織斑姉弟(へ)の献身 作:足洗
止まらない。
アリーナのシールドなど緩衝材ほどの役割も果たさなかった。
(速度が……まだ上がるのか!?)
エネルギーバリアと雑多な建材で構成されたアリーナという施設そのものを貫いてなお、飛んでいる。
射出された砲弾さながらに、真っ直ぐ。方向転進、曲線飛行の兆候すらない。そんな概念は知らぬと。ただ真っ直ぐ。
万力を想起する握力。頭部は
ならばプラズマ手刀でその腕ごと――――
『イグニッション』
「ぎゃふッ……!?」
敵機右腕の推進器が火を吹く。顔面を地面に叩き付けられ、舗装道路の表面を捲った。
それも何度も。
『イグニッション、イグニッション、イグニッション――――』
「ぶっ!? ぎひぃ!? ごが!?」
AIの無感情な機械音声がまたも響いてくる。
何度も、何度も、何度も。
頭で地表を削られる。
敵機にはこちらの攻撃を防ぐ意図が……その実、微塵もない。
ただ氾濫するエネルギーを推進剤として垂れ流しているだけだ。
荒ぶる感情にあかせて、連続的に推進器を発破させている。
車輌通行用の道路を寸断し、モノレールの鉄塔を倒壊させ、研究棟と思しき建物を貫いた。
そして止まらない。
「このぉっ……! 調子に乗るなぁああああ!!」
思考による武装解錠。右肩部装甲にマウントされた砲身を引き上げる。
レールカノン。限界までスケールダウンされた超小型電磁投射砲。ISのコアエネルギーが生み出す大電力により電磁加速された弾丸の初速は、実に音速の数倍に達する。
迷わず思考の
あらかじめ実体化し弾倉に込めた砲弾数は十二。
全て吐き出した。十数発の連射に次ぐ連射。
至近距離とはいえ度が過ぎている。俯角仰角共に満足な調整など慮外に打ち捨てた。
必然として多くは外れ、周辺の建造物だか夜空だかを無駄撃ちする。
が、内三発。
一撃目に敵機肩部装甲を掠め。
二撃目は左
しかし、それにより敵機の体勢がやや崩れた。我武者羅に砲身を手繰ったことも幸いした。その顔面に、砲口が
「喰らえぇ!」
偶発の接射。電磁誘導が起こす天井知らずの加速力は、一切の減殺を受けることなく対象に着弾する。
対象の、左目から左側頭部。顔面および頭部装甲が、砕けて散った。
(! こいつ、まさか)
実体の装甲が破損した。
敵機は、ISの根幹に設定された機能『シールドバリア』と『絶対防御』を停止させている。一体何のつもりでそのような暴挙を働いたかは知らない。興味もない。
目の前にある事実は一つ。我は彼に、我が怨敵に致命的な損害を与えたのだ。
「ハ、ハハッ……やっ」
仰け反り、敵機が姿勢制御を失う。
遂に――――
『イグニッション』
「がべぇあっ!?!?」
自分の後頭部がさらに深く地中へ掘削した。さらに強く。さらに激しく。
今までこそは手遊び。手加減されていたのだと、身を以て実感する。
(ダ、ダメだっ。ダメだ! ダメだ! このままでは、この、機体ごと
現行兵器を無為の鉄屑に貶めた最強最硬のIS防御機構エネルギーシールドバリア。それがこんな、馬鹿げた方法で。ただの、何の特性も与しない、ただの
学園が築かれたこの人工島の面積など航空兵器たるISにとっては一跨ぎでしかない。自身を
しかしだからとて海へ出てしまえば、終りだ。
それも、自身にとって最も忌むべき終焉。
海中だろうと海底だろうとこの狂える魔神は絶対に止まりはしない。そして、現在進行形でエネルギーを損耗させられ続けているこちらがまず先に
海の深み、それこそ南海トラフにでも落ちようものなら水深は数千メートルに及ぶ。そんな極限環境で生身を曝け出せばどうなるか――――
「ず、ぁあ!!」
心胆を凍て付かせる怖気を振り払う。思考を高速化する。ナノ単位に寸刻んだ時間感覚の中で。
止める。何としても。何よりも、復讐を果たす為に。
しかし現状、視線は敵機の手掌に直接阻害されている。対象の完全な目視がAIC発動の絶対条件。故に除外。
実行可能な手段は、初めから一つ。
敵機のシールドは機能していない。奴の防御力を保証するものはその実体装甲だけなのだ。
(ならば……!)
六基のワイヤーブレードを一斉に射出し、敵機を絡め取る。
見る見る雁字搦めになっていくというのに、敵は避ける素振りすら見せなかった。もとよりそんな理性が残っていれば苦労はない。
そしてそれこそは好都合。
己を今以て拘束する忌々しい右腕、この位置関係なら嫌でも見えるぞ。装甲の薄い箇所。関節の可動域が。
そしてワイヤー尖端に装着されたブレードを遠隔操作し、地中に穿孔させる。
この島で最も強度を保証されたもの。無数に存在する建造物を支える基礎鉄骨、そして地盤の位置は既に高感度センサーが探し当てている。
斯くなる上は何が起きるか。
飛翔するISすら捕らえ、引き墜とせるほどの引張強度を誇るこのワイヤーを敵機のより生身に近しい部位に巻き付け、尖端のブレードを固定してしまえば、超高速の砲弾と化して飛び続ける機体はその自らが創出する運動エネルギーによって――――
「千切れ飛べぇえ!!」
――――衝撃。それは筆舌に難い。
極限の直進慣性モーメントが欠片の減速も許さず強制停止させられた結果、PICの減殺作用すら凌駕して機体を軋ませる。
負荷は想像を絶して、筋骨と内臓器官は相応の破損を余儀なくされた。
だが! だがそんなものは、目の前の光景が全て帳消しにする。
敵機の右腕が、前腕が
あれだけの慣性力を以てしてもぎ取れたのが腕一本とは、奴の装甲強度の異常さが際立つというもの。
が、最大の目的。拘束からの脱出は叶い、敵には致命的な損害を与えた。
これで、形勢は逆転した。
今より始める。真の復讐を。
まずは停止結界でその巨躯を吊し上げ――――
『イグニッション』
「ぎッ、ぃ、がぁあああああああッッ!!?」
腹部に衝撃。
先程と同等かそれ以上の。
ワイヤーを引き千切りながら、あろうことか奴は頭から突っ込んできたのだ。
内臓が拉げる。衝撃は肉体を貫通して背骨に達した。
意識が白く飛んだ。ほんの数瞬のホワイトアウト。
もう一瞬後、シュバルツェア・レーゲン、そしてさしもの提陀羅すら墜落した。
潮騒が近い。
ここは学園にも幾つか存在する浜辺の一画。
機体ごと海の浅瀬に沈んでいた。刹那の意識喪失から復帰し、即座に立ち――――立ち上がることすら困難だった。
パワーアシストは未だ健在。しかし機体ダメージが、何より肉体が被った傷が新鮮な苦痛を発していた。
「ぐ、ぅ」
それでも何とか二足で立ち、センサーの警告音、それが示す方向へ視線を突き刺した。
敵は、そこにいた。世闇の中でさえ黒い巨躯。異教の魔神。全身装甲IS提陀羅は、日野仁はそこに佇んでいた。
切断された腕、残った右上腕の切り口から、大量の血を垂れ流している。白い砂浜を、赤黒く染め上げて。
「っ」
傷口を押さえもしない。苦痛に身を捩らせることも、苦悶の喘鳴すら無く。
砕け散った顔面装甲の合間から、男の眼がこちらを見ている。
眼が。
銀色の、まるで無機物のような瞳が――――おまえをゆるさないと言っていた。