城兵として召喚されたんだが俺はもう駄目かもしれない 作:ブロx
この場にいる兵士と騎士が、ただ一人を除いて兜を少し持ち上げてモグモグと口を動かす。
食事とは誰にも邪魔されず速さも関係せず、ただ静かに行われる行為。
それは心身が自由で静かで豊かになり、時には考え事をするにも適している最良の日常行動でもあった。
「いやはやこれは何とも深い味わいか。 こう、噛み千切れるものなら噛み千切ってみろと言わんばかりの焼き具合(ウェルダン)が良い。正に焼肉ですね」
「・・・」
俺はこくこく頷いた。
いやいや流石はトリスタン卿。肉の良さを分かっていらっしゃる。
これは顎も鍛えられますし、力強く噛む事で肉汁が口の中をダイレクトアタックするわけなんですよ。
食べ応え、これこそが肉料理のグローバルスタンダード。え?雑? え?何だって?
「しかしながらこの塩っ濃い味付け。何か飲み物が欲しくなるのも道理ではありませんか?」
「・・・」
おっと。心音から何でも読み取る貴方に隠し事は出来ませんな。
「君は特に素直ですからね」
それはどうもありがとうございます。
・・・しかしながら肉をしっかり噛んで味わっていると、口の中をサッパリさせたくなるのが常と言えば常。 水でも用意しましょうか?
「そこで。料理を振舞って頂いたお礼と言っては何ですが、酒を用意しました」
そう言ってトリスタン卿はごそりと何処からかグラスと酒瓶を取り出した。え、マジですか。
「皆さんもどうぞ」
「――感謝致します。ご相伴に預かりましょう」
「――その小ぶりなワイングラス。肉料理の後に果実酒とは定番ですが。 ――?それは火酒ですか?サー・トリスタン」
「いかにも。brandeviinと言うそうです」
「・・・・」
我々全員分のグラスに、トリスタン卿の瞳と同じ琥珀色の液体が注がれる。
・・・・しかしお酒、ですか。今は非番ですが私酒盛りするのはちょっと・・・。
と言いますか私兜取れないので飲み食いできないんですが。
「ええ分かってます。だからこれを持って来たのです」
「・・・・?」
「――ありがとうございますトリスタン卿。では頂きます」
「申し訳ありませんが、まだ駄目ですよ。 焦らずお待ちなさい」
「――?」
ケテル1がグラスをそっと持ち上げようとしたその時。
それを手で制したトリスタン卿はグラスの上に輪切りにしたレモンを置いて、更にその上に砂糖を盛って俺達に差し出した。
「・・・・」
・・・まるでグラスが山高帽をかぶった様な姿。 って、砂糖?塩じゃなくて万病のもと砂糖?レモンに合うのですか?これ。
「――・・・」
「――・・・・」
怪訝な雰囲気。何だコレどうやって飲むのといった、周囲の気まずい空気。
しかし俺はめげない。トリスタン卿、これは一体どうやって飲むのですか?
「これはですね、まず砂糖をこぼさない様にしてレモンを口に入れて噛みます。その後に酒を一気に飲み干すのです」
「・・・」
す、すごい飲み方ですね。こんな酒があるとは・・・。
「――成る程。では一杯だけ」
「ええ、それでこのショートドリンクは完成します。サッと飲めて、サッと気分が切り替わりますよ。 乾杯」
「――カンパイ」
「・・・」
・・・これって所謂カクテルタイプのようだけど、要は強い酒ストレート一気飲みって事ですよね。パンチ効いてそうだあ。
「――・・・。――・・・・・ッ!?」
酸っぱいレモンと甘い砂糖を噛んだ後に来る火酒の風味。キツい、けれどむせるこの香りと熱い喉越しは中々どうして、悪くない。
兵B達の表情はそのように語っているように俺は見えた。
「――これは凄い。目覚めるような味わいですな」
「――感謝致します、サー・トリスタン」
「それは良かった」
「・・・・」
「――む? 失礼少し酔いが回ってきたようです。鍛錬場で汗を流してきます」
「――、私も」
「――コレニテ」
「――…、失礼致します」
「・・・」
俺はそこのテーブルを指差し、グラスと皿を置いていくように促した。そして皆はぞろぞろとこの場を後にし、兵Bが最後に綺麗なお辞儀をした。
――そしてドタリと音がした。
「この酒は私が生前最後に口にした酒でしてね。 病床の私に気付け薬として、とある女性が飲ませてくれたのです」
「・・・・」
「いい酒でした。意識が朦朧として、言葉すら忘れたこの身をこちら側に戻してくれた程に。だから問う事が出来たのですよ。 帆は何色ですか、と」
「・・・・」
トリスタン卿はレモンを口に含むと、グイと酒を飲み干した。倒れて眠った兵B達を見向きせず、ただただ俺を見詰めながら。
「――城兵君、以前私は問いました。君は何の為に戦っているのかと。 そして君はその槍を示した」
「・・・」
「王に捧げた槍。それは王に捧げた心。私は悲しい。 そのような物、もはや今の君には無いというのに」
「・・・」
「――貴方は死んだ。私も、この城に居る騎士も兵も皆死んだのです。ある者はあの丘で、ある者は世を捨てて何処かで、ある者はここで。そして今の私達は王の獣」
「・・・」
・・・・・。
「我々は何かを為さねばならないのです、城兵ローナルド。 生前のガレス卿のようなランスロット卿のような私のような愚と恥を犯してはならない。 ――そんな我々の前に騎士王が現れた。ゆえに今ここを出て、あのお方の為に武を振るうのもまた為すべき事だとは思いませんか?」
「・・・」
・・・、成る程。言われてみるとそうですね。
「そうです、貴方は充分獅子王に槍を捧げた。そしてこの世に召喚された我らが騎士王。――これを奇跡と言わず何が奇跡か。 かの王に、貴方は槍を捧げても良いのですよ?」
俺が生前から捧げているこの槍は我が王の物。騎士王とて例外ではない。たしかに聞けば聞くほど、卿の言葉には一理ある。
「そう、なんらおかしくはない」
「・・・」
「私はこの後すぐさま山の民を掃討します。恐らく騎士王とも出会う事になる。 ――その時必ずや伝えましょう、貴方の意志を。貴方の忠義を。言葉無くとも今も昔もその胸を燃やしている、貴方の白く輝く炎を。この弓に懸けて」
「・・・」
俺は槍を持ち上げる。生前から振るい続けているこれを。最期の最期まで振るい続けたこれを。何の為に誰の為に振るい続けたのか、これを。
「城兵君。さあ、貴方の答えを」
「・・・・・」
これが答えです、サー・トリスタン。
俺は槍で自分の胸を貫いた。
「――。・・・・」
「・・・」
不動のまま見つめる。自ら眼を潰したこの方を。
眼を潰し心をひっくり返してでも最後まで獅子王に仕えると決めたこの方を。 そんな貴方の前でちっぽけな私の忠義を伝える等とてもとても。
「・・・・・、貴方は」
だから行動して答えるのみ。
私は、私を召喚して下さった獅子王の為に戦います。私を採りたてて下さった王を忘れずに戦う。王の為に私はここを護り続けます、今も昔も。サー・トリスタン。
「・・・成る程。 ああ、成る程」
―――槍を引き抜き見えた血。痛いけど死ぬほどじゃない。だって俺は我が王に城兵として召喚されたのだし。 この血に誓います、トリスタン卿。
「・・・」
私の居場所はここだけです。
「――今日は良き日だ。君の変わらぬ想い、しかとこの胸に響きました。それに負けぬよう、私もこの弓を振るいましょう。私は戦場へと参ります」
「・・・」
いやあ、『反転』してでも現界し続ける貴方には敵いませんよ。
「城兵君、医務室へ行きなさい。これは獅子の円卓としての命令です。食器等は私が片付けます。ご武運を」
「・・・」
了解、貴方もどうか御武運を。 しっかりとお辞儀を行って、俺はこの場を後にした。
「―――聖都が出来て以来記念すべき百人目の背信者。君で達成する事が出来ず、安堵していますよ。私は嬉しい」
◇
「――この医務室を訪れる兵がいるとは。西方兵士殿、貴方は好き者ですかな?」
「・・・」
・・・胸から血を流しながら歩いてここまで来たというのにこいつ何て言い草だ。俺は会釈しながら用意された椅子に座った。
「――王に召喚された我々は大抵怪我などしませんからな。故にここを利用する者など珍しく、つい。 ――どれどれ、うわ血がいっぱい」
「・・・・」
これを落として聖都を汚すなんて事はしませんでしたよ。ねえちょっと、勝手にたまげてないで褒めて。
「――甲冑の上から何をくらえばこんな風になるんですか。破傷風にでもなったらどうするつもりです?」
「・・・」
だからここに来たんだよ。
「――はは、ホスピタルジョークはさておき。ここで寝ていれば治りますよ、良かったですね」
「・・・・」
俺はジッとこの粛正騎士を見詰めた。え、そんな事でいいの?なんか簡単すぎじゃない?
「寝ればHPだのMPだの回復するでしょう?あれと同じですよ。ここを何処だとお思いです」
「・・・」
・・・聖都の医務室です。
「――獅子王陛下とアグラヴェイン卿にお願いして、ベッド部屋からは外が見えるようにしてあります。 さあ怪我人は寝た寝た。西方には私から伝えておきます」
「・・・」
おお、それはありがたい。俺は深くお辞儀した。
「――王の粛正騎士ゲブラー1の名に懸けて。私は私のやり方でここを守りますよ。 貴方と同じように、ローナルド殿」
◇
・・・・その日の夜のこと。
寝付けず夜空を眺めていた俺は急に意識が遠くなった。かろうじて見えた空は流れる星の光でいっぱいになって、最後は氷みたいに夜の闇に溶けていった。
それが王の聖槍だと分かった時。
俺の意識は今度こそ消え失せ、次に星が二つ流れる夢を見た。・・・天に昇る矢星と地に振り下ろされる神罰の落下星。双方の衝突と相殺。 そんな夢を。
これぞまさに夜天光を貫く神妙なる流星一条。この世に双つと並ぶもの無き技の粋。
――もしも。
神を撃ち落とす日ってのが有るとすればこんな感じなのかなあと思って、俺は夢の中で手を叩き続けたのだった。
キャメロットへ。
あらゆる力が、あらゆる正義が、大いなる謎を秘めた白亜の城塞へと向かう。
キャメロットの天頂に住まうは神か、悪霊か。
謎は歴史の頁をひた捲り、奥付は次の戦を映し出す。
次回『絶対防衛線』
戦慄が核心へと誘う。