城兵として召喚されたんだが俺はもう駄目かもしれない   作:ブロx

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第6話 バトルフィールド1273

 

 

 

 ―――何故こうなってしまったのだろう。

 

剣を振るっていると、わたしはそんな事をつい考えてしまう。

 

「…ごめんなさい」

 

 助けてくれ、ここから出して欲しい、生きたい。

戦場でそんな声を聞くのは生前も含めて初めてではなかった。

 

 血の匂いに惹かれて戦う為、勝利の為。…などと言っても戦いの根本というのは須らく生きる為であるからだ。

 

 生きる為に逃げる。生きる為に策を弄す。生きる為に武器を執る。家族を、誰かを、そして自分を。

 

「…ごめんなさい」

 

 わたしは。 そんな人々を殺すのは初めての事だった。

逃げる人の背中を斬る事も、無言で命乞いをする誰かを刺す事も。

 

 ――これは自分で選んだ事だ、と言い聞かせて手を洗った一日目。

 

 ――わたしは獣だと、そう思い知ったのが二日目。この日から戦いのあと手を洗浄する事が日課になった。

 

 ――せめて彼らを忘れずにいようと想いながら剣を振るった三日目。手を見ないでの洗浄が得意になった。

 

 ――…何故こうなってしまったのだろう。初心に帰った四日目。  

  

「…、………」

 

 王の為にランスロット卿だってモードレッド卿だって、皆皆頑張っている。まずもって戦場とは血生臭いもの。無慈悲に見えるこれは、戦場ならば当然の事なのだ。

 

―――でも。

 

「…こんなにも汚いものだとは、わたしは知りませんでした」   

 

 散り往く者達に未練など。 ただ死臭にまみれた我が腕が、指がブリキのように剣を振るう。

ここがわたしの最期の戦なのだと、心に決めながら。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。………もう、」

 

 もう動けません。

 

 もう耐えられません。

 

 もう戦えません。

 

魔人の恐怖なんかよりも。わたしはわたしが怖くて堪らない。

 

【---お前は負けたのだ、さ迷う獅子】

 

【---人間の世界も、お前の世界も共に滅ぶのだ】

 

「………」

 

 魔人が現れた時。わたしには喜びの感情が生まれていた。この恐怖の中ならば、いかに獅子の円卓といえど容易には動けない。

 

 つまり命に代えて敵をここで食い留める事が出来れば、わたしは。

 

「…わたしは死ねる…」

 

 戦いの中で死に、仲間に看取られて死ぬ。誰かの消えない過去になれる。それは今のわたしにとっては上等な死に方。

 

「死ねる…っ」

 

 踏み越えてきた。自身で生み出してきた背中越しに見えるその未来。

わたしは土踏まずに力を込めた。

 

「・・・なんと」

 

「君は・・・!」

 

「………?」

 

先んじて、一人全身鎧の兵士がわたしの瞳に映った。その鎧の裏側、膝の裏からは赤い血が流れ出している。

 

 痛いだろうな。もう歩けないかもな。

 

 死ぬかもな。

 

羨ましい。

 

「……。 ?」

 

 兵士は槍の穂先をしかと魔人のような敵に付け、疾駆した。

他には何も見えないかのように。自分と他人の死骸も、その他の何もかもがハナから見つからないように。兵士が戦場を駆けていた。

 

「……。なんで?」

 

 怖くは無いのか。生きたくはないのか。王の為にもっと働きたいのではないのか。

―――迷いは無くとも、あなたには掛け替えのない命が有るのではないのか? 

 

「悲しいものですね、自己犠牲というのは」

 

「………」

 

 犠牲。………、犠牲?

 誰が? あの兵が? 何の為に?

 

槍のようにまっすぐなあの兵士が、誰の為に?

 

「………。――――ッッッ!!!!」

 

 土踏まずがミシリと軋み、大地を蹴り飛ばす。

最期の奉公を為す為、わたしは黒く炭となった指を剣の柄に走らせた。

 

 

 

 

 

 

 ―――我が槍に懸けて。王の為に。

駆け出す俺に、魔人が注意を向けた。王から俺に。もう一回言うよ? 

 

 王から、俺に。

 

「・・・なんと」

 

「君は・・・!」

 

それは時間にすれば瞬息の域だが、時間稼ぎにしては上出来すぎた。

 

「悲しいものですね、自己犠牲というのは」

 

 ははは、手厳しいですなトリスタン卿。ですが、これだけは譲れないのです。―――我が王に向けた害意、俺は決して許しはしない。

 

 トリスタン卿が音の矢を放つ。

それに斬り裂かれながらも、立ち塞がる幽鬼の魔人とその兵士達。生半なやり方ではどうにもならない、鉄でできた亡者。

 

「・・・」

 

 ――知った事じゃない。 

教えてやろう、生き死に自体が埒外な亡霊ども。

 

 死はここだ。

 

 俺達は王に召喚された最初から破滅を目指し、そしてこの世界に破滅を運ぶ。

死は全てを奪う。ならば俺は死の国の最果てへと進撃し、我が王と共に踏破するまで。

 

 俺達の死はここだ。俺の果てはここだ。そしてこの槍は我が王の物だ。

 

「・・・」

 

 槍は持ち主の障害全てを薙ぎ払い、刺し貫くが本分・役割。 さあ、亡霊に死を。騎士様に道を。我らが王に永久(とこしえ)を。

 

さあいざ往かん、我が王の兵として。

 

「………成る程。突撃一番槍ってか?―――兵卒如きがッ!騎士の真似事してんじゃねえ!!!」

 

モードレッド卿の怒髪声が聞こえる。

 

「父上第一の騎士は、―――このオレだけだッッ!!!!」

 

 そして追い抜かされる俺。格好つかねえなあやっぱり。

一番槍の誉れは『暴走』のモードレッド卿。

 

「そこで木偶の相手をしてな! 三下ッ!!!」

 

そんな豪気な所は相変わらずですね。本当、貴方には敵いません。

 

「・・・」

 

 モードレッド卿が、ランスロット卿が。獅子の円卓が敵の首魁へと激突する。

決定打は浴びせられないが、彼らは王の爪牙としてその歩みは二度と止めなかった。

 

「円卓の騎士といえど、無事では済まない。二人・・・・いや、更に犠牲となるか」

 

「・・・」

 

ガウェイン卿のお声。

 

「だがこの足が止まる事は無い。兵士である君がそうであるようにね。―――下がっていなさい。後は私達が片をつける」

 

 鞘から凄まじい熱気を孕んだ日輪が迸るのが見えた。これが太陽の騎士、サー・ガウェインの伝家の宝剣。一度抜き放てば人間は疎か、この世の森羅を陽炎へと変える焔を宿すとか。

 

 しかしながら残念ですが、その答えは不正解です。 犠牲なんて出しませんよ、我が王の為にも。

 

「・・・・!」

 

 突然だが、実は俺の目端は広い。

兜被ってるのに?とかは聞かない約束で。 それなりのやり方ってのがあるのだ。具体的な方法は秘伝。

 

 敵に負けないくらい虚ろで、ミイラのような幽鬼のような瞳をした騎士がモードレッド卿以上の速さで突っ込んでくるのを感じた。

 

なんという運動エネルギー。なんて捨て身。なんという決意。

 

 そして見た。もはや見る影も無い、その白い指を。

 

「な・・・ガレス卿!!! それは一体何の真似か!!?」

 

「ボーマンは下がってろ!!」

 

「………ごめんなさい。ごめんなさい。わたしは、こちらを選んだのに…」

 

 ここ数日での聖地の戦いは、血で血を洗う有り様だった。手は恐怖に穢れ、武器には黒い血がこびり付く。

それの洗浄に、あのお方は。ガレス卿は。

 

「もう耐えられません。もう戦えません。 ――そんな風に思ったわたしに、どうか、どうか」

 

炭化を選んでいた。

 

「愚かなわたしに、罰を与えて下さいませ…!」

 

 敵である幽鬼の魔人に胸を刺されながらも、その手で相手を拘束し続ける幽鬼の騎士。

この世に絶対なんて一つ二つしかないけど、俺は今それを感じた。

 

 ――絶対に離さない。  

 

「・・・みな邪魔をするな。私の職務だ」

 

そう、今がまさに勝機であった。

 

 腰の剣に手をかけるアグラヴェイン卿。

 

 それに先んじて一歩踏み出すガウェイン卿。

 

「・・・」

 

 申し訳ありませんが、速さが足りませぬ。

――絶対に合わせてみせるさ。

 

「!? てめえッッ!!!」

 

 モードレッド卿のお声。後が怖いが、物事の半分は運(タイミング)でありますれば。

 

「・・・」

 

「………」

 

 俺の持つ槍っていうのは結構長くて、そして意外に撓る。

地面に突き刺してその撓り、その反発力を使えば持ち主を持ち上げる事くらいは、理論上可能。(くわしくはkengo3ってゲームのOP参照)

 

 どんぴしゃ。

眼と眼が合う俺とガレス卿。 つまり俺は今、空中にいた。 

 

「…………」

 

後の半分は? とガレス卿の唇が動いた気がした。

 

「・・・」

 

運命です、サー・ガレス。

 

 

―――我流槍術 棒高跳

 

 

 空中から槍を、俺は敵目掛けて投げる。

勝機を取った。 これは投げ槍という運動エネルギー+高度という位置エネルギーの合算。

 

最・強。

 

 敵の幽鬼はガレス卿に眼を向けている。こちらは見ていない。

あ、いや、今見た。

 

【---我はリチャード一世。この我と獲物の間に入るとは愚か者めが】

 

今必殺の槍が敵の胸部に命中。

 

が、弾かれた。

 

【---人に我は倒せぬ。覚悟して死ぬがよい】

 

 視線が交錯しただけで、衝撃だけで俺は意識と身体が遥か彼方に吹き飛ばされた。俺達は王に召喚された故人、元人間。だから勝てないのか?・・・・やばい、耳からもう何もかもが聞こえない。視界も朦朧ときてる。

 

 今はただ痛いという感覚だけが俺を支配下に置いている。そんな中、どこかで誰かが嗤った気がした。

それは恐らくこちらを見つめる幽鬼だ。死を嗤う、無様を嗤う。

 

 足元に這い蹲っているだろう俺の槍には眼もくれずに。幽鬼が、幽鬼が、

 

・・・そう、幽鬼の騎士が。

 

「…お前こそ、」

 

【---?】

 

「お前こそわたしの主君と、わたしの敬愛する戦士達の間に立って邪魔をしている……」

 

 もう何も聞こえない中、俺は片目だけを何とか開く。そこには穢れを知らぬ、いや、穢れしか知らぬ白い指が、槍の中程をむんずと掴み、

 

「わたしはガレス。我が王の爪牙。――――わたしは、人間ではないッ!」

 

魔人の眼玉に、鋭い一撃を加えていた。

 

【ッ、-------】

 

 声にならない声が聖地を濡らした。

草木も砂も何もかも、生きている物も死んでいる物も。生きても死んでもいないモノも、その悉くを浸らせるだろう死の絶叫。

 

 最初から、ここには何も無かったのだ。

消え去る鉄の兵士達。恐怖の君主である幽鬼の魔人は、『不浄』のサー・ガレスが討ち取った。

 

 

 

 

 

 

 




現実を見た事が幻想なのか。理性の渇きが幻想を生むのか。
戦いの果てに理想を見るのが幻想にすぎない事は、兵士の誰もが歩いた通り道。
だがあの瞳の光が。この胸の鼓動が幻だとしたら。
そんな筈は無い。ならば、この世の全ては幻想に過ぎぬ。
では、眼の前にいるのは。
次回『桃源』
劇的なるものが相伴う。




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