某英国諜報員のそれと引き比べたとておさおさ劣らぬだろう。

 

「聞いて聞いて! 今日うちのクラスに転校生が来るんだって!」

 

 これこの通り。教室に息せき切って走り込んでくる。

 担任教諭からの連絡を待たず、そのニュースは耳聡いその女子生徒から齎された。

 

「それもなんと二人も」

「へー、珍しい」

「ここんとこ何人か減っちゃったから数合わせとか?」

「それはそれでなんか酷い話ね……」

 

 聞くともなしに聞こえた彼女らの会話。興味がそもそも薄いのか、隣に座る少年は頬杖を突きながら卓上の端末を弄っている。

 

「時期外れの転校生って聞くと漫画の登場人物みたいだよなー。どんな奴だと思う? ジン」

「は……どんな、ですか」

 

 おそらく一人は金髪でしょう――とは口にせず、胸中にぽつりと零す。少年の素直な問いには苦笑で応えた。

 自然、一夏さんは疑問符を頭上に浮かべ、長い睫毛をぱちくりとさせ瞬きする。

 そうこうする間に予鈴が鳴った。生徒らは皆席に落ち着き、漂う空気には今か今かと待ち侘びるかの色を見る。

 耳慣れた靴音を聴覚器官(センサー)が拾った。千冬さんと、そうして彼女に追従する三人分の足音。

 教室の扉が開かれ、今日もまた美しいダークスーツの織斑教諭が現れる。そのまま教諭は扉の脇に身を避け、後続に道を譲った。

 山田副担任教諭、そして二人、白い制服姿。

 

「おはようございます! 今日は皆さんに新しいクラスメイトをご紹介しますね」

 

 にこやかにそう言って、山田教諭もまた身を引いて傍らの少女らを手で示した。

 必然、最前列に居座る己と一夏少年のほぼ真正面に佇む少女ら。その御一人――シャルロットさんは己の姿を見止めて微笑んだ。

 

「十三時間ぶり」

「は、それはもう早々と」

「ふふふ、ホントだね。同じクラスになれてすごく嬉しいよ、仁」

 

 たかが十数時間では変わろう筈もない、少女の蕩けるような笑顔。社交辞令を感じさせない率直な喜び様に、こちらも思わず笑みが浮かぶ。

 

「……」

「あれ? お二人はお知り合いなんですか?」

「ほんの、袖を振り合わす程度の、ですが」

「それ知ってるよ。日本のことわざだね。多生ってことは……あ、じゃあ僕と仁は前世からの縁ってこと? へぇ、意外にロマンティストなんだ」

「えぇー!? そ、そういうご関係ですか!? そそそんなっ、高校生にはまだ早いですよぉ!」

「…………」

「失礼を。字義以上の含みはありません」

「ざぁんねん。僕は大歓迎なのに」

「………………」

 

 悪戯げな笑みで見下ろされ、彼我の弁舌の性能差を思い知る。

 次の瞬間、右大腿に鋭痛。

 

「……一夏さん」

「IS割ってないし太ももの肉も千切ってないんだからいいだろ」

「そうですね。千冬さんならば大腿骨を砕くでしょう」

 

 ぷくっと膨れっ面になった少年には、このような軽口も鎮静効果を発揮しない。

 

「はぁ、無駄口は後にしろ。日野、織斑」

「はーい」

「は……」

 

 呆れに溜息を吐く織斑教諭に目礼する。

 前回のように向う脛を蹴り割られないだけこの対応は恩情に溢れている。

 

「……」

「ってか、えっ、男の子……?」

「いやいやそんなまさか」

「可愛い……けど、ボーイッシュなだけ?」

「三人目の男子ktkr!?」

 

 俄かに女子生徒らが色めき立つ。

 その勘違いは無理からぬことだ。己自身にしてからが、昨夜同様の見当違いを晒したのだから。

 白いダブルのジャケットに、やや細身のスラックス。髪は短く、幼気な顔立ちは少年と少女の境にあり、性差を希薄にしている。

 広義の意味で“美少年”とは正しくかのような人物を差すのだろう。

 申し訳なさそうに少女は頬を掻いた。

 

「あはは、こんな恰好ですけど歴とした女の子ですよ。この学園は生徒の自主性や個性を尊重するのがモットーだと伺ったので――改めて、僕の名前はシャルロット・デュノア。これから三年間よろしくお願いします」

「くっ、こんなに可愛い子が男の子の筈がなかったか……!」

「まあ男性IS操縦者なんてそうそういないよねぇ」

「女の子でも全然アリ。ってか余裕ですがなにか?」

 

 至極勝手な期待(あて)が外れた形ではあったが、クラスの反応は頗る上々。何やら異様な熱を上げて喜ぶ者も少なからず居るが気付かないふりをしておく。その方がいい。

 

「あ、皆さん静かにしてくださいねー! さっ、次はボーデヴィッヒさんの番で――――」

 

 山田教諭が()()()()とざわつく教室に声を張る。こうした彼女の困った様子にもはや慣れ親しんだクラスの皆々はそれを微笑ましく思いながら静粛するのが常だった。

 そのまま、静けさを取り戻そうとする室内に。

 

「仁、と言ったな」

 

 一閃。一声。一言が発せられる。

 閃くと表するに相応しい。薄さと鋭さ。尖れた針のように、研がれた刃のように、冷徹な音。

 銀白の煌めき、彼女の存在は室内に踏み入ってきた時から気付いていた。いや、その容姿、その佇まいから醸し出される存在感を無視できる者こそが異常であろう。

 空間に解け込む様を錯覚する()()の色彩、白銀の長髪。

 シャルロットさん以上の幼さで象られる面差し、そしてその左目を覆う黒い眼帯。

 シャルロットさん同様のスラックス、しかし少女は黒革のロングブーツを履き、裾をブーツに入れ込んでいる。それは、いつかどこかで見覚えのある軍服の装い。

 床を打つ、軍靴の音。

 山田教諭の横合いを擦り抜け、少女が己に歩み寄る。開かれた右目で己を見て、見据え、睨み、射抜きながら。

 

「貴様が、日野仁……日野、仁ッッ……!!」

 

 軍靴が床を――踏み抜く。踏み込み、跳躍する。

 着席する自身と直立した彼女との身長差はほぼ無いに等しい。視線は依然として真正面からこちらを貫いている。

 急速接近する間合。もう半秒と掛からず我々は衝突するだろう。このまま彼女がただ前進したなら。

 少女は踏み込みと同時に右腕を振り被っていた。つまりは打撃。

 肘の直角的な折り込みと直線的体捌きから、それが軍隊格闘に系統付く技術であることは推察できた。

 見えている。そう捕捉し(みえ)ている。

 これから己が被るであろう攻撃を我が感覚器(ハイパーセンサー)は寸分違わず捉え、既に打点の予測と最適な回避行動の算出を終えていた。

 躱すことは容易だった。席から通路後方へ退がるだけで事は済む。

 そうしない理由は皆無。不当な暴力から身を守る努力をどうして惜しむことがあろうか。

 ほんの半歩分、後ろに行く。ほんの半歩だけ後退る。

 

「――――」

 

 開かれた右目が己を見ている。

 その右目が。

 右目から。

 溢れ出てくるもの――――涙。

 

 

 左頬に衝撃を覚える。少女の拳が己の顔面を打ち据えた。

 

『…………』

 

 全ての音が消え去った。いや、息を呑む気配だけを周囲に聴いた。

 クラスメイトの少女達の心胆に奔った衝撃は、あるいは己のそれ以上であったろう。

 人が人に暴力を振るう光景は、正常な倫理観を持つ人間に強い忌避の念を齎す。逆説的に、その厭わしさこそが精神の健全の現れとも言えるだろう。

 であればなるほど、我がクラスメイトの皆々は至極健全で、真っ当な人間性を備えた尊敬すべき人々であったことを実感し、彼女らと勉学を共にできることを光栄に思う。

 ……などと、埒もない思考が脳内を走った。

 それは紛れもなく現状理解の困難さから脳が起こした現実逃避に他ならない。

 現実に復帰する。

 拳打の衝撃で席から転げ落ちるようなことはなく、自身は変わらず着席してその少女と相対していた。

 そして少女もまた変わらず、こちらを睨み据え、決して視線を放さない。

 

「よくも、よくも……! 貴様がいるから……貴様が、教官を……あの人を……織斑千冬を()()()()()したのか!?」

「何故……」

 

 軋み上がるほどに歯を食いしばり、歯列からは烈しい怨嗟が溢れ出る。

 声に発した言葉を再度胸中に唱えた。何故。

 その純粋過ぎる“憎悪”を、何故、彼女は己に抱くのだろう。

 

「許さんぞ、貴様を……貴様――――」

「オマエ」

 

 影。頭上を何かが飛翔した。

 何か……少年が。

 眼前の少女目掛けて。

 

「!」

「なにをやった」

 

 超低空の飛翔。飛翔と見紛う速度、距離の跳躍。

 少年は少女の頸を掴み取り、肩を踏み付けてそのまま地面に蹴倒した。

 

「がっふ!? 貴様っ、織斑一夏! はんっ、教官の弟を僭称するだけは――――」

 

 馬乗り(マウントポジション)に少女を拘束した少年がまず最初に行ったのは、詰問でも一方的暴力の仕返しでもなく。

 右手に握ったボールペンを少女の顔面へ振り下ろすことだった。

 

「ぇ?」

 

 死ね

 

 音はなかった。

 ただその意思だけは明白だった。

 この時点で一秒半にも満たぬ。まだ誰にも見えてはいまい。少年の、その、殺戮行為は。

 己だけが、己の目だけが見ている。

 遅滞する時間感覚の中でゆっくりと落下していく鋭利なペン先とそれを呆然と見上げる少女の瞳。

 椅子を蹴倒し、一歩を踏み出す。

 水中を泳ぐに似た過負荷。精神の焦燥が真実筋肉を焼き付かせていた。

 間に合え。否、断じて間に合わせる。

 手を伸ばす。

 尖端が落ちる。

 大きな瞳へ、真っ直ぐに。

 その合間へ手を。

 

「っっ……!」

「!?」

 

 皮膚を破り、肉を掻き分け、骨の隙間を縫って、ペンが止まる。尖端は――寸での位置で少女には届いていない。

 驚愕の気息は誰のものだったろう。少なくとも、喉奥から漏れ出そうとする苦悶を封じることに勤しむ己のものでないことは確かだ。

 少年の華奢な肩、身体を背後から抱き竦め、後ろへと退いた。この行為には酷い既視感を覚える。あの時対面していたのはセシリア嬢だったか。このような感覚、二度も味わいたいものではない。

 

「ジンっ! 手が……!」

「一夏さん」

 

 暴れ出そうとする少年と、取り出させようとする手を抑え込み、覆い隠す。

 駄目だ。今それを衆目に晒してしまえば最後、もはや事態を収拾できなくなる。

 

「勉強机を足蹴にするが如きは、議論の余地なく大変御行儀が悪いです。御自重ください」

「はあ!? いや、そんなことじゃなく」

「御自重を」

 

 彼の言葉に今ばかりは聞く耳を持たぬ。明後日にずれた論点を訝る者が果たして幾人居たろうか。

 掌に突き刺さっていたボールペンは抜き取り、既に己の上着の内ポケットに仕舞った。

 貫通した傷は塞がり、痕跡すら残っていない。

 だが、流出した血液。これだけは。

 

「仁」

 

 いつの間にか、シャルロットさんが傍らに立っていた。そして手には白いハンカチ。それで己の手を、表面の付着物を素早く拭い去る。

 そうしてハンカチは未使用の面を表に折り畳み、何事もなかったかのようにポケットへ仕舞う。反問の隙も生じぬ早業だった。

 その時、ボーデヴィッヒが仰臥から立ち上がる。右目では憎しみの光が炎を上げていた。

 

「貴様らぁ!」

Stillgestanden(直立姿勢)!」

「!」

 

 裂帛の号令が空間を打った。

 織斑教諭の発したそれに、一早く反応したのは誰あろう銀髪の少女。

 背筋は鉄心が通ったかのように伸び、両の踵が打ち合う。直立不動。微動だにせず少女はその場で静止した。

 

「いい加減にしろ。ここは動物園の檻の中か。猿ではなく賢しくも人間を自称する心算があるなら自己の身分と自己が現在立つ空間の意義を思い出してみろ。IS学園所属、日野仁、織斑一夏、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 かつかつと歩み、一人一人を見据え、噛んで含め言を叩き付ける。

 我々のあらゆる行動が、今や彼女の許可なしには封殺された。そう……少女が織斑教諭を教官と呼ぶ理由を己はまさに体感している。

 

「二度は言わん。黙って宛がわれた席に着き、今日一日粛々と授業を受けろ。異議はあるか」

 

 あろう筈がない。教室内の沈黙にはたった一つの共通見解が示されていた。かのボーデヴィッヒすら雷同するほどの。

 しかし。

 

「織斑先生。発言の許可を頂けますか」

「言ってみろ」

 

 この愚か者は何を言い出す気だ。そんな声なき無数の言葉が己を刺し貫くようだった。

 

「治療を行うべきです」

「ああ、そうか。分かった。山田先生、すまないが日野に付き添いを」

「いいえ、自分にではなく、彼女に」

 

 己は少女を、ボーデヴィッヒを手で示した。

 織斑教諭が怪訝に眉根を寄せた。

 当のボーデヴィッヒは、己の言葉を聞いた途端忌々しげに顔を顰めた。

 

「不要だ。この程度の負傷。そして貴様の気色の悪い気遣いも……!」

「早急に治療すべきです。指骨に後遺症を残すやも」

「黙れ」

 

 ――――己の骨格(フレーム)は今や純粋な生体ではない。ISの装甲と同等か、それ以上の硬度を持った特殊合金製。つまりは金属の骨。

 金属製の頬骨をかの少女は手加減も無しに殴り付けたのだ。そうして拳が被る負荷は尋常のものではないだろう。

 

「ボーデヴィッヒさん」

「貴様が! 気安く私の名を呼ぶな!」

「命令だ。ボーデヴィッヒ。医務室に行き治療を受けろ」

「――は! ラウラ・ボーデヴィッヒはこれより医務室にて治療を受けます」

 

 ノータイムの復唱、そして敬礼。その様を目の当たりにすれば彼女が元、あるいは現軍属であることは疑う余地もない。

 ボーデヴィッヒは踵を返し、教室を後にした。

 

「山田先生」

「は、はい!」

 

 時間が停まったかのように硬直していた山田教諭が動き出し、少女の後を追って教室を飛び出していった。

 後に残された我々一同を織斑教諭はもう一度見回して、微かに溜息を吐いた。

 

「一時限目は自習だ。教科書706ページ第二章第六項が次の授業の該当箇所だ。予習の参考にしろ」

 

 黒板型ディスプレイに同様の事柄を記載すると、織斑教諭もまた教室の扉に向かう。おそらくは山田女史を追い掛けるのだろう。

 ふと、そこで彼女の足が止まり、首だけを巡らせ振り返った。

 

「オルコット、学園内であっても許可された空間外でのIS展開は規定違反だ。例外なく厳罰に処す。心得ているな?」

「……ふふ」

 

 織斑教諭の言により、反射的に己もまた彼女へ振り返っていた。教室後方に居る筈のセシリア嬢を。

 彼女はいつもながら優雅に、行儀よく着席していた。その姿は平素の何一つ変わることはない。

 優美に微笑み、金糸の髪は掻き上げられ……その、左耳の蒼いイヤーカフスを、指先で弄んで。

 

「ええ、勿論ですわ。織斑センセイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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