織斑姉弟(へ)の献身   作:足洗

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52話 神の怒り

 

 

 

 

 

 

提陀羅(だいだら)ァ!!」

 

 コールと同時に展開した外骨格が万分の一秒で内骨格と同期。

 皮膚組織および筋組織の有機的癒着・結合。身体関節部位主要十六ヵ所を固定杭が噛み止め、名実共にIS用強化外骨格“提陀羅”との融合を果たした。

 煉瓦道を踏み砕き、跳躍しながら背部推進器へエネルギーを叩き込む。爆発的反作用は体長3メートルの巨躯をいとも容易く空へ打ち上げた。

 茜の名残が地平線に消えていく。もうすぐ暗く、黒い夜が降ってくる。

 モニターされた最短経路を爆進すること四秒弱。

 アリーナの全容、そして半透明の防護シールドを視認する。接近に伴い衝突リスクの警告が発されるがもう遅い。

 

赫撃(イグニッション)!」

 

 一切を無視して、バリア表面に右拳を撃ち出した。

 拮抗は瞬にも満たず、エネルギーの膜に風穴が空く。

 そうして減速など考慮にも上らぬ。勢い両脚からアリーナのフィールドへ着地、地表を砕いて制止する。

 周辺探査。熱源は三つ。

 小さな一つは箒さんだった。薄いISスーツのまま地面に倒れ伏し動かない。打撲、裂傷が見られるがバイタルは正常値。気を失っているだけだ。

 最大のエネルギー反応は言わずもがな、ISである。ドイツ航空軍IS特殊部隊配備、第三世代機シュバルツェア・レーゲン。登録装着者はドイツ代表候補生、同部隊隊長ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐。

 対象を注視(フォーカス)したことでワンがネットワーク上から機体および使用者の詳細情報を列挙する。書類上のプロフィールレベルのものから軍事機密に抵触しかねない内部資料まで見出しと共に閲覧可能状態で網膜投影ディスプレイに並べ置かれる中……何一つ、知覚できなくなった。

 

「――――」

 

 夥しい情報は文字列、記号、意味消失して幾何学模様に成り下がる。

 音が消える。外耳内耳、鼓膜から三半規管。耳という器官。聴覚が消える。

 色が消える。色彩を判別する諸々が不全し、世界が灰と黒と白に満ちる。

 小さな、それは小さな熱源反応。今にも消えてなくなってしまいそうなほど、儚い。強風に身をくゆらす蝋燭の灯めいて。

 それ、その人物、あの子にだけは色があった。

 

「……ぃ……あ……」

 

 言語野には今、不毛の地平だけが茫漠と広がっていた。

 名を、呼んだような気がする。大切な、大切な大切な大切な大切な、ひどく大切な名を。

 

「フッ、ヒヒ、ハハハ」

「……」

 

 黒い機械の手が少年の身体を掴み上げ、そうしてこちらに掲げて見せた。

 だらりと力なく項垂れ、身動ぎ一つしない。真実、物言わぬ物になってしまったのではないか。その予感は極大の寒気を全身に齎した。

 まだ息はある。

 現実を、現状を把握せよ。

 提陀羅のあらゆるセンサー類を無意識に総動員していた。彼はまだ生存している。

 だから、はやく――――

 

「キヒ」

 

 黒い機体。黒い少女。黒く染まったラウラ・ボーデヴィッヒ。

 ボーデヴィッヒは(おもむろ)にその鋭利な爪で、少年の制服を引き裂いた。

 途端、露になる裸身。柔く細く、光るような白さ。少女の纏う黒き装甲とは正反対の。

 あまりにも脆い肉の肌。あまりにも鋭過ぎる鋼の外殻。

 鋼の爪先を、ボーデヴィッヒは少年の胸に添えた。

 

「見ろ」

 

 音もなく三本の爪の尖端が素肌に沈み、そのまま斜めに滑る。

 程なく滲む、朱。三列の紅い傷痕から血が滴った。

 彼の、血が。

 一夏の、命が。

 

「傷付けてやったぞ。傷物だ。貴様の、愛しい者は」

 

 血を纏わせた指が、次に少年の左腕を抓む。

 

「知っているぞ。そう。貴様はあの日、二年前の、織斑千冬の第二の栄光の日、襲撃犯に左腕をもがれたのだろう? 無様にも、不甲斐なく、ただ無力に! 無能の弱者め! 私ならばそのような失態を演じなかった! 私ならばあの御方の名誉を守れた! 完全無欠であった筈の教官の人生に貴様が汚泥を塗り込めたのだ!! よくもっ! よく、も……! アァ…………だから」

 

 そうして、小枝を手折るよりも遥かに呆気なく。

 

「喜べ、これで()()()だ」

 

 少年の腕が曲がる。肘が裏返り、筋が裂け、皮が破れ、骨の端くれが突き出た。

 汚水に浸した雑巾を絞ったような、血は奇妙なほど黒々として見えた。そして滂沱する。滝のように。

 

「クッハハハハハハハハハハハ!! 仮面の下に隠そうが解るぞ! 感じる! それだ! 今貴様の全身を貫く痛みが! 苦しみこそが! 私の味わった絶望だぁッッ!!」

 

 薄皮で辛うじて繋がっていた腕が今、落ちた。

 四肢の破断に際しても少年は無反応。彼の昏睡は深い。

 出血量が生命維持に支障を及ぼすまでどれほどか、演算は終わっていた。(いとま)は極短く、処置は急を要する。

 痛みを知らず少年が眠りの底にあることは幸いだった。泣き叫び苦悶する少年を見ずに済んだ。それはどこまでも無為な、気慰み。

 

 

 これで幾度目になろうか

 

 

 これで幾度、彼を死地に晒したろう。

 数えれば三度目。三度にも亘って。

 けれど此度は違う。以前とはまるで様相を異にしている。

 敵の殺害意志は疑いようもない。

 殺す。

 敵は少年を殺す。敵の瞳に絶対の、言葉無き宣誓を見付けた。

 暴力行為自体を目的とした無頼共、織斑一夏少年の身柄の拉致監禁を目的とした犯罪組織、何れも危険性は高かった。しかし何れも、殺害の企図は皆無であった。

 殺される。一夏少年が殺される。

 

「そうとも。死ぬんだ。今ここで。織斑一夏は殺される。この私に」

 

 黒い手が開く。少年の身体を解放する。

 中空にあった彼は当然に地面へと落下した。崩れ落ち、倒れた一夏少年。

 敵は脚部推進器を、装甲に鎧われた足を上げて、少年の頭に。

 踏み付けて、いない。

 足下と地表とに少年の頭を挟んで、静止。

 そして次の瞬間にはきっと、それこそ西瓜のように。

 

「奪われる恐怖を思い知れ……」

 

 あの子が、死ぬ。

 

「奪われる苦痛を思い知れ!!」

 

 死んで、しまう。

 

「私の憎しみと怒りを!! 思い知――――」

 

 

 

 

 

 ――――――――ゆるさぬ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い知れ。

 万感の憎悪と憤怒、想いを込めて叫ぼうとした。

 開こうとした口が、開かない。発しようとした声が塞がれる。

 視界が暗い。遮られている。

 これは、掌?

 

『エネルギー経絡(ライン)直結。右腕推進器全開』

 

 巨大な手掌。それが自身の頭を丸ごと掴み取って。そして。

 装甲越し。機体が直に接触したことで内部音声が混線した。

 女性型の、おそらくは操縦支援AIの声が。

 

『イグニッション』

「ッッ!?」

 

 ()()()()()()

 そのような錯覚を起こすほどの重力負荷。加速。

 速度。

 一瞬で最大速力に達し、一瞬で距離を詰め寄られ、完全な知覚限界外から自身は捕獲された。

 頭を掴まれ、飛んでいる。

 

(なんだこれは!? なんだ!? なんだこの出力は!?)

 

 こちらもスラスター噴射で押し返し――――不可能。減速すら。

 推進力が、マシンパワーが違い過ぎる。

 こんな性能は知らない。事前調査で得たマシンスペックとは桁違いだ。何故だ。馬鹿な。偽の情報を掴まされたのか。あるいはこの機体(シュバルツェア・レーゲン)のように仕様外のシステムを内蔵していたか。

 

 ――それとも

 

 それとも、作用したと。()()()()()()()()()()とでも、ほざくのか。

 驚愕、焦燥、疑念。そうした悠長な思考遊戯が許される時間は無く。

 アリーナの防護シールド、延いては外壁、建造物そのものが背後へ迫る。このポジションでは文字通り圧し潰されてしまう。

 衝突警告。残ミリ秒単位。

 

「グ、アアッッ……!!」

 

 スラスター最大噴射。背面ではなく、上へ。正面からの押し合いなど話にもならない。ならばせめて。

 位置関係が変わる。

 壁と敵機の間ではなく、地表を背に。

 ほんの一瞬、自機と敵機が上下に並行飛翔する。つまりは。

 自機敵機諸共、外壁(シールドバリア)に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

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