城兵として召喚されたんだが俺はもう駄目かもしれない 作:ブロx
クウガ編
「・・・・」
準備も腹も決まった。あとは最後のレイシフトを命令するだけ。
というのに、彼にはそれがどうしても躊躇われた。
「―――。こんな寄り道はさせたくなかった」
「え?」
時間神殿突入という時、彼は何故か変な声色で、全職員が見守る中で、人類最後のマスターの少年に声を掛ける。
「君には、・・・・もっと全うな青春だけ歩んで欲しかった」
若く、前途溢れた少年。こちらの都合で人理修復という作業の連れにしてしまった少年。よかったのか、仕方なかったのか。
「ここまで君を付き合わせてしまって・・・」
後悔も反省もしないと決めたのに。ただ彼は、ドクターロマンは久しぶりに、か細い声だけを出した。
「ありがとうございました」
「・・・・、?」
「オレ、良かったと思ってます。マスターになれて。だって、ドクターにダヴィンチちゃんに皆に。 マシュに会えたから」
「・・・・」
握った拳の親指を天に向ける少年。それは奇しくも、『カルデア』全職員が同時に行った仕草だった。
「ぐだお君・・・」
『――藤丸立香! こういうのを知ってる?
これは古代ローマで、満足できる――納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草なのよ!!』
亡き所長の仕草を真似る。そう、ドクターロマンもまた、『カルデア』の職員の一人なのだ。
「じゃあ見てて下さい。俺達の、レイシフト」
少年はコフィンに入る。それを見守る少女も同じく。
「最終グランドオーダー!!実証開始!!」
漆黒に、紫に緑に青に赤。色彩に包まれるこの時を少年だけは知っている。怖くて震える身体も、それを噛み殺すこの痛みも。
ここがラスダン。ここがいつもの正念場。少年は相棒である盾の少女に声を掛ける前、そっと、帰る先である我が家を顧みた。
――愛の前に立つ限り、この盾と共にある限り。恐れる物は何も無い。
今までもこれからも、空がこの背中の後を押していた。
◆
「もっきゅもっきゅ。 うーむ、このポテトのなんたる美味な事か。あの頃(生前)も今も、食べ物が美味しいのは何事にもかえ難い」
ある兵士が作ってくれたマッシュポテトを食べながら、私は自室で一人眼を閉じていた。
これは最近気に入っているリラックスタイム。非番の時は大抵鍛練をしているのだが、こうして心身を落ち着かせるのも中々乙なもの。
・・・巷では私の事を様々な状況、地形から聖剣を発射する事が出来る金属で出来た二足歩行戦車だとか堅物の二足歩行ゴリラ(そのまんま)だとか言ってるらしいが、とんでもない。
中でも極めつけは、ガウェイン卿は歩兵と騎兵を繋ぐ歯車になる!まさに金属の歯車!!
とか何とかのたまう始末。
「エールは・・・・、今日は止めておきましょう」
私はただ日々を楽しく過ごしたいだけなのにね。
「何用かな?」
「――お休みのところ失礼致します、ガウェイン卿。 円卓の皆様がお呼びです。至急玉座までお越しください」
「承知しました」
部屋の扉を開けた粛正騎士に答え、立ち上がる。
そう、騎士の余暇など生前から変わらず蚊の涙。ポテトを平らげ、私は足早に王の元へ向かった。
「・・・ガウェイン卿。やっと参られたか」
「これはこれは補佐官・アグラヴェイン卿。此度は何用ですか?」
「分かっておるだろうに。・・・本日は第三回の聖抜の日である。卿には変わらずの働きを期待すると、我が王は仰せだ」
漆黒の甲冑を着た男。サー・アグラヴェインが額に堅牢なる堀を増やしながら、言霊で玉座の間を震わせた。
「前回と前々回は十名程度でしたが、今回は更に多くのヒトをこの聖都に招きたいものですね。私は悲しい」
「聖都の外の警護はオレが出張ってるから心配はいらねえぞ、ガウェイン。いくらゴリラビームをぶっぱしようが問題ねえってもんだ!」
破顔するモードレッド卿。成る程、それを見て私は確信した。
「・・・そうか。卿が噂の根源でしたか・・・・」
「何のこったよ?」
「別に何も。 ―――所で確認なのですが、ランスロット卿とガレス卿らの部隊を出撃させたのは砂漠の王に対する一手。合っていますか?」
「無論だ。来たる日のため邪魔者を極力殺ぐ事が、王の為に我らが為すべき全てである」
「しかしながら大胆な手ですね、聖都と砂漠の間に砦を築かせるとは。しかも彼の王が兵を差し向けたとしても、聖都からの援軍がいち早く到着できる絶妙な位置。流石は鉄のアグラヴェイン、抜け目が無い」
「だがそりゃあアレだろう?そこがイの一番に潰される確率が高いって事だ。 つまりランスロットとボーマンは撒き餌か、補佐官さんよ?」
「・・・」
息を吸うように是とも否とも見えない顔を作る事。それこそ我が弟が『鉄』と云われる所以。
「・・・円卓の騎士を撒き餌なぞに使うものか。彼らは精鋭中の精鋭、砂漠の王に対するジョーカー。 撒き餌ならばそこらの兵士を使う」
「もし使うんならあの兵士がいいぜ。あいつ邪魔だろう?アグラヴェイン」
「貴方も人が悪い。わざわざ正門ではなく西方方面に就かせるとは。私は悲しい」
「・・・・。卿らは一体誰の事を言っている?」
おや珍しい。『鉄』に疑問という名の堀が出来るとは。
「槍を使う兵士君の事ですよ、アグラヴェイン卿。彼は生前我らが城の正門にいた兵。正門にいれば百人力となったでしょうに。 この際、彼を私の部下に推したいのですが?」
「ガウェインお前趣味悪いな!」
「ガウェイン卿に台詞を盗られてしまった。ああ、悲しくて指が独りでに動いてしまいます。私は悲しい」
「・・・・。卿らがあの無口な一兵卒をそこまで気にかけているとは驚きだ。 私とて騎士の要望には応えたいが、西方はこの聖都の要。ガレス卿らが出張っている以上、穴はこれ以上あけられぬ。却下だ」
「ならば致し方ありませんね」
「・・・余計な時間を食ったが、まもなく王が御起床なされる。 聖抜は必ず成功させなくてはならぬ大事。各員は配置に就け」
「了解」
「・・・モードレッド卿。貴様は、」
「わぁってるよ。 オレは聖都の外で好きにやらせてもらうぜ」
「くれぐれも、抜かりなくな」
「あいよ」
騎士達が各々玉座の間をあとにする。それは獣が獲物を獲りに行く行為に似ていた。
◇
「―――さて」
私の目の前、聖都正門は生前から変わらず山のように不動であった。ただここが開くと、鼠が一匹産まれるどころの騒ぎではないのも相変わらず。
現に、配下である粛正騎士らが総員配置に就いて私の命令を今か今かと待っている。
閉じた正門の前に居る私の耳には、この門の向こう、恐らく集まっているだろう人々の声が聞こえていた。
『・・・・聖都に入れるかな?』
『せめてこの子だけでも入れてほしいけれど…』
『大丈夫。この子と君は、絶対に守ってみせるよ』
『……良人(あなた)』
『・・・親父、門に着いたぜ。大丈夫か?』
『親の心配より自分の心配をしたらどうだ?』
『へっ、口の減らねえジジイだ』
『お前の親だからな』
『邪魔だどけ!』
『おい、俺が先頭だろうが!!!』
『俺だバーカ!眼ぇ見えねえのか!?』
『ちょっと足踏まないでよ!!!』
『皆考えてる事は同じなんだから少しは察せよ。・・・失せろこの毒虫どもがッ!!!』
『お前が!お先に!失せろッッ!!!!』
「・・・・、『不夜』顕現。我は不滅の夜を踏破せし陽炎なり。 開門」
「――開門、開門、開門」
「――来るべき日。我らは粛々と全うすべし。正しきヒトと、我らが獅子王の御為に」
正門が開く。
容赦も慈悲も無く、ただあるがままに。
「―――ようこそ皆さん。我らが白亜の城、キャメロットへ」
願わくは、多くのヒトがこちらに来れますように。
私は抜いた聖剣を両手で地面に突き刺しながら、そう願った。
◇
「・・・」
壁の上を歩き続ける。
西から北へ、この聖都の正門に向かって。
様々な兵士が歩いただろう、誰かの足跡を辿りながら。城兵Cである俺には城壁の外、眼下にいる大勢のヒトが見えていた。
「・・・」
とぼとぼ歩いていくヒト。肩を落としながら、足を弾ませながら。背中だけを見せ、息を詰め、足元だけをただ見つめながら。
案の定、皆正門に向かっているようだ。
今日は月に一度訪れる、ここ聖都に入れる聖抜の日。今正門では、ガウェイン卿率いる軍勢が聖抜の準備を進めている。
「・・・」
聖抜について簡単に説明すると、まずガウェイン卿がここに入りたいかと人々に問いを投げる。次に、では振り向くなと言葉を投げる。
そして我が王が登場し、人々の魂を見定める。
選ばれたヒトであれば光り輝き、正門をくぐれる権利を得る。
それ以外は――、
「・・・・」
おっと、もうすぐ非番タイムが終わって交代の時間だ。生前から無遅刻無欠勤が俺の取り柄。正門周りの様子が気になってこんな所まで散歩してしまったが、うーん、成る程ー。
「・・・」
皆全員選ばれてほしいな。王のお傍に永遠に居続けて欲しい。
―――門があるぞ、あと少しだっ。
「・・・?」
人々の話し声が、この耳に聞こえてくる。
戦士にとって耳は重要だ。経験上、眼が駄目でも耳が大丈夫なら何とかなる事を俺は知っていた。
持ち場に帰るまでの間、ちょっとだけ耳をそばだててみよう。
「・・・親父。本当に俺達はこんな場所に入れるのか?」
「当たり前だろう。噂じゃこの聖都は一晩で出来たって話だ。そんな事が出来るのは神様しかいない」
「仮に神様がここにおわすとして。 俺達を受け入れてくれる保証がどこにある?」
「何度も言ってるだろう。俺達人間の仕事は何が何でも日々を生きる事。 神様の仕事は?」
「・・・そんな人間を救う事」
「分かっているなら足を動かせ。自分の職務を全うしろ」
「――。・・・分かったよ」
「まあしかし、こんなにも人が多いとは俺も思わなかった。 どいつもこいつも死んだような眼付きをしてやがる。いっそそこらで野垂れ死んでくれてれば、もっと早く正門に着くのになあ?」
「野垂れ死にって・・・・」
「人の波ほど気持ち悪いものも無い。おっとごめんよとか言って背中を刺されるかもしれんし、金品をスられるかもしれない。良い事が無い」
「とりあえず親父が人間嫌いなのは解ったよ。だからその口閉じてて。 とか何とか言ってるうちに、門が見えてきた」
「・・・・」
「500人位いるかなあ。早く行こう」
「・・・・」
「もう話していいよ」
「息子に応えるのも大変だ」
「義務だろうがよ」
「お前が親に応えろよ」
「お互い様だろ」
―――そんな風景を、俺は城壁の上から弓兵と共に眺め続けていた。
父と息子か、たまにはこういうのも心温まるな。
「――西方の兵士殿」
「・・・」
「――ここは我ら正門の兵の持ち場。貴方は西方の城壁に戻られよ」
「・・・」
了解。
「――伝令。まもなく第三回・聖抜が始まるとの由。そしてアグラヴェイン卿より、全戦力は持ち場につけとの事」
「――コクマー2了解。 貴方も急ぎ戻られよ」
「・・・」
きわめて了解。俺は頷いた。
「――通達。選ばれたヒトは守護対象。それ以外は生かして帰す必要は無し」
「・・・」
我らが聖都に、一人でも多くヒトが入らん事を。俺はそう願い続ける。
◇
「――砦建設の為に出ておられるランスロット卿、ガレス卿の部隊を除く聖都の全戦力が配置完了。 兵士殿、異常はありますか?」
「・・・」
兵Bに対して首を振る。
「――ここ西方からでは正門の出来事は分かりますまい。しかも正門担当の粛正騎士は選りすぐり。 今回我らは暇になりそうですな」
・・・暇なのも考え物だけど。
「――む。そうか、了解。 聞け西方の衆、今回選ばれたヒトは三名との通達だ。三名は無事正門を通過。――良かった」
「・・・」
もっと多いと思ってたんだけど。まあ、こればっかりは残念だね。
「――加えて命令。総員、武器構え」
「・・・」
弓隊が矢を番え、剣と槍を持つ粛正騎士達が城壁を飛び下りる。勿論俺も。
膝を曲げて着地。武器を北方に向け、構える。
「――選ばれたヒト以外に、王の聖抜を見た生者は存命していてはならない。聖罰対象497名のうち、13名が西方方面に逃走。これは王命である、粛正せよ。繰り返す、これは王命である。――粛正せよ」
「・・・」
了解。
見えてくる。全力で逃げ走る、ヒトヒトヒトが。なので俺達はその進路を塞いだ。
「――弓隊、自由射撃。動く物は全て殺せ」
兵Bが号令を出すと同時に、聖都の城壁の上から矢が雨あられを通り過ぎてスコールの嵐のように飛んできた。
一切鏖殺と書いてあるんじゃないか?と思える矢の軍勢。貫かれるヒトの肉。
しかし矢が俺達兵士に当たる事だけは無かった。
「・・・・・てめえら。俺の親父を、殺したな」
「・・・」
雨が通り過ぎた後のこと。
赤い雫が頬と脚を濡らし、膝に力を込めて立ち上がる一人の青年がいた。聖罰を生き残り、ここまで逃走し、今なお力強くこちらを睨み付けている。
「・・・・」
言い残すことは?
「恨むぞ。末代まで」
諒解。
俺はこの男の側頭部、咽喉、心臓めがけて槍を振るった。
「――!! 兵士殿!」
しかして兵Bの声と同時に食い留められる俺の槍。むう、誰かがいると思ったが、何奴。
「我等とてここまでの非道は行わぬ。 …それも然り、貴様らは人ではないようだな」
黒い肌、深紫色の服装。 お、お前は。
「獣畜生になど我が名を教える必要なし。煙に巻かれてもらおうか」
「・・・」
あたり一面に白煙と黒煙が混成されたよく解らない煙が拡がる。
こ、これは何も見えない。うわーこれではもー追跡できないゾ。
「――西方の衆よ! 梯子をかけた、今は退け退け!!」
「・・・」
瞬時に消え去るヒト達。くそー、今度来やがったら次こそ息の根を止めてやるぜ。俺と他の粛正騎士らは梯子を登り、城壁の上に辿り着いて嘆息した。
「――兵士殿」
「・・・」
・・・・兵B。
「――あの者は諦めませんぞ」
・・・。
「――四肢がもげようと歯が砕けようとも、必ずや本懐を遂げに来るでしょう。ここに」
「・・・」
だろうね。
「――アグラヴェイン卿には山の民が、しかも翁が来た為にヒトを一人取り逃がしたと報告しました。貴方の槍を難なく防いだアレは、間違いなくサーヴァント山の翁でしょう。――しかし、」
「・・・」
あの御方の事だ、叱責は免れない。今にもここに来るだろう。
「――もっと貴方と鍛練をしていたかった。…残念です」
「・・・」
急にしおらしい事を言わないでほしいんだけど。かわいいから。
「我らが王命に背き、たかがヒト一人取り逃がした兵士は、・・・何処だ」
「・・・!!」
手を上げる。勢いよく、そりゃあもう他に眼がいかない位に。
真実、俺だけが手心を加えての失態なのだから。
「来い、無能なる兵士。・・・貴様を西方に就かせたのは失敗だったな」
「・・・・」
申し訳ありませぬ、アグラヴェイン卿。
鉄の漢と同じ色をした漆黒の鎖で身体を拘束されながら、俺は西方の城壁を後にした。
優しさとは強さの別名と心あれば皆嘯く。
そうかもしれない。
だが、優しさには失態がひっそりと寄り添う事を知るがいい。
先程の貴様がそれだ。死という罰則以外に何が要る?
仕組むも何もそれが結果。
ここは何処だ。言ってみろ。貴様は誰の為に武器を振るう!!!
次回『別離』
時に、慈悲の別名は何と言うのだろうか?