城兵として召喚されたんだが俺はもう駄目かもしれない 作:ブロx
その時俺達偵察隊七名の胸に侵入したのは、間違いなく恐怖だった。
「――ッ!? 総員、駆けろ!!!」
『だが残念だ。お前たちはもう何処にも行けない』
「・・・」
俺は馬を走らせ槍をグルングルンと振り回した。世界に響く不気味なほど荘厳な声と、突如現れた敵の兵を払う為に。 ・・・砂が手を、胴を形成し、足を作って頭が出来る。武具を身に着けギラリと光る眼光は、気付けばそこらじゅう辺り一面に広がっていた。
まるで地平を喰らうように。
目端を広げれば、我々の周囲は敵兵で溢れていた。
「――西方兵士! まさか、最初からこの砂漠は・・・・ッ!!?」
『太陽とは、何も天から降り注ぐだけの物ではない』
「・・・・・」
この気配。まさかまたこんな場面に出くわすとは。アンタさんも桁外れ(魔人)ってわけかい。
『陽に照らされた大地は、砂は、須らく天に向かって照り返すものだろう?土も石も荒地も人も何もかも。照らされ、返す。すなわち太陽というのは天地そのものであり―――、』
・・・・・。
『ゆえこの太陽王たる余は、この世の全てなのだ』
「――ッ隊長!敵兵多数!かなりの数!!!」
「――かなりじゃ分からん!! 駆けつつ円陣を維持、防御ッ!」
「――にしても時間の問題だろう!!このままじゃ全滅だぞ!」
「――聖都の方角は!?」
「・・・」
俺は槍で皆に方角を指し示した。城兵であるこの俺が聖都の方角を間違える事は無い。
「・・・」
馬を走らせながら、俺は続けて敵共に槍を振るう。皆、殿(しんがり)は任せたまえ。
『やはりその兵士、ただの一兵卒ではないな。 あのニトクリスの鏡が見える事といい、この余の手の中で寸分の狂いなく自らの古巣を指し示すとは』
「・・・」
やっぱり最初から視てた。どうりで話が早すぎると思ったんだよ。この砂漠に俺達が踏み入った時から・・・時既に遅かったか。
『許す。名乗れ、兵士。 戦の作法を余は存じているものである』
「・・・」
「――すまない西方兵士。敵兵を引き付けてくれ。 総員、囲みが薄い所へ全力突撃!吶喊ッ!!囲みを抜けるぞ!!」
「――馬鹿者が!兵士殿を見殺しに出来るものかっ!!!!」
「・・・」
良いって事よ隊長殿。 さて声が出ないから名乗れないけど、俺の自己紹介はとっくにしてるよ王様。その証拠に、俺は槍の穂先を天空の太陽に向けていた。
『余は太陽王Ra-mes-ses(二世)。オジマンディアスとも、後世では呼ばれている』
「・・・・・」
俺を知りたきゃ、王に捧げたこの槍に聞きな。
『フッハハハハハハハハハハ!!』
笑い声と共に迫り来る敵兵士。・・・これで喧嘩買ったし売っちゃった。的盧よ、すまないが共に戦ってくれ。
「ブルブルルブル(戦いとは、使えるもの全てを使わねば勝てないものです。出し惜しみは不要、我が蹄は貴方と共にある。存分に)」
「――イクゾー!!!!」
「――殿は多いほうが良い、俺も加わろう。西方の兵だけにいい格好はさせん」
「――ワガナハセイトナンポーウシュクセイキシ!押し通る!!!」
「――隊長ッ。ここからならガレス卿のいる砦が聖都よりも近い筈。 そこに向かうが最善だろう。無論我ら全員でな!――俺は攻撃を行うッ」
「――・・・・・」
「――兵士殿を捨て駒にしたとしても、この砂漠は全て彼の王の手中。戦力を分散する事は得策ではないっ!」
「――・・・・」
「――味方一人を捨て駒にして何が獅子の爪牙かっ!! 我ら全員が王の捨て駒とならずしてなんとする!!!」
「――俺は攻撃を行う!!!!」
「――・・・『撃滅の誓い』」
? ケテル1?
「――総員、兵器使用自由。互いに螺旋を描きつつ全速で後退。馬から振り落とされるな、隣りの者を全力でカバーせよ。これらは全て隊長命令だ、総員スキル発動。 絶対に死ぬな!!!!」
その瞬間。円形に陣を敷いていた俺以外の獅子の爪牙達が、一斉に気を吹いた。
討滅の誓い。撃滅の誓い。
殲滅の誓い。 殲滅の誓い。
討滅の誓い。討滅の誓い。
「――我らは獅子王陛下が手足。我らのうち一人でも砂塵如きに死したとなっては、――王に顔向けできぬ。我々は覚醒都市・白亜の聖都が粛正騎士。 参れ、砂礫ども」
「――我らの勇気は、奴らの比ではない!」
一か八か。俺達の撤退戦が始まった。
◆
「――ぐッ!!」
「――ぬあああああ!?」
槍撃が敵兵の首を打ち砕き、私は残身(ざんしん)をする暇もなく次から次へと槍を振るう。部下の叫び声に、私は一層焦燥に駆られていた。
「――ビナー1!西方の! 無事かッ!?」
「――数が多いと流石に嫌になるな。昔(生前)を思い出すっ!」
「――ッ俺は攻撃をッ行う!!!」
「――西方兵士!貴様は無事か・・・、・・・?」
兜の下に有る筈の我が眼を疑う。いつも見ていた兵士の槍が、奇妙に輝いて見えたのだ。
それは異質な光景だった。
それでいて彼の槍捌きがやけにスロウに見え、遅いというよりかは速すぎて、時間の感覚が曖昧になるような感覚だった。
「――・・・・あれは、」
そうだ思い出してきた。
あれは確か生前、この身がケテル1と呼ばれる前。もっと身体に無駄な熱を持っていたあの頃に見た憶えがあった。
「――・・・・・」
そうだそうだ。 いつもいけ好かない面構えで、そのクセ腕のある男がかつて正門に居た。
私はどうにかしてこの槍捌きを真似ようと昼夜問わず鍛錬を、素振りをしていたのだ。
―――腰だ、膝だ、足だ。ああだ、こうだ。
時より自分の見識を彼に述べると、決まって彼はただ首を横に振るのだ。
でもそれは『違う』という否定ではなく、自分の未熟な技を真似るなという意思表示で。
兵士然としたその姿に、私は。・・・俺は更に躍起になったものだった。
『お願いがあります。一度模擬戦闘をやって頂きたいのです』
「――ローナルド殿。 貴方は、我が師ローナルド殿なのか?」
「・・・」
こちらを見向きもしない。いや、何処を見ているのか何処も見えていないのか。 ついに馬から下りて槍を振り続ける兵士は、ただ行動で示して見せていた。
あの頃から全く変わらずに。
「――私は粛正騎士ケテル1。王の爪牙。 ・・・そして、」
スキル発動、三連重ねがけ。
撃滅の誓い撃滅の誓い撃滅の誓い。
「――槍技ッ、制裁の槍!!!」
「――ケテル1!?」
「――皆ッ、俺と西方兵士の槍が時間を稼ぐ! この間隙を駆け抜けろ!!!」
檄を飛ばす。今度こそ。
ローナルド殿、今度こそ俺は貴方の技を得てみせる。
「・・・・」
「――ッ、はは」
『フランスから凱旋したら、もっと教えて貰いますよ?師匠』
共に槍を振るう。
カムランで死んだ俺の本当の望みを胸に抱いて。・・・・思い出しました。俺は、貴方と一緒に最期まで闘いたかった。
「――ケテル1!! 突出するな!戻れなくなるぞ!!!」
「――・・・・・」
ビナー1。すまないが、もういいんだ。
「・・・」
やっとだ。やっとなんだ。この男と、兜越しに眼と眼が合う感覚は。
戦場でのアイコンタクト。それは同じ間合で戦う者だけが持てる呼吸の一致。
「――貴方は今でも俺には負ける筈がないと思ってるんですか」
「・・・」
砂から生まれる敵兵をまるで剣を持っているように払う、叩く、突く。
錆を落とすのだ。もっと磨きをかけるのだ。でなければ追いつかん。
「・・・」
「――・・・ォオオッ!!!」
そうでなければ。この人には追いつけない。
「――ローナルド殿。貴方は・・・」
時に合理的に、時に非合理に。
振るわれる妙な槍捌き。見覚えのない手練手管。・・・一体貴方はどれほどそれを振るい続けたのですか。
輝く空と軋む時空。ついに倒れる兵士殿。
叫び、敵の武器に斬られる俺の身体。
そして、
『---振り向くな』
天も地も焼き焦がす一撃。それが、今俺達の眼前に落ちていた。
『―――フハハハ!! 獅子王・・・ッッ!』
『---宣戦布告は受けとった。ゆえ今の貴様は邪魔だ、太陽王』
・・・閃光が迸り、再度落ちる我らが王の槍。あまりの明るさに一度目を瞑り、開けた瞬間そこに砂漠は跡形も無かった。
そう。我々はとっくに、砂漠を抜けていたのだ。夢幻を覚まさせてくれた王の御声に改めて畏敬を。
『今は退こう。 だが余の国に侵入したその罪、万死に値する。その雁首みな揃えて待っているがいい。浮世をさ迷う女神よ!』
そう言って、太陽という名の荘厳なる王は去っていた。
『---我が爪牙達よ。 労おう、此度の偵察大儀であった』
「――。有り難き、お言葉・・・」
「――…兵士殿!起きて下さい、兵士殿…っ!」
「・・・・―――」
起きない西方兵士殿。・・・おかしい、まるで昏睡ではないかこれは!よく見れば外傷は無いようだが。
『---我が兵を連れ、砦へ行け。ガレス卿のギフトならば助かろう』
「――ははッ!」
『---その後はガレス卿の指揮下に入るがよい。---皆充分に傷を癒し、我が元に帰還せよ。これは命令である』
「――は。王命、有り難くっ」
「――兵士殿は俺、・・・いや私の馬に乗せよう。ビナー1は兵士殿の馬を頼む」
「――心得た。南方の、手伝ってくれ」
「ブルブルヒヒヒン(しかし何故倒れたのでしょう?体力はまだ残っていた筈。王の槍撃と何か関係が?)」
「――偵察隊は仲間を見捨てねえ」
「――カラダニサワルゾ」
そうこうして見えてくる聖都西方に位置する砦。サー・ガレスの居るその場所で、俺達は奇跡を見る事になる。
高い壁、厚い石。
穢れた血痕の一滴もこびり付かない、浄き城塁。
ここには、獅子王直属騎兵団特殊任務班X-1、遊撃部隊の精兵がたむろしている。
次回『アウターヘブン』
そして人々は、歩いて辿り着ける天国が隣りにあると信じていた。