織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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デュノアくんは顔が広いなー(棒)




48話 飾り付けをしましょう

 

 

 

 女子寮は基本的に二人一部屋が通例であるらしい。だからこのように、一部屋を丸ごと一人で使える状況は珍しい……とは、同級の女子生徒達の言。

 こちらでいろいろと仕事をしなければならない身の上として、個室の確保は当然の措置だった。どのような根回しの成果なのかに然して興味はないけれど。

 とにもかくにも、好都合には違いない。

 

「同居人なんていたら、おちおち内装の()()()()もできないしね」

 

 独り呟いてうんうんと頷く。そうして、つい昨日から住み始めた新居を見回した。

 ベッドとデスクとソファが一つずつある。学生寮据え付けの家具ならそれだけで十分だろう。

 それだけ。そう、この部屋にあるのはそれだけだ。あるだけ邪魔だし、壁や天井にタペストリーだのクロークだのラックだのエアプランツだのといった塵屑(インテリア)を設置してしまったら、それこそ――――君との思い出を飾れない。

 空中にホロ・ディスプレイを投影。カメラを起動して室内をスキャンする。

 

「えぇーっと、間取りがこうで、壁の面積がこうで……ライトの位置が微妙かなー。あ、でも枕元が丁度壁だ。よしよし……天井には、これとこれとこれとー……これも! えへへへ……」

 

 目当てのもの、お気に入りのもの、滅多に手に入らないもの……日付と時間とサイズと解像度とシチュエーションと部位と表情とetcetc……、それぞれ細かにカテゴライズした“思い出”をこうして紐解く度に心は温まり、顔はだらしなく綻んだ。

 出力位置の設定が完了し、表示開始のアイコンが現れる。灯を消して部屋を暗くすれば遂に準備は整った。

 表示をプッシュする。

 部屋の飾り付けが始まった。

 

「くふ……」

 

 壁に、天井に、デスクに、閉め切ったカーテンに。

 枕元で、シーツの上で、ソファの傍で。

 それはフォトであり、ムービーであり、スライドショー。空間投影ディスプレイによって室内の上下左右あらゆる面を、空中を征圧、席巻、占領する夥しい男性の姿。

 彼、彼、彼、彼。

 

「ふふふ、くふっ、あはははははははは」

 

 生真面目な彼は真剣な顔をしていることが多い。無表情とは違う精悍な静の貌。

 笑った顔は稀少だった。でも皆無じゃない。時折見せてくれる笑顔の穏やかさ、何より優しさは自分を虜にして止まない。

 怒った顔はもっと稀少だ。苛立ちも、憤りも、彼は固く胸の内側に収めて、一徹の理性で物事に向き合おうとする。その誠実さにいつも心打たれた。

 驚いた顔、戸惑った顔、呆れ顔。

 彼を表情の変化に乏しい無感動な人間だ、などと評価する無知蒙昧の愚か者には解るまい。彼はとても表情豊かで、情感に溢れ、そして思慮と慈愛の権化なのだ。

 悲しみを露にすることは極め付けに少なく、涙を流す彼の姿は過去から現在に至るまで遂に見付けることすらできなかった。

 彼は、自己憐憫を極度に嫌った。いや、自分の為の感傷を自分に許さなかった。

 彼が怒り、悲しむのは、いつだって誰かの為だった。

 それが、どんなに、尊いことか。自分にはよく、よく解る。

 

「仁……」

 

 ベッドに倒れ込み、壁を見詰める。

 枕元には、彼がアルバイト先で転寝(うたたね)をしている時の画像を映し出していた。普段はあんなにも大人びている彼が、寝顔はこんなにも愛らしいなんて。

 

「あの日、君を見付けた時から僕は……」

 

 絶望、諦め、常に傍らに寄り添う死期、死ぬその瞬間まで拭うことなどできないと思っていた孤独。

 それらはある日突然、“光”に払われて見えなくなった。見えたのは、ただ一人。この目に見えるのはたった一人だけ。

 

「君の愛が欲しくて堪らない」

 

 完璧な、完全な。

 無いと決め付け、いや思い知った筈のそれが、本当は存在した。その事実に驚喜した。真物(ホンモノ)のそれに狂喜した。

 無償の。

 

「……もっと早く、君に逢いたかった」

 

 ポケットを弄り、それを取り出す。

 白いハンカチ。広げれば鮮やかな紅が痛いほどに目に突き刺さる。彼の赤、彼の色、彼の血、彼の命の雫だ。

 それを、顔に押し当てた。

 大きく息を吸い込む。鼻腔を、肺を満たす生き物の臭い。彼の匂い。

 臭腺を刺激したそれが、鼻筋から脳へ、脳から脊椎を通して全身へと行き渡るのを感じる。びくびくと背筋が震えた。甘い痺れに手足が力を失っていく。胸の内側で心臓が跳ね返り、激しく血流の増した体は燃えるような熱を発した。

 

「あぁ、仁っ、ふっ、く、んんっ、仁、仁、仁、仁、仁……!」

 

 彼の名を呼べば呼ぶほど何かの高まりを感じた。

 このまま、してしまおうか。爛れた考えが頭を過る。

 いや、手で触れなくても同じだ。この香りを嗅ぎ続けていれば、遠からずおかしくなる。すぐそこまで来ている。

 それは紛れもなく絶頂の兆しだった。

 ――その時、電子音が室内に響き渡った。

 

「ッッッ……!?」

 

 途端、精神と肉体は冷えた現実へと引き戻される。

 

「……」

 

 上体を起こしてデスクに置かれた端末を睨む。今ならば視線に込めた憎悪で人を殺せそうだ。

 それは着信の呼出だった。発信者表示は、非通知。

 指向音声や無線機器は使わず、端末を直接手に取って耳へ押し当てる。

 

「……もしもし。何の用? 定期連絡にはまだかなり間があるけど。盗聴リスクを病的に嫌ってるのはそっちでしょう…………別に。僕のイラつきなんてどうでもいい。御機嫌取りが仕事じゃないんだろ。要件を言いなよ」

 

 ディスプレイを立ち上げ、“思い出”を収納する。

 この通話相手の不愉快な声を聞かされながら彼の顔を見ているのは苦痛であり、何かが勿体なかった。

 

「対象とのコンタクトタイミングは僕に一任されてた筈だよ。それこそ関係ないね……私欲? 当然だろ。僕がお前達と取引したのは僕の私利私欲を満たす為だ。今更とやかく言われる筋合いじゃない。義理すら怪しいよ……私欲を糺されるべきは僕じゃなくお前だろ、オータム」

 

 発話スピーカーから笑声が鳴った。歪み捻じれた不快な音。獣の吠声(はいせい)にも似た女の哄笑。

 迷いなく終話ボタンを叩き、端末をデスクへ放った。

 走狗(メスイヌ)が。スコールにだけ尻尾を振っていればいいものを。

 

「はぁ……仁、君の優しさが少し恨めしいよ。あんな女、あの日に殺してしまえばよかったのに」

 

 しょうがない。決して責めてなんていないよ。だって君は、慈愛の人だもの。

 

「ん……」

 

 不意に、扉をノックされる。

 千客万来とでも言おうか。有り難いとは思わないけど。

 しかし、この来客に関してはきちんとアポイントメントがあった。

 扉を開き、その人物と対面する。

 

「こんにちは。顔を合わせるのは初めてだったね」

「ええ、基本音声通話だけでしたから」

「入って」

 

 一人の女子生徒を室内へ招く。

 

「連絡した通り、サンプルの回収に来ました」

「あー……あははは……あのー、もう少しだけ、待っててもらえたりしない? ちょっと使っ、や、暫くしたらすぐに持って寄越すからさ」

「? 別に構いませんけど……あまり汚さないでくださいね。貴重な生体サンプルですから」

「わかってるわかってる」

 

 少女はポケットからメモリカードを取り出してこちらに差し出した。

 

「入学から昨日までの彼らの周辺状況と監視記録のアップデート版です。以前からの報告データとそれほど変わりませんが」

「ありがとう」

「いえ、そういう取引ですから」

「うん、取引だからね」

 

 受け取ったそれを大事に仕舞う。

 

「君みたいな協力者がいて助かるよ、更識さん」

「簪、でいいですよ。そしてこちらこそ、シャルロット・デュノアさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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