城兵として召喚されたんだが俺はもう駄目かもしれない 作:ブロx
「――しかしながら。これは好機なのでは?」
明くる日。鍛錬場に向かう途中、兵Bが俺に囁いた。
「・・・?」
「――円卓の、それも我らが城の正門を守る太陽の騎士様と共に鍛練。 これは我ら兵卒の更なるレベルアップに繋がるのではないですか?」
「・・・!」
た、確かに。
円卓の騎士の方々が鍛練している風景など、少なくとも俺は見た事が無い。しかも一緒に鍛練なんて以ての外。
俺は左掌に右拳をポンと叩き付けた。
兵B、中々の発想だ。
「――とは言え、騎士様に粗相があっては何をされるか分かりませぬ。噂ではトリスタン卿傍付きの粛正騎士が、正中線を頭から股間まで断たれて今も尚その数更新中だとか」
「・・・・」
えぇ・・・・。
「――王の為に敵と戦って死ぬべき我らが、お味方に殺される訳には参りません。職務怠慢と笑われます故」
「・・・」
ああ全くだ。
「――では兵士殿。今日より始まる鍛練の程は、どのように」
鎧兜に覆われた兵Bの双眸が、真っ直ぐに俺を射抜く。
それは全てを凍てつかせるドライ氷のように冷たく、だけどその身の中心に宿る熱はろうそくを燃やし尽くす火のように、唯一つの事を目指していた。
――そう、我らの職務は。
「・・・」
「――」
俺は立ち止まり、左隣りで心が激凍(ガキガキ)に燃えてる兵Bから正面に顔を向けた。
そして背中に背負っている槍を真っ直ぐ前方に突き出して伸ばす。反らす事も動かす事もなく、ただ正面だけを目指して。
「・・・」
俺達のやるべき事は変わらない。口も言葉も今は不要、ただ行動で示すのみ。
我が王の手足であるなら動いて動いて尽くすだけ。それで死んでも、気にする事はない。眼を瞑れば全部過去の事だから。
「――、迷わず惑わず。肝に銘じます」
「・・・」
行くぞ!
デッデッデデデデ(カーン)デデデデ!
「――鍛錬場に到着。 おお、既にガウェイン卿のお姿がありますぞ!」
ああ。しかもにこやかに笑いながらこちらに歩いて来ていらっしゃる。晴れがましいBGMが似合いそうだ。
俺と兵Bは同時に敬礼した。
「やあ諸君、哨戒ご苦労。察するに西方は万全のようだね?」
「――この城に万全でない箇所等ございますまい。円卓の騎士様方が居られるのですから」
「・・・」
良い事言った、兵B。君がナンバーワンだ。
「今を保つのが我々の仕事だよ。 さて昨日は突然で申し訳なかったが、君達流の鍛練を教えて貰ってもいいかい?」
「・・・」
ウキウキという音が聞こえてきそうなガウェイン卿のお顔を見ると、先程まで気負ってたのが馬鹿みたいに俺は感じた。
では僭越ながらガウェイン卿にもご教授しましょう。
先ほど保つとおっしゃいましたが、まさにその通り。これは同じ姿勢を長く保つ事こそが肝要でしてね。
こんな風に・・・、
「・・・」
「成る程、こうですか。 一見するとただ空気椅子をしているだけだが、やってみると、中々。これは良い刺激になる」
俺と同じ姿勢のガウェイン卿は朗らかに笑った。隣りを見やると、兵Bもまた同じ姿勢。
「おう、早速やっているな」
「――俵様」
「生身の肉体ではないとはいえ、鍛練による得難い刺激は身体にとって何よりの糧となる。拙者も続くぞ!」
「・・・」
鍛練を続けていると、気付けば次第に人が集まって来ていた。
同僚である西方の粛正騎士が主のようだが、物珍しいからか他の兵達も見物に来ているようだ。
別に秘伝であるわけで無し。
ここは鍛錬場だし、やりたい人見たい人はどうぞご自由に。
「ホイ!」
「俺は鍛練を行う!」
う、うん。
「我々西方の兵が、貴様ら南方の兵に負ける筈がない!」
「ポォーウ、強敵登場ダナ?」
「フン!ザコカ!」
「スコシハ歯応えノアルヘイシナノカ?」
「キャメロット魂を見せてやる!!」
「――へ、兵士殿。少し腰を浮かせるわけには、」
「・・・」
駄目です。俺は首を横に振った。
「――むぅぅぅウ!」
その裂帛の気迫で骨盤を意識して、兵B。
「ほう?もしやこれは・・・?」
「ガウェイン殿も気付かれたか」
「――んぬぅぅぅぅう!!」
「ココマデカ・・・!」
「鍛練ガイミスルモノ、コレガワカラナイ」
「衛生兵ー!!」
下半身をガクガクさせながら、南方方面の兵士達はちょっと独特の空気を持っているみたいだな。東方と正門の方はどうなんだろう、ちょっと気になる。
「・・・」
「うん? 走りに行くのか?」
「――こぉぉぉぉおおお!!!」
一心不乱な兵Bの肩を、俺は叩く。
「――は、え?何でしょう?」
「・・・」
走る人のポーズ。
「――!、了解っ!!!」
「南方の、付いて来い!!」
「イクゾー!!」
「この状態で走ると。 ・・・成る程、動くという行為が普段どれだけ力を発揮しているのかが嫌でも解るな」
「ええ、本当に」
「・・・」
おお、流石は万夫不当の豪傑なお二方。もうコツを掴みましたか。
「兵士君。これはいつ頃思い付いたんだい?」
「・・・・」
いつ頃?・・・さあ、いつでしたか。俺は首を横に振った。
少なくともキャメロット城の正門に就いた頃はやっていましたが。
俺とガウェイン卿は同時に駆け出した。
「これは私の独り言だから聞き流してほしい。 ――私は生前ある一族の話を耳にしていてね。槍を振るう事と創る事に並々ならぬ執着を抱いていたその一族は、ウェールズの片隅でひっそりと暮らしていたそうだ」
・・・・。
「効率よく、そして爆発的に槍を振るう事を第一とし、壊れずにそれを可能にする槍を創る古い一族」
「・・・」
「決して表舞台に出る事は無く、歴史の影でその一族、ローナルドは槍と共に生涯を全うしたと伝わる。 君は、もしや」
「・・・」
言われた通り話を聞き流し、ゴールである鍛錬場に帰った俺達は立ち止まった。
「――お、終わりですか? へ、兵士殿?」
「・・・」
「皆いい汗をかいたものだな。どれ、食事にするとしようか!腹が減ったものは付いて来い!」
「おおおお!!!」
「オオオオオ!!!」
「――はは、兵士殿の料理も頂きたいものですが」
息を整えた兵Bが話しかける。ああ、ごめん。ちょっと考え事してた。
「ポテトはあるかい?」
「――無論です。ここは聖都、良いジャガイモが厨房にはありますぞ。ガウェイン卿」
「騎士たるもの、食事には気を付けねばね。大量のポテトとビネガー、ブレッド。そしてエールさえあれば私は充分だ。というか最高だ」
「――流石は円卓の騎士、サー・ガウェイン。ブリテンには無かった筈のジャガイモを何処かで食べた事があるのですね?」
「当然。ポテトは生前からの好物でね、・・・・え?」
「――え?」
「・・・・」
兵B、それ以上いけない。
ガウェイン卿、懐かしいお話を聞かせて頂いた御礼に自分がフライドポテトをお作りしますから。
「・・・・。兵士君、心して答えてくれないか」
「・・・」
俺は頷いた。
「私達があの頃のブリテンで食べていたポテトは、マッシュポテトは、―――ジャガイモだよね?」
「・・・・」
厨房に向かう。足は止まる事無く、ただ進み続けるのみ。
それが答えだった。
「兵士君?―――兵士君ッッッ!!!」
「――ガウェイン卿!?如何しましたかっ!!?」
「ポテトを! 誰か私にポテトを見せてくれ!!!」
「ガウェイン卿ご乱心! 腹が減っては何とやら!」
「ナゼコンナコトニナッタノカ、コレガワカラナイ!」
空腹ってのは怖いな。俺は厨房でジャガイモを細かく切り、塩をまぶした。
「おや、兵士さん。…わたしも小腹が空いたもので、一緒に調理をしても?」
「・・・」
ガレス卿のエントリー。俺は頷いてジャガイモを手渡した。 よしよし、後はフライするだけだ。
「――!思い出しました、ガウェイン卿!我々が当時食べていた物は芋ではなく麦です!」
「そんな馬鹿な話があるものか! あれは紛れも無くポテト、ぐちゃっとして腹にたまるあれが麦な筈が!!」
「燕麦を潰して牛乳をかけて混ぜるとそんな感じになるのです!」
「それはオートミールではないか!!!」
「ガウェイン兄さ、…ガウェイン卿。先程から一体どうしたのですか?」
「ガレス卿!!ポテトはまだですか!?」
「出来ましたので持ってきましたが…」
「いだだきます!」
もっきゅもっきゅと食べるガウェイン卿。いっぱい食べる騎士が好き。
「こ、・・・これは!?」
「どうしました?」
「この、胃にどっしりと落ちて栄養と熱(カロリー)が全身に回る感覚・・・。 これがポテト?」
「ええ、あの頃のブリテンにはありませんでした。ここは正に聖都ですね」
「ではあれはポテト?いや、これがポテト?」
ガウェイン卿、ポテトフライ追加です。
「もっきゅもっきゅ。いや、味がそっくり? ハッ!やはりあの頃からポテトはポテト!」
そろそろゲシュタルト崩壊するんでその位にしてください。
・・・? ガレス卿?
「…ガウェイン卿。この際なので教えてあげますが、」
「うん?」
もっきゅもっきゅ。
「卿の言うポテトは、これじゃないです!」
もっ、きゅ、・・・・・。
・・・・。
「――――」
「皿を地面に落とす事無く立ったまま気絶しておられる。 見事なり、サー・ガウェイン」
「・・・」
ガウェイン卿、貴方がポテトと信じる食べ物がポテトです。
もうそれでいいのですよ。
「…わたし、何か悪い事を言いましたか?」
「――いえ。ガレス卿は、何も」
「・・・」
うんうん。
「そういえば明日は聖都が出来て三ヶ月、聖抜の日ですね。…兵士さん達は皆西方に?」
その通りです。
「――ええ」
「私はランスロット卿と共に聖都の外へ遊撃、及び砦の建築に出撃しますので立ち会えません。…なので我らが王と共にあれるヒトを、どうかよろしくお願いします」
「・・・」
お任せ下さい、ガレス卿。
「遥か西には太陽を冠する王がいます。そして山の民と王の予言。…お気をつけて」
「・・・」
正門に向かって歩き去るサー・ガレス。
貴女もどうか武運を。胸に手を当て、俺は頭を下げ続けた。
不安と昇華、欺瞞と故意。
この世界に絡み合う脱出という方程式。
利己的に、時に利他的に。
それはまるで生存を懸けてせめぎ合う、1273年の出エジプト。
怯える魂がそっと呟く。
あいつもこいつも、俺の盾になればいい。
次回『聖都の門』
我を過ぐれば喜びの都あり。我より先に、造られた物は無い。