城兵として召喚されたんだが俺はもう駄目かもしれない 作:ブロx
アギト編
二人分の拳が宙を斬り、互いがぶつかる瞬間命の篝火と花を散らす。
これは所謂サシの勝負。人になった者と、人であり続ける者のぶつかり合い。姿形は見えないが、傍で見守る彼はずっと、胸を締め付けられていた。
・・・・頑張れッッ。
「人の、人生というヤツは―――」
片方が倒れ失せる。片方が走り去る。敗者と勝者。
知らず、彼は両手をギュッと握って、勝者を鼓舞した。
「・・・らしくないな。貴様のそんなザマは」
「嬉しいからね。ぐだお君達なら、きっとこの先大丈夫さ」
この場に残る、人になった者達。迫る光に吸い込まれそうになるその前に、二人は少し話がしてみたいと思った。
「私が消え、人理が修復されればあの者達がどうなるか。視る事も鑑る事も出来る貴様が、分からぬ筈あるまい。――あの者らは、カルデアはあの青き星から消え去るだろう。他ならぬ、同じ人に排斥されてな」
「あるいはそうかもしれない。・・・でも、そうならないかもしれない」
「――」
息を呑む。彼が浮かべるそれは、初めて見る表情であった。
「お前は人になったばかりだから、先輩のボクが教えてあげよう。生きている限り人は、彼らは進み続けるさ。地底だろうと異聞だろうと宇宙だろうと。何てったって無限の可能性を持っているからね。 現に、彼らはお前すら破った」
「その可能性が同族すら滅ぼしてきたのが人間だろうに。――綺麗事ばかり言う」
「だからこそ現実にしたいんだよ。・・・本当は綺麗事が良いんだから」
「――。では見続けてやろう。奴らが一体この先どうなるのか、お前のその遺言が正しいのか否か、人間とは何なのか。・・・もう一度だけ、この眼で」
「ああ。きっとボクたちが―――勝つさ」
確信が彼の声を上ずらせ、またも表情を作る。それを指摘しようとしたが、迫る光の中に彼は耐え切れなかった。それを見聞きした元獣は、面白い顔を作って同じく光の中に消えていった。
・・・二人とも、正しく人が浮かべる顔をして。勝つのはきっと己だと、自分のまま変わった己を信じながら。
◆
久々に踏むここ聖都の土。正門から王城へと続いてる通り道。
流れる水路の音は心地よく、ここはもしかしなくても天国に違いない。
「――お久しゅうございます、ガレス卿。どうぞ玉座の間へ。 アグラヴェイン卿がお待ちです」
「ご苦労様です」
呼吸する度に五体が満たされるこの芳香。これはリンゴだったかな。…ひと月離れただけで随分と懐かしい感覚に、わたしは少しだけ浸っていた。
「…補佐官殿にご報告申し上げます。 聖都と砂漠、及び北西の山との間に位置する砦が完成致しました。首尾は完璧です、我らが王の敵がどのような動きを見せようとも察知できましょう」
「・・・ご苦労。ガレス卿」
「ランスロット卿も是非労い下さい補佐官殿。…あのお方の指揮差配はまさに騎士の鑑。 砦の兵達は聖都に勝るとも劣らぬ意気軒昂ぶりです」
ここ聖都を発って約ひと月が過ぎた頃。
獅子の円卓の一員であるわたしは聖都に戻り、報告を行っていた。相手は兄にして鉄の騎士であるこの人だ。
「・・・ランスロット卿には貴卿から伝えるがよろしい。あ奴はその方が喜ぶだろう」
「…分かりました。サー・アグラヴェイン」
周囲に眼を配るに、どうやら王は眠っている御様子。他の騎士達もいない所を見ると各々忙しいようだ。
「・・・そして卿にも伝えておくが、賓客である玄奘三蔵がここを去る旨を表明した」
「! …なんと」
「我らが王は許しを与え、かの御仁は今日の午後には出て行く予定だ。・・・傲慢にもな」
王に認められ滞在を許可されたにも拘らず、着の身着のまま旅の続きを始めると。
…何と風来な方でしょうか。サヨナラがよく似合う。どうか良い旅を。
「他に何か報告はあるか、サー・ガレス」
「報告は以上です。…では我らが王の為わたしは持ち場に、砦にて職務を全う致します」
お辞儀を行い、頭を上げるわたし。
「―――待て。ガレス」
それは絶妙なタイミングだった。
踵を返そうと足を動かす直前あるいはゼロ地点。まるで良い事でも有ったかのように、サー・アグラヴェインは簡単に言葉を投げた。
「サー・ランスロットに妙な動きは有ったか」
この表情。このやりとり。
そこに眼を向ける。
「……。おっしゃる意味が解りません」
「ここ聖都を離れ、砦建設の最中、あの騎士の中の騎士は何か変な動きを見せなかったのかと聞いている」
サーヴァントとなってもこの人は変わらないなと、わたしは少しだけ思った。
「…、別段ありません」
「確かか?」
「無論です。ここは玉座、偽りなど申せましょうか。 補佐官殿はこの獅子の円卓の結束を疑っておいでなのですか?」
「・・・・、・・・。分かった」
ゆっくりと瞑目しながら言葉を口にする鉄の騎士。
まずもって王よりギフトを賜った我ら円卓に、背信行為など出来るはずが無いのだけど。
先程からその事を目で訴えているのに、サー・アグラヴェインの顔にはずっとこう書いてあった。
―――昔と違い同情はできる。しかし、共感はできんな。
「・・・往け」
「…ではわたしはこれにて。アグラヴェイン卿」
そうか成る程。最初からウォッチャーとしての役割を、このお方はわたしに望んでいるのか。
「王の為、今後も卿の奮闘に期待する」
でも誰が見張りを見張るのか。
わたしは『不浄』のガレス。貴方の言いなりにはなりませんよ。
◇
「――交代だ。ビナー1、ゆっくり休め」
「――、ああ」
「――休息を取りに行け!」
「――貴様は強くない」
「――、あとはよろしく頼む」
視界いっぱいの荒野から歩き去り、私は西方の城壁から鍛錬場へと向かう。
場内に入ると、珍しく鍛練をしている兵はあまりいない。今は誰かと話をしたくない気分だから、私には丁度良かった。
「――、―」
足をやや肩幅、両腕を伸ばして腰を落とす。あとはこれをキープ。端から見ればひどく地味に映るだろう思うだろうこの鍛練を始めた一ヶ月前、同じく私はそう思っていた。
「―――」
…丁度その頃に、王の聖槍が王城から東へ奔った事があった。何でも罰則をある兵士に与えたという事だそうだ。
それがあの兵士殿だという事に、気付かない西方の衆は誰もいなかった。
「――。走るか」
脚の負荷もなんのその。
風を斬って駆け出す五体は手慣れという名の要領を得、まるで投槍のように澄みきっている。
何かを教わったのならば、可能な限りその教えを全うするのみ。粛々と正しく。 気が付けば、もう交代の時間が押し迫る頃になっていた。
「――早く帰って来て下さいよ、兵士殿。まだ槍の振り方…教わってないんですから」
颯爽と西の城壁に向かう私の脚。懐かしいあの痛みなど、とっくの昔に消え失せていた。
「――、交代だ。西方の衆、異常は無しだな?」
「――あ、どうも」
「――西部線異常なし」
「・・・・」
「――上番の者はこれより打ち合わせを行う。下番の者は休息を――――、を?」
「・・・」
見覚えのある立ち姿。掴んだ槍を身体の中心にそっと置き、突端を地面について佇む姿勢。
「――……ヲ?」
「・・・・」
会釈する、懐かしいあの兵士。
「――お疲れさ、お疲れ様です。貴方の持ち場はいつものば、場所です。……一ヶ月ぶりでお忘れではありませんよ、ね。兵士、どのっ」
「・・・」
…いけない、言葉が続かない。一体何なんだろうこれ。
その時、私は傍にいる粛正騎士らにポンと肩を叩かれた。
「――貴様は強くない」
「――ビナー1、打ち合わせは五分後に行う」
「――兵士よ、よく帰ってきた。 ・・・それくらい仲間に言っても構わんだろう」
「――、皆の衆」
「・・・・」
――借りが出来ちまったな。 私は正面にいる、手持ち無沙汰な兵士殿を見る。これ以上この方の前で無様な姿は晒したくないので、私は手甲に包まれた拳をズイと突き出し、相手の拳を誘った。
「――生きて戻ってくるなどと、嬉しい誤算でしたぞ。…兵士殿」
小さな金属音を立てる私達の拳(fist bump)。
次の交代の時こそ、槍の振り方を教えて貰う事を私は決心したのだった。
◇
「――兵士よ、よく帰ったあ!!!」
「――俺も、お前も、お前もッ!防衛を行う!!!」
「・・・」
やあ、城兵Cだよ。今まで利き腕が上がんなくてずっと聖都東方で養生してました。
・・・正直生きてもう一度この西方の城壁に帰ってこれるなんて思わなかったけど、今は元気元気です。
そしてこちらを温かく迎えてくれる西方の同僚達に会釈をしながら、持ち場に就く。このあと兵Bに槍を教える事になってしまい、上手く出来るか正直心配だ。
「あ!…お~い!!そこの兵士くーんっ!!」
「・・・?」
グルリグルリと両手両肩を回していると、可愛らしい声が俺を呼ぶ。
王の賓客である三蔵様だ。そういえば初対面時の印象が良かったからなのか、俺はこの方に気軽に話しかけられる。
こっちはボディランゲージしか出来ない一般兵なのに。 ・・・高僧だからかな?
「よっと。 ここのお城は純白で良い所よね!あたし気に入ってるよ、ここ」
三蔵様に、俺はいつも通りお辞儀をする。
「・・・」
純白で良い所? そうでしょうともそうでしょうとも。このお城を守る事が出来るのは兵士にとって名誉以外の何物でもありませぬ。
気に入って頂けて何よりです。
「……、でも残念。 ここから見える景色だけは、何とも言えない。…この世の果てだって思えてしまうもの」
「・・・」
そう言って城壁の上から遠くを見つめる三蔵様は、何故かひどく似合わず儚げだった。
・・・ここが世界の果て? いいではないですか、それで。何か問題でも?ここには敵が居らず、敵を作らず、そして進むべき先が無いのだとしても。
王が居るのだから。
「―――兵士くんもそうだと思うけど、性分っていうのがあってね。あの荒野の、あの山の、あの砂漠の向こうには一体何が有るのか。
あたしはいつもこの足で探しているの。…我慢なんて出来ない。だからあたし、旅立つわ」
「・・・・」
笑顔で告げる三蔵さん。負の感情など何のその。全くもって、その瞳には未来が見えていた。
たとえこの世界が彼女の道を妨げる比類無き大欲界天狗道であろうとも、
彼女こそはその一切合切を走破し果ての果てまで無明を照らす、仏法僧(ランブリングプリースト)に他ならぬ。
「・・・」
思わず胸に手を当てる。
「あ、心配しないでね? ちゃあんと王様には許可を取ったから!トータは先に正門で待ってるわ!」
貴女の旅路に幸運を。
「・・・」
「じゃあ、…バイバイ。別れはあっさりしてなきゃね!」
手を振る三蔵様に、俺もまた手を振った。
短い時間ではありましたが、貴女の事は嫌いではありませんでした。
――だから願う。もう二度と巡り合わせてくれるなよと。
「・・・・・」
今度逢った時は、敵同士。
人の運命を司るのは、神か偶然か。
それは時の回廊を巡る永遠の謎掛け。
だが、一人の兵士の運命を変えたのは、王と呼ばれたあの御仁。
かつてのこの城で駆け抜けた淡い物。それが今、聖都の外壁に甦る。
次回『漂う雲の下で』
遠い記憶の中から、あの日の王が微笑む。