城兵として召喚されたんだが俺はもう駄目かもしれない   作:ブロx

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第21話 地平を喰らう手(後編)

 

 

 

その時俺達偵察隊七名の胸に侵入したのは、間違いなく恐怖だった。

 

「――ッ!? 総員、駆けろ!!!」

 

 

『だが残念だ。お前たちはもう何処にも行けない』

 

 

「・・・」

 

 俺は馬を走らせ槍をグルングルンと振り回した。世界に響く不気味なほど荘厳な声と、突如現れた敵の兵を払う為に。 ・・・砂が手を、胴を形成し、足を作って頭が出来る。武具を身に着けギラリと光る眼光は、気付けばそこらじゅう辺り一面に広がっていた。

 

 まるで地平を喰らうように。 

目端を広げれば、我々の周囲は敵兵で溢れていた。

 

「――西方兵士! まさか、最初からこの砂漠は・・・・ッ!!?」

 

 

『太陽とは、何も天から降り注ぐだけの物ではない』

 

 

「・・・・・」

 

 この気配。まさかまたこんな場面に出くわすとは。アンタさんも桁外れ(魔人)ってわけかい。

 

『陽に照らされた大地は、砂は、須らく天に向かって照り返すものだろう?土も石も荒地も人も何もかも。照らされ、返す。すなわち太陽というのは天地そのものであり―――、』

 

・・・・・。

 

 

『ゆえこの太陽王たる余は、この世の全てなのだ』

 

 

「――ッ隊長!敵兵多数!かなりの数!!!」

 

「――かなりじゃ分からん!! 駆けつつ円陣を維持、防御ッ!」

 

「――にしても時間の問題だろう!!このままじゃ全滅だぞ!」 

 

「――聖都の方角は!?」

 

「・・・」

 

 俺は槍で皆に方角を指し示した。城兵であるこの俺が聖都の方角を間違える事は無い。

 

「・・・」

 

馬を走らせながら、俺は続けて敵共に槍を振るう。皆、殿(しんがり)は任せたまえ。

 

『やはりその兵士、ただの一兵卒ではないな。 あのニトクリスの鏡が見える事といい、この余の手の中で寸分の狂いなく自らの古巣を指し示すとは』

 

「・・・」

 

 やっぱり最初から視てた。どうりで話が早すぎると思ったんだよ。この砂漠に俺達が踏み入った時から・・・時既に遅かったか。

 

『許す。名乗れ、兵士。 戦の作法を余は存じているものである』

 

「・・・」

 

「――すまない西方兵士。敵兵を引き付けてくれ。 総員、囲みが薄い所へ全力突撃!吶喊ッ!!囲みを抜けるぞ!!」

 

「――馬鹿者が!兵士殿を見殺しに出来るものかっ!!!!」

 

「・・・」

 

 良いって事よ隊長殿。 さて声が出ないから名乗れないけど、俺の自己紹介はとっくにしてるよ王様。その証拠に、俺は槍の穂先を天空の太陽に向けていた。

 

『余は太陽王Ra-mes-ses(二世)。オジマンディアスとも、後世では呼ばれている』

 

「・・・・・」

 

俺を知りたきゃ、王に捧げたこの槍に聞きな。

 

『フッハハハハハハハハハハ!!』

 

 笑い声と共に迫り来る敵兵士。・・・これで喧嘩買ったし売っちゃった。的盧よ、すまないが共に戦ってくれ。

 

「ブルブルルブル(戦いとは、使えるもの全てを使わねば勝てないものです。出し惜しみは不要、我が蹄は貴方と共にある。存分に)」

 

「――イクゾー!!!!」

 

「――殿は多いほうが良い、俺も加わろう。西方の兵だけにいい格好はさせん」

 

「――ワガナハセイトナンポーウシュクセイキシ!押し通る!!!」

 

「――隊長ッ。ここからならガレス卿のいる砦が聖都よりも近い筈。 そこに向かうが最善だろう。無論我ら全員でな!――俺は攻撃を行うッ」

 

「――・・・・・」

 

「――兵士殿を捨て駒にしたとしても、この砂漠は全て彼の王の手中。戦力を分散する事は得策ではないっ!」

 

「――・・・・」

 

「――味方一人を捨て駒にして何が獅子の爪牙かっ!! 我ら全員が王の捨て駒とならずしてなんとする!!!」

 

「――俺は攻撃を行う!!!!」

 

「――・・・『撃滅の誓い』」

 

? ケテル1?

 

「――総員、兵器使用自由。互いに螺旋を描きつつ全速で後退。馬から振り落とされるな、隣りの者を全力でカバーせよ。これらは全て隊長命令だ、総員スキル発動。 絶対に死ぬな!!!!」

 

 その瞬間。円形に陣を敷いていた俺以外の獅子の爪牙達が、一斉に気を吹いた。

 

 

      討滅の誓い。撃滅の誓い。

  殲滅の誓い。        殲滅の誓い。

      討滅の誓い。討滅の誓い。    

 

 

「――我らは獅子王陛下が手足。我らのうち一人でも砂塵如きに死したとなっては、――王に顔向けできぬ。我々は覚醒都市・白亜の聖都が粛正騎士。 参れ、砂礫ども」

 

「――我らの勇気は、奴らの比ではない!」

 

一か八か。俺達の撤退戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

「――ぐッ!!」

 

「――ぬあああああ!?」

 

 槍撃が敵兵の首を打ち砕き、私は残身(ざんしん)をする暇もなく次から次へと槍を振るう。部下の叫び声に、私は一層焦燥に駆られていた。

 

「――ビナー1!西方の! 無事かッ!?」

 

「――数が多いと流石に嫌になるな。昔(生前)を思い出すっ!」

 

「――ッ俺は攻撃をッ行う!!!」

 

「――西方兵士!貴様は無事か・・・、・・・?」

 

 兜の下に有る筈の我が眼を疑う。いつも見ていた兵士の槍が、奇妙に輝いて見えたのだ。

 

それは異質な光景だった。 

 

 それでいて彼の槍捌きがやけにスロウに見え、遅いというよりかは速すぎて、時間の感覚が曖昧になるような感覚だった。

 

「――・・・・あれは、」

 

そうだ思い出してきた。

 

 あれは確か生前、この身がケテル1と呼ばれる前。もっと身体に無駄な熱を持っていたあの頃に見た憶えがあった。

 

「――・・・・・」

 

 そうだそうだ。 いつもいけ好かない面構えで、そのクセ腕のある男がかつて正門に居た。

 私はどうにかしてこの槍捌きを真似ようと昼夜問わず鍛錬を、素振りをしていたのだ。

 

 ―――腰だ、膝だ、足だ。ああだ、こうだ。

 

 時より自分の見識を彼に述べると、決まって彼はただ首を横に振るのだ。

でもそれは『違う』という否定ではなく、自分の未熟な技を真似るなという意思表示で。

 

兵士然としたその姿に、私は。・・・俺は更に躍起になったものだった。

 

 

『お願いがあります。一度模擬戦闘をやって頂きたいのです』

 

 

「――ローナルド殿。 貴方は、我が師ローナルド殿なのか?」

 

「・・・」

 

 こちらを見向きもしない。いや、何処を見ているのか何処も見えていないのか。 ついに馬から下りて槍を振り続ける兵士は、ただ行動で示して見せていた。

 

あの頃から全く変わらずに。

 

「――私は粛正騎士ケテル1。王の爪牙。 ・・・そして、」

 

 スキル発動、三連重ねがけ。

撃滅の誓い撃滅の誓い撃滅の誓い。

 

「――槍技ッ、制裁の槍!!!」

 

「――ケテル1!?」

 

「――皆ッ、俺と西方兵士の槍が時間を稼ぐ! この間隙を駆け抜けろ!!!」

 

 檄を飛ばす。今度こそ。

ローナルド殿、今度こそ俺は貴方の技を得てみせる。

 

「・・・・」

 

「――ッ、はは」

 

『フランスから凱旋したら、もっと教えて貰いますよ?師匠』

 

 共に槍を振るう。

カムランで死んだ俺の本当の望みを胸に抱いて。・・・・思い出しました。俺は、貴方と一緒に最期まで闘いたかった。

 

「――ケテル1!! 突出するな!戻れなくなるぞ!!!」

 

「――・・・・・」

 

ビナー1。すまないが、もういいんだ。

 

「・・・」

 

 やっとだ。やっとなんだ。この男と、兜越しに眼と眼が合う感覚は。

戦場でのアイコンタクト。それは同じ間合で戦う者だけが持てる呼吸の一致。

 

「――貴方は今でも俺には負ける筈がないと思ってるんですか」

 

「・・・」

 

 砂から生まれる敵兵をまるで剣を持っているように払う、叩く、突く。 

錆を落とすのだ。もっと磨きをかけるのだ。でなければ追いつかん。

 

「・・・」

 

「――・・・ォオオッ!!!」

 

そうでなければ。この人には追いつけない。

 

「――ローナルド殿。貴方は・・・」

 

 時に合理的に、時に非合理に。

振るわれる妙な槍捌き。見覚えのない手練手管。・・・一体貴方はどれほどそれを振るい続けたのですか。

 

輝く空と軋む時空。ついに倒れる兵士殿。

 

叫び、敵の武器に斬られる俺の身体。

 

そして、

 

 

『---振り向くな』

 

 

天も地も焼き焦がす一撃。それが、今俺達の眼前に落ちていた。

 

『―――フハハハ!! 獅子王・・・ッッ!』

 

『---宣戦布告は受けとった。ゆえ今の貴様は邪魔だ、太陽王』

 

 ・・・閃光が迸り、再度落ちる我らが王の槍。あまりの明るさに一度目を瞑り、開けた瞬間そこに砂漠は跡形も無かった。

 

 そう。我々はとっくに、砂漠を抜けていたのだ。夢幻を覚まさせてくれた王の御声に改めて畏敬を。

 

『今は退こう。 だが余の国に侵入したその罪、万死に値する。その雁首みな揃えて待っているがいい。浮世をさ迷う女神よ!』

 

そう言って、太陽という名の荘厳なる王は去っていた。

 

『---我が爪牙達よ。 労おう、此度の偵察大儀であった』

 

「――。有り難き、お言葉・・・」

 

「――…兵士殿!起きて下さい、兵士殿…っ!」

 

「・・・・―――」

 

 起きない西方兵士殿。・・・おかしい、まるで昏睡ではないかこれは!よく見れば外傷は無いようだが。

 

『---我が兵を連れ、砦へ行け。ガレス卿のギフトならば助かろう』

 

「――ははッ!」

 

『---その後はガレス卿の指揮下に入るがよい。---皆充分に傷を癒し、我が元に帰還せよ。これは命令である』

 

「――は。王命、有り難くっ」

 

「――兵士殿は俺、・・・いや私の馬に乗せよう。ビナー1は兵士殿の馬を頼む」

 

「――心得た。南方の、手伝ってくれ」

 

「ブルブルヒヒヒン(しかし何故倒れたのでしょう?体力はまだ残っていた筈。王の槍撃と何か関係が?)」

 

「――偵察隊は仲間を見捨てねえ」

 

「――カラダニサワルゾ」

 

 そうこうして見えてくる聖都西方に位置する砦。サー・ガレスの居るその場所で、俺達は奇跡を見る事になる。

 

 

 

 

 

 




高い壁、厚い石。
穢れた血痕の一滴もこびり付かない、浄き城塁。
ここには、獅子王直属騎兵団特殊任務班X-1、遊撃部隊の精兵がたむろしている。
次回『アウターヘブン』
そして人々は、歩いて辿り着ける天国が隣りにあると信じていた。






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